2013年1月9日水曜日

「掃除機庵御主人様」でメールが届いた。

 このブログは「掃除機庵主人 l'homme révolté」という題名である。掃除機庵主人(そうじきあんしゅじん)というハンドルネームは、あちこちで使っている。

 先日、「掃除機庵主人という宛名(あてな)でメールが届いた。

「掃除機庵主人」は、所謂(いわゆる)、雅号(がごう)なのだから、精々(せいぜい)のところ、「掃除機庵主人」なのではないかと思ったが、なんだか複雑な気分である。

「御主人様」とされると、秋葉原にあるメイド喫茶的なものが想起(そうき)される。まあ、送り主には悪気はないのだろうけど。

2013年1月8日火曜日

海豚(イルカ)の肉を食べさせられた世代

 鯨(クジラ)と海豚(イルカ)は、生物分類上、区別がない。体長が4mを超えれば鯨(クジラ)、それ以下だと海豚(イルカ)という一応の区別はあるが、例外はある。

 昭和時代の学校給食では、低廉(ていれん)な価格で動物性蛋白質(たんぱくしつ)が摂取できるということで、「鯨の龍田揚げ(たつたあげ)」がよく出された。

 ところが、鯨の龍田揚げだと信じて食べたものは、かなりの高い確率で、「海豚(イルカ)の龍田揚げ」であった。

 私と同年代の者でも、このことを知っている人は少なく、話すと驚かれる。とりわけ、女性の場合には、気分が悪くなることもあるようだ。

 当時の「鯨の龍田揚げ」の贋物(にせもの)、すなわち「海豚(イルカ)の龍田揚げ」は、肉が硬(かた)く、決しておいしいものではなかった。学校給食で「鯨の龍田揚げ」を食べさせられた世代は、「鯨肉(げいにく)=不味(まず)い」と思い込んでいる。

 英国でも、第2次世界大戦後、大日本帝国軍のせいで、すべての植民地を失い、国民総生産が半分になるという経済力の半減を経験し、貧困に喘(あえ)いでいたときには、鯨肉(げいにく)を食べていた。けれども、英国人のかなりは、反捕鯨である。たぶん、学校給食で「鯨の龍田揚げ」しか食べていない日本人と同様、彼らもまた、不味(まず)い部位(ぶい)しか食べなかったのであろう。

 3大高級部位(さんだいこうきゅうぶい)とされる尾の身(おのみ)・脂須の子(あぶらすのこ)・鹿の子(かのこ)のうちで、さらに高級なものを食べると、こんな旨(うま)いものは、コーカソイド(白人)には知られたくないと思ってしまう。

 日本人なら、死ぬまでに、1度は、食べておくとよい。

 また、心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳梗塞(のうこうそく)になりやすいタイプの人にとって、鯨肉は健康にいい。

2013年1月6日日曜日

日本人のせいで製品・商品の仕様が変わった事例(その2):コンサイス=オックスフォード=ディクショナリー

 コンサイス=オックスフォード=ディクショナリーThe Concise Oxford Dictionaryは、以前、正式な名称はThe Concise Oxford Dictionary of Current Englishであった。現行のものは、The Concise Oxford English Dictionaryである。

 それはともかく、1979年から1990年までの間、英国首相であったマーガレット=サッチャーは、財政難の折(おり)から、大学への補助金を削減(さくげん)することにした。そうなると、大学が財政難に陥(おちい)る。

 自(みずか)ら資金を調達しなければならなくなったオックスフォード大学Oxford Universityは考えた。世界最大の大学出版局であるオックスフォード大学出版局の売り上げを伸ばし、その利益を大学運営にまわそう、と。

 まずは市場調査marketingである。すると、英国の旧・植民地であり、人口も頗(すこぶ)る多いインドを除けば、アジアでオックスフォード大学出版局の書籍を最も購入しているのが、日本だと判明した。

 そこで、オックスフォード大学出版局は、「日本人にやさしい」Japanese friendlyな書籍づくりに励(はげ)むことになる。

 日本は、大東亜戦争の敗戦により、第1外国語は強制的に英語となっている。となれば、英語辞典を「日本人にやさしい」ものにすればよい。

 その昔、英国の英語辞典には、そもそも発音記号が記載されていなかった。方言差(ほうげんさ)が激しく、「英語には標準語は存在しない」とする立場さえある。he(彼は)を「イー」と発音する者もいれば、often(しばしば)を「オフトゥン」と読む者もいるし、parent(親)を「パレント」と読む者もいる。スコットランド人の中には、bus(バス、乗り合い自動車)を、ドイツ人のように「ブス」と読む者もいる。ロンドンの南部やマンチェスターの連中は、myselfを「ミセルフ」という人が少なくいない。

