2009年7月31日金曜日

モンブラン=マイスター=シュトゥック149番Mont Blanc Meister Stück #149

 モンブラン=マイスター=シュトゥック149番 Mont Blanc Meister Stück #149をかれこれ30年使っている。高校進学にあたって親父に買ってもらった。親父は「一生もんだから」ということで、当時の価格で4万5千円の万年筆を買ってくれた。
 4万5千円は高いと思うかもしれないが、1日当たりの使用料で考えれば廉(やす)い。30年くらい使うと、1日当たり4円くらいだ。
 「一生もの」の愛用品は環境に優しいといえなくもない。

 ところで、ものを売りつける際のローンの設定を説明する場合に、よく使われるのが「1日当たり350円」くらいの金額が用いられる。コーヒー1杯くらいなら、なんとかなりそうだと、数字でものを考えることができない人は考えるらしい。
 350円×30日=10,500円
 もちろん、たいていの場合は、なんともない金額なんだろうけど、「1日当たり350円、つまり、コーヒー1杯分で、〇〇があなたのものに」という惹句(じゃっく)でもなければ購入に踏み切れないような人にとっては、厳(きび)しいものがあるような気がする。

 それはともかく、「一生もの」とはいえ、モンブランに関してはちょっと嫌なことがある。
 インクが高いのだ。いや、高くなったというべきだろう。以前は、それほどでもなかったのだ。
 Amazon.co.jpでブルーブラックのインク50ccが1,680円なのだ。
 その前に、自分が高校生になったばかりのときに4万5千円だった万年筆が今では9万円になっている。ほかの商品の物価上昇率から考えると、これはおかしい。それだけでなく、製品そのものに対して、長年のファンは不満を抱いているらしい。
 Richemontグループの傘下となってから、おかしくなったようだ。
 金儲けに走ると、どうも、おかしくなるようだ。

 

2009年7月30日木曜日

「私って、いくら食べても太らない体質だから」というのは、とても恥ずかしい発言である。

私って、いくら食べても太らない体質だから……」とだれかが言うと、周囲の女性は「羨(うらや)ましい」「いいなぁ」と反応する。
 ところが、よく考えなくてもわかることだが、「いくら食べても太らない」ということは、食べたものを適切に消化・吸収していないはずであり、ひいては排泄物の量も多いはずである。
 少なくとも、私が知っている女性で、本当にいくら食べても太らず、しかも体躯(たいく)の細いのが複数いるが、彼女たちは、全員、うんこの量が多い(と本人たちが言っていた)。
 適切に食物を消化・吸収していないのであるから、食糧資源を無駄にしていることにもなる。「いくら食べても太らない体質」とは、今後の食糧問題を考えると、「環境にやさしくない体質」であるともいえる。

 つまり、いくら食べても太らない体質の女とは、環境にやさしくない大糞女(おおぐそおんな)である。

 「いくら食べても太らない体質」と公言することは、大糞女であると公言していることになる。恥ずかしくないのだろうか? それを羨ましがる神経もわからない。



2009年7月29日水曜日

公立学校選択制は学力向上につながるか?

 公立学校選択制は学力向上につながるのかという問いがある。
 結論は、つながらない、である。

 最大の理由は、保護者の大半には、適切な選択を行なうための情報がないからである。情報がないというよりは、むしろ、「情報を集めることができない」と言ったほうがよいだろう。
 実際、東京都23区のそれぞれの区での人気のある区立中学校を調べると、「どうしてここがこれほどの人気があるのか?」と疑問に思う中学校が人気の上位にある場合が多く見かけるが、そうした場合には、校舎が新築されたばかりであるなどが多い。
 教育の中身で選んでいないのである。その程度の基準で区立中学校を選んでいる保護者が多いようだ。学校選択制であっても、選択する側に明確な選択基準がないようだ。むろん、公立中学校の場合、私立とはちがって、わかりやすい特色が打ち出しにくいところはあるけど。

 つぎに、理由として挙げられるのは、有名私立中学への合格者が多い小学校、あるいは、難関高等学校への進学者が多い区立中学校に進学させても、家庭環境がよくなければ、よい影響はあまり期待できないからである。
 ここで「家庭環境」と表現したものを、ピエール=ブルデューPierre Bourdieuというフランスの社会学者はハビトゥスhabitusと呼んだ。habitusは「文化資本」と訳されることもある語だ。ハビトゥスとは、上品で正統とされる文化・教養・習慣の総体である。
 難関大学に進学する学生は裕福な家庭の子である割合が高い。私が学部生であったとき、保護者の平均年収が最も高いのは東京大学の学生であり、そのつぎは早稲田大学であった(慶應義塾大学の学生の保護者の場合、適切な節税をしているらしい)。
 単なる金持ちの子どもが難関大学に進学するわけではない。これは、早慶以上の大学に進学した者であれば、充分に実感しているだろう。
 ピエール=ブルデューは、むしろ、ハビトゥスを備えた家庭出身者ほど高学歴になりやすいということを統計的に証明している。
 文化資本(ハビトゥス)を保有していなければ、公立学校選択制によって、進学する小学校・中学校を選べたとしても、それほどたいした違いは生じないだろう。
 いや、東京では、むしろ、ハビトゥスを保有するする家庭は、中学受験で一定レベル以上の私立中学校に進学させるので(東京都23区での私立中学校進学者は15%くらい)、場合によっては、どの公立中学校を選んでも、ほんの少しの差しか生じない。
 なお、学力の高い公立中学校はあるが、学区内に一流企業の社宅のある場合が多く、その中学校の高学力は一流企業勤務のサラリーマンの子弟が底上げをしているのであって、そこにごく普通の家庭の子どもを入れたからといって、それほど学力が向上する契機(けいき)となるわけではない。

 保護者(親)が若いときに勉強をしており、文化・教養を身につけていなければ、少々のことでは、子どもの学歴が大きく変化することはないということだ。
 もちろん、例外はあるが、それはあくまでも例外にすぎない。

2009年7月28日火曜日

お見合いパーティーにおける男性の身長制限

 お見合いパーティーというものがある。カップリング=パーティーともいうらしい。
『人はなぜ学歴にこだわるのか?』(小田島隆著)によると、あくまでも、ある例にすぎないのであるが、学歴による参加資格に応じて、身長制限があるそうだ。つぎのようなもの。3つのパーティーはそれぞれ、別のもの。

男性参加資格:高卒 身長180cm以上。
男性参加資格:大卒 身長175cm以上。
男性参加資格:早慶以上 身長制限なし。

 ということで、身長175cm以下なら、早慶以上に進学するべきだということがわかる。うちの男子生徒に「身長175cm以下なら、早慶以上に行け!」と言ってみたが、そのとき、180cm以上の男子生徒しかいなかった。効果なし。
 それにしても、「身長175cm以下なら、早慶以上に行け!」というのは、漫画『ドラゴン桜』に出てくる「バカとブスこそ東大に行け!」というのに似ているが、「バカ」と「ブス」は境界線が判然とはしないが、この身長制限は、容赦(ようしゃ)ないな。175cm以下なら、男前であるとか、学歴があるとか、性格がすこぶるよいとか、あるいは、資産家であるとか、そうした要素がないと、女性に相手にされにくいということを明確にしている。
 ちなみに、こうしたお見合いパーティーのことを指摘した『人はなぜ学歴にこだわるのか?』の著者である小田島隆は、小男(こおとこ)らしい。



↑レビューを読むだけでも、おもしろいよ。買って読むほどのものではないので、図書館で借りるのがお薦め。

2009年7月27日月曜日

教育費を完全無料化するとどうなるか?(その2)

教育に関して、幼稚園から大学・大学院までの教育費が無料になり、さらには、現実問題としてはあり得ないが、塾・予備校・家庭教師などまでもが無料になれば、勉強が得意ではないことに経済的要因を挙げることが難しくなると、「教育費を完全無料化するとどうなるか?(その1)」で述べた。

もちろん、たとえば昭和20年代であれば、学力がすこぶる高ければ、奨学金で高等学校・大学への進学が可能であったが、しかし、幼い弟妹の生活費を稼がねばならず、泣く泣く就職という例もあったが、現代では、そういうことはないだろう。

