2013年5月31日金曜日

三好達治「甃(いし)のうへ」という詩の入試問題について

 三好達治の『測量船』という詩集に「甃(いし)のうへ」という詩がある。それが大学入試で出題されたことがある。今なら、その問題は、女性に対する不当な偏見であるとして、出題されない。

 つぎのものである。

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  甃(いし)のうへ

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかに跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺(みてら)の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしびさし)に

風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
---

 設問(せつもん)は、3行目にある下線のある「をみなご」についてのものであった。「この『をみなご』は何人か」というものであった。

 正解は「2人」である。

 まず、「をみなご」は「女の子」「若い女性」くらいの意味である。つぎに、「語らいあゆみ」、つまり「話しながら歩き」とあるので、ひとりではない。ひとりでは、語らうことができないからである。第3に、「しめやかに」、つまり「おしとやかに」「静かに」とあるので、大声で話している状況ではない。そして、「女三人寄れば姦(かしま)しい」という諺(ことわざ)がある。3人いると「しめやかに語らいあゆ」むことができない。ということで、2人となる。

 高校生のときに、国語の教師が授業中にこの問題を紹介し、私に何人だと思うかと訊(たず)ねた。私は、さっぱりわからなかったので、間違えるよりは、笑いをとろうと、「おそらく、273人だと思います」と答えた。「女子高の修学旅行か」と応(おう)じられた。

 その後、この問題は高校入試でも出題され、中学入試でも出題された。うまくできた問題だと思った人が少なくなかったのであろう。

 なお、この問題を小学生から高校生までに出してみたら、正解率はさほど変化しなかった。知識が増えたからといっても、年齢が上がったからといっても、正解率が変わらなかった。

 わかる人にはわかるし、そうでない人には、いつまで経(た)ってもわからない。私は「いつまで経ってもわからない」側の人間である。

2013年5月30日木曜日

地元出身の偉人のせいで、小学校や中学校の授業内容が影響を受ける事例

 私の出身地・和歌山県橋本市からはオリピック金メダリストをふたり輩出(はいしゅつ)している。

 ひとりはベルリン=オリンピックの女子200m平泳ぎで金メダリストになった前畑秀子(まえはたひでこ)であり、もうひとりはメルボル=オリンピックの男子200平泳ぎで金メダリストになった古川勝(ふるかわまさる)である。

 ちなみに、古川勝の姪っ子(めいっこ)とそのいとこを知っているが、このふたりはなんの努力もしないでも、もとから相当に身体能力が高く、そのふたりをはるかに凌(しの)ぐ身体能力の持ち主である古川勝が猛練習して、やっと金メダルがとれるということから、金メダルというのは大したもんだとつくづくと感心したことがある。

 それはともかく、小学校や中学校では夏の間、梅雨が明けきらぬうちから水泳の授業が始まり、9月になっても水泳の授業があった。その間の体育の授業はすべて水泳であったと記憶している。

 中学校の水泳部は、1日あたり1万メートルを泳ぎこんでいた。

 幼少のころは、全国の学校では、夏は水泳の授業しか行なわれないものだと思っていたし、水泳部は毎日1万メートル、泳ぐものだと思っていた。

 しかしながら、東京の学校では、自前のプールがないので、水泳の授業が年間3回しかないとか、まったくなかったりする学校も存在する。どちらかというと、学校ではなく、スイミング=クラブ主体なのである。

 そういえば、消しゴム版画家の故・ナニシー関(せき)のエッセイ集によると、彼女は、世界的版画家・棟方志功(むなかたしこう)と同郷であり、棟方志功の影響で、小学校の図画工作の時間は、ほとんど版画ばかりを彫(ほ)らされていたという。

 どこでも、そういうもんらしい。

 ところで、多変数解析函数論(たへんすうかいせきかんすうろん)への貢献で世界的に有名な数学者・岡潔は大阪市の生まれであるが、和歌山県伊都郡(いとぐん)紀見村(きみむら)にある尋常小学校と尋常高等小学校高等科を卒業しており、また、終戦を挟んで10年くらいを今の橋本市で過ごしている。

 しかし、数学・算数教育にはとりたてて力は入れていなかったのが不思議だったけれども、最近になって「橋本市おもしろ算数数学教室」や「橋本市岡潔数学WAVE」というのを立ちあげて、力を入れ始めたそうだ。

2013年5月29日水曜日

デーモン小暮閣下の住んでいる高級マンションが判明したときの話

 隨分(ずいぶん)と前の話になるが、デーモン小暮閣下の住んでいる高級マンションがわかった。そういう話は、意外と簡単に入ってくるのだ。うちの近所に住んでいる有名人はだいたい把握(はあく)している。

 その話をしたところ、聖飢魔IIという楽団(バンド)のことを直接的は知らない中学生も興味を示した。

 そして、何人かの中学生が、とある日曜日に、自転車でそのマンションの前まで行って、そのあたりをうろうろした。しかしながら、デーモン小暮閣下らしき人物は見かけなかったが、よくよく考えると、(世を忍ぶ仮の姿である)素顔がわからないのだから、本人が目の前を通ってもわからないということに気づいた。

 なお、その近くで漫画家のやくみつるを見かけたという生徒がいて、世田谷区桜新町に住んでいる人がこんなところを歩いているのだろうかと疑問に思っていたが、デーモン小暮閣下が住むマンションがあるということで、疑問が解消したという。デーモン小暮閣下とやくみつるとは、高校と大学が同じなのである。

 ちなみに、そのマンションの周辺をうろうろした中学生は、私服姿の西武ライオンズの選手を目にしたので、うれしかったという。その高級マンションには西武ライオンズの選手も2人か3人、住んでいるらしい。

2013年5月28日火曜日

昨日は日本海海戦の日だった。

 昨日、5月27日は日本海海戦の日だった。世界的には「対馬の戦いBattle of Tsushima」と呼ばれている。

 連合艦隊の一方的な勝利であった。戦死者だけで見ると、日本は117名、一方、露西亜(ロシア)は、4,830名だった。

 日本海海戦の作戦を立てたのは秋山真之(あきやまさねゆき)であった。「皇国ノ興廃ハコノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ」「本日天気晴朗ナレドモ、波高シ」は、秋山真之の草案である。

