弓杖は「ゆんづえ」と読む。
音読みで「きゅうじょう」と読んでしまいそうだけど。
弓杖とは、杖術(じょうじゅつ)において、折れた弓を鞭状(むちじょう)に作り替えて杖(じょう)として用いる場合のものをいう。
2014年6月24日火曜日
2014年5月28日水曜日
水無月(みなづき)・神無月(かんなづき)の「無」の意味を勘違いしている人が多い。
水無月(みなづき)・神無月(かんなづき)の「無(な)」の意味を勘違いしている人が多い。
水無月は旧暦の6月で、神無月は旧暦の10月のことである。
「AなB」は現代語で「AのB」という意味である。
つまり、「水無月」は「水の月」であり、「神無月」は「神の月」の意味である。
つぎの「な」と意味は共通する。
眦(まなじり)を上げる
眼差(まなざ)し
なお、「ま」は「目」のことである。「帽子を目深(まぶか)に被(かぶ)る」の「ま」と同じである。
また、渡辺(わたなべ)という地名・人名の「わた」は、「海」のことで、渡部(わたのべ)から転じた職業や渡し場を意味する。渡辺は「海の辺」という意味である。ちなみに戦没学徒兵の遺書を集めた『きけ わだつみのこえ』の「わだつみ」は「海の神」の意味で、元々は「海(わた)の霊(み)」だった。
渡辺姓の起源は、大阪市中央区九太郎町四丁目渡辺3号にある坐摩神社(いかすりじんじゃ:ざまじんじゃ)であるが、この神社のあった場所は、昔は、淀川の河口近くの湿地帯だったようである。
古語の「な」の意味を知るだけで、いろんなことが見えてくる。
水無月は旧暦の6月で、神無月は旧暦の10月のことである。
「AなB」は現代語で「AのB」という意味である。
つまり、「水無月」は「水の月」であり、「神無月」は「神の月」の意味である。
つぎの「な」と意味は共通する。
眦(まなじり)を上げる
眼差(まなざ)し
なお、「ま」は「目」のことである。「帽子を目深(まぶか)に被(かぶ)る」の「ま」と同じである。
また、渡辺(わたなべ)という地名・人名の「わた」は、「海」のことで、渡部(わたのべ)から転じた職業や渡し場を意味する。渡辺は「海の辺」という意味である。ちなみに戦没学徒兵の遺書を集めた『きけ わだつみのこえ』の「わだつみ」は「海の神」の意味で、元々は「海(わた)の霊(み)」だった。
渡辺姓の起源は、大阪市中央区九太郎町四丁目渡辺3号にある坐摩神社(いかすりじんじゃ:ざまじんじゃ)であるが、この神社のあった場所は、昔は、淀川の河口近くの湿地帯だったようである。
古語の「な」の意味を知るだけで、いろんなことが見えてくる。
2014年4月30日水曜日
ヘボン式以外のローマ字表記には一体、何があるんだと南カリフォルニア大学の教授が言った。
大学生だったとき、早稲田大学の国際学部で、南カリフォルニア大学の哲学の教授が1年間、客員教授を務(つと)めた。交換留学生の教授版である。
この国際学部というのは、主に英語圏の大学生が交換留学生として在籍しているのだが、日本語に堪能(たんのう)なわけはなく、日本の大学に留学しながらも、英語で授業を受けているだけだった。
その国際学部に、南カリフォルニア大学の哲学の教授が1年間、在籍した。
英会話が好きな日本人の学生が、国際学部の校舎によく出入りしていた。
学生たちが自由に出入りし、雑談をしたりする部屋があった。ある日本人の学生が、南カリフォルニア大学の教授と話をしたところ、この大学の哲学科の学生たちと会いたいと言った。
そう言われた日本人学生が私をその教授に紹介し、哲学科哲学専修の学生数人で、教授の住まいを毎週1回、訪問して、ざっくばらんな講義を英語で受けるようになった。
その教授は、日本に来る前に、日本語会話の本を何冊も読んだ。
すると、どの本でも、「日本語をアルファベットで表記するにはさまざまな表記法があるが、本書ではヘボン式ローマ字を採用している」ということが書いてあった。
日本語会話の本を何冊読んでも、「日本語をアルファベットで表記するにはさまざまな表記法があるが、本書ではヘボン式ローマ字を採用している」と書いてあるばかりである。
それで、その教授は、「ヘボン式以外のローマ字表記には一体、何があるんだ?」と言った。
それで「訓令式(くんれいしき)ローマ字」を教えた。
「『し』をsi(シィ)と表記する訓令式は駄目(だめ)だ。英語を話す人には発音に関して誤解を与える。『し』はshi(シ)でないといけない」とその教授は言った。
いやはや、だから、ヘボン式ローマ字表記で日本語会話を説明しているんだって。
この教授の話は、明日に続く。
この国際学部というのは、主に英語圏の大学生が交換留学生として在籍しているのだが、日本語に堪能(たんのう)なわけはなく、日本の大学に留学しながらも、英語で授業を受けているだけだった。
その国際学部に、南カリフォルニア大学の哲学の教授が1年間、在籍した。
英会話が好きな日本人の学生が、国際学部の校舎によく出入りしていた。
学生たちが自由に出入りし、雑談をしたりする部屋があった。ある日本人の学生が、南カリフォルニア大学の教授と話をしたところ、この大学の哲学科の学生たちと会いたいと言った。
そう言われた日本人学生が私をその教授に紹介し、哲学科哲学専修の学生数人で、教授の住まいを毎週1回、訪問して、ざっくばらんな講義を英語で受けるようになった。
その教授は、日本に来る前に、日本語会話の本を何冊も読んだ。
すると、どの本でも、「日本語をアルファベットで表記するにはさまざまな表記法があるが、本書ではヘボン式ローマ字を採用している」ということが書いてあった。
日本語会話の本を何冊読んでも、「日本語をアルファベットで表記するにはさまざまな表記法があるが、本書ではヘボン式ローマ字を採用している」と書いてあるばかりである。
それで、その教授は、「ヘボン式以外のローマ字表記には一体、何があるんだ?」と言った。
それで「訓令式(くんれいしき)ローマ字」を教えた。