そうなると、家庭環境や保護者の教養レベル、ならびに本人の素質・努力などによって、学歴が低くなったということになる。しかし、環境が悪くても、それを撥(は)ね退(の)けて頑張った人も、数は少ないものの、いなくもない。つまりは、本人のせいというわけだ。

これは惨(みじ)めだろう。

そうした立場の人間が全員、そうなるというわけではないが、つぎのような事態が予想される。これは社会心理学では、一般的に唱えられていることだ。

学歴が低いのは、自分の素質によって、勉強に対する適性がなかったからだ。頭が悪かったからだともいえなくもない。全員ではないが、こうした事実に耐えられない者は少なくない。だからといって、もともと適性がなかったのであるから、いまさら、勉学に邁進(まいしん)することはできないし、したとしても、それほどの効果は期待できない。若いときにしか効率よく勉強できない分野があるのだ。また、加齢とともに学習能力は落ちている。

もはやどこにも抜け出せない。

このような状況に陥(おちい)った場合、惨めな自分を慰(なぐさ)めるためにも、自分が所属するなんらかの集団、たとえば、「日本人」という集団を措定(そてい)し、「日本人は優秀である」と決めつけ、日本人ではない者を「自分よりも劣(おと)っている」と考えようとする場合がなくもない。つまり、自由で平等な競争社会を実現すると、競争に敗れた者は、自分よりも弱い者を見つけ出し、差別をする危うさを孕(はら)んだ微妙な存在となる。

自由で平等な競争社会は、ファシズムの温床(おんしょう)でさえある。

自分自身がそうならないためにも、真面目に努力するしかないのだろう。でも、駄目な人は駄目なんだろうな。
 

2009年7月26日日曜日

教育費を完全に無料化するとどうなるか?(その1)

 教育費を完全に無料化すると、どうなるか?
 幼稚園から大学・大学院までの入学金・授業料・その他を完全に無料化しても、貧困層が得をすることは少ししかない。むしろ、富裕層が利するだけである。入学金・授業料を支払わなくてよい分、もともと豊かな富裕層は、塾・家庭教師にさらに多くの資金を投入できる。さらには、現在よりも自己資金で子どもを海外留学に派遣できる場合が増えるようになる。
 その結果、教育費が完全に無料化しても、貧困層と富裕層の教育水準の差が小さくなるわけではないだろう。
 では、塾・家庭教師などの費用も、政府なり、地方自治体なりが負担するようになれば、どうなるであろうか?
 家庭環境や保護者の教育水準、ならびに本人の遺伝子が、子どもの学力に与える影響はもともと小さくなかったが、経済的な要因がなくなれば、こうしたものの差が学力に端的に反映されることになる。
 塾・家庭教師などをも含めて教育費が、完全無料化すると、経済的な要因のために(つまり、貧乏だったからという理由で)、充分な教育が受けれらなかった、あるいは、大学に進学できなかったということがなくなってしまう。経済的要因を求めることが難しくなる。となると、勉強が得意ではないのは、ほとんどの場合、親あるいは本人のどちらか一方のせいか、もしくは親と本人の両方のせいか、いずれかということになる。
 こんな世界は、ある種の人間にとって、苦しいだろうな。逃げ道がないからな。

2009年7月25日土曜日

ギャンブルとして見た場合の衆議院議員選挙比例区立候補

 民主党が112議席から261議席に増やすと『週刊文春』は予測していた。そこまで議席を増やすとなれば、前回の第44回衆議院議員選挙における比例東京ブロックでの自民党のように、候補者が足りずに、1議席分を民主社会党に譲ったと同じような事態も予想される。
 むろん、民主党は、そのような事態を避けるために、比例区だけの候補で、供託金持参なら、気楽に公認して名簿に下位順位で登載するだろう。いわゆる「身体検査」はさほど必要ではない。当選後に醜聞[=スキャンダル]などの不具合があれば、辞職させて、別の人物を繰り上げ当選にすればよいだけだから。
 供託金は衆議院議員比例区の場合、1名につき600万円。小選挙区との重複候補の場合は、小選挙区に300万円、比例区に300万円をそれぞれ供託する。没収金額の算出方法はつぎのとおり。

没収金額=供託金の額-(300万円×重複立候補者で選挙区での当選者数+600万円×比例代表選挙の当選者数×2)

 ここで着目したいのは、「600万円×比例代表選挙の当選者数×2」である。重複候補者を考慮に入れずに考えると、比例区の候補の半数が当選すれば、供託金は没収されない。今回の衆議院議員選挙での民主党の優勢ぶりを考えると、供託金が没収される確率は相当低いと考えられる。
 民主党が過半数の議席を獲得しても、つぎの選挙では、充分な根拠はないが、過半数割れになりそうだから、解散はしないだろう。
 4年間、議員を務めた場合に得られえる報酬はつぎのとおり。

  月収130.1万円×48か月+歳費手当(ボーナス)年間635.448万円×4
=6244.8万円+2541.792万円
=8786.592万円

 以上のことから、当選した際の利益が大きく、供託金没収のリスクも小さいので、単なるギャンブルとして見た場合、衆議院議員選挙比例区に立候補するのは、相当、合理的といえよう。
 同じようなことを考えて、実際に比例区で立候補する者が下位順位にいそうなので、今回の選挙では、民主党の比例区下位候補の経歴をじっくり読むつもりだ。いかがわしい経歴の候補者がいつもよりも多くいるだろう。

 それにしても、杉村太蔵や食品スーパー「稲毛屋」店主で早稲田商店会会長の安井潤一郎も、4年間で、9000万円近くもらっているのか。

追記:比例区近畿ブロックでは、民主党の候補が2名、足りず、民社党の2議席と、ならびにみんなの党が取り逃した1議席が、自民党に2議席、公明党に1議席、回された。民主党比例区近畿ブロックからの出馬を真剣に検討したことがある人がいたとすれば、相当に悔(くや)しがっただろう。

  

↑Amazon.co.jpで「民主党」で検索して出てきた上位2つと、「小沢一郎」で検索して出てきた筆頭。他意はない。

2009年7月24日金曜日

パスタに麻婆茄子をかけて食べてみた。

 昼ごはんにパスタpastaを食べようと、茹(ゆ)で始めた途端(とたん)に思い出した。
 昨日、実家から大量に野菜が届いていたのだ。いかんせん、独(ひと)り暮(ぐ)らしなものだから、野菜などが送られてきたら、傷(いた)む前になるべく早く食べないといけない。送られたものをつぎからつぎへと食べないといけない。
 今回、届いた野菜のうち、量が多くて、かつ傷みやすいのは茄子(なす)だった。
 パスタを茹で始めてから、急遽(きゅうきょ)、麻婆茄子(まーぼなす)を手早くこしらえることにした。猛烈な勢いで調理したら、パスタが茹で上がる前に出来上がった。
 面倒くさいので、そのまま、パスタの上に麻婆茄子をかけて食べた。

 うまい。
 イタリアンと中華とが、これほどまでに調和するとは思いもかけなかった。互いが互いのよさを引き出している。
 「絶妙」とは、麻婆茄子パスタのためにあることばだと思った。
 今後、これを超える素晴らしい料理には、もう、出逢えないかもしれないと思うと、少し悲しくなったくらいだ。
 この記事を読んだ人は、ぜひとも、麻婆茄子パスタを試してほしい。そうすれば、驚きに満ち溢(あふ)れた食事に出逢えるであろう。保証する。

 だが、私自身は、もう2度と麻婆茄子パスタは作らないつもりだ。

 

2009年7月23日木曜日

自転車の修理代が6,795円だったが、この値段は……

 自転車の後ろタイヤがパンクした。タイヤ自体が古くなっていたということもあって、タイヤとチューブを交換してもらった。ついでに、ハンドルのグリップ(握(にぎ)るところ)も交換してもらった。
 費用は合計で6,795円だった。
 うーん、たんなる偶然なんだろうけど、6,795円というのが気になる。十の位で四捨五入すると、6,800円だ。
 6,800円というのは、ホームセンターで売っている中国製激安ママチャリの値段だ。中国製激安ママチャリの値段を超えないように修理代を設定しているという可能性を検討してしまった。
 自転車屋さんに言わせると、中国製激安ママチャリは「自転車とは呼べない代物(しろもの)」なのだそうだけど。

