ベトナム軍の強さの秘密がわかった。帝国陸軍の軍事教本がそのひとつであった。
ベトナムは、蒙古襲来(もうこしゅうらい)を3度にわたって撥(は)ね退(の)けた。この点から、一般の日本人はベトナム人は戦(いくさ)に強いというイメージを抱(いだ)いている。
それにしては、フランスに100年に亘(わた)って殖民地にされたし、支那の属国であった期間も短くはない。
それにも拘(かか)わらず、第1次インドシナ戦争(フランスからの独立戦争)では、1946年から1954年にわたり、戦い続け、フランス軍を撥(は)ね退(の)けた。
第2次インドシナ戦争、いわゆるベトナム戦争では、アメリカ合衆国軍を退(しりぞ)けた。
ベトナム戦争で疲弊(ひへい)しているところで、カンボジア=ベトナム戦争が始まり、支那(しな)が介入し、人民解放軍が攻め込み、いわゆる中越戦争[個人的には越支戦争と呼びたい]となったが、支那の陸軍はベトナムにボコボコにやられてしまった。
これほどまでに戦(いくさ)に強いベトナムがフランスのような戦(いくさ)に弱い国に100年に亘(わた)って殖民地であったというのがわからない。むろん、第2次インドシナ戦争では、ソビエト社会主義共和国連邦などからの武器の供与(きょうよ)があったのもあるだろうが、それだけではあるまいと考えていた。
元・日本兵による軍事教練であった。
帝国陸軍は、大東亜戦争中、インドネシアやビルマ、ならびにインド国民軍には軍事教練を施(ほどこ)したが、ベトナムにはそうしたことはしていなかった。
ところが、大東亜戦争終結後、帝国陸軍はベトナム人に軍事教練を施した。
史料にもよるが、500人から800人の元・日本兵がベトナムにいた。当時、ベトナムは「印度支那(インドシナ)」と呼ばれたところだ。ベトナムの民間人たちが、元・日本兵たちに戦争の仕方を教えてくれと依頼した。元・日本兵たちはその依頼に応じ、8か月に亘(わた)る訓練を施(ほどこ)したのだ。
軍事教練では、「気をつけ」「回れ右」から教えなければならなかった。100年に亘(わた)る殖民地支配によって、戦(いくさ)の仕方がわからなくなっていた。
一般的な軍事教練のほかに、元・日本兵たちは、帝国陸軍の軍事教本をすべて、フランス語に訳した。ベトナムの上流階級はフランス語がわかるし、帝国陸軍には十全(じゅうぜん)にはベトナム語がわかる者がいなかったらしい。ベトナム兵は帝国陸軍のそのマニュアルに従って戦った。
それでも、武器が足りないので、第1次インドシナ戦争では、フランス軍の精鋭部隊(せいえいぶたい)とは正面攻撃に拘(こだわ)らず、徹底して補給部隊を攻撃するなどして、兵力の乏(とぼ)しさを補(おぎな)った。
一方、帝国海軍は、自分の階級を上げるために、補給船や輸送船を狙(ねら)わず、軍艦や空母を狙ってばかりいた。おまけに、インド洋からハワイ諸島までと戦線を広げすぎた。
戦(いくさ)の仕方を示すため、元・帝国陸軍兵が最前線に立ち、闘(たたか)い方の規範(きはん)を示し、半分が戦死した。
このときに生き残った元・日本兵は、こう述べている。
「あれは、大東亜戦争の続きだから」
後編→ベトナム軍の強さ(2/2)―そして、フランスは貧乏になった―
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- 早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。
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