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2014年5月24日土曜日

あいつ、こんなにも(給料を)貰(もら)っているのか!? 学生時代は俺(おれ)より勉強ができなかったのに。

バブル崩壊(ほうかい)のとき、不良債権(ふりょうさいけん)を抱(かか)える銀行などの内情(ないじょう)を政府が調べた。担当したのは、たぶん、高級官僚や、元=高級官僚の優秀な人々であったようだ。

担当者が銀行の頭取(とうどり)などの年収も調べた。

すると、ある担当者が、こう言った。

「あいつ、こんなにも(給料を)貰(もら)っているのか!? 学生時代は俺(おれ)より勉強ができなかった癖(くせ)に」

おそらくは40年以上も前のことで、そんなことを言ったというのは、人間の心理を考える上で、興味深い。

2014年5月1日木曜日

南カリフォルニア大学の哲学の教授は教条主義的(きょうじょうしゅぎてき)ヴィトゲンシュタイニアン[=ヴィトゲンシュタイン主義者]だった。

昨日のつづきである。

南カリフォルニア大学の哲学の教授が早稲田大学国際学部に1年間、在籍した。

哲学科哲学専修の学生が、数人、その教授の住まいを訪(おとず)れ、軽い講義を受けるようになった。

暫(しばら)くすると、その教授は、早稲田大学の哲学科哲学専修の英米哲学の教授などと話をしたいと言い出した。

そこで、英米哲学の教授と専任講師にそのことを話し、講師控室(こうしひかえしつ)で、面談する手筈(てはず)を組んだ。

その際(さい)に、英米哲学の専任講師には、「あの教授は、教条主義的(きょうじょうしゅぎてき)ヴィトゲンシュタイニアン[=ヴィトゲンシュタイン主義者]ですよ」と言ったところ、「自分の見解に合わない人物を『教条主義的』と批判するのは、よくないことだ」と言った。

講師控室での面談を終えた専任講師は言った。

「済(す)まない。本当に教条主義的ヴィトゲンシュタイニアンだった」

2014年4月13日日曜日

いつの間にか、体育実技が必修の大学が半分以下になっていた。

近所の早稲田の学生と世間話をしているときに、自分が大学生だったときの体育実技の選択科目の話をしたら、体育実技ってあったんですかと訊(き)かれた。

調べてみたら、体育実技が必修の大学が半分以下になっていた。

以前なら、オリンピック代表になれそうな学生を、大学院に進学させ、さらには大学職員として採用し、いわば、大学の広告塔として活用し、その後は、体育実技を担当する教員として大学に残っていた例が少なくなかったような記憶がある。

体育実技が少なくなれば、大学に残ってオリンピックを目指すというパターンは減るんだろうな。

2014年3月21日金曜日

副将・副キャプテン・副部長だらけの慶應義塾大学

以前に、早稲田大学くらいでも、文化部や運動部、サークルの部長や幹事長の場合は、企業からの勧誘が多数、来るということを書いた。

慶應義塾大学では、副将・副キャプテン・副部長だらけになっているそうだ。

ひとつの文化部・運動部・サークルで、副将・副キャプテン・副部長が10人くらいいる場合があるそうである。

そうすることで、1流企業の採用を増やそうという戦略(せんりゃく)であるらしい。

このあたり、慶應義塾大学は、早稲田大学よりも賢(かしこ)いなあ。

2014年3月16日日曜日

学生服の第2ボタンを欲しいという人がいないかと大学の卒業式の日にキャンパスに行ったが、だれからも求めれなかった。

大学生のときに、夏にはリーバイスのジーンズに、ヘインズの白いTシャツ、それにドクター=マーティンの靴だけでいた。リーバイスのジーンズは数本、ヘインズの白いTシャツは10枚くらいあった。ドクター=マーティンの靴も、8穴のブーツから、普通の靴まであった。

それ以外では、学生服でいた。

服を毎日替(か)えるのが面倒だったからだ。ズボンは、大学生活協同組合(生協)で売っていた黒いズボンにした。脚が太いので、一般学生用のものではなく、体育会用の太いズボンを買った。

夏以外では、学生服でいた。一般的に、学生服でいるのは、体育会の運動部の連中と、応援団、ならびに、早稲田精神高揚会(わせだせいしんこうようかい)という変なサークルの連中だけである。

