2012年11月15日木曜日

昨日の昼に、母親と保育園くらいの女の子がミッキー=マウスのテーマを楽しそうに歌いながら歩いていた。


 昨日、年若き母親と保育園児くらいの女の子が、ミッキー=マウスのテーマを唄(うた)いながら、歩いていた。ほほえましいくらいに楽しそうだった。

 ♪にゃにゃにゃん
 ♪にゃにゃにゃん
 ♪にゃにゃにゃにゃにゃん

 鼠(ねずみ)の歌を猫(ねこ)の鳴き声で唄っていた。
 本当に楽しそうに唄っていた。
 あまりにも楽しそうだったので、それは変だろうとは言えなかったが、やっぱり、鼠のキャラクターの歌を猫の鳴き声で唄っているというのは、複雑なものである。






 

2012年11月14日水曜日

溝端淳平のファンが当校にいたので、淳平のおじと同級生だったということを話した。

溝端淳平は第19回ジュノン=スーパー=ボーイ=コンテストでグランプリならびにボルテージ賞を受賞して、芸能界に進出した俳優である。

その溝端淳平のおじ(伯父、つまり淳平の父親の兄なのか、叔父、つまり淳平の父親の弟なのかは不明だが、名前から考えると、たぶん、伯父だろう)と高等学校の同級生だったので、卒業アルバムに載っている溝端淳平のおじの写真を見せてやった。

とりわけ鼻筋がそっくりだという。そりゃまあ、淳平の親戚(しんせき)だからな。

溝端淳平の伯父(または叔父)は、和歌山県立橋本高等学校時代、野球部の主将だった。生徒総会で、ほかの運動部よりも破格の予算を受け取っている野球部が、予算の申請書の内容と、実際の使途(しと)がまったく違うということを指摘して、その理由を糾(ただ)した。

すると、野球部主将である溝端くんは、野球に力を入れている私立高校の予算と較べると、情けなくなるくらいに少ない予算であるとか(じゃあ、野球に熱心な私立高校に行けばよかったのにと思うが、そういうところに特待生として進学できるレベルではなかったようだ)、こんなにもボロくなったボールも使って練習していますとか(それはほかの運動部も同じだったのだが)、質問とは関係のないことを延々(えんえん)と述べてごまかすということをした。性格・人柄は悪くはないのだけれども、致命的に頭が悪かった。

ところが、生徒総会直後から、それまでは普通に世間話をしていた女子生徒で、野球部の熱心なファンの女の子たちが、一切口をきいてくれなくなった。

「義(ぎ)」はこちらにあるはずなのに、そういう目に遭(あ)った。

嫌な思い出だ。

さて、溝端淳平の出身地は和歌山県橋本市恋野というところであると言ったところ、淳平のファンは、「恋野って、『恋の野原』ということですよね。カッコいい人は、出身地の地名もカッコいいんですね」という。

恋野出身で、カッコよくない人や不細工(ぶさいく)な人を私はいくらでも知っていると述べたが、効果はなかった。

「でも、淳平くんはすごくカッコいいです」

そりゃあ、そうだけどさ。



2012年11月13日火曜日

手作りのオノト型万年筆の思い出


 随分(ずいぶん)以前に、手作りのオノト型万年筆を買ったことがある。
 オノトOnotoとは、英国の万年筆メーカーであったトーマス=デ=ラ=ルーThomas De La Rue & Companyの商標である(現在の社名はDe La Rue Company Limitedで、万年筆は製造していない)。Onotoという商標は、世界のほぼどこでも同じ発音になるようにと考案したものだとされる。
 その昔、明治通りと早稲田通りの交差する一角に、ちんまりとした手作り万年筆屋があった。店主は老人で、店内でエボナイトの軸を削(けず)りだしたり、漆(うるし)を塗(ぬ)ったりして、万年筆を拵(こしら)えていた。勿論(もちろん)、大手の万年筆製造会社の品揃(しなぞろ)えもある。
 万年筆に強い興味を抱くようになると、曾(かつ)て人気を博(はく)したオノト型の万年筆も手に入れたいと思うようになるものであろう。
 件(くだん)の万年筆屋に足を運んだ。
 店主の手作りのオノト型万年筆が1万円だった。試し書きの文字を見てから、ペン先も調整してもらえる。
 万が一、インク漏れなどが生じた場合の無料保証期間はどのくらいなのかと、けちくさいことを訊(き)いてみた。