 ちなみに、BBC(英国放送協会)のアナウンサーの発音でさえ、統一していない。ある者は、アッパー=ミドルの発音だし、ある者は、いかにもな上流階級のものである。BBCがアナウンサーの発音を統一しようと試みたことがあったが、不可能だと判断した。今は、BBCの容認発音Received Pronunciationとして、いくぶん、幅広く容認している。その容認発音でさえ、英国人の2%から3%しか使っていない。2011年の世界銀行による人口の推測値からすると、125万人から188万人にすぎない。だから、発音記号を掲載することに、それほどの利益はないのである。

 また、子音(しいん)の発音と強勢stress(所謂(いわゆる)、日本語での「アクセントaccent」だが、アクセントは強勢と抑揚intonationを合わせたもの)が正しければ、母音(ぼいん)の発音はどうでもよいとさえいえるのが英語である。したがって、精々(せいぜい)のところ、強勢の位置を示す記号がついているくらいでしかなかった。

 しかしながら、「日本人にやさしい」となると、話は別だ。発音記号を掲載したほうがよい。

 ところが、重大な事実が判明した。

 なんと、日本の英語の辞書では、当時の時点で、70年近く前の「ジョーンズ式発音記号」が主流だったのである(今でも日本では主流だが)。

「なんだと! 日本人は今でもジョーンズ式発音記号で英語を勉強しているのか!? あんな時代遅れな代物(しろもの)を! 微妙な方言の発音が表記できないではないか!」
「わが国の軍隊では、中世の武術を捨て去り、最新鋭の武装をしているのに、日本人は無駄に伝統を重んじる民族で、実際の戦闘では役に立たない弓道や剣道をいまだにやっている連中です[註:大東亜戦争では、ゲリラ戦で日本兵による弓矢で戦死したアメリカ兵が少なからずいる]。それに、火縄銃にしても、改良する能力があるにも拘(かか)わらず、戦国時代の仕様のままのものを江戸時代末期まで作り続けた民族です」
「ふーむ、だからといって、日本向けにジョーンズ式発音記号を採用するわけにはいかん。ジョーンズ式発音記号を採用すれば、世界中の笑いものになる」

 ということで、オックスフォード大学出版局は、すべてのページに国際音声記号International Phonetic Alphabet (IPA)の発音記号を印刷することにした。

 具体的には、こうだ。ひとつの発音記号を記載して、その横にその音声を含む単語を記載する。それを4ページに亙(わた)って、一覧を作成する。たとえば、「æ cat」というのから始め、4ページ分、作成するという具合。これを辞書の本文、つまり、単語とその意味を掲載しているすべてのページの余白の下に記載した。自分が調べた単語の発音記号がわからなければ、当該(とうがい)のページを含めた前後の4ページの下の余白を見れば、発音がわかるようにした。

 1990年発行の第8版でのことだ。

 オックスフォード大学といえば、英国首相を多数輩出した大学であるから、日本でいえば、東京大学に相当する。なお、ケンブリッジ大学はノーベル賞受賞者を多数輩出しているので、日本でいえば、京都大学に相当するといえる。東京大学も京都大学も、オックスフォードやケンブリッジと較べれば、どちらも、グレードは遥(はる)かに劣(おと)るが。

 東南アジアの親日国が東京大学出版会の書籍を多数購入しているからということで、東京大学出版会がその国の国民に適した仕様で書籍を刊行するようなことを、日本に対してオックスフォード大学出版局がやったということである。

 世界最大の大学出版局が日本に媚(こ)びたのだから、日本ってすごいなあ。

 但(ただ)し、辞書の売り上げは増えなかったようである。というのも、コンサイス=オックスフォード=ディクショナリーを使いこなせる日本人なら、大抵(たいてい)は国際音声記号を知っているからである。徒労(とろう)に終わったわけだ。

2013年1月5日土曜日

日本人のせいで製品・商品の仕様が変わった事例(その1):モンブランのマイスターシュトゥック#149

万年筆のペン先は、その国の言語に応じて、適したものがある。いや、その国の規範的な筆記体の字体に応じて、適したものがあるといったほうがよいかもしれない。いや、これも、あやしい。こういうペン先を使っているから、そういう筆記体の字体となったのかもしれない。