好(す)き好(この)んで学生服を着ているから、詰襟(つめえり)もきちんと留(と)める。いわゆる変形学生服(袖(そで)のボタンが3個以上あるとか、定形(ていけい)よりも長い、あるいは短いなど)は身につけていない。

私は高校生のときの学生服を実家から送ってもらって、ボタンだけを大学のものに変えた。学生服はいわゆる「中ラン」というやつで、普通の学生服よりも裾(すそ)までがちょっとだけ長い。ズボンは体育会用のものだったので、幅が広い。だから、ちょいとばかり変な恰好(かっこう)だった。

しかし、女子校出身者や、制服のない都立高等学校出身には、それがいくぶん妙な学生服だというのはわからなかったようである。

ときおり、近所にある早稲田高等学校(早稲田大学の附属でも系属(けいぞく)でもない)や、当時は早稲田鶴巻町にあった早稲田実業高等学校の生徒が文学部の学生食堂に食事に来た。男子校だから、綺麗な(?)おねえさんのいるところでご飯(はん)をたべようというのであるらしかった。彼らのほとんどは詰襟(つめえり)を留(と)めていないので、簡単にわかった。

卒業式の日に、制服の第2ボタンを求める女子学生がいるのではないかと、学生服でキャンパスをうろうろしていた。式典(しきてん)というものは好きではないので、卒業の式典そのものには出席しなかった。なお、入学式も出席していない。

ところが、キャンパスで出逢(であ)っても、だれからも制服の第2ボタンを求められなかった。

そうしたところ、知り合いの大学院生のおねえさん2人に逢(あ)った。

そこで、学生服のボタンを外(はず)した。

当時は、ボタンを糸でくくりつけるものではなくなっていて、すでに、プラスチックの部品で、裏からカチリと嵌(は)めるだけで済(す)むようになっていたから、学生服のボタンを簡単に外(はず)せるようになっていた。

5つのボタンを混(ま)ぜて、「5分の1の確率で『第2ボタン』が当たります」とやった。

ちょっとばかり嬉(うれ)しそうだった。

先日、そのうちのひとりが、ウェブで検索して、私を調べ、メッセージを送ってきた。「あのときのボタンは今でも大切に持っています」と。

2014年3月14日金曜日

早稲田大学くらいでもサークルの部長・幹事長なら、あちこちの企業から勧誘が来る。

大学の運動部や文化部、ならびにその他のサークルで、部長をしていると、企業からの勧誘を受ける。

私自身、勉強ばかりしていたので、サークルにでも入りたいと思ったが、3年生になってから入るのは、なんだかなあと思った。

そこで、友人と一緒にサークルを立ち上げることにした。

当初は、「現代論理学研究会」にしようと考えたが、早稲田大学には「数学研究会」がなかったので、最終的には「数学研究会」にした。

とはいえ、実際にやっていたことは、現代論理学の勉強だった。

現代論理学のクルト=ゲーデルKurt Gödelの「完全性定理」と「不完全性定理」は理解した。

ちなみに、ゲーデルの「不完全性定理」を解説し、証明方法を説明する授業をしたいと思っているのだが、うちの生徒はだれも興味を示してくれない。

早稲田大学には、「マイル=ストーン」という同人誌を発行しているサークルがある。

毎年、サークル紹介(しょうかい)の同人誌を4月に発行する。

その紹介号に「早稲田大学数学研究会」を掲載した。

すると、全国の企業から、勧誘のダイレクト=メールが連日、おそろしいほど届いた。

「マイル=ストーン」に掲載された住所や電話番号があちこちに流出(りゅうしゅつ)したようである。

早稲田大学くらいでも、サークルの部長なり、幹事長なりを務(つと)めているというのは人望があると判断されるらしい。もっとも、旧帝国大学ほどには評価はされていはいないようであるが……。

2014年2月8日土曜日

文系・理系の分類はまちがっている。世間の大半は「無系」である。

文系・理系の分類はおかしい。

文系でも、劃期的(かっきてき)な業績をあげた人物は、数理感覚(すうりかんかく)に優(すぐ)れている。数理感覚に優れていなければ、一定レベル以上の業績はあげられない。暗記しかできないのは、「文系」とはいえない。