2009年7月22日水曜日

勉強ができると徴兵を避けられた。

 学徒出陣(がくとしゅつじん)に関するものを読んだり、映像を見たりすると、第2次世界大戦末期には、兵隊が足りないということで、26歳までの兵役猶予(へいえきゆうよ)のあった大学生も徴兵(ちょうへい)となったという。
 ところが、国立大学理系学生は、そんな時期でも徴兵されなかった(例外あり)。
 当然、合法的に兵役を忌避(きひ)したい場合には、兵役猶予が認められるところに進学すればよかったのである。
 兵役猶予を狙って、国立大学理系学部に進学し、戦後は、本来、自分がしたかった勉強をするために、文系学部に移ったという学生もいる。
 そういえば、自分の出身高校(和歌山県立橋本高等学校)には、在籍当時、大阪大学医学部中退の数学教師がいた。自分が在籍していた数学部の顧問だった。
 どうして、医学部を中退したんですかと訊ねたところ、つぎのような内容の答えだった。

医者になりたかったわけではなかった。兵役猶予のために国立大学理系学部に進学しようとしたが、それほど勉強が得意ではなかったので、大阪大学医学部くらいしか合格できなかった。医師優遇税制が導入される前は、医者になるというのは、大学で6年もかかる上に、収入もすこぶる低かった。だから、当時(たぶん、昭和16年か17年あたり)、理系学部の人気は、(1)工学部(2)農学部(3)理学部(4)医学部の順に高く、医学部は理系学部で不人気をきわめていた。だから、大阪大学医学部だからといって、勉強が得意というわけではなかった。兵役猶予のためだけに医学部に進学したにすぎず、医学の勉強に興味がもてなかったので、戦争が終わったら、さっさと中退して、高校の教師になった。

 数学部の顧問はこうした話を衒(てら)うことなく、さらりと話すので、私は常日頃(つねひごろ)、敬服していた。

 それはともかく、勉強ができれば、兵役猶予を選ぶことができたわけである。兵役猶予を狙っていないから私立大学文系に進学した学生というのは、考えづらい。兵役猶予を考えていないのであれば、大学なんぞに進学せず、とっとと志願しているはずである。志願していないということは、兵役を避けたかったが、安全確実な国立大学理系学部に進学することができなかった連中が私立大学文系だったのではないか。
 いざとなれば、死なれても、国家としては最も困らないのが私立大学文系の学生ということか。たぶん、そうだろう。

2009年7月21日火曜日

高齢のホームレスは中卒ばかり!?

 何年度の問題だったか忘れたが、早稲田大学法学部の国語の入試問題で出題された文章に、高齢のホームレスは中卒だけだということが書いてあった。
 出題された文章は、『潮(うしお)』という月刊誌に掲載された論文から採ったものだった。筆者がだれだったかは忘れた。
 高齢のホームレスは中卒ばかりだという事実を知ると、高校生であれ、中学生であれ、驚く。いや、大学生でも驚く。
 ところが、これは驚くべき事実ではない。
 もちろん、現在の高校進学率が98%程度であることを考慮に入れると、ホームレスの人々が中卒中心というのを知ると、驚いてしまうだろう。しかし、昭和20年代(1945-54)の高校進学率は20%程度のものだったことを考えると、その年代に高校進学を迎えた年齢層にとっては、中卒が「普通」であって、高校進学率は、今の大学進学率(男子の大学進学率は50%程度、女子は40%未満)よりも遥かに低く、したがって、高校を卒業した者はそれだけで、相当に高学歴であるといえる。
 高齢のホームレスが中卒だけだとして、それは、知能や教養の欠如によるものとはかぎらないのではないか。当時は、そもそも、相当な富裕層でなければ、少々頭がよいくらいでは、経済的な壁によって高校に進学できなかった。
 同時に、資産家の子弟であれば、多少、勉強が苦手であっても、勉強ができるとはいえないような私立高校に進学できたであろう。日本全体が貧乏だった時代には、よほどの金持ちでなければ私立学校には進学させられなかった。この点から、昭和20年代に高校に進学できたというだけで、頭がよかったか、資産家の子弟であったかのいずれかであるか、あるいは両方であるということになる。
 高齢のホームレスが中卒ばかりというのは、ちょっとしかきっかけで道を踏み外した際に、もともと、財産を持たない社会階層出身者が中卒になっているから、そのまま、落ちてしまったということにすぎないのではないだろうか?

  

2009年7月20日月曜日

中国はあれだけの人口なんだから、そろそろ傑出した大人物が出てきてもおかしくはないと近所のおじさんが言ったのだが……

「中国はあれだけの人口なんだから、そろそろ傑出(けっしゅつ)した大人物(だいじんぶつ)が出てきてもおかしくないと考えているのだが」と近所のおじさんが言った。
 その考えが適切でないのは、日本の大学の学生数を考えればわかりますよと、私は答えた。

日本の大学の学生数ランキング
1. 放送大学
2. 日本大学
3. 早稲田大学
4. 近畿大学
5. 明治大学

世界の国別人口ランキング
1. 中華人民共和国
2. インド共和国
3. アメリカ合衆国
4. インドネシア共和国
5. ブラジル連邦共和国

 近所のおじさんとのやりときのときには、それぞれ、上位3位までを指摘したのであるが、おじさんは、「あ、本当だ。大人物が出るわけがないな」と言った。
 ま、大人物が出るとは思えないという点については、同意してしまうのだけど、全面的に同意されると、ちょっと複雑な心境に陥ってしまう。



2009年7月19日日曜日

道順を文章だけでわかるように表現できれば大したもの

 A地点からB地点までの道順を、図や地図を使わずに、文章だけで表現し、その文章を読んだ人が迷うことなく、目的地まで辿(たど)りつければ、文章力は相当なレベルだと判断してよい。
 以前、当校に在籍した高校3年生の生徒に、当校から自宅までの道順を書いてもらったことがあったが、だれがどう読んでも、自宅まで辿(たど)りつけない代物であった。けれども、その生徒は日本女子大学と明治学院大学に合格している。日本女子大学や明治学院大学が、道順をわかりやすく書けない人間でも合格できるようなレベルというわけではなく、それほど、正確に道順を書くということが難しいということである。
 近所のお店のオーナーも、ちょっとわかりにくい場所にある店なので、電話で道順を訊(たず)ねられるが、迷わずに到(つ)いたお客さんはめったにいないそうだ。お客さんの理解力に問題があるのかもしれないが、これほど、道順をわかりやすく説明するというのは、難しいということだ。
 だから、一般に、女子よりも言語面の能力に劣る男子が、たとえば小学5年生で、わかりやすい道順を書くことができれば、トップクラスの作文能力だといえる。
 ところが、当校に天才小学生がいた。小学3年生にして、的確な道順を書いたのだった。当校から自宅までの道順を書いてもらったら、だれもが迷うことなく、自宅に辿(たど)りつける内容だった。

塾を出てから、右に進みます。50メートルほど進むと、左にぼくの家があります。



2009年7月17日金曜日

日本人らしい髪型、あるいは日本人にしかない髪型

 ときどき、丸刈りbuzz cutにするが、そのまま、ほったらかしにしていたりする。丸刈りじゃないときでも、3か月間、床屋さんに行かないことがよくある。
 揉(も)み上げsideburnsを残して、耳に沿って刈り込むと、3か月後には、見苦しくなる。しかし、いわゆるテクノ=カットだと、ほったらかしでも、さほど不自然な髪型にはならない。
 ちなみにテクノ=カットとは、Wikipediaによると「もみあげを鋭角(えいかく)に剃(そ)り整え、襟足(えりあし)を刈(か)り上げた髪型である。1980年代に流行した。YMOがしていたことから「テクノ」の名がつき、一世を風靡(ふうび)した。数年遅れて人気となった」である。YMOとは、Yellow Magic Orhestra(黄色魔術楽団)というユニットのことで、坂本龍一・細野晴臣・高橋幸宏のメンバーからなる。

 ところで、このところ、髪を切らずにいたら、髪が寝ている短髪の状態になった。夏も訪れたことだし、丸刈りにでもするかと床屋さんに行った。
 頭の上のほうは6ミリメートルで、横と後ろは4ミリメートルから3ミリメートルくらいにして、揉(も)み上げのところはテクノ=カットにしてくださいと伝えてから、「短い髪がぺたんと寝ていると、中国の人みたいに見えるので、坊主頭にすることにしたんです」と言うと、理容師のおねえさんは笑っていた。
 笑っていたということは、髪が短くて寝ているというのは、やはり、中国の人に特徴的に見られる髪型かもしれない。もしかすると、そのときの私が中国の人に見えたからかもしれないな。
 そういえば、私の幼い頃の写真をうちの生徒に見せると、「中国東北部(いわゆる満州)の子どもにしか見えない」という意見が圧倒的多数派であるくらいだ。ということは、女真族(じょしんぞく)系の顔ってことか?