それはともかく、ずいぶんと昔のことだが、フランスでは22金や20金のペン先が多かった。フランス語の筆記体は、英語の筆記体と較べ、じつに丸っこい。丸っこい筆記体を書きたいがために、22金や20金という柔らかいペン先が好まれたのか、それとも、22金や20金のペン先を使っているから、丸っこくなったのかは、不明である。

ところで、22金などの表現の意味は、金が100%の場合、24金で、22金だと金の含有量が24分の22ということで、18金は24分の18で、14金は24分の14ということである。

一方、ドイツの万年筆のペン先は14金が主流である。因果関係ははっきりしないが、ドイツ語の規範的(きはんてき)な筆記体は、グキグキとした、直線的なものである。

モンブランMont Blancのフラッグシップ(旗艦製品(きかんせいひん))であるマイスターシュトゥック149 Meisterstück #149のペン先は、もともとは、14金であった。

ドイツ語の筆記体を書くのに適していた。

また、個人的には、一般の18金のペン先よりもちょっとだけ微妙に硬い書き味が好きだし、なんていうのかなあ、日本の気候・風土に合っていないのに、無理をして海外の流行を追いかけるがごとき被虐趣味的(ひぎゃくしゅみてき)なよろこびもあった。

ところが、そのモンブランが、あるとき、#149のペン先を18金に変えた。

#149が最も売れているのが、日本であり、日本製の万年筆の主流は18金のペン先だったからだ。モンブランは日本に媚(こ)びるために、18金のペン先に変更したのだった。

このように、日本市場を見据(みす)えて、製品の仕様を日本に合わせた高級ブランドは数多い。

ドイツの万年筆製造会社にペリカンPelikanというのがあるが、ここも14金のペン先のものもあるが、18金のペン先の製品も増やしているし、フランスのメーカーも18金のペン先を備(そな)えた製品を増やしている。

高級ブランドの日本仕様が世界標準化しつつあるわけだ。

これは、よくないことだ。舶来品(はくらいひん)を買う楽しみが減ることになる。たとえば、フランス製だから、こういうところがこうなっているんだな、と思う楽しみが少しずつ減ってしまう。

現在、日本語を書くのに、対費用効果(たいひようこうか)の点で、最もすぐれているとされるのは、パイロット万年筆エラボーElaboであり、その輸出仕様であるNamiki Falcon(ナミキ=ファルコン)である。この万年筆のペン先は14金である。じつは、加工技術によって、柔らかい14金のペン先も作れるし、硬い18金のペン先も、優秀な企業であるならば、自在(じざい)に作れるのだ。

モンブランが18金のペン先に変更したのは、万年筆に詳しくない日本の富裕層(ふゆうそう)への売り上げを増やすためのものであったということがわかるだろう。どういうわけか、万年筆のペン先は18金だと思い込んでいる日本人が多いのだ。これは「18金ペン、プラチナ」という広告の影響だろう。

日本に媚(こ)びる高級ブランドは、いずれ、衰退(すいたい)するような気がなんとなくしている。事実、神田の金ペン堂は、モンブランの万年筆を扱わなくなった。むろん、これは、近年、モンブランの経営者が変わって、製品を改悪したのが原因らしい。

まあ、モンブランの万年筆は、今は、買わないのが無難(ぶなん)だろう。


2013年1月3日木曜日

映画監督が選ぶベスト映画で小津安二郎の『東京物語』が1位となった理由

 世界最古である英国映画協会British Film Instituteは1933年に設立され、1952年からは、10年毎(ごと)に「映画監督が選ぶベスト映画」ならびに「批評家が選ぶベスト映画」を発表している。

「映画監督が選ぶベスト映画」で小津安二郎の『東京物語』が1位となった。この作品が名作であることには異論はない。しかし、これまでの映画で1位となると、頭をかしげてしまう。

2002年のときには、トップ10に入っていない。黒澤明の『羅生門』『七人の侍』がトップ10入りしていたのに、なぜか、黒澤作品はトップ10からなくなり、『東京物語』が1位となったのだ。