「『し』をsi(シィ)と表記する訓令式は駄目(だめ)だ。英語を話す人には発音に関して誤解を与える。『し』はshi(シ)でないといけない」とその教授は言った。
いやはや、だから、ヘボン式ローマ字表記で日本語会話を説明しているんだって。
この教授の話は、明日に続く。
2013年12月14日土曜日
英国人にはフレンドfriend(友だち)がいないが、すると、自分の恥ずかしい過去を思い出した。
英国人にはフレンドfriend(友だち)があまりいない。3人くらいしかいない場合が多い。
それ以外では、同僚colleague、知り合いacquaintance、近所の人neighbo(u)r、同級生classmateなどを使うが、なんだか、印象の悪い区別をしているように感じるらしい。
そこで、英国人、また、イギリス英語の影響を強く受けているオーストラリア人も、friendの代わりに、mate(相棒(あいぼう))をよく使う。
一方、アメリカ人にはフレンドが100人くらいいるような気がする。
ところで、私の出身地では、「友だち」「友人」ということばをさほど使わない。
なにかと「ツレ(連れ)」を使う。
友人だろうが、知人だろうが、同級生だろうが、たとえば、夏祭りで、ばったり出くわして、二言三言(ふたことみこと)、ことばを交わすと、一緒にいる人物が「今の人、誰(だれ)?」と訊(き)くと、なんでもかんでも「うちのツレや」と言うことが多い。
中学校に進学したとき、担任の教師が友人・知人関係を調べようとして、アンケート調査で「友人の名前を記入してください」という質問を載(の)せた。
方言と共通語(標準語)の違いが私には分かっていなかった。
「ツレはおるけど、友だちはいません」と記入した。
ウケるつもりはなかったが、担任にウケたようだった。
それ以外では、同僚colleague、知り合いacquaintance、近所の人neighbo(u)r、同級生classmateなどを使うが、なんだか、印象の悪い区別をしているように感じるらしい。
そこで、英国人、また、イギリス英語の影響を強く受けているオーストラリア人も、friendの代わりに、mate(相棒(あいぼう))をよく使う。
一方、アメリカ人にはフレンドが100人くらいいるような気がする。
ところで、私の出身地では、「友だち」「友人」ということばをさほど使わない。
なにかと「ツレ(連れ)」を使う。
友人だろうが、知人だろうが、同級生だろうが、たとえば、夏祭りで、ばったり出くわして、二言三言(ふたことみこと)、ことばを交わすと、一緒にいる人物が「今の人、誰(だれ)?」と訊(き)くと、なんでもかんでも「うちのツレや」と言うことが多い。
中学校に進学したとき、担任の教師が友人・知人関係を調べようとして、アンケート調査で「友人の名前を記入してください」という質問を載(の)せた。
方言と共通語(標準語)の違いが私には分かっていなかった。
「ツレはおるけど、友だちはいません」と記入した。
ウケるつもりはなかったが、担任にウケたようだった。
2013年12月5日木曜日
『竹取物語』と吉本新喜劇における物語構造の共通点
『竹取物語』と吉本新喜劇とは、その物語構造が共通している。
まず、吉本新喜劇について述べる。
最初に、ドタバタしたお笑いが展開されるが、芝居の終盤では、たとえば、20年前に生き別れた親子の対面があり、しんみりさせるが、最後にはギャグで締(し)めくくる。
一方、『竹取物語』では、なよたけのかぐや姫が成長したのちに、5人の貴公子に結婚を求められるが、無理難題を吹っかける。これが無茶苦茶面白い。
つぎに、帝に求婚されたなよたけのかぐや姫は帝との間で歌(和歌)のやりとりを2年くらい行なう。
帝は、なよたけのかぐや姫の月への帰還を阻止しようとするも万策(ばんさく)尽きる。
なよたけのかぐや姫から、不死の薬を帝は受け取る。
しかし、なよたけのかぐや姫と二度と会えないならば、不老不死となっても意味がないということで、月にいちばん近い山の頂(いただき)で、不死の薬を燃やすように命じる。駿河国(するがのくに)にある、現在の「富士山」で不死の薬を燃やすこととなる。
この時点で、不死の薬を燃やしたから、「ふしの山」→「ふじさん」(富士山)となったのだろうと読書は予想する。
けれども、その任務を命ぜられた家来は、数多(あまた)の士(もののふ)を引き連れた。「士(もののふ)に富む山」→「富士山」となったとし、「不死の薬を焼いた山だから、ふしさん→富士山」と思った読者の予想を、ひっくり返す。これは、吉本新喜劇の最後にギャグをかますのと似ている。
これを対照させると、つぎのようになる。
---
吉本新喜劇
『竹取物語』
どたばたによるお笑い
5人の貴公子をめぐるお笑い
しんみりさせる。
なよたけのかぐや姫と帝との愛の物語
最後にギャグをかまして終わる。
不死の薬から「富士山」になったと思わせて、じつは「士(もののふ)に富む」から富士山になったと、ひっくり返す。
---
ということで、吉本新喜劇は、「物語のいできはじめの祖(おや)」からの伝統を引き継いでいる。古来からの伝統に則(のっと)っていたわけだ。
まず、吉本新喜劇について述べる。
最初に、ドタバタしたお笑いが展開されるが、芝居の終盤では、たとえば、20年前に生き別れた親子の対面があり、しんみりさせるが、最後にはギャグで締(し)めくくる。
一方、『竹取物語』では、なよたけのかぐや姫が成長したのちに、5人の貴公子に結婚を求められるが、無理難題を吹っかける。これが無茶苦茶面白い。
つぎに、帝に求婚されたなよたけのかぐや姫は帝との間で歌(和歌)のやりとりを2年くらい行なう。
帝は、なよたけのかぐや姫の月への帰還を阻止しようとするも万策(ばんさく)尽きる。
なよたけのかぐや姫から、不死の薬を帝は受け取る。
しかし、なよたけのかぐや姫と二度と会えないならば、不老不死となっても意味がないということで、月にいちばん近い山の頂(いただき)で、不死の薬を燃やすように命じる。駿河国(するがのくに)にある、現在の「富士山」で不死の薬を燃やすこととなる。