 秋山真之は、日本海海戦の報告書を作成している。

「天佑(テンユウ)ト神助(シンジョ)ニヨリ」で始まっている。天佑とは、天の佑(たす)けであり、神助は、神の助(たす)けである。

 その後、日本海海戦に参加した参謀などが後輩に、日本海海戦の勝因を訊ねられるとだれもが口を揃(そろ)えて、こう言った。

「天佑(てんゆう)だな」

 主たる勝因を訊(たず)ねると、だれもが、運がよかったとしか言わなければ、人事を尽くすということをしなくなるにちがいない。

 帝国海軍が駄目になった理由のひとつとして、このことが挙(あ)げられるのではないかと思っているのだけど、ほかにはだれも同じことを指摘してはいない。

 うーん。



2013年5月27日月曜日

『居酒屋ほろ酔い考現学』の著者の居酒屋代は必要経費として落ちるのであろうか?

『居酒屋ほろ酔い考現学』の著者・橋本健二は、早稲田大学人間科学学術院教授である。今年(2013年)3月末までは武蔵大学社会学部の教授だった。

なお、「考現学」というのは、「考古学archaeology」から創(つく)り出したもので、考古学が「古(いにしえ)」について考える学問だから、「現代」について考える学問として「考現学」もありなんじゃないかと、あまり知的ではない人たちが使い出した造語である。西洋語には「考現学」に相当する語はない(と思う)。しかしながら、書名にすると、それなりにインパクトがあるから、編集者に強く勧められて採用しているのだろう。

橋本健二は真面目な社会学者で、階級論に詳しい。階級や社会階層に関して、橋本健二の著書を繙(ひもと)いたところ、『居酒屋ほろ酔い考現学』なんて本まで出していた。さすがに、これは身銭(みぜに)を切って買おうとは思わなかったので、図書館で借りたが、おもしろかった。

ブログも読んでいて楽しい。まあ、酒呑(さけの)みでなければ、全然おもしろくないんだろうけどね。

ブログはここね→橋本健二の居酒屋考現学

そこで、ふと思った。自営業なら、交際費として、なんでもかんでも経費で落とせるが、大学教授の場合はどうなのだろうか、と。

橋本健二の場合、居酒屋に関する著書もあるし、ブログも頻繁に更新しているから、経費として認められているような気がする。

このことを、全国の社会学の教授が知れば、いろいろな考現学が登場して、経費で落とすということもありそうだ。

もしも、『キャバクラ考現学』という著書を社会学者が著(あらわ)せば、その社会学者は経費でキャバクラ遊びができることになる。

また、『イタリアン=レストラン考現学』なんてのもできそうだ。週に3回、イタリアン=レストランで食事をして、その感想をブログにしたためつつ、著書にすればよいのだから。

今後、社会学者がサブの研究対象として、こうしたものを取り上げるとおもしろいだろう。でも、週に2回から3回は通ったり、遠征したりしないといけないだろうから、よほど好きでなければ、続かないだろうな。

なお、うちの塾は武蔵大学の近所にあり、1度だけ、橋本健二かと思った人を見かけたんだけど、小心者なので、声をかけることはできなかった。ちょっと、残念。



2013年5月26日日曜日

アメリカ合衆国海軍の新造アーレー=バーク級ミサイル駆逐艦(イージス艦)の名前が「ダニエル=イノウエ」になる。

 アメリカ合衆国海軍の新造アーレイ=バーク級ミサイル駆逐艦Arleigh Burke-class guided-missile destroyer (イージス艦)の名前が「ダニエル=イノウエDaniel Inouye」になるという。

 元の記事はこれね→SECNAV Names Next Two Destroyers

USS Daniel Inouye (DDG-118)

 かっこいいな。

 ダニエル=イノウエ(日本名:井上建(いのうえけん))は、ハワイ生まれの日系アメリカ人で、第2次世界大戦にあっては、アメリカ合衆国陸軍第442連隊で活躍し、軍人として最高の名誉勲章Medal of Honorを受勲している。第2次世界大戦中の名誉勲章は464個で、そのうちの21個は第442連隊が受勲している。

 ちなみに、ダニエル=イノウエの死去にあたり、元・日系兵で名誉勲章を受勲していて、生存しているのは、ジョージ=サカトGeorge Sakato(日本名:坂戸太郎)だけになってしまった。ちょっと、さみしい。

 以前にダニエル=イノウエについてしたためた記事はつぎのもの。

ダニエル=イノウエ死す

 オバマ大統領は、若きころ、有色人種である日系部隊が活躍し、アメリカ合衆国での地位向上に貢献し、さらにはダニエル=イノウエが上院議員となっていることを知り、夢と希望と憧れを抱いたという。オバマが上院議員当選後、最初に訪れたのは、ダニエル=イノウエだった。

 オバマ大統領は、ダニエル=イノウエの葬儀で、涙を流した。アメリカの民主党そのものは、親中的なんだけど、アメリカ合衆国の政府高官によれば、オバマは、今上天皇に謁見(えっけん)する際に、日本が大東亜戦争を戦ったからこそ、有色人種である自分が大統領になれたと思った途端(とたん)に、感極(かんきわ)まって、思わず、最敬礼に近い深いお辞儀をしたそうである。




2013年5月25日土曜日

硫黄島の戦いに際して徴兵された可哀そうな人

 硫黄島の戦いの前に、朝日新聞の記者が軍部を批判した。

 軍部の逆鱗(げきりん)に触れたその記者は、40歳くらいの年齢であるにも拘(かか)わらず、徴兵(ちょうへい)されることになった。また、同時に、軍部による報復だと思われないようにするために、同じくらいの年齢の者を多数、徴兵した。