2012年の結果はつぎのとおりであった。

1位 『東京物語』小津安二郎監督
2位 『2001年宇宙の旅』スタンリー=キューブリック監督
3位 『市民ケーン』オーソン=ウェルズ監督
4位 『8 1/2』フェデリコ=フェリーニ監督
5位 『タクシードライバー』マーティン=スコセッシ監督
6位 『地獄の黙示録』フランシス=フォーロ=コッポラ監督
7位 『ゴッドファーザー』フランシス=フォーロ=コッポラ監督
7位 『めまい』アルフレッド=ヒッチコック監督
9位 『鏡』アンドレイ=タルコフスキー監督
10位 『自転車泥棒』ヴィットリオ=デ=シーカ監督

10年前にはトップ10に入っていなかった作品が、いきなり、1位である。

調べてみたところ、「映画監督が選ぶベスト映画」を選んだ映画監督が高齢化したのが、理由だった。10年間の2002年よりも10歳は齢(よわい)を重ねた監督たちである。

多数がすでに老境となっている。

『東京物語』の大雑把(おおざっぱ)な梗概(こうがい)をしたためる。

年老いた夫婦が東京にいる長男・長女の家を訪れるが、日々の生活に忙しく、長男・長女は両親をかまってくれない。戦死した次男の嫁だけが、仕事を休んで、観光案内をする。

これだけではないが、実の息子・娘に邪険(じゃけん)に扱われる場面が多い。

選考委員である映画監督たちが高齢化し、『東京物語』で描かれているようなことを経験することによって、身につまされるようになったのだろう。日本人と較べて、ヨーロッパ人は、親を邪険に扱う傾向が強い。

息子・娘から邪険に扱われるようになった高齢の映画監督が、『東京物語』を高く評価したということらしい。

若手監督が選ぶベスト映画となると、何が1位になるのだろうか? ちょっと気になる。





2013年1月2日水曜日

NHKの受信料の不合理さ

 NHKにかぎらず、テレビは観(み)ないので、うちにはテレビはない。だから、NHKの受信料を払う必要はない。

 ところが、最近、NHKがウェブ上(つまりインターネット上)で、動画が閲覧できるようにしている。

 どうやら、将来は、インターネットに接続しているのだから、NHKの動画に関する「インターネット受信料」を狙っているような気がする。

 地上波のNHKの放送に関しては、スクランブルをかけろという意見が少なくない。

 たとえば、勝手に郵便で商品を送りつけて、金を払えと請求してきたら、違法だろう。

 また、一人暮らしで、テレビを所有しているというだけで、NHKどころか、ほとんどテレビ番組自体を観ない人間と、10人家族でテレビが5台ある家庭とで、受信料が同じというのもおかしい。

 そもそも、受信料という制度は、ごく僅(わず)かな富裕層のみがラジオやテレビを持てた時代の発想である。現代的なシステムを再構築するべきであるはずだ。

2013年1月1日火曜日

先日、うちの女子高校生が石原伸晃の高校時代の成績を推測しようとしていた。

 うちは学習塾・予備校だから、進学に関わる資料はいろいろとある。とはいえ、ちんまりしたところだから、毎年毎年最新の資料を購入するわけではない。むしろ、貧乏塾なので、最近は、保護者に購入するように依頼している。

 先日、女子高校生が慶應義塾高等学校からエスカレータ式にどの学部にそれぞれ何人ずつ進学するのかを調べていた。怪訝(けげん)に思って、理由を訊(たず)ねたところ、尖閣諸島に関しての石原伸晃(いしはらのぶてる)の発言があまりに頭が悪いと思ったので、高校時代のだいたいの成績を推測しようと思ったという。

 尖閣諸島を巡(めぐ)る発言とは、テレビ番組で、領有権を主張する赤い支那が「攻め込んでくるのでは」と訊(き)かれ、「攻めてこない。誰も住んでいないんだから」と断言した件である。

 海底資源を狙(ねら)っているのだから、住人がいるかどうかは関係ないことがわからないほどに頭が悪いと、うちの生徒は思ったのだという。

 彼女は、たまたま平成14年(皇紀2662年、西暦2002年、イスラム暦1422年)の資料を基(もと)に計算した。

 基(もと)になるデータはつぎのもの。
 701人中の進学先である。1.2%くらいは外部受験するようだが、それはとりあえず無視する。

医学部:21名
理工学部:136名
経済学部:173名
法学部:220名
商学部:55名
文学部:30名
総合政策学部:24名
環境情報学部:40名
看護学部:2名