 以前のことだが、4駅ほど先の駅前にある床屋さんで、テクノ=カットにするようにと指示したところ、「うちはかっこよくする仕事です。そんなかっこ悪い髪にはできません」と言われ、挙句(あげく)は、説教された。その理容師は韓国ソウル市出身の人だった。
 この事例ひとつで決めるのもなんだが、どうやら、韓国ではテクノ=カットは存在しないらしい。

 ところで、日本人は、ほかの国の人と較べて、丸刈りが好きであるようだ。たとえば、イングランドでは、丸刈りやスキン=ヘッドは、軍人あるいは不良punksのいずれかしかいないようだが、日本では、それ以外でも丸刈りにしている者がいる。自衛隊の新入隊員でも、僧侶でも、暴力団員でも、右翼団体構成員でも、刑務所の受刑者でもないのに、丸刈りにしている人は少なからずいる。

 そこで、テクノ丸刈りにすれば、きわめて日本的な髪型になるのではないかと考え、ときどき、実践している。うちの生徒に、「テクノ=カット丸刈りこそ、日本人らしい髪型である」と主張したところ、「ただの変な髪形なだけじゃありませんか? 七三分けのテクノ=カットにしているオードリーの春日の髪型くらい、変なだけだと思います」と言われた。

追記:後日、別の生徒から、日本人らしい髪型、あるいは日本人にしかない髪型を追求するのであれば、「茶髪は外せないでしょ」と指摘された。なるほど、日本ほど髪の毛を染める国民の多い国がないのは事実だ。とはいえ、茶髪のテクノ丸刈りとなると、ただの馬鹿にしか見えないような気がする。いや、ちょっと待てよ、日本人に特徴的な髪型をひとつにすると、ただの馬鹿にしか見えないということは、もしかすると、日本人はただの馬鹿かもしれない(←この論法はどこかが間違っているような気がする)。



↑上の写真の右側が春日である。クリックしてから、画像を拡大してみれば、どんな髪型か、わかるよ。

2009年7月16日木曜日

暑いのでメッシュの白いハンチング帽を買った。

 冬場はベレー帽を、春・秋は野球帽スタイルの帽子を被(かぶ)っているのだが、暑かったので、メッシュの白いハンチング帽hunting capを買った。
 メッシュは涼しいぞ。
 Teddy's JAMというヒップ=ホップ系ファッションのお店で買った(176-006東京都練馬区栄町28-1 | 03-3994-5710)。近所の「江古田ゆうゆうロード」(栄町本通り商店街の愛称)にある店だけれど、商店街には加盟していないみたいだ。黒人のにいちゃんの店員しか見たことがない。このときの店員さんは、ほかに、ヒップ=ホップ=ダンスのインストラクターなどもしているそうだ。
 それにしても、ヒップ=ヒップ系ファッションのお店なのに、どうして、ハンチング帽が置いてあるのか? 謎だ。

 ハンチング帽は、鍔(つば)の部分が短いんじゃないかと、ずっと前から疑問に思っていた。ハンチング帽hunting capは、鳥打帽(とりうちぼう)とも訳されているように、鳥を撃つという狩猟行為の際に被(かぶ)るものとして、英国の上流階級が使用した。
 鍔(つば)が短いと、太陽光線が目に入ることが少なからずあり、いくぶん不便なんじゃないかと思っていた。ベレー帽にしても、鍔がなく、日差しが目に入るので、不便だと思っていた。
 ハンチング帽は英国で考案されたのであるが、英国は日本と較べ、高緯度に位置しているので、日差しは強くない。
 ベレー帽は、元来は冬場に被(かぶ)るものだったらしいから、鍔(つば)はなくてもよいのであろう。
 ファッション性というものは考えないで、単に便利かどうかだけであれば、野球帽がいちばんであるような気がする。
 実際、イングランドのフットボール=クラブのグッズでは、野球帽型の帽子もなくはなかったが、毛糸でできた丸い玉の飾りが先についた毛糸製の帽子、いわゆる「正(しょう)ちゃん帽」という類(たぐ)いの帽子が一般的であったように思う。「正ちゃん帽」というのは、『正チャンの冒険』の主人公が被っていたことに由来する。Jリーグが始まったときに、応援グッズに野球帽型の帽子が売られており、サポーターもこぞって野球帽を被(かぶ)って応援しているのを見て、すこぶる奇妙な印象を抱いたものであったが、しかし、今は、フットボール=クラブのグッズとして、イングランドのクラブでも普通に野球帽型の帽子が売られている。フットボール=ファンが、以前は、野球帽型の帽子を被らなかったのは、ストリートでサッカーボールを蹴ったりすると、ヘディングをする機会もあるのだが、鍔(つば)のついた帽子はヘディングに適していないということもあったのだろう。
 F1チームのグッズでも野球帽型の帽子が売られている。
 それに、オープンカーを運転するときは、長鍔の帽子は便利だし。
 プロゴルファーだって、野球帽型の帽子を被ってプレーしている人がいる。
 野球帽型の帽子の唯一の欠点は、泥臭くて、ファッション性がないということだったが、それを逆手(さかて)にとったのがヒップ=ホップ系ファッションであるような気がする。ヒップ=ホップ系ファッションに登場する野球帽型の帽子は、装飾過多(そうしょくかた)で、野暮(やぼ)ったいと感じる。しかし、好きな人にとっては、そこがいいんだろうな。

 ところで、話は変わるが、うちの近所では、野球帽型の帽子を被(かぶ)っている人よりも、ハンチング帽を被っている人のほうが、若干(じゃっかん)、多いようだ。
 若い人の場合ではつぎの傾向は見られないのだが、年輩の方となると、ハンチング帽を被っている人は、やや上品な服装で、野球帽型の帽子を被っている人は、貧相な服装である場合が多い。
 どうしてなんだろう?
 ちなみに、上品な中折れ帽(なかおれぼう)を被っている人は、お洒落(しゃれ)な人である。服装もそれに見合ったものを身につけている。

  

左から、ハンチング帽、野球帽型ヒップ=ホップ系、中折れ帽。それにしても、Amazon.co.jpには安物の帽子しかないな。

2009年7月15日水曜日

『優しくって少し ばか』に登場するパン屋さんは計算が得意ではないようだが……

 原田宗典の小説集に『優しくって少し ばか』というのがある。1986年に単行本が刊行され、1990年に文庫本になった。

 表題作の「優しくって少し ばか」は、彼女の部屋に泊まった主人公が風邪をひいて、熱を出した状態で、ふたりしてとりとめのない会話を重ねつつ、主人公の想念が入り混じり、ぐだぐだした感じの小説。
 文体に感動する人もいるかもしれない。作者本人によれば、こういうことだそうだ。

表題作の「優しくって少しばか」は、新しい文体を試みた作品です。点を省いて不思議なところで改行し、マルを打つ。これによって読む時の日本語の不思議なリズムが出せればいいなぁと思ったわけです。風邪をひいて寝ている彼女と僕とがベッドの中にいて動きがまったくないという、グダグダした感じを出せれば……と、このような文体を使用してみたのです。