 朝日新聞の同僚(どうりょう)などが画策(かくさく)して、その記者の徴兵を取り消してもらった。

 しかしながら、同時に徴兵されることになった40歳前後の残りの者は、そのまま、硫黄島に送られ、戦死した。

 祖国防衛のために戦死するのは致(いた)し方(かた)ないとしても、下っ端(したっぱ)の兵卒(へいそつ)としては異常な高齢で、戦死するのは、なんだか、悲しい。

 朝日新聞によって殺されたようなものだろう。

2013年5月24日金曜日

消せるボールペンによる領収書詐欺(りょうしゅうしょさぎ)をやろうとする会社員が、いまだにいるらしい。

 会社員による消せるボールペンによる領収書詐欺(りょうしゅうしょさぎ)が、今でもあるそうだ。

 経費で落とせるものについて、領収書をもらうときに、消せるボールペンを店員に渡し、これで記入してくださいという。店員からすると、拒む理由が見当たらないので、手渡されたボールペンで記入する。その後、大きい金額に書き換え、経理部に提出する。

 ところが、そんなことをやる奴は、10年前からいるんだから、経理部や税理士は、簡単に見抜く。

 たぶん、今、そんなことをやる人は、ウェブで調べたりしないで、消せるボールペンで領収書を書いてもらって、書き換えれば、小銭稼(こぜにかせ)ぎができると考え、「こんなことを思いつく俺って、頭がいいなあ」と悦(えつ)に入(い)っているのだろう。

 自分が思いつくくらいだから、大したことはないだろうし、対処法があるはずだと、なぜ、思わないのかが、不思議でならない。

 ん、馬鹿だから?

2013年5月23日木曜日

Meganという人名の発音は「ミーガン」ではない。

 最近の英語の教科書では、以前なら登場しそうになかった名前が増えている。

 Meganものそのひとつである。

「ミーガン」/mí:gən/と読むなよと言ったら、うちの生徒の英語担当の教師がみな、「ミーガン」と読んでいるということが判明した。

 普通は「メガン」/még(ə)n/であり、たまに、「メーガン」あるいは「メィガン」/méigən/と読むことがあるくらいらしい(発音記号はジョーンズ式である)。

 Megan's Lawという法律が誤って「ミーガン法」と表記されているせいだろうか。また、Megan Foxという女優がいて、日本語では「ミーガン=フォックス」と表記されている。

 Meganはウェールズ語のMargalet(ギリシア語の「真珠」に由来)の愛称なんだけど、Megan Foxはアメリカ先住民とフランス人とアイルランド人の血をひいている。ウェールズは関係ないじゃん。こういうことを気にかけないのがアメリカ的なのかもしれない。

 そういえば、Kellyというファースト=ネームの少女が登場する教科書もあるが、Kellyはもともとアイルランド語の姓であって、ファースト=ネームではない。しかし、実際に、Kellyというファースト=ネームは増えている。

2013年5月22日水曜日

アメリカ合衆国にはレンタルDVD屋さんがない。

 レンタルDVD屋さんがアメリカ合衆国にないというと、小学生や中学生は驚く。

 アメリカ合衆国では最新作のDVDでも1,000円前後だ。この廉(やす)さは、子どもには理解できないようである。

 レンタル屋さんがないから、買うしかない。そうなると、販売数が増えるので、1,000円くらいで販売しても採算がとれる。

 ところが、日本はというと、もともと、富裕層を対象にしてレコード業界が発生した。レコードどころか、蓄音機を購入することさえ、富裕層でなければできなかったし、そのくらいの価格設定でなければ事業として成立しなかった。

 その結果、国民の所得水準からすると、むやみに高いものとなった。

 それでなんとかなった。

 日本の所得水準が上がり、販売数も大幅に増えたが、しかし、レコード業界は価格を下げることはしなかった。

 そこで、レコードをレンタルする店が現(あら)われた。

 つづいて、CDやビデオ、DVD、Blu-rayまでレンタルされるようになった。

 その結果、商品価格は高価格のままである。

 私はレンタルしたことがないし、買った映画は少なくとも100回以上は見るから(ただし、音声のみで、画面を観ないことが多い)、レンタルなしで販売価格1,000円のほうがいいのだけれど。

 最近ではアマゾンAmazon.co.jpで1,000円程度のDVDが売られているから、この方向に流れていくのだろうな。

2013年5月21日火曜日

漫画家・本宮ひろ志は嫌がらせのためだけに浦安市から白浜町に引っ越した。

収入の大半が印税だからというよくわからない理窟(りくつ)で、浦安市が、宴会の費用を必要経費として認めなかったことに、『サラリーマン金太郎』『男一匹ガキ大将』などで知られる漫画家の本宮ひろ志は、腹を立てた。そこで、運営するプロダクションと自宅を千葉県浦安市から白浜町(現・南房総市)へと移転させた。

住民税には、均等割と所得割とがあって、所得割は前年度の所得に応じて課税される。高額所得者がいれば、それだけ住民税は増える。

本宮ひろ志とそのプロダクションが引っ越したことで、浦安市居住のスタッフまでもが引っ越し、その結果、浦安市の税収は5億円くらいの減収となったと記憶している(もしかすると、3億円の記憶違いかもしれない)。20年で100億円だ。

これは、たかだか20万円の宴会の費用を経費として認めなかった職員が悪いな。

2013年5月20日月曜日

「屠(ほふ)る」の読み方は、理屈にあっていない。

「屠る」は「殺す」の意味だが、その読み方は一般に「ほふる」とされる。これだけが、なぜか、正仮名遣(せいかなづか)い[=歴史的仮名遣い]のままである。

 もしも「ほふる」であれば、「ふ」は「う」となる。「ほうる」となり、発音自体は「ホール」になる。

「屠る」は「ほうる」でなければならないはずだが、どういうわけか、これだけは「ほふる」のままなのである。

 理由は、思いっきり端折(はしょ)ると、こんなところだろう。

 大東亜戦争終戦後、現代仮名遣いが導入されたが、漢字制限も受けた。当用漢字表である。のちに、当用漢字表は、漢字が少なすぎるということで常用漢字表に変更した。

 漢字の制限があるので、「屠る」は使えなくなっていた。音読みの場合の熟語でも、「屠殺(とさつ)」は、「と殺」と表記されるようになっていた。

「屠」の訓読みに接することなく、ずいぶんと長い期間が経(た)ったわけだ。

 一方、辞書編纂者(じしょへんさんしゃ)も、使われないことばということもあって、「屠る」を「ほふる」として掲載したままだった。

 近年になって、少ない漢字だけでは印象に残ることが難しくなって、「屠る」を使うようになったが、このことばを採用する側にしても、普段から使っていることばではないので、辞書の記述を鵜呑(うの)みにする。