一方、理系でも、優秀な人間は、文章力(ぶんしょうりょく)にも優れている。計算しかできないのは「理系」とはいえない。

以上のことから、私は、世の中のほとんどは、「無系」なんだと思っている。

2014年2月6日木曜日

サッカー部のことを、早稲田大学では「ア式蹴球部」と呼ぶが、慶応義塾大学では「ソッカー部」と呼ぶ。

一般の大学では、サッカー部は「サッカー部」なんだろう。

けれども、早稲田大学では「ア式蹴球部(あしきしゅうきゅうぶ)」という。

「ア式」というのは、「アソシエーション式」、つまり、「フットボール協会式association式」ということである。

なお、早稲田のアメリカン=フットボール部は「米式蹴球部(べいしきしゅうきゅうぶ)」であり、ラグビー部は「ラグビー蹴球部」という。

一方、慶應義塾大学のサッカー部は「ソッカー部」という。

アメリカ英語のsoccerを、どうやら、イギリス英語読みをしているらしい。

これは、かなり恥(は)ずかしい。

これに対する言い訳として、慶應義塾大学のソッカー部は、「ラテン語読みをしているのだ」と言い張っている。

soccerは、ラテン語では、「病気」という意味らしい。

恥(はじ)の上塗(うわぬ)りだ。

2014年1月14日火曜日

遊星と惑星

英語のplanet、フランス語のplanète、ドイツ語のPlanet(ドイツ語では普通名詞も大文字で始まる)などの訳語として、「惑星」と「遊星」があった。

「惑星」は東京大学が、「遊星」は京都大学が、こう訳せばよいのではないかと考えた。

30数年前の世界史の教科書などでは、記憶が曖昧(あいまい)なのだが、「ケプラーの遊星の三法則」とされていた。しかし、最近では、「ケプラーの惑星の三法則」や「ケプラーの三法則」となっている。

「惑星」という訳語が「遊星」よりも圧倒的に優れていたとは思えない。

高等学校などの教科書は東京大学の教授が執筆する。すると、東京大学の教授たちが使う訳語が一般的なものとなる。

なぜ、そういうことになるか。日本の出版社の大半は東京にあるので、東京大学の教授に執筆依頼が集中するからである。

この点で、あれほどのノーベル賞学者を輩出(はいしゅつ)している京都大学は損をしているようである。

ところで、『宇宙戦艦ヤマト』ならびに『宇宙戦艦ヤマト2199』で「遊星爆弾」というものが登場するが、「遊星」は本来planetなのだから、あれはおかしい。「隕石爆弾(いんせきばくだん)」などとすべきであろう。

2013年11月2日土曜日

自分の出身高校では、お嬢様大学の指定校推薦枠があるのに、公表されていなかった。

神戸女学院大学は、関東でいえば、フェリス女学院大学のようなものである。

附属の中学校・高等学校はすこぶる頭がよいのだが、だれも大学にエスカレータ式で上がったりはしない。あくまでも、附属の中学校・高等学校と較べたらという話だが、それほど勉強が得意というわけではない。でも、お嬢様度は抜群(ばつぐん)である。

神戸女学院大学の指定校推薦枠(していこうすいせんわく)が、私の出身高校にはあった。

一般の高等学校では、指定校推薦枠があるというのを掲示板に貼(は)り出し、希望者は締切日までに申し出るようにとの通達を出すものである。

その上で、それぞれの高等学校の選抜方式により、指定校推薦を受けられる生徒が決まる。

ある場合には、定期試験の成績だけで決める高等学校もあれば、定期試験と実力試験の結果のそれぞれに一定の係数をかけて、その合計で決める高等学校もある。

ところが、私の出身高等学校である和歌山県立橋本高等学校では、神戸女学院大学の指定校推薦枠があるということは一切、公表されず、富裕層で、かつ家柄のよい女子生徒のうちで、成績のよい順に、三者面談などで、こっそりと、指定校推薦を利用するかどうかを打診していたらしいのである。

このことを知ったときは、あれほど同和教育に力を入れておきながら(和歌山県は、20人に1人はそういう地域出身者になるので、経済を活性化するためにも、同和教育は必要である)、こんなことをしていたとは呆(あき)れるなと思った。