 総合政策学部・環境情報学部・看護学部は、石原伸晃が在籍していたときにはなかったので、除外する。すると、635名がエスカレータ式に進学したことになる。

 文学部以外の学部は、文学部よりも上位とされる学部である。ということは、それらの学部への進学者の合計数よりも低い成績であったと推測できる。もしも、もともと政治家志望であったり、政治家の2世であったりすると、成績がよすぎても、経済学部・医学部・理工学部には進学せず、敢(あ)えて法学部政治学科に進学するというようなことはあるらしい。

 文学部以外の上位学部への進学者数の合計は605名である。文学部進学者は30名である。

 以上のことから、彼女は、635名中605番以下の成績であったにちがいないと推測していた。

 以下は、私の返答。実際に話した内容に、多少、筆を加えている。

 まず、慶應義塾普通部(横浜市日吉にある男子中学部)に合格しているだけでも、地頭はよさそうであるし、むしろ、伸晃は身体(からだ)を張って、勉強をさぼると文学部にしかいけなくなるということを証明し、その結果、弟3人は全員、慶應義塾大学経済学部という看板学部に内部進学をしている。弟思いのいい兄貴じゃないか

 つぎに、勉強ができた者で、政治家として優秀だった人物は少ないとされるということを指摘した。

 第25代・第28代内閣総理大臣だった若槻禮次郎(わかつきれいじろう)は、帝国大学法科(今の東京大学法学部)を平均点98.5点という凄(すさ)まじい成績で首席卒業したが、政治家としてはそれほど評価されていない(関係ないけど、若槻禮次郎が間違えた問題や、あるいは記述問題やレポートで減点対象になった部分が知りたい)。

 民主党の参議院議員・江田五月は、親子2代の極左で、東京大学教養学部時代に自治会委員長として全学ストライキを指揮し、退学処分になるが、学生運動から足を洗うという条件で復学し、東京大学在学中に、司法試験に席次10番で合格、なにかに書いてあったが、司法修習(司法試験合格後、さらに2年間勉強させられて、試験に合格しないと正式に法律家にはなれない)では、首席卒業だったという。だが、政治家としては、子分がいないようである。

 鳩山邦夫(鳩山由紀夫の弟)は、高校3年生のときに受験した代々木ゼミナールの全国模試ですべて1位であった(もっとも、ハイレベルな勉強ができる人間は駿台予備学校の全国模試は受験しても、河合塾と代々木ゼミナールは時間の無駄なので受験しないのだが)。また、東京大学教養学部から専門課程への進学試験でも学年1位で、東京大学法学部政治学科を首席卒業した。ところが、平成22年(皇紀2670年、西暦2010年、イスラム暦1430年)に、新党を結成することも念頭において、自由民主党を離党したが、ついてくる子分がまったくいなかった。なお、鳩山邦夫が25歳のときから、17歳か18歳であった現在の妻・エミリー(旧姓・高見)との交際を開始したという話をすると、女子中学生や女子高校生は「気持ちの悪いロリコン」だと感じるという。25歳で高校生とつき合ったという事実がある以上、女性からの人気が高まることはなさそうなので、首相には相応(ふさわ)しくない器(うつわ)となってしまっている。もっとも、現在のエミリーおばさんの画像を目にすると、羨(うらや)ましいとはだれも思わない状態になっている。許してやれよと思うのだが。

 一般に、頭がよすぎると、決断できなくなる傾向があるようだ。たとえば、政策に関して、A案を採用すれば、成功する確率が35%、B案の場合は38%、C案の場合は40%という場合、もっとデータが集まれば、成功確率が変動して、自信を以(も)って政策を選べるかもしれないと考えて、なかなか決断しないという場合もある。若槻禮次郎(わかつきれいじろう)にしても、満州事変のときに、新手(しんて)を繰(く)り出すことなく、「不拡大方針(ふかくだいほうしん)」を採(と)った(その結果、閣内不一致(かくないふいっち)で総辞職)。一方、頭があまりよくないと、成功確率40%のC案でいくか、となる。それでうまくいかない場合は、つぎからつぎへと新たな政策を繰(く)り出し、多少、どたばたするが、最終的にはうまくいったりもする。

 もちろん、頭がよくて、且(か)つ、政治家として大いなる業績を残した例もある。たとえば、初代内閣総理大臣・伊藤博文(いとうひろぶみ)は、もともとは、水呑み百姓(みずのみびゃくしょう)の倅(せがれ)であったが、神童(しんどう)との噂が流れ、武家(ぶけ)の養子となった。その後の業績は書かなくてもよいだろう。