この時点で、不死の薬を燃やしたから、「ふしの山」→「ふじさん」(富士山)となったのだろうと読書は予想する。
けれども、その任務を命ぜられた家来は、数多(あまた)の士(もののふ)を引き連れた。「士(もののふ)に富む山」→「富士山」となったとし、「不死の薬を焼いた山だから、ふしさん→富士山」と思った読者の予想を、ひっくり返す。これは、吉本新喜劇の最後にギャグをかますのと似ている。
これを対照させると、つぎのようになる。
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吉本新喜劇
『竹取物語』
どたばたによるお笑い
5人の貴公子をめぐるお笑い
しんみりさせる。
なよたけのかぐや姫と帝との愛の物語
最後にギャグをかまして終わる。
不死の薬から「富士山」になったと思わせて、じつは「士(もののふ)に富む」から富士山になったと、ひっくり返す。
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ということで、吉本新喜劇は、「物語のいできはじめの祖(おや)」からの伝統を引き継いでいる。古来からの伝統に則(のっと)っていたわけだ。
2013年11月1日金曜日
『えんぴつで奥の細道』というものの存在を知って……
『えんぴつで奥の細道』という書籍(しょせき)の存在を知った。
高名な書家が『奥の細道』の文章を書いたものを、薄く印刷してあって、それをなぞり書きするというものである。
シリーズ累計で150万部を売り上げたという。1冊1,000円とすると、出版社の取り分はそのうちの50%、つまり500円である。すると、500円×150万部=7億5千万円となる。
うーん。
『えんぴつで奥の細道』の最初の単行本がポプラ社から出版されたのは2006年1月1日である。
それに先立って、『書き込み式「般若心経」練習帳』が成美堂出版から2005年8月26日に出版されている。「般若心経」は真言宗やいくつかの宗派で重視されるものの、写経そのものは、それほどメジャーではない。
しかしながら、『えんぴつで奥の細道』はヒットしたようである。その結果、『奥の細道』以外の有名古典でも、なぞり書きシリーズを刊行し、累計150万部となった。
ところで、当校でもなぞり書きのプリントは10年以上も前から、作成していた。
最初は、小学生の漢字の書き取りの練習として作成した。
漢字が苦手な男子生徒は、手本を見ながら、そのとおりに書くことができない。止め・撥(は)ね・点をきちんと見て取ることができない。それで、なぞり書きプリントを作成したのである。
まもなく、中学生や高校生に向けて、古典のなぞり書きプリントも作成するようになった。学習にかかる負担・時間が減るのだ。『小倉百人一首』のなぞり書きプリントも作成しているが、これも刊行されていた。
また、国語の小説などでも、なぞり書きプリントを作成すると、軽い自閉症の子どもの成績も上がる。
ところが、そんなものが一般向けの商品になるとは思いもしなかった。
『奥の細道』程度の作品であれば、研究レベルとなると話は別だが、表面的な意味だけを汲(く)み取って読む分には、古文の文法を学びさえすれば、註釈を見ながら、独力で読めるようなものなので、『えんぴつで奥の細道』のようなものが商品として成立するとは思いもしなかったのである。
ちなみに私は高校1年生のときに『奥の細道』は原文で読んだ。
それにしても、私にはこういうものがヒットしたというのが信じられない。一般の日本人は、それほどまでに教養がないのであろうか?
それにしても、『えんぴつで奥の細道』を仕掛けた編集者は、じつに大したもんだ。私はそれ以前に、なぞり書きプリントを作成していたけれども、学習用以外で商品になるとは思いもしなかったもの。
高名な書家が『奥の細道』の文章を書いたものを、薄く印刷してあって、それをなぞり書きするというものである。
シリーズ累計で150万部を売り上げたという。1冊1,000円とすると、出版社の取り分はそのうちの50%、つまり500円である。すると、500円×150万部=7億5千万円となる。
うーん。
『えんぴつで奥の細道』の最初の単行本がポプラ社から出版されたのは2006年1月1日である。
それに先立って、『書き込み式「般若心経」練習帳』が成美堂出版から2005年8月26日に出版されている。「般若心経」は真言宗やいくつかの宗派で重視されるものの、写経そのものは、それほどメジャーではない。
しかしながら、『えんぴつで奥の細道』はヒットしたようである。その結果、『奥の細道』以外の有名古典でも、なぞり書きシリーズを刊行し、累計150万部となった。
ところで、当校でもなぞり書きのプリントは10年以上も前から、作成していた。
最初は、小学生の漢字の書き取りの練習として作成した。
漢字が苦手な男子生徒は、手本を見ながら、そのとおりに書くことができない。止め・撥(は)ね・点をきちんと見て取ることができない。それで、なぞり書きプリントを作成したのである。
まもなく、中学生や高校生に向けて、古典のなぞり書きプリントも作成するようになった。学習にかかる負担・時間が減るのだ。『小倉百人一首』のなぞり書きプリントも作成しているが、これも刊行されていた。
また、国語の小説などでも、なぞり書きプリントを作成すると、軽い自閉症の子どもの成績も上がる。
ところが、そんなものが一般向けの商品になるとは思いもしなかった。
『奥の細道』程度の作品であれば、研究レベルとなると話は別だが、表面的な意味だけを汲(く)み取って読む分には、古文の文法を学びさえすれば、註釈を見ながら、独力で読めるようなものなので、『えんぴつで奥の細道』のようなものが商品として成立するとは思いもしなかったのである。
ちなみに私は高校1年生のときに『奥の細道』は原文で読んだ。
それにしても、私にはこういうものがヒットしたというのが信じられない。一般の日本人は、それほどまでに教養がないのであろうか?