しかしながら、もしも、勉強はそこそこ以上にできるけれども、貧乏な家の子どもが神戸女学院大学に進学すれば、どうなるかを考えれば、納得できなくもない。

以下は、首都圏のお嬢様大学での事例である。

貧乏な子どもがお嬢様大学に進学すると、日本特有の同調圧力(どうちょうあつりょく)により、服装も似たようなものにしなければならないが、経済力が違いすぎるから、対応できない。だから、周囲から浮いた貧乏臭い服装になってしまう。

昼食は500円以内に抑(おさ)えようと思っても、1食1,500円のランチに誘われる。週3回でも貧乏学生には辛(つら)い。早稲田大学ごときでも、昼食時に大学近辺の高くはないけれども、安くはないレストランに誘われたりしているうちに、生活費が足りなくなって、夕方に3時間ほどアルバイトを始めた女子学生がいたくらいであるから、真(しん)のお嬢様大学なら、もっとひどい状態になるんだろう。

ローテク=シューズであるコンバースのオール=スターを履(は)いていくと、その日のうちに渾名(あだな)が「コンバ」になってしまう。

「夏休みにヨーロッパの美術館巡りをするんだけど、一緒に来ない?」と誘われても、参加できない。その結果、仲間はずれにされる。「あの人、つきあいが悪いから」となる。

なんだか古臭い腕時計をしていると思ったら、「お祖母様(ばあさま)のローレックスを譲ってもらったの」と言う。うちは昔から金持ちなのだとアピールしているのである。

以上のことを鑑(かんが)みるに、家柄のよい富裕層の女子生徒にしか指定校推薦を受ける権利を与えていない、あるいは、与えていなかったのは、致し方(いたしかた)ないと思えてくる。

ちなみに、うちの高等学校では、ひと月に1回、1時限を被差別部落の問題などに関する討論
(とうろん)に費(つい)やし、1年に1回、1日まるごと、被差別部落の問題などに関する討論に費やしていた。

被差別部落出身者の場合、高校の授業料は無料だったし、自動車教習所の費用も無料だった。経済格差を減らすためだ。

さらには、真偽の程は不明だが、被差別部落出身者は、教員や公務員の採用で優遇されているという話を耳にしたことがある。

それでも、名門お嬢様大学の指定校推薦に関しては、進学実績を維持するために、あれほど不当な差別はいけないと力説していた教員たちが屈伏(くっぷく)せざるをえなかったというのは、興味深い。富裕層を優先的に推薦するのは、「正当な差別」ということなのだろうか?

成績がよいからといって、貧乏な人を推薦した結果、その人がいたたまれなくなって、単位を落としたり、落第したり、中途退学したりすると、指定校推薦を取り消されるのだから、しょうがないかな。

なお、同級生で、指定校推薦で神戸女学院大学に進学した人は、元=庄屋(しょうや)の家柄で、今でいえば「村長」の家柄だったし、2学年下の女子生徒の場合、オートバイで彼女の自宅に遊びに行ったら、東京の平均的な場所で同じものを作れば土地代込みで10億円は超えそうな邸宅だった(ただし、関西は土地代が安いので、資産価値はそれほどではない)。



2013年10月23日水曜日

TOEIC(トーイック)のスコアで日本の一流企業が就職に際して学生を門前払(もんぜんばら)いするようになった理由

TOEIC(トーイック)は、仕事上での英語の運用能力を測るために、日本の企業などからの要請に応じて創(つく)られたものである。

これが、今、大学生や大学院生が就職活動をする際に、採用側の企業にとっての指標(しひょう)として用いられている。

以前なら、日本の一流企業は、指定校制を敷(し)いていた。指定校に入っていない大学の学生は、門前払(もんぜんばら)いだった。

旧帝国大学(東京大学・京都大学・大阪大学・名古屋大学・東北大学・九州大学・北海道大学)の理系学部だと、大学推薦で一流企業に入るが、国立でも私立でも文系となると、一定の成績を修めていなければならなかったようである。

その際の基準が、指定校になっている大学の3年修了時に、「優」が50個くらいの科目で最低でも20個なければならなかった。「優」が20個なければ、指定校であっても、新聞社か、テレビ局か、出版社くらいしか、就職先がなかった。