「私が死ぬまでが、無料保証期間です。不具合があれば、いつでも無料で直します」

 これぞ、まさに職人気質(しょくにんかたぎ)というものだと感心しながら、即座(そくざ)に購入した。

 店主は、2か月後に急死した。

オノト型万年筆というと、この写真のような意匠(いしょう)のものを指す。そのときに買った万年筆は、以前、生徒にやって、手許(てもと)にないので、「笑暮屋(えぼや)」のウェブサイトから写真を借りた。「笑暮屋」では万年筆のカスタムオーダーを請け負っている。リンクも貼っておこう。笑暮屋

2012年11月12日月曜日

ヨーロッパ製の台所用品などは本国では製造していないことが多く、検品だけして出荷しているにすぎないと近所の高級台所用品店の店主から聞いた。


 基本的に日本製のものを買っている。ただし、運動靴だけは例外で、アメリカ合衆国製のニュー=バランスNew Balanceしか買わないんだけど。
 先日、近所の高級台所用品店で買い物をしたときに、これはどの国の製品かを確かめていた。基本的に日本製しか買わない言ったところ、店主によれば、それはいい心がけである、日本製とアメリカ合衆国製は、法律によって、国内で実際に製造していないと日本製・アメリカ合衆国製とは表記できないが、ヨーロッパ諸国では、日本ほども法律が厳(きび)しくないので、発展途上国で製造させて、検品だけを本国で行なって、梱包(こんぽう)しているだけである場合が多いそうである。

 店主がその一例として挙(あ)げていたのが、世界三大陶磁器製造会社であるドイツのビレロイ&ボッホVilleroy & Bochであった。
 話の本筋から逸(そ)れるが、ドイツ語だったら「フィレロイ=ウント=ボッホ」となるはずだが、どうして「ビレロイ&ボッホ」と日本語で表記されるのか、不明である。もともとはフランスのロレーヌ地方で企業したからだとしても、フランス語読みなら、「ヴィレロワ=エ=ボック」となる。
 ビレロイ&ボッホは、日本で第2位の陶磁器メーカーである鳴海製陶(なるみせいとう)のインドネシア工場で委託生産したものをドイツに運び込み、ドイツ人が検品して梱包(こんぽう)して出荷しているそうである。

 だが、あとで私は思った。

1)ドイツ人やほかのヨーロッパ人がデザインする。
2)インドネシアの工場で、インドネシア人が製造する。
3)その生産管理・品質管理を日本人が行なう。
3)最終的にはドイツ人が検品して、出荷する。

 ある意味では、最強の組み合わせのひとつになっていないか?

 ビレロイ&ボッホの製品を買ってみたくなった。もちろん、鳴海製陶のインドネシア工場製のものをね。ただし、問題点は、どの製品が鳴海製陶のインドネシア工場製なのかがわからない点である。



2012年11月11日日曜日

うちの近所のコンビニエンス=ストアに長友佑都の同級生だった店員がいた。

うちの近所のコンビニエンス=ストアにインテル=ミラノFootball Club Internazionale Milanoの長友佑都(ながともゆうと)の高校時代に同級生だったという店員がいた。

その店員は東福岡高等学校で、長友佑都と同級生だったという。彼は野球部で、長友佑都はサッカー部だったので、同じクラスになったことはなかったそうである。

その店員は、高校時代の戦績が、長友佑都にしても、自分にしても、それほど目立ったものではなかったという点で共通しているのに、今では(2015年からというのが正確か)、長友佑都は年俸(ねんぽう)が80万ユーロ€800,000(2012年9月の時点で8,000万円くらい)で、再契約の年俸が140万ユーロ€1400,000(1億5千万円くらい)で、一方、その店員本人は深夜の勤務で時給1,050円という。なお、サッカー選手の年俸(ねんぽう)は、税抜きの金額を発表する。日本の野球選手の年俸は、税込みで発表する。だから1億5千万円をイタリアの税率43%を引いた0.57で割ると、2億6千万円以上になる。

「ああ、どうして、こんなにも違っちゃったんだろうな」と彼は言った。

その後、私は考えてみた。

まず、素質が違う。母方の祖父ならびに大叔父は競輪選手である。父方の祖父は明治大学出身のラグビー選手である。

つぎに、長友佑都は運にも恵まれている。

U-22代表に選ばれたきっかけは、明治大学のサッカー部の神川明彦(かみかわあきひこ)監督が、明治大学の1年後輩で、U-22のコーチである江尻篤彦(えじりあつひこ)に、騙(だま)されたと思って見て欲しい選手がいると電話をかけたことである。神川明彦監督は、「(大学の後輩の)江尻がコーチでなければ電話はできなかった。直接話せる人がそういう立場にいることはなかなかないし、運命だった」と語っているそうである。

