2013年2月24日日曜日

『宇宙戦艦ヤマト2199』に登場するドメル将軍の「宇宙の狼」という形容は言語哲学的におかしい。

『宇宙戦艦ヤマト2199』という初代『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク作品では、初代と同様にドメル将軍が登場する。

エルク=ドメル将軍Domelが「宇宙の狼(おおかみ)』と呼ばれているのには、違和感がある。

エルク=ドメル将軍のモデルは「沙漠(さばく)の狐(きつね)」Würstenfuchs / Desert Foxと呼ばれたエルヴィン=ロンメル将軍Erwin Rommelである。彼は北アフリカ戦線で英国軍を何度も壊滅(かいめつ)させたので、「沙漠(さばく)の狐」と呼ばれた。ここでの「沙漠」は北アフリカを指しており、「狐」は狡猾(こうかつ)な作戦の立案能力の持ち主であることを表している。

「◯◯の△△」と呼ばれる場合、◯◯の部分には地域名などの限られた領域・地域が入り、△△には喩(たと)えられるものが入る。

ア式蹴球(サッカー)の場合、アジアのある代表チームは「アジアの虎(とら)」と自称している。ところが、その国は、アジアの国であり、よくよく考えると、これも言語哲学的におかしい。虎はインドにベンガル虎が、シベリアにはシベリア虎(アムール虎)が、スマトラにはスマトラ虎が、中国南部には厦門虎(あもいとら)が、ミャンマーからベトナムまでには印度支那虎(いんどしなとら)が棲息(せいそく)している。つまり、虎はアジアにしかいないのである。アジアにしかいないものを用(もち)いて、「アジアの虎」と自称するのは、言語哲学的にはおかしな言語表現なのである。「日本の日本猿と呼ばれた男」「日本の日本氈鹿(にほんかもしか)と呼ばれた男」と同じくらいに変な表現なのである。

ほかにも、ア式蹴球(サッカー)の場合、サウジ=アラビア代表は「沙漠(さばく)の太陽」であり、チュニジア代表は「カルタゴの鷲(わし)」である。太陽は砂漠以外の土地にも昇るし、鷲はカルタゴ以外にも生息している。この2つの表現「沙漠の太陽」「カルタゴの鷲」は、おかしな表現ではない。

「宇宙」という全体を示す語を含む「宇宙の狼」は変なのである。「世界の狼」「宇宙の狼」であれば、それは、唯(ただ)の狼にすぎない。

尤(もっと)も、「世界のミフネ」という表現があるが、これは意味が違う。「世界に通用する俳優である三船敏郎」という意味である。

「ガミラス星を除いた宇宙」での狼という意味で「宇宙の狼」としたのかもしれないが、「宇宙」という語には、ガミラス星や地球も含むと考えるが一般的であるから、やはり、適切なネーミングとはいえない。

もしかすると、大日本帝国海軍の重巡洋艦(じゅうじゅんようかん)「足柄(あしがら)」がモデルの一部になっている可能性もある。重巡洋艦「足柄」は、キリスト教暦1937年(昭和12年、皇紀2597年)にジョージ6世戴冠記念観艦式(たいかんきねんかんかんしき)に参加した際に「飢(う)えた狼」と呼ばれたことが関係しているのかもしれない。

この「飢えた狼」は、徹底して居住性を排除した「足柄」を揶揄(やゆ)したものであったが、褒(ほ)めことばであると勘違いした日本人もいたそうである。

『宇宙戦艦ヤマト2199』のスタッフには大日本帝国海軍が好きな人が多そうだから、重巡洋艦足柄に因(ちな)んで、どうしても「狼」を使いたかったのかもしれないし、また、例えば、「◯◯星雲の狼」だと、小物(こもの)に感ぜられるから、仕方なく「宇宙の狼」としたのかもしれない。「天翔(あまか)ける狼」なら、みょうな表現ではないのだが。

追記:「宇宙の狼」は「宇宙空間の狼」の意味ではないかという指摘を受けた。もし、そうなら、おかしな表現ではないな。



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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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