 文体はともかく、主人公の行きつけのパン屋さんは、計算が得意ではないらしく、値段が50円単位でついている。パンの値段が、50円、100円、150円、200円、……という具合だ。値段を見て、主人公は、そのパン屋さんは計算が得意ではないと推測する。「優しくって少し ばか」の代表例というか、典型というか、そういうのが、パン屋のことらしい。むろん、主人公なども「優しくって少し ばか」なんだろうけど。
 この本を読んだのが、30年近くも前のことなんだけど、当時、住んでいたマンションの最寄り駅近くに八百屋があって、そこも、パン屋さんと同じ値段のつけ方をしていた。50円、100円、150円、200円、……ってなわけだ。ほかの店の値段と較べると、これは130円くらいが妥当(だとう)なんじゃないかと思うけど、150円になっていたり、220円くらいのところが200円になっていたりした。深く考えずに買っていれば、自然と均(なら)されるだろうから、あまり値段を気にかけなくてもよいし、実際、気にしていなかった。尤(もっと)も、この八百屋さんは「威勢がよくって少し ばか」だったかもしれない。

 以上の話を、以前、当校の生徒にしたところ、こんな指摘を受けた。

ここの受講料って、500円単位になってますけど、ということは掃除機先生はパン屋さんや八百屋さんよりも、ひと桁(けた)分、さらにばかってことですか?

 それはまずいということで、496円の倍数になるように、受講料を設定し直した。その結果、1円単位まで細かい数字の並んだ受講料一覧になっている。わけがわからなくないものになっているわけだ。
 「ばかじゃないけど、少し優しい」を目指しているのだ。

追記:やっぱり面倒くさいので、496円の倍数になる授業料設定はやめにした(2013年1月)。

  

『黄色いドゥカと彼女の手』と『時々、風と話す』は、『優しくって少し ばか』の前に出版されていたと思う。オートバイ雑誌に書いたもので、たぶん、普段、小説を読まない層を対象に書いた短編で、娯楽として読み流すのであれば、この2冊のほうが楽に読めるだろう。

追記:Googleで「優しくって少し ばか」を検索してみたら、「優しくって少しバカ」というタイトルの曲が出てきた。小説とはなんの関係もないようだ。

2009年7月14日火曜日

働き蟻(あり)を砂糖の詰まった容器の中に入れたら、怠(なま)けるのか?

 働き蟻(あり)を砂糖の詰まった容器の中に入れたら、果たして、怠けるのであろうか?

 こんな内容のことを、糸井重里がエッセイかなにかで書いていた。このアイデアがおもしろくて、小学生の生徒に、これを試してみて、観察日記を書くように勧めているのだけれど、いまだにだれもやってくれない。
 だれもやってくれないので、以前のことだけど、自分でやってみた。
 翌日、働き蟻は死んでいた。
 再び、試してみた。
 またしても、翌日、働き蟻は死んでいた。

 うーん、どうしてなんだろう?

 潮解(ちょうかい)という現象があり、これは空気中の水分などを物質が取り込んで水溶液となる現象だ。砂糖にも潮解現象があるらしいから、空気中の水分を砂糖が吸収してゆき、容器内の水分を吸収し切り、その後、蟻(あり)の体内の水分まで吸収し、その結果、働き蟻(あり)が死ぬのではないかという可能性を考えたが、わからない
 いろいろと調べたり、勉強したりすればわかるだろうと思っているのだけれど、きっかけがなければ、真相を追究する気にはならない。
 うちの小学生の生徒が、挑戦してみてくれれば、真面目に調べようと考えているのだけれども、だれも、この観察をやってみようとは思ってくれない。



↑これによれば、栄養のあるゲルの中で働き蟻を飼うと本当に働くのは20%くらいだそうだ。「働き蟻の法則」というものによれば、働いている蟻:怠けている蟻の割合は「80:20」(あるいは「90:10」)とされるが、栄養のあるゲルの中で飼うと、「20:80」になるのだから、6割(あるいは7割)が怠けるようになるわけか。

2009年7月13日月曜日

大学病院にいくと、4月には新人看護師の、7月には新人研修医(外科)の練習台になる可能性が高い。

 私の血管は、一般的な人よりもずいぶんと太く、血液検査のための採血には理想的なものだそうだ。
 千葉大学看護学部を卒業、ついで同大学院研究科看護学専攻を修了した高校の後輩と歩いていると、あるとき、すっと腕を摑(つか)まれ、どきっとしていると「これは、理想的な腕だわ。これ以上に採血のしやすい腕は見たことがない」と言われた。勘違いするから、急に腕は摑むなと思いつつも、「採血しやすい腕」といわれても、あまり実感はなかった。
 ところが、大学病院でお世話になることが多く、病院によっては「採血室」のあるところもあるわけだが、自分が行くと、いつもいつも、その中でいちばん若い看護師が採血を担当することが多い。採血しやすい腕・血管で経験を積ませるということらしい。
 4月の場合だと、国家試験に合格したばかりの看護師が待ち受けている。採血されるときには、必ず、ベテラン看護師が、合格したばかりの新人看護師を私の担当にしてしまう。
 思いっきり緊張している新人看護師だと、こっちも緊張してしまう。
註:看護師の国家試験の発表が4月に行なわれていた時期には、5月に練習台にされた。今は、3月下旬に合格発表があるので、4月に練習台にされる。

 こうした話をしたところ、ある人から、7月に痔の手術を受けるのも、同様のリスクがあるそうだ。
 ところで、「痔」は、国語審議会の指示に従えば「じ」と振り仮名をふるべきなのだが、ひさや大黒堂という痔の薬の専門店の広告のおかげで、痔のルビは「ぢ」だと根拠もなく信じている人が少なくないようだ。
 それはともかく、医師国家試験に合格したばかりの研修医は、まず、先輩医師の診療・治療を見て、さまざまなことを学習する。3か月くらい経つと、そろそろ、実際に手術をしてみないかということになる。このとき、外科手術の中でも比較的簡単な部類に入る痔の手術を任せられるという。

 ということで、大学病院で、4月には、新人看護師の採血の練習台にされ、7月に痔の手術を受けると、新人研修医の初めての外科手術の練習台にされる確率が高いということになる。
 痔になっても、自分は大学病院で手術を7月に受けることはすまいと決意したのであるが、デスクワークが長いわりには、きわめて痔になりにくい体質らしく、この知識は、今までも、そしてこれからも役に立つことはなさそうである。
 採血の練習台については、ちょっと痛いだけだから、最近は気にならなくなっている。

 

2009年7月12日日曜日

今まででいちばん感銘(かんめい)を受けたホームページ[=表紙]

 今までで最も感銘(かんめい)を受けたホームページ[=表紙]は、蓮實重彦(はすみしげひこ)がコーディネーターを務める「あなたに映画を愛しているとは言わせない」www.mobu.jpのものだ。
 真っ白い表紙に「あなたに映画を愛しているとは言わせない」と大書された文字と、左隅(ひだりすみ)に小さく「enter」と書いてあるだけのもの。こんな感じ。

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あなたに
映画を愛しているとは
言わせない






enter
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↑クリックすると実物が見られるよ。

 私自身がシンプルなものが好きだからということもある。

 蓮實重彦は、現在、東京大学名誉教授で、1997年から2001年まで東京大学総長を務めている。総長選挙後、記者会見で、「率直な感想は?」と記者に訊(き)かれ、「いささかの喜びを感じている。……というのも、記者会見にあたって、『率直な感想』を訊かれるかどうか、友人と賭けをし、私は、訊かれるに賭けていたからだ
 うまい。入念に準備して、この答えを用意していたな。
 この件について、大学の先輩で、熱烈な蓮實重彦ファンに「いやあ、小粋(こいき)なフランス風エスプリespritってやつですな」と言ったら、「蓮實さんを馬鹿にするな」と叱(しか)られた。からかっていただけなんだけど。

 ほかに、気に入っているウェブサイトの表紙は建築家の隈研吾(くまけんご)のKengo Kuma and Associates(隈研吾と仲間たち)の表紙。こんな感じ。
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JAPANESE | ENGLISH                                                                           リクルート | RECRUIT
Kengo Kuma & Associates | 2-24-8 BY-CUBE 2F Minamiaoyama Minato-ku Tokyo 107-0062 \ T +81 03-3401-7721 F +81 03-3401-7778 | © Kengo Kuma & Associates