それにしても、『えんぴつで奥の細道』を仕掛けた編集者は、じつに大したもんだ。私はそれ以前に、なぞり書きプリントを作成していたけれども、学習用以外で商品になるとは思いもしなかったもの。
2013年7月3日水曜日
「皇居」のことを戦前は「宮城」と呼んでいたのは知っていたが、読み方を今まで間違えていた。
戦前、「皇居」のことは「宮城」と呼ばれていたことは知っていた。しかし、今まで、読み方を間違えていた。
「みやぎ」と読むのだと思っていた。ところが、「宮城」の厳密(げんみつ)な定義(ていぎ)を調べようと、ウェブで検索(けんさく)してみたところ、「きゅうじょう」が正しい読み方だった。
よくよく考えると、「宮城県(みやぎけん)」があるのだから、もしも「皇居」を意味する「宮城」が「みやぎ」と読むのだとすれば、そんな畏(おそ)れ多いことを宮城県がするわけがない。そこに考えが至(いた)らなかったわけだ。
このような読み間違いをなくすために、ふりがなをつけたほうがよいような気がする。
最近、新聞が売れなくなったのは、インターネットの存在だけでなく、戦後、ふりがなを廃止したこともあるのではないだろうか? 実際、新聞が読めない人は少なくない。
中学受験をする小学生の場合、読めない漢字が10個あると、前後関係から意味を推測(すいそく)することを諦(あきら)める場合が多い。読めない漢字が3個くらいだと、なんとなく、文脈(ぶんみゃく=前後関係)から意味を推測することができる。
今なら、コンピュータで編輯(へんしゅう)するのであれば、ふりがなは容易(ようい)につけられる。ふりがなをつけることで、日本人の知的水準は相当に上がるだろう。
「みやぎ」と読むのだと思っていた。ところが、「宮城」の厳密(げんみつ)な定義(ていぎ)を調べようと、ウェブで検索(けんさく)してみたところ、「きゅうじょう」が正しい読み方だった。
よくよく考えると、「宮城県(みやぎけん)」があるのだから、もしも「皇居」を意味する「宮城」が「みやぎ」と読むのだとすれば、そんな畏(おそ)れ多いことを宮城県がするわけがない。そこに考えが至(いた)らなかったわけだ。
このような読み間違いをなくすために、ふりがなをつけたほうがよいような気がする。
最近、新聞が売れなくなったのは、インターネットの存在だけでなく、戦後、ふりがなを廃止したこともあるのではないだろうか? 実際、新聞が読めない人は少なくない。
中学受験をする小学生の場合、読めない漢字が10個あると、前後関係から意味を推測(すいそく)することを諦(あきら)める場合が多い。読めない漢字が3個くらいだと、なんとなく、文脈(ぶんみゃく=前後関係)から意味を推測することができる。
今なら、コンピュータで編輯(へんしゅう)するのであれば、ふりがなは容易(ようい)につけられる。ふりがなをつけることで、日本人の知的水準は相当に上がるだろう。
2013年6月8日土曜日
「はっきり」から「くっきり」・「ゆっくり」から「じんわり」
30年以上前には、たいていの人が「はっきり」を使っていたのが、いつのまに、同じような描写で「くっきり」を使うようになった。小説家の清水義範(しみずよしのり)が多用したためらしい。
読点(とうてん、「、」)を使いたがらない場合に「はっきり」を使うと、たとえば、「それははっきりと……」となり、ちょっとばかり読みにくい。「は」が連続するからだ。「それはくっきりと……」とすると、ほんの少しだけ読む速度が上がる。
清水義範が多用するのを目にした文筆業者が、その利点に気づき、同様に「くっきり」を使うようになった。
こうした影響を日本語に与えた作家は、じつに大したものだといえる。
また、以前なら、「ゆっくり」を使うようなところで、場面にもよるが、「じんわり」を使う人が増えたようだ。これは、たぶん、村上春樹の影響だろう。
読点(とうてん、「、」)を使いたがらない場合に「はっきり」を使うと、たとえば、「それははっきりと……」となり、ちょっとばかり読みにくい。「は」が連続するからだ。「それはくっきりと……」とすると、ほんの少しだけ読む速度が上がる。
清水義範が多用するのを目にした文筆業者が、その利点に気づき、同様に「くっきり」を使うようになった。
こうした影響を日本語に与えた作家は、じつに大したものだといえる。
また、以前なら、「ゆっくり」を使うようなところで、場面にもよるが、「じんわり」を使う人が増えたようだ。これは、たぶん、村上春樹の影響だろう。
2013年5月31日金曜日
三好達治「甃(いし)のうへ」という詩の入試問題について
三好達治の『測量船』という詩集に「甃(いし)のうへ」という詩がある。それが大学入試で出題されたことがある。今なら、その問題は、女性に対する不当な偏見であるとして、出題されない。
つぎのものである。
---
甃(いし)のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかに跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺(みてら)の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしびさし)に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
---
設問(せつもん)は、3行目にある下線のある「をみなご」についてのものであった。「この『をみなご』は何人か」というものであった。
正解は「2人」である。
まず、「をみなご」は「女の子」「若い女性」くらいの意味である。つぎに、「語らいあゆみ」、つまり「話しながら歩き」とあるので、ひとりではない。ひとりでは、語らうことができないからである。第3に、「しめやかに」、つまり「おしとやかに」「静かに」とあるので、大声で話している状況ではない。そして、「女三人寄れば姦(かしま)しい」という諺(ことわざ)がある。3人いると「しめやかに語らいあゆ」むことができない。ということで、2人となる。
高校生のときに、国語の教師が授業中にこの問題を紹介し、私に何人だと思うかと訊(たず)ねた。私は、さっぱりわからなかったので、間違えるよりは、笑いをとろうと、「おそらく、273人だと思います」と答えた。「女子高の修学旅行か」と応(おう)じられた。
その後、この問題は高校入試でも出題され、中学入試でも出題された。うまくできた問題だと思った人が少なくなかったのであろう。
なお、この問題を小学生から高校生までに出してみたら、正解率はさほど変化しなかった。知識が増えたからといっても、年齢が上がったからといっても、正解率が変わらなかった。
わかる人にはわかるし、そうでない人には、いつまで経(た)ってもわからない。私は「いつまで経ってもわからない」側の人間である。
つぎのものである。
---