 こうしたことから、「屠る」は「ほふる」と読むのが定着した。

 しかしながら、なぜ、歴史的仮名遣いのまま読むのか、いさかか疑問に感じる。



2013年5月19日日曜日

サンリオのネーミングの由来

 創業者は山梨県出身だった。「俺は山梨(出身)の王になる」という願いを込めて、「山梨王(やまなしおう→さんりおう)」を音読みして、ちょっと省略して「サンリオ」とした。

 ところが、外国人に命名の由来を訊(たず)ねられたときに、音読みと訓読みの違いも説明しなければならないから、面倒くさい。

 そこで、スペイン語で「聖なる河」を意味するsan rioに由来すると、嘘の説明をしていると社員から聞いた。

2013年5月17日金曜日

日本屈指(くっし)のベーシストといわれた細野晴臣(ほそのはるおみ)がベースギターをやめた理由

 元イエロー=マジック=オーケストラの細野晴臣(ほそのはるおみ)がベーシストだったということは、今の若い人は知らないだろう。しかし、彼は、日本でも屈指(くっし)のベーシストであった。

 しかし、彼はベーシストをやめた。

 その理由を訊(き)かれた細野晴臣は、こう答えた。

「ん……重いから」

2013年5月16日木曜日

なるかみの すこしとよみて さしくもり あめもふらぬか きみをとどめむ:『言の葉の庭』に登場する和歌

 新海誠(しんかいまこと)の新作アニメ『言の葉の庭(ことのはのにわ)』の予告を視聴したら、『万葉集(まんようしゅう)』の和歌が出てきた。柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の和歌だ.

なるかみの すこしとよみて さしくもり あめもふらぬか きみをとどめむ

万葉仮名(まんようがな)表記と、漢字仮名交(ま)じりの解釈だとこうなる。

雷神 小動 刺雲 雨零耶 君将留

鳴(な)る神の 少し響(とよ)みて さし曇(くも)り 雨も降らぬか 君を留(とど)めむ

で、一般的な解釈は、つぎのとおり。

雷神(かみなり)の音がかすかに響(ひび)いて、空も曇(くも)って雨も降(ふ)ってこないかしらねえ。そうすれば、あなたのお帰りを引き留(とど)めましょうに。

 予告編では、この和歌を呟(つぶや)いた雪野百香里(ゆきのゆかり)は、傘をさして出て行く。

 うーん、謎だ。

 5月31日公開なんだけど、観(み)に行こうかどうか、悩んでいる。うちは休みなしにやっているから、午前中しか観に行けない。たぶん、早起きができないから、劇場で観ない可能性が高い。

[追記]
 作品では、秋月孝雄(あきづきたかお)は、返歌として、同じく柿本人麻呂の和歌を引用する。

なるかみの すこしとよみて ふらずとも わはとどまらん いもしとどめば

雷神 不動 雖不零 吾将留 妹留者

鳴(な)る神の 少し響(とよ)みて 降らずとも 吾(わ)は留(とど)まらん 妹(いも)し留(とど)めば

雷神(かみなり)の音がかすかに響(ひび)いて、雨が降らなくても、私は留(とど)まりますよ。あなたが引き留(とど)めるならば。




2013年5月15日水曜日

共通一次試験導入のきっかけは横浜国立大学の内ゲバ殺人だった。

 共通一次試験(正式名称:大学共通第1次学力試験)が導入されたきっかけは横浜国立大学での内ゲバ(うちげば)殺人だった。内ゲバは、「内部(ないぶ)ゲバルトGewalt」の略称で、ゲバルトはドイツ語で「暴力」の意味である。

 1971年に、革マル派活動家が横浜国立大学内で中核派に殺害される。ついで、1974年に革マル派活動家が中核派に襲撃され、学生食堂に逃げ込んだが、学生が遠巻きに見守る中で、中核派がバールで後頭部を打ち砕(くだ)いた。

 当局側が、この事件に驚いた。それ以前にも内ゲバ殺人事件はあったが、国立大学での内ゲバ事件でも、主犯はその国立大学内に入っていた私立大学の文系の学生や専門学校生が多かったので、危機意識がなかった。馬鹿がやっているにすぎないと。

 ところが、横浜国立大学といえば、旧2期校のトップクラスの大学である。なぜ、そこの学生が内ゲバ殺人事件を起こしたのか、当局が調べた。

 東京大学をはじめとする旧1期校の難関大学に不合格になって、旧2期校の横浜国立大学に進学した学生が多かった。

 世田谷をはじめとする海岸寄りの東京西部と神奈川県川崎市・横浜市、その他の神奈川県在住者にとっては、千葉大学は遠すぎるし、東京外国語大学は、もともとは語学を生かしたスパイを養成する学校のようなところだし、東京学芸大学は給料の廉(やす)い教員養成施設にすぎないということで、横浜国立大学を受験し、進学する。だから、横浜国立大学は、消去法によって、2期校では優秀な大学になっていたにすぎなかった。

 小学3年生あたりから、難関大学に進学しろと親に尻(しり)を叩(たた)かれ、10年あるいはそれ以上に亘(わた)って猛勉強につぐ猛勉強をした結果が、横浜国立大学となれば、落胆(らくたん)が大きいのは想像に難(かた)くない。

 そして、その一部が、過激な学生運動に加わった。

 マルクス主義という進歩史観(しんぽしかん)の魔物に魅入(みい)られた者たちである。進歩史観というは、世の中は徐々に、確実によくなっていくものであり、最終的には理想的な状態になるはずであるとするものである。進歩史観を信奉(しんぽう)することは、現時点で自分が思うとおりにならないのは社会が間違っているからであり、社会が進歩していれば、自分はもっと高く評価されているにちがいないと考えることでもある。マルクス主義者で、後に高く評価された例もあると考える場合もあるかもしれないが、高く評価しているのはマルクス主義者たちだけであって、それ以外からは評価されていない。