だから、マス=メディアなどに関わる人々は、難関大学レベルでの勉強に関しては、頭が悪いのである。いや、単なる努力家で、なんとか指定校には入学できたけれども、地頭(じあたま)が悪かった人々が、成績が悪くて、マス=メディアにしか参入できなかったといったほうがよいかもしれない。

努力したけれども、大学での成績が悪くて、マス=メディアにしか就職できなかった人たちは、勉強ができないからといって人を馬鹿にするなと声高(こわだか)に唱(とな)える。マス=メディアがそんなことをいうもんだから、企業イメージをよくするために、人物重視・人柄(ひとがら)重視を主張する。しかし、本当のところは、最低限の勉強ができた上での人物重視・人柄重視なのである。人柄だけでは、本当のところは、駄目なのである。

指定校制を敷(し)き続けるのは、企業イメージが悪くなる(あるいは、マス=メディアによって企業イメージを悪くさせる)ので、撤廃(てっぱい)した。

しかし、それでは、応募者全員のエントリー=シートに目を通さなければならない。膨大な人力が必要となる。経費がかかりすぎるのだ。

そこで、たとえば、リクルート社が提供している情報サイト「リクナビ」という就職用のサイトでは、「学歴フィルター」がある。

ある大学の学生が会社説明会の参加をクリックしても、定員一杯なので締め切りましたと表示される。

ところが、慶應義塾大学の学生の場合だと、参加が可能であるばかりでなく、定員に余裕があるので、友人もお誘いくださいとなる。

また、製薬会社の場合、東京大学薬学部の学生だと、東京大学薬学科の皆さんには、別の日に会社説明を行ないます、ついては他大学の学生には言わないようにと指示される。

しかしながら、「学歴フィルター」もバレてしまった。「学歴フィルター」で、弾(はじ)かれた学生は、その企業に対して、よい印象は抱(いだ)かなくなる。

だから、最初から会社説明会に申し込まれないようにしたい。

また、指定校制にしても、最近では、AO入試(Admissions Office入試)で、志望理由書・面接・小論文だけの入試などで、半数の新入生を確保している難関大学もあるから、指定校性を敷いていても、経費が余分(よぶん)にかかるようになった。

英語力と一般入試による学歴とには、比較的強い相関関係がある。

そこで、TOEICのスコアをエントリー条件にする企業が増えた。

そうすることで、「学歴フィルター」で弾(はじ)かれる学生の大半は、そもそも、応募してこない。また、充分な学力が備わっていないのに、AO入試で要領(ようりょう)よく入学した学生も門前払(もんぜんばら)いできる。

一方、TOEICのスコアをきちんとあげておけば、旧来の指定校でなかろうが、AO入試だろうが、関係ないから、以前の指定校制よりは、いくぶん、公平な採用となるだろう。

2013年9月26日木曜日

「原書購読」と「外書購読」

大学では、「原書購読(げんしょこうどく)」あるいは「外書購読(がいしょこうどく)」(「外国書購読」ともいう)の授業がある。どちらを用語を使うかで、ある程度の傾向があるようだ(例外はある)。

「原書購読」を用いる大学は、ドイツ人の書いた書物であれば、ドイツ語で、フランス人の書いた書物であれば、フランス語で読む傾向が強いようだ。

一方、「外書購読」「外国書購読」を用いる大学は、英語の書物しか読まなかったり、たとえば、第2次世界大戦前のドイツの経済状況を学ぶあたり、なぜか、ドイツ語の文献は読まず、英国人が著(あらわ)した研究書を英語で読んでいたりする。また、ドイツ哲学のヘーゲルについて学ぶのに、英国人がしたためた英語の解説書を読んでいたりもする。

とにかく、ドイツ文学科やフランス文学科でなければ、英語しか読まない大学であることが多いような気がする。

「外書購読」「外国書購読」を使っている大学は、「原書購読」を使っている大学よりも格下である場合が多いようである。

とはいえ、外国語の文献をほとんど読まない大学も多いし、ある大学の理系学部では、いまさら英語を真面目に勉強しても、ものにはならないからと、第2外国語がないばかりか、中学3年生の英語の教科書よりもやさしい教材を使い、英語にかかる負担を減らし、できるかぎり資格をとって、県内の優良中小企業に就職しやすくするという戦略をとっているところもある。