甃(いし)のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかに跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺(みてら)の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしびさし)に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
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設問(せつもん)は、3行目にある下線のある「をみなご」についてのものであった。「この『をみなご』は何人か」というものであった。
正解は「2人」である。
まず、「をみなご」は「女の子」「若い女性」くらいの意味である。つぎに、「語らいあゆみ」、つまり「話しながら歩き」とあるので、ひとりではない。ひとりでは、語らうことができないからである。第3に、「しめやかに」、つまり「おしとやかに」「静かに」とあるので、大声で話している状況ではない。そして、「女三人寄れば姦(かしま)しい」という諺(ことわざ)がある。3人いると「しめやかに語らいあゆ」むことができない。ということで、2人となる。
高校生のときに、国語の教師が授業中にこの問題を紹介し、私に何人だと思うかと訊(たず)ねた。私は、さっぱりわからなかったので、間違えるよりは、笑いをとろうと、「おそらく、273人だと思います」と答えた。「女子高の修学旅行か」と応(おう)じられた。
その後、この問題は高校入試でも出題され、中学入試でも出題された。うまくできた問題だと思った人が少なくなかったのであろう。
なお、この問題を小学生から高校生までに出してみたら、正解率はさほど変化しなかった。知識が増えたからといっても、年齢が上がったからといっても、正解率が変わらなかった。
わかる人にはわかるし、そうでない人には、いつまで経(た)ってもわからない。私は「いつまで経ってもわからない」側の人間である。
2013年5月20日月曜日
「屠(ほふ)る」の読み方は、理屈にあっていない。
「屠る」は「殺す」の意味だが、その読み方は一般に「ほふる」とされる。これだけが、なぜか、正仮名遣(せいかなづか)い[=歴史的仮名遣い]のままである。
もしも「ほふる」であれば、「ふ」は「う」となる。「ほうる」となり、発音自体は「ホール」になる。
「屠る」は「ほうる」でなければならないはずだが、どういうわけか、これだけは「ほふる」のままなのである。
理由は、思いっきり端折(はしょ)ると、こんなところだろう。
大東亜戦争終戦後、現代仮名遣いが導入されたが、漢字制限も受けた。当用漢字表である。のちに、当用漢字表は、漢字が少なすぎるということで常用漢字表に変更した。
漢字の制限があるので、「屠る」は使えなくなっていた。音読みの場合の熟語でも、「屠殺(とさつ)」は、「と殺」と表記されるようになっていた。
「屠」の訓読みに接することなく、ずいぶんと長い期間が経(た)ったわけだ。
一方、辞書編纂者(じしょへんさんしゃ)も、使われないことばということもあって、「屠る」を「ほふる」として掲載したままだった。
近年になって、少ない漢字だけでは印象に残ることが難しくなって、「屠る」を使うようになったが、このことばを採用する側にしても、普段から使っていることばではないので、辞書の記述を鵜呑(うの)みにする。
こうしたことから、「屠る」は「ほふる」と読むのが定着した。
しかしながら、なぜ、歴史的仮名遣いのまま読むのか、いさかか疑問に感じる。
もしも「ほふる」であれば、「ふ」は「う」となる。「ほうる」となり、発音自体は「ホール」になる。
「屠る」は「ほうる」でなければならないはずだが、どういうわけか、これだけは「ほふる」のままなのである。
理由は、思いっきり端折(はしょ)ると、こんなところだろう。
大東亜戦争終戦後、現代仮名遣いが導入されたが、漢字制限も受けた。当用漢字表である。のちに、当用漢字表は、漢字が少なすぎるということで常用漢字表に変更した。
漢字の制限があるので、「屠る」は使えなくなっていた。音読みの場合の熟語でも、「屠殺(とさつ)」は、「と殺」と表記されるようになっていた。
「屠」の訓読みに接することなく、ずいぶんと長い期間が経(た)ったわけだ。
一方、辞書編纂者(じしょへんさんしゃ)も、使われないことばということもあって、「屠る」を「ほふる」として掲載したままだった。
近年になって、少ない漢字だけでは印象に残ることが難しくなって、「屠る」を使うようになったが、このことばを採用する側にしても、普段から使っていることばではないので、辞書の記述を鵜呑(うの)みにする。
こうしたことから、「屠る」は「ほふる」と読むのが定着した。
しかしながら、なぜ、歴史的仮名遣いのまま読むのか、いさかか疑問に感じる。
2013年2月22日金曜日
「少人数制」と「小人数制」のどちらが正しい表記か?
「少人数制」「小人数制」のどちらが正しい表記なのかという問題がある。
それに答える前に、それぞれの対義語(たいぎご)を検討しよう。「少」と対(つい)になる漢字は、「多少」ということばからわかるように「多」である。
一方、「小」と対(つい)になる漢字は「大小」ということばがあることから「大」である。
また「少数(しょうすう)」に対しては「多数(たすう)」という語(ご)がある。となると、「少人数制」の対義語は「多人数制」となるが、「多人数制」ということばは使われない。
「小人数」は「こにんずう」と読むのが正しく、「しょうにんずう」ではない。「小人数」の対義語は「大人数(おおにんずう)」である。
このような混乱が生じたのは、元来(がんらい)、江戸時代の寺子屋での教育は「少人数制(しょうにんずう)」「小人数制(こにんずうせい)」が当たり前だったからである。
第2次世界大戦後に「団塊(だんかい)の世代」が登場して、大人数(おおにんずう)で授業を行なうのが当たり前になり、大手予備校でも、1クラス200人が当たり前になった。同じ受講料であれば、大人数で授業を行なえば、そのほうが儲(もう)かる。
大人数制(おうにんずうせい)では落ち零(こぼ)れる生徒が出てきて、尚且(なおか)つ、大人数制では成績を上げることができない予備校・学習塾が「少人数制」を謳(うた)い始めた。
ところが、「多人数」ということばがなく、「大人数(おおにんずう)」ということばがあるのだから、「少人数制」ではなく、「小人数制」とすべきだと考えて、そうしている大手予備校が出現(しゅつげん)した。どうも、「しょうにんずうせい」と読ませたいらしいのだが、これは「こにんずうせい」と読むのが妥当(だとう)であろう。
もともと、「少人数制」「小人数制」であったものが、「多人数制」「大人数.制」になり、改(あらた)めて、少ない人数の生徒を対象に授業を行なう制度に名称を与えようとした結果、以上のような混乱が生じたのである。
当校では、「少人数制」「小人数制」のうちのどちらの名称を使っているかって?