 私の知り合いでも、望んだレベルの大学に進学できなかった人たちの中に、共産党員や左翼活動家になったという事例(じれい)は少なくない。

 そんなわけで、当局は策(さく)を講(こう)ずることにした。

 まず、1期校と2期校をなくし、国立大学は1回しか受験できないことにする。こうすれば「屈辱(くつじょく)の2期校進学(横浜国立大学進学)」がなくなる。大学の序列(じょれつ)がなくなるだろうと考えた。

 つぎに共通1次試験の導入である。5教科7科目を受験させ、自己採点によって自分がどの程度の成績であるかを知らしめ、妥当(だとう)な大学を受験させることとした。

 ところが、大手予備校が30万人分以上の自己採点の結果と志望校のデータを集め、共通1次試験の結果から合格できそうな大学を割り出すということをした。国立大学の序列化(じょれつか)が一層(いっそう)進んだわけである。

 また、東京大学などの超難関大学は、共通1次試験のようなレベルの低い問題で高得点をあげられることが大学進学後の学業には相関関係がないとして、共通1次試験の比重をきわめて低くし、2次試験の比重を大きくした。つまり、共通1次試験の価値を減らす戦略(せんりゃく)に出たのである。最上位の国立大学に対しては、共通1次試験は効力(こうりょく)がなかったのである。

 一方、大学進学にあたって、5教科7科目も受験してられるかよという層もいた。高度経済成長によって、私立大学の学費が負担できる社会階層が大幅に増えていた。その結果、私立大学の偏差値が急上昇した。偏差値で10から15、上昇した。真ん中あたりから下の国立大学の価値が下がったにすぎなかった。

2013年5月14日火曜日

東京藝術大学には校歌がない。

 東京藝術(げいじゅつ)大学ともなれば、どのくらいに技巧的(ぎこうてき)な校歌なのだろうと気になって調べた。

 東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)には、校歌があった。美術学校の学生が作詞をして、東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)の山田耕筰(やまだこうさく)が作曲したものである。

 しかし、東京藝術大学そのものには、今でも校歌はない。

 ほかにも、東京大学のように校歌のない大学はあるが、旧帝国大学には、校歌の替(か)わりとなる寮歌や応援歌がある。

 一方、東京藝術大学は、その前身である東京音楽学校時代も含めて、卒業生や教員、大学・学校が直接に依頼を受けったものまで含め、夥(おびただ)しいまでの校歌のみならず、市歌・社歌・団体歌を嘱託作曲(しょくたくさっきょく)している。

 たとえば、信時潔(のぶとききよし)という教員は、894曲もの校歌を作曲している。慶應義塾塾歌・学習院院歌(いんか)・東京都立西高等学校校歌・灘高等学校校歌・日立製作所社歌などはこの人の作曲による。また、ついでながら、第二国歌とまでいわれた「海ゆかば」も作曲している。「海ゆかば」やそのほかの軍歌の作曲により、戦後は不遇だったらしい。

 東京藝術大学はあくまでも供給(きょうきゅう)する側なので、校歌がないというのはおもしろい。

追記:最近、「芸術」ではなく「藝術」を使用する大学が増えているようだ。東京藝術大学や日本大学藝術学部などである。「藝」と「芸」は、もともとは、まったく別の漢字だったので、本来の正しい意味の漢字である「藝術」を使いたがるようになっている。東京藝術大学は以前から校門の看板には「藝術」を使用していたが、日本大学藝術学部は、曾(かつ)て、「芸術」を使用しており、日本大学藝術学部に通う教え子に、看板の漢字に知性の差が出ているとからかっていたのだが、校舎の建て替えをしてから、看板が「日本大学藝術学部」となっている。ちょっと、残念だ。

2013年5月13日月曜日

卵の自動販売機がうちの田舎にあると言ったら、むちゃくちゃ驚かれた。

 うちの故郷(和歌山県橋本市)には卵の自動販売機がある。市内の中心街から離れたところでは、コンビニエンス=ストアなどの小売店がないので、野菜や卵の販売所があるわけである。

 この間、うちの田舎(いなか)には卵の自動販売機があるということを話したら、生徒たちに驚かれた。

 日本は自動販売機大国で、なんだって自動販売機で売られている。最近では、駅に文庫本の自動販売機さえある。それに、卵の自動販売機というものは、意外と全国各地にある。

 和歌山県橋本市は、和歌山県内の鶏卵(けいらん)生産量全体の半分くらいを生産している。

 そうしたこともあってか、故郷(ふるさと)にいたときには、スーパー=マーケットの客寄(きゃくよ)せで卵10個入りパックが1円(ひとり1パック限定)で売られているときもあった。

 橋本市には養鶏場が多い。

 サザンオールスターズSouthern All Starsのデビュー曲「勝手にシンドバッド」に「江ノ島が見えてきた。俺の家も近い」という歌詞がある。

 若いころ、オートバイやオープンカーで帰省(きせい)したとき、高速道路を使わずに、奈良県を経由(けいゆ)して国道24号線(大和街道:やまとかいどう)で帰った際には、「養鶏場(ようけいじょう)のにおいがしてきた。俺の家も近い」と思ったものだ。

 たとえば、埼玉県の鄙(ひな)びた土地に出かけ、養鶏場のにおいがすると、ふるさとへの郷愁(きょうしゅう)に駆られる。

2013年5月12日日曜日

火縄銃と螺子(ネジ)

 火縄銃(ひなわじゅう)は1543年に種子島に伝来(でんらい)した。それ以前にも火縄銃は支那(しな)から伝来していたが、劣悪な製品なので、普及(ふきゅう)することはなかった。

 火縄銃とともに伝来したのが、螺子(ネジ)であった。

 ポルトガル商人の乗った明船(みんせん)が種子島(たねがしま)に漂着した際に、火縄銃の威力(いりょく)に驚嘆(きょうたん)した種子島時尭(たねがしまときたか)は、2000両の大金を以(もっ)て、火縄銃を2挺(てい)を購入した。種子島時尭は、鍛冶職人(かじしょくにん)八板金兵衛(やいたきんべえ)に、複製を作ることを命じる。