また、長友佑都がインテル=ミラノにレンタル移籍した際の監督はレオナルドである。レオナルドは以前、鹿島アントラーズに在籍していた。日本代表監督のアルベルト=ザッケローニに電話で会話を交わし、長友佑都のレンタルを決めたそうである。

3つ目は、本人の努力と人柄(ひとがら)のよさであろう。

違いが生じるのは、それ相応のものがあるのだろう。

2012年11月10日土曜日

インドネシアの青年にJKT48の動画を見せてあげたところ、……

インドネシアIndonesiaの青年が近所の工務店に勤めている。そのインドネシア青年と話をしたときに、JKT48のことを話したが、知らないという。

JKT48とはインドネシアのジャカルタJakartaで結成されたアイドル=グループである。Jakartaのr以外の子音からJKTとし、アイドルとしての売り出し方は、AKB48のフォーマットに基づくものだそうで、48をつけて、JKT48としたものである。

当校の生徒が帰った後で、YouTubeにアップロードされているJKT48の動画を、インドネシア青年に見せたところ、インドネシアにこんなにも綺麗(きれい)な女の子がいるとは……と驚いていた。

この話を当校の生徒たちに話したところ、こんなことを言った生徒がいた。

 AKB48は、不細工(ぶさいく)で未完成な人たちを集めて、整形手術も含めて、その成長を楽しむというものである。ところが、それなりの収益(しゅうえき)を出すまでに時間がかかりすぎて、途中で追加投資を依頼しなければならなくなり、挙(あ)げ句(く)の果(は)ては、投資者のマンションの合鍵(あいかぎ)をAKB48のメンバーに渡(わた)すなどというようなことをして、週刊誌で報道されたりもした。
 こうしたことを反省して、先ほどのインドネシア青年の発言が正しければ、最初から美少女を集めて、少なくとも外見は完成されたもの、つまり、インドネシアの人の感覚で、ものすごい美少女だらけにして、売り出したのではないか?

そう言われると、そんな気もしなくもないなあ。

また、クール=ジャパンCool Japanの一環(いっかん)として、JKT48は結成されている。テレビでの露出(ろしゅつ)を増やすために、日本企業のテレビ広告にJKT48を起用している。私の知るかぎりでは、ポカリ=スエット・ヤマハモーターズ=インドネシア・Biore(ビオレ)・シャープ=アクオスSHARP AQUOSなどがある。
なかでも、ポカリ=スエットは、ミネラル=ウォーターを飲むよりも健康によいと訴えたこともあり、この夏、インドネシアで売れに売れたそうである。

こうしたやり方、つまり、日本の芸能人を強引に売り込むのではなく、アイドルの売り出し方の方法論だけを売り、成員(せいいん)はその国の人々で揃(そろ)えるというのは、じつに日本らしいやり方だし、また、AKB48での失敗を改善して、おそらくはとびきりの美少女を集め、さらには、短期間で知名度を上げるために、日本企業によるインドネシアでのテレビ広告に出演させている。

以上のことを考えた者(たぶん、若手官僚)はじつに賢(かしこ)い。

ところで、タータンチェックを基本とした衣装(いしょう)は、くだんのインドネシア人によると、頗(すこぶ)る新鮮に感じるそうである。




2012年11月9日金曜日

日本の女優などは、整形した直後に髪型を変えるとうちの女子生徒が指摘していた。


 うちの女子生徒から聞いた話なんだが、日本の(ここでの「日本の」は日本人には限らなく、在日外国人も含む)女優やアイドルは整形手術をすると、髪型を大きく変えるそうである。髪型を変えることによって、一般大衆の目を髪に向けさせ、たとえば目元を整形したということに気づきにくくするのだという。

 説得力のある話である。

 ところが、私自身、アイドルや女優を入念(にゅうねん)に眺(なが)めたことがないので、真偽(しんぎ)は不明である。

 そういえば、元AKB48の前田敦子は、最近、矢鱈(やたら)と髪型を変えているらしい。

自己紹介

自分の写真
和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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