少数精鋭制(しょうすうせいえいせい)だよ。
あ、嘘です。ほんとは、個別対応型です。
それに答える前に、それぞれの対義語(たいぎご)を検討しよう。「少」と対(つい)になる漢字は、「多少」ということばからわかるように「多」である。
一方、「小」と対(つい)になる漢字は「大小」ということばがあることから「大」である。
また「少数(しょうすう)」に対しては「多数(たすう)」という語(ご)がある。となると、「少人数制」の対義語は「多人数制」となるが、「多人数制」ということばは使われない。
「小人数」は「こにんずう」と読むのが正しく、「しょうにんずう」ではない。「小人数」の対義語は「大人数(おおにんずう)」である。
このような混乱が生じたのは、元来(がんらい)、江戸時代の寺子屋での教育は「少人数制(しょうにんずう)」「小人数制(こにんずうせい)」が当たり前だったからである。
第2次世界大戦後に「団塊(だんかい)の世代」が登場して、大人数(おおにんずう)で授業を行なうのが当たり前になり、大手予備校でも、1クラス200人が当たり前になった。同じ受講料であれば、大人数で授業を行なえば、そのほうが儲(もう)かる。
大人数制(おうにんずうせい)では落ち零(こぼ)れる生徒が出てきて、尚且(なおか)つ、大人数制では成績を上げることができない予備校・学習塾が「少人数制」を謳(うた)い始めた。
ところが、「多人数」ということばがなく、「大人数(おおにんずう)」ということばがあるのだから、「少人数制」ではなく、「小人数制」とすべきだと考えて、そうしている大手予備校が出現(しゅつげん)した。どうも、「しょうにんずうせい」と読ませたいらしいのだが、これは「こにんずうせい」と読むのが妥当(だとう)であろう。
もともと、「少人数制」「小人数制」であったものが、「多人数制」「大人数.制」になり、改(あらた)めて、少ない人数の生徒を対象に授業を行なう制度に名称を与えようとした結果、以上のような混乱が生じたのである。
当校では、「少人数制」「小人数制」のうちのどちらの名称を使っているかって?
少数精鋭制(しょうすうせいえいせい)だよ。
あ、嘘です。ほんとは、個別対応型です。
2010年7月29日木曜日
蓮舫は連濁(れんだく)によって「れんぽう」と読むのが正しい(のだろうか?)
つぎの動画をYouTubeで観たんだが、蓮舫は「レンポー君」と、連濁(れんだく)によって呼ばれている。日本語の音韻体系(おんいんたいけい)などからすると、レンポーと読むのが妥当(だとう)ではある。
ところが、本人は自分の名前を、連濁(れんだく)を無視して、「レンホー」としている。
国会で「レンポー」と呼ばれていることに、多少の違和感があるのだけれども、連濁からすれば、やはり「レンポー」が日本語としては正しい。
Wikipediaの「蓮舫」の項目でも指摘されていることだが、「蓮」は「連」と同じ音であり、「舫」は「邦」と同じ音であり、「連邦」は「レンポー」と発音するのであるから、「蓮舫」も「レンポー」と発音するのが、日本語としては自然である。
ところが、「蓮舫」は人名/固有名である。個人の名前の場合、日本語ではどう読もうとかまわない。「亀」と書いて「すすむ」と読む名前もあるくらいだ(なお、戸籍では、読み方を記載する欄はなく、本籍地と氏名だけである。住民票では、ふりがなを記載する欄はあるが、じつのところ、転居のたびに、読み方を変えても問題ない)。
この点から、「蓮舫」が人名であり、当人が「レンホー」と読むとしているのであれば、「レンホー」が正しいということになる。
ところが、伝統的日本語のルールとして、人名の読み方が音読みでも、訓読みでも成り立ちそうな場合には、とりあえず、音読みで読んでおけば、たとえ、間違いであったとしても失礼にはあたらないというものがあった。この点からは、音読みであり、連濁を含むものであっても、「レンポー」は自然な音読みであるのだから、失礼にはあたらないことになる。
失礼にはあたらないとはいえ、衆議院予算委員会の指名する人物(衆議院予算委員長?)が、本人が「れんほう」と名乗っているのに、「レンポーくん」と呼ぶのはどうしてだろうか?