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↓実物はこちら。

 個人的には、隈研吾が設計したM2というポスト=モダンPost Modernな建築作品が好きなんだけど、その建物を知っている人はみんな、「あの変な建物」という反応をする。のみならず、隈研吾自身、今はスタイルが変わっていて、当時の建築物を否定したいらしい。
 柱というものは、なにかを支えるためのものである。柱しかなければ、それは柱として機能していないし、柱とはいえない。ところが、M2は、円柱の形状をしたものが、建物の中心にでーんと据(す)わっている。柱の形をしているのに、何もささえていない。環状8号線をオートバイで走っているときに、これを初めて目にして、どうしようもないほど感動した。何も支えていないということで、見るものに改めて、柱というものの本来の機能を再確認させるものなのだ。
 具体的に、どんな建築作品であるかについては、M2-隈研吾を参照のこと。
 また、隈研吾の『新・建築入門』(ちくま新書)を読んで、哲学史と建築史とを重ね合わせる叙述(じょじゅつ)を読み、感心したのだけれど、この本に対して批判的な人は少なからずいるようだ。それが不思議なんだけど、批判的な人に知識・教養が充分には備わっていないのか、それとも自分が、建築について詳しくないから不思議に感じるか、どっちなんだろうか?

 ところで、蓮實重彦は、フランス文学者なのに、コーディネーターでしかなく、実際にウェブサイトを製作したのが別人らしく、「あなたに映画を愛しているとは言わせない」は、英語を使っている。フランス語よりも英語を使う人のほうが多いということもあるし、また、フランス語だとわからないという人も多いのだろう。
 英語で「enter」とあっても、これは、動詞の原形なのか、命令文なのか、はっきりしない。フランス語のウェブサイトを閲覧(えつらん)すると、つぎの4つの表記法がある。

1) entrer フランス語の不定形(英語の「原形」にあたるもの)を使う。
2) Entrez 丁寧な命令形を使う。
3) Entre ぞんざいな命令形を使う。
4) enter いっそのこと、英語をそのまま使う。

 フランス語での混乱ぶりがわかるであろう。インターネットというものは、所詮(しょせん)、アメリカのものだというのが、この点からも伝わってくるというものだ。

 

2009年7月11日土曜日

駅前で美容室のチラシはよくもらうが、理髪店(床屋)のチラシはもらわない理由がわかった。

駅前などで、美容室のチラシをよく貰(もら)う。ところが、理髪店、つまり、男性用の床屋のチラシを貰うことがない。なんとなく、不思議に思っていた。その理由がわかった。

女性は、あちこちの美容室でいろいろと試してみる傾向があるそうだ。つまり、ひとつの美容室にこだわりはしないという。

一方、男性は、ここだと決めた理髪店があると、いつまでもその店に通う傾向がある。作家の村上春樹は、引越ししてからも、以前からの理髪店に1時間以上もかけて髪を切ってもらいに行っていたそうだ。この例だけでなく、長距離にも拘(かか)わらず、馴染みの床屋に通うという例は多い。

自分は髪型に大したこだわりがないので、いろいろな美容室を試してみる女性の心理も、ひとつの理髪店にこだわる男性の心理もよくわからない。

   

2009年7月10日金曜日

ゼロ戦の「ゼロ」はZEROという敵性語なんだから、太平洋戦争突入後は「ゼロ戦」と言えなかったはずだが……

太平洋大戦中、日本国政府は国民に、英語に由来するカタカナことばを敵性語(てきせいご)として禁じた[訂正:政府は禁じておらず、馬鹿なマスコミが敵性語の使用禁止を煽(あお)っただけにすぎなかった]。そのあたりのことについては、ウィキペディアWikipediaの敵性語の項目を参照してもらいたい。

個人的には、サクソフォン金属製曲がり尺八と、カレーライス辛味入り汁掛け飯の言い換えには笑ってしまった。

敵国の言語を敵性語として禁じるのであれば、日中戦争(支那事変(しなじへん))勃発後(ぼっぱつご)にも、中国語や漢語を禁じるのが道理(どうり)であるはずだが、さすがに、そんなことをすれば日本語そのものが使えなくなるので、実施してはいない。

さて、今日、近所のじいさんと話をした。えらく年輩の人で、太平洋戦争時に航空隊の兵士として出兵(しゅっぺい)していた。

敵性語云々(うんぬん)の話から、ゼロ戦(零式艦上戦闘機)の呼称についての話になった。ゼロ戦は、皇紀2,600年(西暦1940年、昭和15年)に制式採用された。2,600年の下2桁が「00」ということから、「零式艦上戦闘機」となった。略して「ゼロ戦」というわけだ。

ところが、「ゼロ」zeroは敵性語なのだから、「ゼロ戦」という略称は使えないはずである。太平洋戦争開戦後は、敵性語として英語は禁止されているからだ。

尤(もっと)も、英語のzeroの発音は、/zɪˈroʊ/または/zi:ˈroʊ/なのだから、「ゼロ」とはちょっと違う。なお、/ɪ/は「エ」の口の形で「イ」と発音するような音なので、実際には「エ」と聞こえる場合が多い。一方、/i:/は日本語の共通語(標準語)の「イー」を4分の3以下の長さで発音する。

さて、ウェブで調べると、「れいせん(零戦)」「れいしきせん(零式戦)」と呼ばれていたとか、建前(たてまえ)としては「れいせん」だったが、現場では「ぜろせん」と呼ばれていたとある。第2次世界大戦の撃墜王であり、『大空のサムライ』の著者でもある坂井三郎も「ゼロ戦」と戦時中から呼んでいたらしい。

で、近所のじいさんによれば、「零式艦上戦闘機」は「雷電1号」と呼ぶ上官がいたというのである。上官が「雷電1号」と言ったときには「ゼロ戦」のことだと判断しながら聞いていたという。そして、本来の雷電は「雷電2号」と呼んでいたそうだ。

これは初めて耳にした。

失礼ながら、なにかの記憶違いかもしれないと思ったが、雷電は零戦に替わる海軍の主力戦闘機となる予定であったし、零戦と同様に堀越二郎を設計主務者とする設計陣だったということからすると、ゼロ戦を「雷電1号」と呼び、雷電を「雷電2号」と呼ぶ部隊があったとしても、不思議ではないといえば不思議ではない。

本当のところはどうなんだろうか? 気になるところだ。ま、どうでもいいことなんだけど。

  

2009年7月9日木曜日

小中学生にとって、日本語というか、漢語にできないカタカナことば

 メロディーは漢語では旋律なのであるが、これを知らない小・中学生は意外と多い。高校生でも知らない場合が多い。高校生となると、音楽に詳しくない場合には、旋律は、メロディーリズムを足したくらいのものだと思っていることもある。
 リズム律動で、ハーモニー和音なんだが、これも普通の小・中学生は知らない。
 ま、知る必要もないけど。

  

2009年7月8日水曜日

早稲田大学第一文学部ではレポートの締め切りを守らなくてもよかった。

このブログを始めたときには、毎日、記事をひとつは載せるという方針にしたが、ときどき遅れてしまう。よくよく考えると、昔から締め切りが守れない人間だった。

小学生のときには、夏休みの宿題は8月31日から始めて、9月5日くらいに終わらせていた。宿題を終えるまでは「持ってくるのを忘れました」と言い張っていた。

高校生のときのZ会の通信添削も締め切りを守らなかったし、大学生のときに日仏学院の「上級仏文和訳」の通信添削の講座も締め切りが守れないことがあった。

挙句の果ては、大学時代のレポート提出の締め切りは、あまり守ったことがない。

そんなことで、どうして卒業できたのかと思うむきもあるだろう。

大学1年生のときに、筆が遅いのと、気に入ったものに仕上がらなければ、レポートを提出する気になれなかった。それでも、単位を落とすわけにはいかない。それなのに、第一文学部の事務所提出のレポートであれ、教場提出のレポートであれ、締め切りを守らなかった。締め切りをすぎてから、一定水準以上だと思うものが書き上がった。そうしたレポートを、やけくそになって、教員の自宅に郵送した。

