2013年1月6日日曜日

日本人のせいで製品・商品の仕様が変わった事例(その2):コンサイス=オックスフォード=ディクショナリー

 コンサイス=オックスフォード=ディクショナリーThe Concise Oxford Dictionaryは、以前、正式な名称はThe Concise Oxford Dictionary of Current Englishであった。現行のものは、The Concise Oxford English Dictionaryである。

 それはともかく、1979年から1990年までの間、英国首相であったマーガレット=サッチャーは、財政難の折(おり)から、大学への補助金を削減(さくげん)することにした。そうなると、大学が財政難に陥(おちい)る。

 自(みずか)ら資金を調達しなければならなくなったオックスフォード大学Oxford Universityは考えた。世界最大の大学出版局であるオックスフォード大学出版局の売り上げを伸ばし、その利益を大学運営にまわそう、と。

 まずは市場調査marketingである。すると、英国の旧・植民地であり、人口も頗(すこぶ)る多いインドを除けば、アジアでオックスフォード大学出版局の書籍を最も購入しているのが、日本だと判明した。

 そこで、オックスフォード大学出版局は、「日本人にやさしい」Japanese friendlyな書籍づくりに励(はげ)むことになる。

 日本は、大東亜戦争の敗戦により、第1外国語は強制的に英語となっている。となれば、英語辞典を「日本人にやさしい」ものにすればよい。

 その昔、英国の英語辞典には、そもそも発音記号が記載されていなかった。方言差(ほうげんさ)が激しく、「英語には標準語は存在しない」とする立場さえある。he(彼は)を「イー」と発音する者もいれば、often(しばしば)を「オフトゥン」と読む者もいるし、parent(親)を「パレント」と読む者もいる。スコットランド人の中には、bus(バス、乗り合い自動車)を、ドイツ人のように「ブス」と読む者もいる。ロンドンの南部やマンチェスターの連中は、myselfを「ミセルフ」という人が少なくいない。

 ちなみに、BBC(英国放送協会)のアナウンサーの発音でさえ、統一していない。ある者は、アッパー=ミドルの発音だし、ある者は、いかにもな上流階級のものである。BBCがアナウンサーの発音を統一しようと試みたことがあったが、不可能だと判断した。今は、BBCの容認発音Received Pronunciationとして、いくぶん、幅広く容認している。その容認発音でさえ、英国人の2%から3%しか使っていない。2011年の世界銀行による人口の推測値からすると、125万人から188万人にすぎない。だから、発音記号を掲載することに、それほどの利益はないのである。

 また、子音(しいん)の発音と強勢stress(所謂(いわゆる)、日本語での「アクセントaccent」だが、アクセントは強勢と抑揚intonationを合わせたもの)が正しければ、母音(ぼいん)の発音はどうでもよいとさえいえるのが英語である。したがって、精々(せいぜい)のところ、強勢の位置を示す記号がついているくらいでしかなかった。

 しかしながら、「日本人にやさしい」となると、話は別だ。発音記号を掲載したほうがよい。

 ところが、重大な事実が判明した。

 なんと、日本の英語の辞書では、当時の時点で、70年近く前の「ジョーンズ式発音記号」が主流だったのである(今でも日本では主流だが)。

「なんだと! 日本人は今でもジョーンズ式発音記号で英語を勉強しているのか!? あんな時代遅れな代物(しろもの)を! 微妙な方言の発音が表記できないではないか!」
「わが国の軍隊では、中世の武術を捨て去り、最新鋭の武装をしているのに、日本人は無駄に伝統を重んじる民族で、実際の戦闘では役に立たない弓道や剣道をいまだにやっている連中です[註:大東亜戦争では、ゲリラ戦で日本兵による弓矢で戦死したアメリカ兵が少なからずいる]。それに、火縄銃にしても、改良する能力があるにも拘(かか)わらず、戦国時代の仕様のままのものを江戸時代末期まで作り続けた民族です」
「ふーむ、だからといって、日本向けにジョーンズ式発音記号を採用するわけにはいかん。ジョーンズ式発音記号を採用すれば、世界中の笑いものになる」

 ということで、オックスフォード大学出版局は、すべてのページに国際音声記号International Phonetic Alphabet (IPA)の発音記号を印刷することにした。

 具体的には、こうだ。ひとつの発音記号を記載して、その横にその音声を含む単語を記載する。それを4ページに亙(わた)って、一覧を作成する。たとえば、「æ cat」というのから始め、4ページ分、作成するという具合。これを辞書の本文、つまり、単語とその意味を掲載しているすべてのページの余白の下に記載した。自分が調べた単語の発音記号がわからなければ、当該(とうがい)のページを含めた前後の4ページの下の余白を見れば、発音がわかるようにした。

 1990年発行の第8版でのことだ。

 オックスフォード大学といえば、英国首相を多数輩出した大学であるから、日本でいえば、東京大学に相当する。なお、ケンブリッジ大学はノーベル賞受賞者を多数輩出しているので、日本でいえば、京都大学に相当するといえる。東京大学も京都大学も、オックスフォードやケンブリッジと較べれば、どちらも、グレードは遥(はる)かに劣(おと)るが。

 東南アジアの親日国が東京大学出版会の書籍を多数購入しているからということで、東京大学出版会がその国の国民に適した仕様で書籍を刊行するようなことを、日本に対してオックスフォード大学出版局がやったということである。

 世界最大の大学出版局が日本に媚(こ)びたのだから、日本ってすごいなあ。

 但(ただ)し、辞書の売り上げは増えなかったようである。というのも、コンサイス=オックスフォード=ディクショナリーを使いこなせる日本人なら、大抵(たいてい)は国際音声記号を知っているからである。徒労(とろう)に終わったわけだ。

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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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