2009年7月8日水曜日

早稲田大学第一文学部ではレポートの締め切りを守らなくてもよかった。

このブログを始めたときには、毎日、記事をひとつは載せるという方針にしたが、ときどき遅れてしまう。よくよく考えると、昔から締め切りが守れない人間だった。

小学生のときには、夏休みの宿題は8月31日から始めて、9月5日くらいに終わらせていた。宿題を終えるまでは「持ってくるのを忘れました」と言い張っていた。

高校生のときのZ会の通信添削も締め切りを守らなかったし、大学生のときに日仏学院の「上級仏文和訳」の通信添削の講座も締め切りが守れないことがあった。

挙句の果ては、大学時代のレポート提出の締め切りは、あまり守ったことがない。

そんなことで、どうして卒業できたのかと思うむきもあるだろう。

大学1年生のときに、筆が遅いのと、気に入ったものに仕上がらなければ、レポートを提出する気になれなかった。それでも、単位を落とすわけにはいかない。それなのに、第一文学部の事務所提出のレポートであれ、教場提出のレポートであれ、締め切りを守らなかった。締め切りをすぎてから、一定水準以上だと思うものが書き上がった。そうしたレポートを、やけくそになって、教員の自宅に郵送した。

成績表が発行されたところ、締め切りを守らないで、レポートを教員の自宅に郵送した科目が、どれもこれも「A評定(90点~100点)」だった。

締め切りを守っていなければ、それだけで自動的に「可(D評定)」になるとか、A評定の内容だが、締め切りを守っていないのでC評定にするとか、そういうことがあるだろうと思っていたが、レポートはすべてが「A評定」だったので、笑ってしまった。

締め切りを守らなくてもA評定ばかりだったということについて、比較的気楽に話ができる教員(教授・助教授・講師)に大学2年生のときに訊いてみた。真相はこういうことだった。

レポート提出の締め切りが、たとえば、1月20日だとする。レポートを受け取った教員はそれを元に成績をつける。科目ごとに第一文学部事務所への提出の締め切りは違うが、とにかく、教員はしかるべき締め切りに応じて、第一文学部事務所に成績を記した書類を提出する。第一文学部事務所の事務員は、提出された書類に記された成績をコンピュータに入力する。もちろん、入力ミスは避けられないので、一旦(いったん)、入力した成績をプリントアウトして、当該の教員に送りつけたり、手渡したりする。入力ミスがあれば、教員が訂正を加えて、第一文学部事務所に提出する。これの締め切りが3月15日だか、20日だか、そのあたりである。この締め切りの前に、レポートを教員宅に郵送すると、よほど性格の悪い教員でなければ、その内容に応じた成績をつけ、事務所から送られた、入力した成績をプリントアウトしたものに修正を加え、第一文学部事務所に提出する。

ということで、早稲田大学第一文学部(当時の名称、今は「早稲田大学文学部」)では、レポートの締め切りとは関係なしに、3月10日くらいまでに教員の自宅にレポートを郵送すれば、「不可」になることはなかったのである。

以上の話を、早稲田OBにすると、だれもが「学生のときに、知っておきたかった」という。

追記:今でも、締め切りを守らなくても大丈夫かどうかは、確かめていないので、「不可」を喰(く)らっても責任は持てないよ。



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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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