成績表が発行されたところ、締め切りを守らないで、レポートを教員の自宅に郵送した科目が、どれもこれも「A評定(90点~100点)」だった。

締め切りを守っていなければ、それだけで自動的に「可(D評定)」になるとか、A評定の内容だが、締め切りを守っていないのでC評定にするとか、そういうことがあるだろうと思っていたが、レポートはすべてが「A評定」だったので、笑ってしまった。

締め切りを守らなくてもA評定ばかりだったということについて、比較的気楽に話ができる教員(教授・助教授・講師)に大学2年生のときに訊いてみた。真相はこういうことだった。

レポート提出の締め切りが、たとえば、1月20日だとする。レポートを受け取った教員はそれを元に成績をつける。科目ごとに第一文学部事務所への提出の締め切りは違うが、とにかく、教員はしかるべき締め切りに応じて、第一文学部事務所に成績を記した書類を提出する。第一文学部事務所の事務員は、提出された書類に記された成績をコンピュータに入力する。もちろん、入力ミスは避けられないので、一旦(いったん)、入力した成績をプリントアウトして、当該の教員に送りつけたり、手渡したりする。入力ミスがあれば、教員が訂正を加えて、第一文学部事務所に提出する。これの締め切りが3月15日だか、20日だか、そのあたりである。この締め切りの前に、レポートを教員宅に郵送すると、よほど性格の悪い教員でなければ、その内容に応じた成績をつけ、事務所から送られた、入力した成績をプリントアウトしたものに修正を加え、第一文学部事務所に提出する。

ということで、早稲田大学第一文学部(当時の名称、今は「早稲田大学文学部」)では、レポートの締め切りとは関係なしに、3月10日くらいまでに教員の自宅にレポートを郵送すれば、「不可」になることはなかったのである。

以上の話を、早稲田OBにすると、だれもが「学生のときに、知っておきたかった」という。

追記:今でも、締め切りを守らなくても大丈夫かどうかは、確かめていないので、「不可」を喰(く)らっても責任は持てないよ。



2009年7月7日火曜日

彦星(ひこぼし)はそろそろ織姫(おりひめ)に飽きてきているのではないかと思うんだが……

 1年に1度しか逢えない、それも、雨が降ると逢えなくなる。そう聞いて、彦星(ひこぼし)と織姫(おりひめ)はなんてかわいそうなんだと、子どもの頃に思った人は多いだろう。
 ところが、実際はそれほどかわいそうではないし、むしろ、彦星は織姫に飽きてきているのではないかと推察できると、個人的には考える。
 「牽牛(けんぎゅう)」「織女(しょくじょ)」という語の初出は『詩経』らしい。大雑把に考えて、2,500年前には既(すで)に七夕の話はあったと考えてよいだろう。伝説や伝承というものは、もともと、それ以前からあるものが、具体的な物語になっている。ここでは、七夕の伝説は5,000年前の話であったと仮定する。
 5,000年のうち、仮に1,350回、雨だったと仮定しても、3,650回は彦星と織姫は逢瀬(おうせ)を楽しむことができたことになる。
 3,650回といえば、毎日逢い続ければ、およそ10年分になる(「およそ」をつけたのは、閏年(うるうどし)のことを計算に入れると2回または3回を足さなければならないからである)。もう飽きているころだろう。

 『愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史』の著者によれば、愛は4年で終わるのが自然であるという。人種・民族・宗教・文化が異なっていても、離婚のピークは世界中で結婚の4年後であるということから、著者が仮説を立てた。結婚後1年で子どもが生まれ、3歳になると、父親がいなくても共同体で育てることが可能なので、男性はつぎの女性を求めるようになる、だから、離婚のピークは結婚の4年後なのだという。
 この仮説が正しいのであれば、およそ10年分にあたる3,650回も逢っていれば、飽きているはずだ。だから、雨で逢えないとなると、「今年は雨のおかげで織姫と逢わなくていいから、ラッキー」なんてことを彦星は思っているかもしれない。
 だから、雨のせいで、彦星と織姫が逢えなくても、ちっともかわいそうじゃない。

  

2009年7月6日月曜日

「サラダ記念日」って、本当は「ドレッシング記念日」なんじゃないかと思ったことがある。

「サラダ記念日って、本当は、「ドレッシング記念日」なんじゃないかと思ったことがある。

この味が いいねと君が 言ったから、7月6日は サラダ記念日

野菜そのものの味が変わることはない。となれば、味がよかったのは、ドレッシングのはずである。

この味が いいねと君が 言ったから、7月6日は ドレッシング記念日

「ドレッシング記念日」にすると、短歌としてはおもしろくないな。

もしかすると、ものすごくおいしい野菜を買って、サラダをこしらえたのかもしれない。いや、「サラダの味」というのは、「野菜+ドレッシング」の総合的なものを指すのかもしれない。そうであるならば、「サラダ記念日」でもよいことになる。

やっぱり「サラダ記念日」でよいようだな。

ちなみに、サラダ記念日に関わる別の記事は、「この味がいいねと君が言ったけど……」にあるよ。

 

2009年7月5日日曜日

日本国憲法改正は、憲法の条文からすると、改正それ自体が憲法違反になってしまうが……

 日本国憲法にはつぎの条項がある。第99条だ。

第99条【憲法尊重(そんちょう)・擁護(ようご)の義務】天皇又は摂政(せっしょう)及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護(ようご)する義務を負ふ。

 ということは、国会議員が憲法改正の発議をすることは、それ自体が「憲法違反」になってしまう。

 その前に、憲法改正そのものがきわめて難しい。憲法第96条を見てみよう。

第96条【改正の手続き、その公布】
① この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行(おこな)はれる投票において、その過半数の賛成を必要する。
② 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

 衆議院と参議院で、それぞれ3分の2以上の賛成が必要というのは、不可能に近い。これでは、実質的に、憲法改正はできない。
 その一方で、第99条で「天皇又は摂政(せっしょう)及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護(ようご)する義務を負ふ」」とあり、憲法改正自体が違憲になるようになっている。
 改正自体が憲法違反である。

 論理的に考えて、むちゃくちゃな憲法だよな。改正手続きを書いておきながら、改正すると憲法違反だと言っているのだから。

 そんなことを考えていたのだけれど、こんな裏技があったのかと驚いた手法があった。
 憲法の無効化というものである。
 憲法改正は憲法に定められているから、憲法で定められた手続きによらなければ改正できない。ところが、国会で過半数を得られれば、日本国憲法の無効化ができるそうだ。
 うーん、そんな手があるとは、考えもしなかったな。
 と、こんなことを書いたけど、日本国憲法無効化を主張しているわけではないので、勘違いしないでほしい。



2009年7月4日土曜日

木曽川・信濃川・天竜川の源流

 『地図のたのしみ』を著(あらわ)した堀淳一が、新聞のインタビューかなにかで話していたのだが、河口と河口の距離はずいぶんとあるのだけれども、伊勢湾に流れ込む木曽川と、新潟市に河口があって、日本海に流れ込む信濃川の源流は、梅雨の季節だと、200mくらいしか離れていないそうだ。
 ということは、木曽川の源流を見た1分後以内に信濃川の源流を見ることができるはずだ。
 そんなわけでちょっくら調べてみた。
 木曽川の最源流は鉢盛山にあり、この鉢盛山は長野県西部の松本地域と木曽地域の境界にある山である。ところが、鉢盛山について調べても、木曽川の源流があるという記述はあっても、信濃川の源流があるとはどこにも記載されていない。
 その後、ごちゃごちゃと調べていると、信濃川の支流に奈良井川という一級河川があった。ウィキペディアWikipediaの「奈良井川」の項目によればつぎのとおり。