そこで考えたのが、つぎのとおりである。
1)自然な日本語では、「蓮舫」は「レンポー」と読むのが、連濁からして、当然であり、それを「レンホー」と名乗っているのは、馬鹿であり、愚かであり、無教養であり、そのことを本人にやんわりと伝えるために、敢(あ)えて「レンポー」としている。
2)何も考えずに、「蓮舫」とあるから、たぶん「レンポー」と読むのだろうと思って、そう読んだだけにすぎない。
3)じつは、滑舌(かつぜつ)が悪く、「レンホー」と発音するのが難しく、うまく発音できないので、それを誤魔化(ごまか)すために、「レンポー」としている。
どれが正しいのか、どれも間違っているのか。わからないでいる。
2009年9月14日月曜日
「真逆(まぎゃく)」ではなく、「正反対」と言ったほうがよい。
いつの頃からか、真逆(まぎゃく)なることばが聞かれるようになった。活字でも目にする。
ところが、真逆は本来「まさか」と読むものであり、真逆様は「まさかさま」であり、場合によって「まっさかさま」と読む。
真逆(まぎゃく)なんてことばはなかったのである。
聞いたところでは、大学の附属高校から東京六大学を卒業したアナウンサー(要するに、立教出身の古舘伊知郎(ふるたちいちろう)のことだけど)が、出演するニュース=エンターテイメント番組で使い始めたそうだ。また、このアナウンサーは、捲土重来(けんどちょうらい)を「けんどじゅうらい」(今は許容だが)と読むなど、プロレス中継のときから、ことばを知らないと感じることがよくあった。
ことばというものは生き物であり、変化するのは仕方のないものだというのは、正しいが、テレビやラジオのアナウンサーや、新聞など、影響力のある媒体が、意識的に妙なことばを使うのはやめたほうがよい。
1987年出版の書籍。この頃はまだ、真逆は「まさか」でしかなかった。
2009年9月3日木曜日
美人時計
美人時計が話題になっていたので、検索してみた。
bijin-tokei(美人時計)official website / Japanese Ver.とbijin-tokei(美人時計)official website - Englishというのが出てきた。
美人時計とは、1分毎(ごと)に画像が変わり、その都度(つど)、手書きで時刻を記入した黒板を美人が手にした画像によって、時刻を知らせるものである。
公式サイトはこちら→bijin-tokei(美人時計)
bijin-tokeiという表記が見られるが、「美人時計」は、本来「びじんどけい」と、濁(にご)って読むべきではないのか?
例を列挙(れっきょ)する。
置き時計 おきどけい
掛け時計 かけどけい
壁掛け時計 かべかけどけい
目覚まし時計 めざましどけい
大名時計 だいみょうどけい
腕時計 うでどけい
柱時計 はしらどけい
日時計 ひどけい
火時計 ひどけい
水時計 みずどけい
砂時計 すなどけい
懐中時計 かいちゅうどけい
袂時計 たもとどけい(懐中時計のこと)
鳩時計 はとどけい
電子時計 でんしどけい
クォーツ時計 くぉーつどけい
水晶時計 すいしょうどけい
電波時計 でんぱどけい
振り子時計 ふりこどけい
セシウム原子時計 せしうむげんしどけい
花時計 はなどけい
親子時計 おやこどけい
世界時計 せかいどけい
なぜ、bijin-tokei(びじん=とけい)と、清音(せいおん)なのであろうか? 理解に苦しむ。
ちなみに、「時計」の前に、名詞などがくっついても濁音化(だくおんか)しないものもある。
スイス時計協会 すいすとけいきょうかい
シチズン時計株式会社 しちずんとけいかぶしきがいしゃ
ところで、美人時計を外国の人が見て、これが日本人女性の標準だと誤解する危険性があるのではないだろうか? 美人目当てに、移民が急増したら、どうするのかと考えてしまう。
2009年7月19日日曜日
道順を文章だけでわかるように表現できれば大したもの
A地点からB地点までの道順を、図や地図を使わずに、文章だけで表現し、その文章を読んだ人が迷うことなく、目的地まで辿(たど)りつければ、文章力は相当なレベルだと判断してよい。
以前、当校に在籍した高校3年生の生徒に、当校から自宅までの道順を書いてもらったことがあったが、だれがどう読んでも、自宅まで辿(たど)りつけない代物であった。けれども、その生徒は日本女子大学と明治学院大学に合格している。日本女子大学や明治学院大学が、道順をわかりやすく書けない人間でも合格できるようなレベルというわけではなく、それほど、正確に道順を書くということが難しいということである。
近所のお店のオーナーも、ちょっとわかりにくい場所にある店なので、電話で道順を訊(たず)ねられるが、迷わずに到(つ)いたお客さんはめったにいないそうだ。お客さんの理解力に問題があるのかもしれないが、これほど、道順をわかりやすく説明するというのは、難しいということだ。
だから、一般に、女子よりも言語面の能力に劣る男子が、たとえば小学5年生で、わかりやすい道順を書くことができれば、トップクラスの作文能力だといえる。
ところが、当校に天才小学生がいた。小学3年生にして、的確な道順を書いたのだった。当校から自宅までの道順を書いてもらったら、だれもが迷うことなく、自宅に辿(たど)りつける内容だった。
塾を出てから、右に進みます。50メートルほど進むと、左にぼくの家があります。
2009年7月10日金曜日
ゼロ戦の「ゼロ」はZEROという敵性語なんだから、太平洋戦争突入後は「ゼロ戦」と言えなかったはずだが……
太平洋大戦中、日本国政府は国民に、英語に由来するカタカナことばを敵性語(てきせいご)として禁じた[訂正:政府は禁じておらず、馬鹿なマスコミが敵性語の使用禁止を煽(あお)っただけにすぎなかった]。そのあたりのことについては、ウィキペディアWikipediaの敵性語の項目を参照してもらいたい。
個人的には、サクソフォンの金属製曲がり尺八と、カレーライスの辛味入り汁掛け飯の言い換えには笑ってしまった。
敵国の言語を敵性語として禁じるのであれば、日中戦争(支那事変(しなじへん))勃発後(ぼっぱつご)にも、中国語や漢語を禁じるのが道理(どうり)であるはずだが、さすがに、そんなことをすれば日本語そのものが使えなくなるので、実施してはいない。
さて、今日、近所のじいさんと話をした。えらく年輩の人で、太平洋戦争時に航空隊の兵士として出兵(しゅっぺい)していた。
敵性語云々(うんぬん)の話から、ゼロ戦(零式艦上戦闘機)の呼称についての話になった。ゼロ戦は、皇紀2,600年(西暦1940年、昭和15年)に制式採用された。2,600年の下2桁が「00」ということから、「零式艦上戦闘機」となった。略して「ゼロ戦」というわけだ。