 そして、日本人は螺子(ネジ)というものを初めて目にすることとなる。

 八板金兵衛は、忠実に螺子(ネジ)を再現し、火縄銃を複製した。

 その後、各地で火縄銃が作られることになり、戦国末期には50万挺という世界最大の銃保有国になる。アジア諸国の中で、日本が欧米の殖民地(しょくみんち)にならなかった理由は、軍事大国であったからだと考える人は少なくない。

 1543年に日本人は螺子(ネジ)と出逢ったのだけれども、明治維新(1867年)以降にならなければ、日本人は螺子(ネジ)を火縄銃以外に使用することがなかった。

 300年以上もの間、螺子(ネジ)を火縄銃以外に利用しなかったのが不思議なんだけど、日本人は、法隆寺(ほうりゅうじ)の五重塔(ごじゅうのとう)を釘1本も使わないで造り上げるような民族だから、螺子(ネジ)なんてものは、鎖国政策(さこくせいさく)によって、のんびりと暮らしている間は、必要なかったのだろうな。

 明治維新以降、富国強兵を進めるにあたり、効率を重視しなければならなくなると、螺子(ネジ)を使用するようになる。

 螺子(ネジ)を必要としない社会は、のんびりとした平和なものなのかもしれない。

2013年5月11日土曜日

おっさんのためのスターバックス講座

 おっさんにとってスターバックスは恐怖である。商品名がわからない。註文の仕方もわからない。フラペチーノfrappuccinoというものがあるらしいが、アメリカの会社がイタリア語らしきことばを使うんじゃないわ。

 そんなわけで、スターバックスには近寄らないことにしていたが、あるとき、周辺に自動販売機がないという状況に出喰(でく)わした。

 しょうがないから、スターバックスでコーヒーを買うことにした。しかし、註文方法がわからない。そこで、こう言った。

「全部、普通で」

 これで、なんとかなるぞ。

 ラテlatteで、4つあるサイズのうちで、大きいほうから2番めのサイズになったのだけはわかったが、それ以外は、不味(まず)いということしかわからなかった。

 たぶん、不味さを誤魔化(ごまか)すために、みょうなトッピングを揃(そろ)えているのだろうな。

2013年5月10日金曜日

7000万円の家に住んでいる生徒の悩みに笑ってしまったが、慰(なぐさ)めたら笑われた。

 7,000万円(土地の値段も入っている)の家に住んでいる生徒に悩みがあった。

 何年か前の時点で東京での1戸建住宅の売れ筋が4,500万円だったということを話した。1戸建ての住宅が買えない人もいて、住宅を買える生活水準の人の最頻値(さいひんち)が4,500万円なので、これ自体、中流の上upper middle classである。じゃあ、うちは貧乏じゃないんだと彼は思ったという。

 ところが、当校に在籍しているうちに、つぎのような話が耳に入ってきた。

---
 自宅にプールのある生徒がいる。

 地下室のある豪邸があって、地下室は建築費が高くつきそうなので、保護者に建築費はいくらくらいなのかと訊(き)いたものの、「んー……土地だけで6,000万円です」と答え、建築費は答えなかった。たぶん、厖大(ぼうだい)な金額になるので、言いたくはなかったのだろう。

 母親の大学時代の同級生が、田園調布に3億円の家を建てた。ところが、田園調布で3億円の家だと、周囲と較べて、頗(すこぶ)る見窄(みすぼ)らしくて、恥ずかしいという。謙遜(けんそん)しているのだとその母親は思ったが、お茶会にお呼ばれをして、うちの生徒とその母親が足を運んだところ、飽(あ)くまでも周囲と較べればという話だが、本当に、惨(みじ)めったらしく見えたそうだ。因(ちな)みに長嶋茂雄の息子の長嶋一茂の田園調布にある自宅は2億9千万円台である。羨(うらや)ましがってはいけないぞ。田園調布では惨(みじ)めな自宅なのだから。

 ある生徒の母親に、あの自宅はいくらくらいするのですかと訊(き)いたところ、1億円には届きませんと言ったが、9,998万円だと、あとで生徒から聞いた。

 ある生徒の父親の愛車がイタリアの高級車マゼラーティMaseratiである。尚(なお)、マセラティは正しいイタリア語の発音ではない。

 夫婦と子どもふたりで、高級外車が2台ある家がある。

 インターナショナル=スクールに通う生徒がいる。インターナショナル=スクールの学費は、日本の私立大学の理工学部の授業料よりも高い。日本政府からの補助金がないからだ。

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 以上のことから7,000万円の家に住んでいる男子高校生が、当校に入るまでは、貧乏じゃないと思っていたけれども、なんだか自分ちが貧乏な気がしてきたという。

 そこで、私はこう言った。

 大丈夫だ。安心しろ。ここでいちばん貧乏なのは私だ。

 このやりとりを聞いたほかの生徒たちが自宅で親に話したところ、親御さんがたが大笑いしていたそうである。

 あの人は金を稼ぐ気がないからねえ。

2013年5月8日水曜日

女子高校生に言ったら不愉快になられるので封印した発言:巨乳の家系に関すること

 巨乳は遺伝する。禿(はげ)と同じくらいにものすごく遺伝する。

 私の父方の女性も、母親ならびに母方の女性もほとんどが、巨乳である。おまけにまたいとこなどまでも巨乳だらけである。

 近親のみならず、かなりの遠縁も巨乳だらけで、羨(うらや)ましいと言われたことがあるが、これは間違っている。親戚(しんせき)の女性が巨乳だからといって、なにも得することはないからだ。「またいとこがあんなにも巨乳だなんて、掃除機くんて、素敵」なんてことはない。

 親戚の巨乳女性の中でも、流石(さすが)にこれはすごいなと思った超絶的(ちょうぜつてき)な巨乳の女性がいる。

 そのレベルになると、電車に乗っても周囲の男性がほぼ全員がその人の胸を見てしまうそうである。しかしながら、ときおり、巨乳だからといって、その人の胸を見てはいけないと、なるべく見ないようにと努力する人がいて、見たい衝動(しょうどう)に駆(か)られながらも、必死で見ないようにしている様子がわかって、おもしろいそうである。これは超絶巨乳でなければ知り得ないことだろう。