中央アルプスの主峰、木曽駒ケ岳(きそこまがたけ)の北にある茶臼山北壁(塩尻市楢川地区)に源を発し、分水嶺(ぶんすいれい)が入り乱れる中、南下する東の天竜川、西の木曽川に挟まれた中を北上、沿線の観光名所中山道(なかせんどう)奈良井宿(ならいじゅく)、贄川宿(にえかわじゅく)を流れ、塩尻市、松本市を貫き、松本市大字島内で梓川に合流する。梓川は、ここから犀川(さいかわ)に名を変える。

 3つの河川の源流がどの程度に離れているのかは判然としないが、短時間で木曽川と信濃川と天竜川の源流を見ることができるだろう。
 そこで、ビデオカメラで、これら3つの河川の源流をつぎからつぎへと撮影する動画がYouTubeなんかにアップされれば面白いのにと思った。10分程度の時間で、木曽川と信濃川と天竜川の源流を訪れるヴィデオがあれば、感心したり、驚いたりしてしまうと思うんだけど。
 ところが、地理学科出身の友人(地理能力検定試験1級、しかも試験準備・対策なしで)にこのアイデアを話したところ、「分水嶺(ぶんすいれい)の概念がわかっていれば、当たり前のことなので、なんとも思わない」と言われた。
 ちなみに、「分水嶺」というのは、地理用語では分水界(←クリックするとウィキペディアWikipediaに飛ぶよ)と呼ぶものであり、つぎのように書いてある。

分水界(ぶんすいかい、drainage divide)とは、異なる水系の境界線を指す地理用語である。山岳においては稜線(りょうせん)と分水界が一致していることが多く、分水嶺(ぶんすいれい)とも呼ばれる。

 確かに、「分水嶺(ぶんすいれい)の概念がわかっていれば、当たり前のこと」ではあろう。さらには、彼の場合、地理学科出身だから、日本の地形がだいたいは頭に入っているので、それほど、おもしろいこととは思えないのだろう。
 でも、こういう「あほな企画」を本当に実行する人がいれば、おもしろいと私は思っているんだけど。

2009年7月3日金曜日

東京都議会議員選挙が告示された。

 東京都議会議員選挙が告示(こくじ)された。

 ある議員は、4年前(前回)、初出馬・初当選した。その練馬区選出の都議会議員のポスターを目にして、4年前の選挙公報を思い出した。

「民主党の大型新人」

 そう書いてあった。
 経歴を見ると、高校卒業後、専門学校に進学して、社会人となり、後に早稲田大学政治経済学部に進学、さらに松下政経塾を経て、都議会議員選挙に出馬している。
 「民主党の大型新人」というわりには、政治に直接的な関わりがない。特に、なにか市民運動をしていたわけでもない。
 よくわからないと思っていたが、選挙公報をよく読むと、「大型新人」の意味がわかった。

 身長が175cmの女性候補だった。それだけだった。

追記:この候補者は、前回に続き、今回も当選していた。さすが「民主党の大型新人」だけのことはある。

  

2009年7月2日木曜日

特徴のあるウェブサイトの表紙

 ウェブサイトwebsiteに表紙home pageらしい表紙が多かったが、最近では、ホームページといっても、ごちゃごちゃした目次などがついて、メインページmain pageのように見えるものが多くなっている。
 なお、本来の意味でのホームページは、表紙や目次ページのことであって、サイト全体を指すことばではない。
 最近では、映像を好む人が多く、活字中心の人が少ないので、集客を狙いとすると、写真や動画を多くし、ホームページに目次を多く掲載する必要があるのだろう。
 そんなことを考えていたら、ふと、「センス」が問われる広告代理店のホームページはどうなっているのだろうかと疑問に思った。
 そのあたりで見かけるありきたりなものでは、広告屋としての沽券(こけん)に関(かか)わる。
 それで、広告代理店のホームページを閲覧してみた。以下、会社名をクリックするとホームページに飛ぶよ。

 電通のホームページは、シンプルすぎないが、煩雑(はんざつ)でもない。
 博報堂のものは、「おまえは一体、何がしたいのだ?」と訊きたくなるものだった。
 ADKアサツーディ・ケイは、動きのあるものを載せている。ちょっと「ふつう」かなと思ってしまう。
 jeki㈱ジェイアール東日本企画は、音楽を流すので、不愉快である。しかも、動画と映像を駆使している。このあたりは、あくまでも個人的な嗜好(しこう)によるので、この会社は私のようなタイプを顧客として想定していないというだけのことであろう。たぶん、メインの顧客は「ふつう」の人。

 ほかの広告代理店のホームページを知りたければ、広告代理店ランキングから閲覧してね。強い傾向ではないが、売り上げが多くなればホームページはシンプルになる傾向があるような気がする。その一方で、それほどの売り上げではないのに、さらっとした表紙の会社もあるようだ。

2009年7月1日水曜日

Scritti Polittiというユニットはアルバムデビュー後、24年が経過して初ライブを行なった。

 Scritti Politti(スクリティ=ポリティが、実際の発音に近いが、日本語では一般に「スクリッティ=ポリッティ」と呼ばれている)という音楽ユニットがアルバムデビューしたのが、1982年9月のことだった。Scritti Polittiというユニット自体は1977年にイングランドのリーズLeedsでグリーン=ガートサイドGreen Gartsideを中心に結成されたものだったが、大幅にメンバーを入れ替えて、アルバム=デビューしている。
 アルバム=タイトルはSongs to Rememberで、以下の曲が収録されていた。

Songs to Remember
1. Asylums In Jerusalem
2. Slow Soul
3. Jacques Derrida
4. Lions After Slumber
5. Faithless
6. Sex
7. Rock-a-boy Blue
8. Getting', Havin' and Holdin'
9. Sweetest Girl

 以上の曲のうちで、人気があるのは、たぶん、'Sweetest Girl'だろう(iTuneでは、どういうわけか、'Asylums In Jerusalem'がいちばん売れていた)。Madnessというバンドがカバーしている。
 個人的には'Gettin', Havin' and Holdin''が好きなんだけど、YouTubeで見つからなかった。ピーター=バラカンPeter Barakanによれば、ふつうのイギリス人には、歌詞の意味があまりわからないらしい。


 Scritti Polittiというユニット名そのものが、イタリアのマルクス主義思想家アントニオ=グラムシAntonio Gramsciのことばから採ったもので、「政治的著作」くらいの意味だ。Green Gartside自身、インタヴューで'political writing'のことだと答えている。
 また、Jacques Derridaはフランスの哲学者・文芸評論家の名前で、さらには、Gettin', Havin' and Holdin'には'True like the Tractatus'という歌詞があり、Tractatusはルートヴィッヒ=ヴィトゲンシュタインLudwig Wittegensteinの『論理哲学論考』Logisch-Philosophische Abhandlungの英訳版の題名Tractatus Logico-Philosophicusのことだ。

 Scritti PolittiのSongs to Rememberiは、ユニット名や歌詞に哲学書の題名を入れるなど、衒学趣味(げんがくしゅみ)的な部分がウケて、それなりに売れ、評価も低くはなかった。当然、ライブの依頼が殺到する。
 ところが、この音楽ユニットには、致命的な欠点があった。コンピュータによる打ち込みでアルバムを製作していたので、アルバムどおりに演奏できなかったのだ。それで、ライブ依頼を断り続けていた。
 ライブのできない音楽ユニットだったのだ。
 それでも、1985年には2枚目のアルバム、Cupid & Pysche 85を、1988年には3枚目のアルバム、Provisionをリリースしている。
 ライブができないといっても、その要望が強く、80年代か90年代に、1度、楽器演奏の部分に録音したものを使って「生出演」したが、やっぱりカッコ悪いと思ったらしい。ライブは封印(ふういん)してしまった。
 その後、楽器演奏まで含めた「ちゃんとした」ライブを行なうようになったのは、2006年のことだ。ファースト=アルバムをリリースしてから、24年後のことだった。24年間も練習していたわけだ。
 24年間の練習の成果がこれだ(笑っちゃだめだよ)。


 つぎのが最新アルバムに収められているSun in Snow。あまり技術が必要のないものを作曲しているような気がしなくもない。



    

 こんなの並べてみたけど、よく考えたら、自分自身、最近は、iTuneでしか音楽は買っていないな。ま、アルバムの表紙だけ、楽しむといいよ。

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早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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