また、「大学卒業」にさえなればよいという人が進学する大学では、英語の最初の授業で辞書の引き方を指導するところさえある。ある意味、すごいな。

2013年8月28日水曜日

いわゆる「出席カード」を大量にもらって人気者になったことがある。

マンモス大学にかぎらないが、大学では「出席カード」というものがある。出席しているかどうかを点呼して確かめる時間が惜(お)しいので、「出席カード」を助手や副手と呼ばれる者が学生に配り、学籍番号や氏名・専修(専攻)を記入させて、その「出席カード」を回収して、出席したかどうかを確認するのである。

細田守の『おおかみこどもの雨と雪』では、一橋大学がモデルになっている大学で「出席カード」が登場したが、早稲田大学とはちがって、助手などが回収することなく、箱に入れるようになっていたが、こんなことを早稲田大学でやれば、鉛筆で書いた出席カードを取り出して、消しゴムで消して、悪用される。

早稲田大学では助手などが回収するとはいえ、4人掛けの机に3人しかしなくても、どこかから手に入れた出席カードをズル休みする学生が出席する学生に、自分の出席カードを一緒に提出するように依頼するのであった。助手などにしても、忙しいから、いちいち、4人掛けの机に3人しかいないのに出席カードを4枚も出されてもあまり気がつかない。出席点というものがある授業では、出席カードを出しておけば、その分、成績が上がる。

ある教授が、第1回の講義で、助手などを使わず、自分で出席カードを配って、回収した。出席カードを配ったのは、その最初の授業だけだった。

そのとき、「先生、出席カードを何枚か、貰(もら)えませんか?」と私は気楽に訊(たず)ねた。すると、「事務所から叱責(しっせき)されるので、出席カードを学生にやるわけにはいかない。だから、うっかり忘れて帰るので、勝手に持っていってください」とその教授は言った。

というわけで、私は200枚近くの出席カードを手に入れた。古き良きいい加減な時代だったのである。

すると、大量の出席カードを持っているということを聞きつけた学生たちが、私のところにやって来て、出席カードがほしいと言ってきた。私は気楽にわけてあげた。

ものすごい人気者になった。しかし、出席カードがなくなったら、私に話しかけなくもなった学生がたくさんいた。なんだか、悲しい思い出だ。

2013年8月17日土曜日

法律上、国立大学の講師から教授までは「教官」だが、私立大学の講師から教授までは「教員」である。

法律上、国立大学では講師から教授まで「教官」だが、私立大学では「教員」である。

「教員」ということは、高等学校の教師と同じ扱いであるからということで、早稲田大学のある講師が「私立大学に対する差別である」と言っていた。

しかし、「教官」となると、自動車教習所と同じだから、「教員」のほうがましだと言えなくもないと思ったが、言わないでいた。

2013年8月14日水曜日

第2外国語の扱いで大学の「格」が分かれる。

一定レベル以上の大学の場合、第2外国語はいくつかの言語から選択できる。選択必修である。ちゃんとした大学だと、ドイツ語・フランス語・支那語(中国語)くらいからは選べる。すごい大学になると、ロシア語やイタリア語・スペイン語などからも選べる。

そのつぎのレベルになると、第2外国語は必修だが、言語を選択できない。自動的にドイツ語が第2外国語として必修になっていたりする。小規模な大学・学部に見られる。

そのつぎとなると、第2外国語は選択科目となる。選択したければ選択すればよいが、選択しなければならないわけではない。難関大学出身者は驚くのだが、第2外国語をとらなくてもよい大学があるのが信じられないそうである。第2外国語を選択するものの、ついていけなくて脱落する学生が大勢いるという。

底辺の大学になると、第2外国語がない。英語すらできないのに、第2外国語を学んでも無駄だと大学当局が判断しているらしい。大学によっては、中学3年生の英語の教科書よりもやさしいテキストで英語の授業を行なうところもある。語学の負担を軽くすることで、せめて資格試験に合格してくれということである。

2013年7月9日火曜日

大学の退学率が『読売新聞』に掲載されていた。

『読売新聞』の朝刊に2013年7月8日・9日と2回に分けて、大学の退学率などが掲載されていた。あまり有名でない大学のことを認(したた)めても、つまらなさそうなので、一定以上に知名度のある大学に関するものを書き記そう。