 石原伸晃自身は、長老議員にはたいそう気に入られているから、失言癖を治して、もう少し慎重に発言するようにすれば、政治家としてもっと大成する可能性もあるだろう。

 3つ目に、勉強が得意でなかったか、あるいは、勉強しなかったか、いずれにしろ、成績はよくなかったけれども、影響力のある政治家として、あるいは有効な政策を遂行(すいこう)した政治家について述べた。

 小沢一郎は東京大学を不合格になり続け、仕方なく慶應義塾大学経済学部に進学した。当時の早慶は、現在と較べると、偏差値で10から15くらい低かったので、その落差はかなり大きい。第1志望校に落ちて、偏差値で15から20低いところに進学したようなものである。小沢一郎は、そこで、はたと考えた、東京大学法学部に進学しても司法試験に合格しない連中がいるのだから、司法試験に合格すれば、見返すことができる、と。大学在学中から法律を勉強し、卒業後は日本大学大学院で法律を学ぶが、司法試験に落ち続けているうちに、国会議員の父親が亡くなり、跡を継いで国政選挙に出馬し、当選した。現在は現職衆議院議員で最多当選回数を誇る。ちなみに、民主党の仙谷由人(せんごくよしと)は、小沢一郎が不合格になった司法試験で、自分が合格しているということを自慢したそうであるが、器(うつわ)のちっこい人物だと思う。

 麻生太郎は、学習院高等科時代、学年でビリから5番以内の成績だと豪語していたが、内閣総理大臣を務めている。リーマン=ブラザーズ=ショック後の経済政策も目を瞠(みは)るものがあるし、噂では、国際基準からすると不当なまでに廉(やす)すぎるテレビ局の電波使用料を英国並に上げようと、裡(うら)で画策しているのがマスメディアに知られ、猛烈な麻生叩きとなったそうだが、もし電波使用料の値上げに手をつけようとしたのならば、政治家として有能であるといえよう。

 安倍晋三は成蹊小学校・成蹊中学校・成蹊高等学校・成蹊大学を一貫してエスカレータ式に進学しているから、あまり勉強していないようである。当時、東京大学法学部の学生であった衆議院議員・平沢勝栄は安倍晋三の家庭教師をしていたが、たぶん、冗談として、あまり成績は伸びなかったというような意味の発言をしている。また、安倍晋三が言うことを聞かないので「定規(じょうぎ)で散々(さんざん)ぶっ叩(たた)いた」という。定規でぶっ叩かれるような子どもって、いったい、どんな子どもだったのだろうか。しかしながら、麻生太郎と同様、マスメディアは報道しないが、安倍晋三の政治家としての功績は大きい。第2次安倍内閣を組閣することになったのも、過去の業績とは無縁ではないだろう。それに、第2次安倍政権成立後、ここ数日で、株価は1万円を超え、日本の経済には好都合な円安が進んだ。見ている人は見ているということだろう。

 第64代ならびに第65代内閣総理大臣であった田中角栄は、大学卒業ではないが、内閣総理大臣になった。本当の最終学歴は夜間の工業学校・中央工学校卒業であるが、高等小学校卒業が最終学歴であるようなイメージをふりまき、「今太閤(いまたいこう)」と呼ばれた。自由民主党で最大派閥を率(ひき)い、政策はともかくとして、「影響力のある政治家」であったことはまちがいない。

 第85代ならびに第86代内閣総理大臣であった森喜朗(もりよしろう)は、小学校・中学校時代はいじめの常連で、勉強はできなかったと本人が述べている。また、父親が早稲田大学ラクビー部(正式名称は、「早稲田大学ラグビー蹴球部(しゅうきゅうぶ)」)の合宿に対して、無償で宿舎を提供していたことから、なぜか、セレクションを受けることなく、スポーツ推薦で早稲田大学第2商学部(夜間)に進学し、膝(ひざ)を負傷したということで、退部して、早稲田大学雄弁会に入る。産経新聞社の就職試験では白紙の答案を提出するも、採用される。こんな人でも、内閣総理大臣になるし、清和会という派閥の親分として、自由民主党内に大きな影響力を持ち続けた。少なくとも力のある政治家である。

 ほかにも枚挙(まいきょ)に遑(いとま)がない。以上のような例を眺めると、勉強のできる・できないと、政治家としての有能さや影響力には、なんの相関関係もないような気がしてくる。

 あ、そうだ。元日だった。ということで、U2のNew Year's Dayを貼りつけておく。哀(かな)しいけれど、前向きな歌だ。

自己紹介

自分の写真
和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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