 巨乳は遺伝するということと、私の父方ならびに母方がともに巨乳の家系であることを指摘してから、

「もしも、私が女だったら、君よりもずっと胸が大きいだろう」

と、おっさんに言われると、女子高校生はものすごく不愉快(ふゆかい)になるらしい。

 なお、巨乳の家系の男性は、遺伝子の関係で一般よりも太りやすいので、それなりに、たいへんであるということをつけ加えておこう。

2013年5月6日月曜日

5月5日はセーレン=キェルケゴールの生誕200周年だった。

 昨日(2013年5月5日)はデンマークの実存主義の哲学者セーレン=キェルケゴールSøren Kierkegaardの生誕200周年だった。


 大学生のときに、キェルケゴールの講義を受けたが、さっぱりわからなかった。

 たとえば『死に至る病』の冒頭では、「人間は精神である。しかし、精神とは何であるか。精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか。自己とは、一つの関係、その関係それ自身に関係する関係である。あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのことである。自己とは関係そのものではなくして、関係がそれ自身に関係するということなのである」と書いてある。

 このキェルケゴールにしても、フリードリッヒ=ニーチェFriedrich Nietzscheにしても、思い込みが激しくて、行間(ぎょうかん)が飛びまくり、飛躍(ひやく)しまくる。ついでにいうと、ニーチェが好きな人は、元・苛(いじ)められっ子だったり、実際の能力以上に自己評価が高すぎたりする人が多い。

 さっぱり理解できなかったが、学年末にはレポートを執筆して、提出しなければならない。

 しかたがないから、繰り返し読み返して、レポートをしたためた。

 ところが、私は、理解していなくても、適切に要約する能力があった。

 簡単なたとえを挙げると、「AならばBである」「BであるならばCである」とあれば、「AならばCである」と要約できる。こういうことを、複雑な論文でもできると、理解してもいない文章なのに的確に要約できるのである。

 成績は最高の「A評定」であった。

 理解していないのに、「A評定」というのはおかしいのではないかと思ったが、どうやら、世の中のほとんどの人は、きちんと要約することすらできない人ばかりらしい。ちゃんと理解したのであれば、その内容から、新たな概念(がいねん)なり、知識なりを導出(どうしゅつ)できないといけないと思うのだが。

2013年5月5日日曜日

入学試験で朝日新聞の記事が出題されると言われるけれども、じつは、漢字の書き取りだらけである。

 どういうわけか、大学入試で朝日新聞の記事が最も出題されていると信じている人が多い。確かに、出題された回数では、いちばん多い。

 ところが、朝日新聞の記事を出題しているのは、所謂(いわゆる)Fランク=レベルの大学ばかりである。

 しかも、そのほとんどは、漢字の書き取りなのである。

 国語力が著(いちじる)しく劣(おと)る中学生を対象に「天声人語」を書き写させるという指導方法がある。これは、所詮(しょせん)はその程度の文章であるにすぎないことを意味する。言語能力の高い中学生なら、すらすらと読みこなせる程度の内容でしかないし、論の進め方がワンパターンである。

 そんなものが入学試験で使えるわけがない。

 すると、中堅大学あたりでは、大手マスメディアを通じて浅薄(せんぱく)な左翼思想はわかるが、それ以外の思想がわからない受験生を対象に、その場で新たな思想を理解できるかどうかを試すために、産経新聞あたりに掲載された論説・評論を出題する場合が少なくないのである。

 30年くらい前だと、朝日新聞のつぎによく出題されたのは、小林秀雄だったが、これまた、漢字の書き取りがほとんどだった。

 2013年のセンター試験の現代文で小林秀雄の随筆が出題され、国語の平均点が異常までに低くなったが、小林秀雄の文章は行間が飛びすぎているので、今の高校生には的確には理解できないものであったにちがいない。出題者は、30年くらい前によく出題されていたという思い込みにとらわれていたのであろう。よく出題されていたといっても、漢字の書き取りばかりだったのだけれども、そこを見落としていたのだろう。

 たぶん、出題者は頭がよすぎたのだろう。自分がすいすい理解できるから、このくらいの問題で大丈夫だろうと思ったのだろうな。

 なお、中学受験でよく出題されるものに関しては、大学受験とは異(こと)なる。

2013年5月4日土曜日

山本五十六の名言:日米での違い

 聯合(れんごう)艦隊司令長官山本五十六(いそろく)の名言といえば、日本では、つぎの2つが有名である。

やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。

苦しいこともあるだろう。
云(い)い度(た)いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度(た)いこともあるだろう。
これらをじっとこらえていくのが男の修行である。

 ところが、アメリカ合衆国では、この2つはあまり知られていない。アメリカ人が知っている山本五十六の発言はつぎのものである。

I fear all we have done is to awaken a sleeping giant and fill him with a terrible resolve.
直訳:われわれがなしたすべてのことが、眠れる巨人の目を醒(さ)まし、おぞましき(開戦の)決意で彼を満たすことになるのを私は怖(おそ)れる。
一般的な意訳:われわれは眠れる巨人を起こしてしまったのかもしれない。

 この台詞(せりふ)は、映画『トラ・トラ・トラ』や『パール・ハーバー』に出てくるのだが、日本では、こんなことを山本五十六は言っていないというのが一般的である。けれども、英文の資料を読むと、史実であるとしようとしているものが多い。

「眠れる巨人を起こしてしまったかもしれない」というのを、アメリカ人は、甚(いた)く気に入っているらしい。



↑こんなものが売られていることが驚きだ。

2013年5月3日金曜日

ガールズ&パンツァーGIRLS und PANZERというアニメの題名はおかしい。

 前回の続きである。

 件(くだん)の美少女戦車アニメのタイトルは『ガールズ&パンツァー』なんだが、ローマ字表記では、どういうわけか、GIRLS und PANZERとなっている。どうして途中からドイツ語になるんだ。

