この手の報道の場合、いつも疑問に思うのは、社会的地位が高い全盛期の写真か、あるいは、晩年の写真しか報道で用いられないことである。
そこで私は、マーガレット=サッチャーの若いときの画像を掲載しようと思う。
「それ、若すぎるやないか」というツッコミがありそうなので、もうちょっと成長したときのものを掲載しよう。
右端が若き日のマーガレット=サッチャーである。

パブpub(居酒屋)でピアノを演奏するマーガレット=サッチャーである。
鉄の女のイメージが変わってしまうのではないだろうか?
ところで、有名人は死ぬ前の写真を使用されることが多い。詩人の中原中也は30歳で亡くなったから、相当に若いときの写真しか流布(るふ)していない。しかし、小説家の井上靖や万葉集の研究家である犬養孝は長生きしたから、よぼよぼの爺(じじい)の写真が流布している。ところが、この3人は同い年なのである。
そこで思った、葬式や報道では、亡くなった人の写真は、男性の場合は40歳のときのものを使用し、女性は30歳あたりのものを使用するのがいいのじゃないかと。
古代ギリシアの文献を読み解く場合、「彼は第◯◯回のオリンピア[=オリンピック]の年に男盛(おとこざか)りであった」という記述があると、その年に40歳であると考えて、生年(せいねん)をその40年前だと考える。40歳というのは、一定レベルの経験があり、且(か)つ、なにごとかを成し遂げるのに必要な体力も備わっているということから、男盛りとされた。
女性の30歳は、もうおばさんじゃないかとの意見がうちの中学生から出た。
『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』に、こういうのがある。
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女のさかりなるは、十四五六歳二十三四とか、三十四五にしなりぬれば、もみぢの下葉に異ならず。
訳:女盛りというものは、14歳・15歳・16歳、23歳・24歳とかいうが、34歳・35歳にでもなってしまうと、もみじの下葉と変わらない。
意訳:女盛りというものは、14歳くらいから24歳くらいまでであって、34歳を超えると紅葉(もみじ)の葉が落ちて、木の根本で腐っているのと変わらない。
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時代が違うと、こうも価値観が違うという例だろう。
丸谷才一の小説『女ざかり』の主人公の女性は、40歳という設定だったと記憶している。これは、ギリシア時代の男盛りに合わせたものだろう。
さて、女ざかりは、何歳なのだろうか?
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