ところが、「ゼロ」zeroは敵性語なのだから、「ゼロ戦」という略称は使えないはずである。太平洋戦争開戦後は、敵性語として英語は禁止されているからだ。
尤(もっと)も、英語のzeroの発音は、/zɪˈroʊ/または/zi:ˈroʊ/なのだから、「ゼロ」とはちょっと違う。なお、/ɪ/は「エ」の口の形で「イ」と発音するような音なので、実際には「エ」と聞こえる場合が多い。一方、/i:/は日本語の共通語(標準語)の「イー」を4分の3以下の長さで発音する。
さて、ウェブで調べると、「れいせん(零戦)」「れいしきせん(零式戦)」と呼ばれていたとか、建前(たてまえ)としては「れいせん」だったが、現場では「ぜろせん」と呼ばれていたとある。第2次世界大戦の撃墜王であり、『大空のサムライ』の著者でもある坂井三郎も「ゼロ戦」と戦時中から呼んでいたらしい。
で、近所のじいさんによれば、「零式艦上戦闘機」は「雷電1号」と呼ぶ上官がいたというのである。上官が「雷電1号」と言ったときには「ゼロ戦」のことだと判断しながら聞いていたという。そして、本来の雷電は「雷電2号」と呼んでいたそうだ。
これは初めて耳にした。
失礼ながら、なにかの記憶違いかもしれないと思ったが、雷電は零戦に替わる海軍の主力戦闘機となる予定であったし、零戦と同様に堀越二郎を設計主務者とする設計陣だったということからすると、ゼロ戦を「雷電1号」と呼び、雷電を「雷電2号」と呼ぶ部隊があったとしても、不思議ではないといえば不思議ではない。
本当のところはどうなんだろうか? 気になるところだ。ま、どうでもいいことなんだけど。
2009年7月9日木曜日
小中学生にとって、日本語というか、漢語にできないカタカナことば
メロディーは漢語では旋律なのであるが、これを知らない小・中学生は意外と多い。高校生でも知らない場合が多い。高校生となると、音楽に詳しくない場合には、旋律は、メロディーとリズムを足したくらいのものだと思っていることもある。
リズムは律動で、ハーモニーは和音なんだが、これも普通の小・中学生は知らない。
ま、知る必要もないけど。
2009年7月6日月曜日
「サラダ記念日」って、本当は「ドレッシング記念日」なんじゃないかと思ったことがある。
「サラダ記念日って、本当は、「ドレッシング記念日」なんじゃないかと思ったことがある。
もしかすると、ものすごくおいしい野菜を買って、サラダをこしらえたのかもしれない。いや、「サラダの味」というのは、「野菜+ドレッシング」の総合的なものを指すのかもしれない。そうであるならば、「サラダ記念日」でもよいことになる。
この味が いいねと君が 言ったから、7月6日は サラダ記念日
野菜そのものの味が変わることはない。となれば、味がよかったのは、ドレッシングのはずである。
この味が いいねと君が 言ったから、7月6日は ドレッシング記念日
「ドレッシング記念日」にすると、短歌としてはおもしろくないな。
もしかすると、ものすごくおいしい野菜を買って、サラダをこしらえたのかもしれない。いや、「サラダの味」というのは、「野菜+ドレッシング」の総合的なものを指すのかもしれない。そうであるならば、「サラダ記念日」でもよいことになる。
やっぱり「サラダ記念日」でよいようだな。
ちなみに、サラダ記念日に関わる別の記事は、「この味がいいねと君が言ったけど……」にあるよ。
2009年6月28日日曜日
tomorrowの語源
英語のtomorrowの語源について述べよう。
tomorrowは、ときには、to-morrowと綴(つづ)られる。
たとえば、『グレート=ギャツビー』(『華麗なるギャツビー』『大いなるギャツビー』と題名が訳されることもある)Great Gatbyの作者であるF. Scott Fitzgeraldは、to-morrowやto-dayと綴っている。
morrowは中期英語で「朝」morningの意味で、toは今のonくらいの意味。tomorrowは「朝に」on (the) morningくらいの意味だ。元来、複合語だったので、to-morrowとハイフンを入れる人もいたのだ。
「朝に」の意味だったのが、「翌朝に」の意味で用いられ、ひいては「翌日・明日」の意味になった。
このあたりは、古語の「つとめて」(早朝)が、後に「翌日の早朝」の意味も加わったのと事情は似ている。
2009年6月23日火曜日
「おこなう」を漢字で書いたときの送り仮名(がな)
「おこなう」を漢字で書くときには、「行う」と「う」だけを送ると決められている。「行う」が本則である。「行なう」は、許容の扱いだ。だから、小学生・中学生には、本則の「行う」で書くように指導する。
ところが、大学の教官・教員は、許容の「行なう」を使う割合がすこぶる高い。
たとえば、東京大学教養学部「基礎演習」テキストである(であった)『知の技法』では、「行なう」しか使っていなかったように記憶する。大学の教官・教員は、だいたい「行なう」で表記している。
「行なう」にこだわるのは、「行った」とあった場合、「行(い)った」なのか、「行(おこな)った」なのか、文脈に依存(いそん)するからであろう。文脈があれば、読み間違うことはないのだけれど。
事実、当初は、「行なう」が本則であったが、途中から、文脈があれば読み間違うことがないので、原則である「活用のある語の場合、活用語尾を送る」に変更した。
それでも、「行って」だと、「行(い)って」なのか、「行(おこな)って」なのか、ちょっとひっかかるので、大学の教官・教員は、おしなべて「行なう」を使っている。また、大量の答案を処理しなければならない大学入試で自分が答案などを読む場合にも、「行なう」が好ましいと考えているという意見も耳にしたことがある。
その一方で、中学校や高校の教員は、絶対に「行(おこな)う」でなければ間違いであると信じている者が少なからずいる。
以上のことから、つぎのように使い分けるのがよかろう。
中学受験・高校受験
「行う」と、活用語尾しか送らない。
大学受験
「行なう」と、活用語尾のほかに「な」も送る。
ちなみに、高校生にまで「行う」と「う」しか送ってはいけないと指導する塾・予備校は、大学内部のことを知らないと見なせるのではなかろうか。
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自己紹介
- 掃除機庵主人
- 和歌山県, Japan
- 早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。
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