 Panzerというのは、ドイツ語で「戦車」の意味である。Panzerは、Panzerkampfwagenを略したものである。直訳は「装甲戦闘車輌」であるが、要するに「戦車」である。国際音声記号で表記すると
/pˈantsərkampfvˌa:gən/(「ˈ」「ˌ」は第一アクセント・第2アクセントを示す)であり、むりやり日本語で表記すると、「パンツァーカムプフヴァーゲン」である。また、Panzerwagenも「戦車」の意味である。

 ドイツ語だと、Panzerは戦車一般を指すが、英語だと、主に第2次世界対戦で活躍したドイツ軍の戦車を表す。ドイツ語だと複数形もPanzerだが、英語だと、場合によっては、panzersと-sがつく。ついでに述べておくと、英語やフランス語とちがって、ドイツ語だと、普通名詞でも、語頭は大文字である。

 それは兎も角(ともかく)、『ガールズ&パンツァー』は「ガールズ=アンド=パンツァー」と読むのだが、ローマ字表記のGIRLS und PANZERだと、ガールズ=ウント=パンツァーとなってしまう。undはドイツ語で、英語のandに相当する。Panzerを英語読みすると、パンザとかになる。

 GIRLS und PANZERはドイツ語だけで表記すると、MÄDCHEN und PANZER(メートヒェン=ウント=パンツァー)となる。英語だったら、GIRLS and TANKS(ガールズ=アンド=タンクス)となり、日本語だったら「乙女と戦車(おとめとせんしゃ)」くらいになる。

 GIRLS und PANZERは英語とドイツ語が混じっていて、おかしいのである。

 ところが、たとえば、GIRLS and PANZERとすべてを英語にすると、英語でのpanzerは第2次世界大戦時のドイツ軍の戦車のことになってしまう。だから、それ以外の戦車は登場させられないことになってしまう。

 それにしても製作者側がドイツ語のパンツァーにこだわった理由のひとつに、どうも、パンツァーとすると、一瞬、「パンツ」に見えるという効果を狙(ねら)ったような気がする。

YouTubeの動画で、英語字幕のあるものがあったが、ところどころで、字幕がドイツ語になっていた。ときにはフランス語も出てきた。海外のアニメオタクが、字幕で遊んでいるらしい。

 日本のアニメは、一体、どこにいくのだろうか?

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2013年5月2日木曜日

ガールズ&パンツァーGIRLS und PANZERという美少女戦車アニメがあると聞いて、驚愕(きょうがく)した。

 この頃、『湾岸戦争大戦車戦――史上最大にして最後の機甲戦――』(上下巻)を寝る前に少しずつ読んでいる。生徒には、できるかぎり毎日、本を読むように言っているので、自分もそうしている。その上で、現在進行形で読んでいる本の内容を話す。

 さすがに、戦車の話となると、女子生徒は一切、関心を持たないので、男子生徒にだけ、話している。

 そんなところへ、「そういえば、戦車が中心のマンガやアニメはないような気がする」と言ったところ、戦車アニメが昨年、放送されていたという。

 まずもって、戦車アニメは成立しえないと思った。

 相手の射程距離(しゃていきょり)の外側から、つまり、アウトレンジから撃てば、一方的に勝てる。相手が赤外線による探知装置(たんちそうち)を備えていなければ、夜間の戦闘では、一方的に撃滅(げきめつ)できる。敵はこちらの位置を把握(はあく)できないからだ。また、ジャイロ式砲身安定装置があれば、走行しながら射撃ができる。弾幕(だんまく)や煙幕(えんまく)をはれば、あるいは砂煙(すなけむり)が巻き上がっていれば、探知装置がなければこちらの位置は知られない。走行しながらの射撃であれば、探知装置のない敵軍は、相手の位置がわからないから、砲弾が発射された場所を狙って、射撃するしかいないが、車輌(しゃりょう)は既(すで)にそこにはいない。

 つまり、現代の戦車戦は、つねに、一方的な戦いになる。事実、湾岸戦争のとき、イラク軍の戦車は1350輌(りょう)以上が破壊されたが、多国籍軍、というか、アメリカ陸軍の損害は18輌くらいだった。アメリカ軍の損害のほとんどは友軍による誤射(ごしゃ)であって、イラク軍に破壊されたのは、たまたま至近距離で出くわした2輌か3輌だけだった。

 ちなみに、友軍による誤射のことを、英語ではfriendly fire(フレンドリー=ファイア)というんだけど、中学生の感覚だと、相当に滑稽(こっけい)な表現と感じるらしい。

 それはともかく、戦車アニメは成立できないはずだ。戦闘機でいうなら、F22ラプター(猛禽類(もうきんるい))をメインに据(す)えたアニメが制作できないようなものだ。圧倒的に強ければドラマは生まれないからだ。

 さらに聞けば、美少女アニメだという。

 一体全体、美少女と戦車が、どうやって、つながるのか、わけがわからない。

 ということで、調べてみた。

 女子高校の部活動に「戦車道」というものがあるという設定になっていた。

 戦車道で使える戦車は、1945年8月15日までに最低でも試作機ができていたものに限定されるという。これなら、ストーリーが作れるな。

 YouTubeで動画を観てみた。基本的に戦闘シーンが多かった。悲しいことに、そこそこ、おもしろかった。

 美少女アニメに侵(おか)されていない領域(りょういき)は、潜水艦と歩兵連隊だけになってしまった。

2013年5月1日水曜日

メリーランド州では自動車の運転免許の筆記試験がやたらと難しい理由

 アメリカ合衆国にあるメリーランド州では、自動車の運転免許の筆記試験がむやみに難しいそうである。

 アメリカは、公共の交通機関が発達していないので、自動車がなければ、生活できない。運転免許の筆記試験を難しくすることで、頭があまりよくない人間が暮らせない社会にしているという。

 相当に勉強のできる人間でも、ちょっと気を抜くと引っかかってしまう巧妙(こうみょう)な設問だらけだそうである。

 ある大手の新聞記者からの話だと、別の大手の新聞記者が2回、不合格になったという。

 なお、白人の住人の多数派はドイツ系住民である。なんとなく、納得してしまうなあ。

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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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