2013年10月9日水曜日

早稲田くらいのマンモス大学なら、あちこちで女子学生に告白してもいいだろうと考えた男子学生の失敗

1年生と2年生の語学などのクラスいた男子学生で、あちこちで女子学生に交際してくださいと告白しまくったやつがいた。

今は、どうなのか知らないが、当時の早稲田大学は1学年1万人の学生がいた(卒業するのは9千人くらい)。そのくらいのマンモス大学でなら、あちこちで告白しても大丈夫だろうと考えたらしい。

彼はひとりっ子で、いとこに女性がいなく、かつ、駒場東邦という中高一貫の男子校出身だった。だから、女性の情報ネットワークの怖(こわ)さを知らなかった。

彼は、まず、同じクラスの女子学生に告白した。

ついで、第一文学部の別のクラスの女子学生にも告白した。

加入したサークルにいる教育学部の女子学生にも告白した。

また、別のサークルで、他大学の学生も入れる、いわゆるインターカレッジ=サークルにいる日本女子大学の女子学生にも告白した。

しかも、告白のことばが同じだった。

初めて、君を見たとき、心が揺(ゆ)れ動きました

なかなか、いい表現だと高く評価するが、生涯(しょうがい)で、ひとりにしか言ってはいけないよな。

彼の失敗の原因は、女性の情報ネットワークの怖(おそ)ろしさを知らなかったことにある。

まず、音羽女子学生会館という、いいとこのお嬢様が入る学生寮が比較的近くにあり、うちのクラスには3人いた。

今はなくなってしまったが、原宿にある東郷神社のそばに、東郷女子学生会館があった。原宿にあり、渋谷にも近い。これもいいとこのお嬢様が入る。うちのクラスには2人いた。

また、東京にある女子学院という高校からは、毎年、早稲田大学には200人以上の合格実績があり、実際に進学するのはどのくらいなのか知らないが、まあ、うじゃうじゃいるのである。

この女子学生情報ネットワークは怖(おそ)ろしいのである。

しかも、女性というものは、告白されると、周囲にしゃべるものなのである。さらに、具合の悪いことに、「初めて、君を見たとき、心が揺れ動きました」という印象的なことばを彼は全員に使ってしまっていた。

以上の経緯(いきさつ)から、女子学生は、みな、彼に近づかなくなった。

3年生になれば、1年生の女子学生なら大丈夫だと、これまた「初めて、君を見たとき、心が揺れ動きました」と告白したが、怖(おそ)ろしき女子学生情報ネットワークにより、やっぱり、玉砕(ぎょくさい)した。

女の子は「自分ひとりだけを見てくれる人」でないと嫌だということが彼はわかっていなかった。

当時の早稲田大学第一文学部は、女子学生が半分にちょっと足りないくらいいたが、女子学生からはまったく相手にされなくなったというか、むしろ、避けられるようになった。

ちょっと不憫(ふびん)に思うが、致(いた)し方(かた)ないな。

なぜ、こんなことを知っているのかって? ある女子学生から聞いたからなんだけど、どういうわけか、私は、男子学生なのに、女子学生情報ネットワークに入っていたからである。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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