まずは、東京理科大学。学部によっては、入学後4年以内での退学率が26.6%で、4年後の卒業率が45.9%だった。東京理科大学出身者が「うちは5年制大学ですから」と言っていたのを思い出した。

国公立大学は、全体として、退学率は低く、4年後の卒業率は高い。さすがに、センター試験を受けて、さらに2次試験も受けなければならないだけのことはある。

大阪大学は、退学率は低いが、学部によっては、4年後の卒業率が38.5%のところがある。「京都大学では『単位』は空から降ってくる。神戸大学では道に『単位』が落ちている。しかし、大阪大学では穴を掘っても『単位』は見つからない」と言われるくらいに大阪大学は勉強が厳(きび)しいとされる。

一方、京都大学では、学部によって、4年後の卒業率が63.6%のところがある。学部・学科によっては、2年生から大学院生との共通授業があって、わけがわからなくなって、心が挫(くじ)ける学生もいるそうである。そういえば、整数論の加藤和也(今はシカゴ大学教授)が工学部で前年度の線形代数の落第者だけを集めたクラスで授業を担当していたことがある。それだけの人数が落第しているというのだから、並みレベルの大学とは較べものにならないくらいに水準の高い授業・講義をしているのだろう。

もっとも、国立大学の場合は、大学院に合格しなかったとか、国家公務員Ⅰ種試験(今は国家公務員総合職試験)でよい点数では合格できなかったとか、そういうことがあって、奨学金の返済を逃れるためにわざと留年する場合も少なくないから、4年後の卒業率が高くないからといって、必ずしも厳(きび)しいとはかぎらない。

東京外国語大学の4年後の卒業率は大学全体で38.2%だった。

ちなみに、第2外国語に関しては、私自身が大学生の指導もしているので、いくつかの大学ごとの語学の進み方がどういうものかを多少知っている。東京大学・早稲田大学を除いた東京六大学(慶應義塾大学については不明)や、いわゆる中堅上位をされる大学でのフランス語やドイツ語の進度は、まったく違う。少なくとも30年くらい前の東京大学・京都大学・大阪大学・早稲田大学では、文法事項が一般の大学の5倍の速度で進み、ひとつの文法事項に登場する熟語などの表現や単語も5倍である。つまり、一般の大学の概(おおむ)ね25倍の速度で授業が進む。4月に入学して、12月に、原書購読を辞書を引きながら読めるようにするには、それくらいの速度で授業を進めなければならない。そして、東京大学・京都大学・大阪大学・早稲田大学の学生はそれが「普通」だと思い込んでいる場合が多く、中堅上位の大学の第2外国語の授業の実態を知ると、驚愕(きょうがく)してしまう。なお、難関大学では第2外国語のフランス語の授業は週当たり4コマだが、京都大学では5コマである。週に1回は徹底(てってい)して発音を鍛(きた)えられる。大学院前期を終えたあたりでフランスに留学した際に、発音で恥をかかないようにと、逆算して、1年生の授業に発音の特訓を設定している。フランスに留学しないのが当たり前の大学、あるいはきわめてごく少数しか留学しない大学では考えられないことである。

ミッション系の大学で、かつ、比較的難関大学で、男子学生の就職がよくないところは、4年後の卒業率の高い傾向にあるように感じた。勉強の楽な大学出身の男子学生は、入社後に挫(くじ)けやすい傾向などがあるのだろうか?

早稲田大学はということ、退学率も卒業率も情報公開していない。おそらく、公開すると、無茶苦茶な数字になるからであろう。大雑把(おおざっぱ)にいうと、1万人が入学して、9千人しか卒業しない。大学卒業者を学士入学として3年生に編入している分を入れても10%が減っている。

また、早稲田大学理工学部の場合、平均評定が「B評定」以上、つまり80点以上である場合には推薦で大学院に進学できる。ということは、平均評定が「B評定」以下、つまり、79点以下の場合には、別個に大学院の入試を受けて合格しなければ進学できない。ということは、80点未満は「落ちこぼれ」と見なされていることになる。早稲田大学の場合、65%くらいは落ちこぼれているということになる。



2013年6月25日火曜日

モグリでドイツ語の授業を受けたら、どうしても試験を受けて欲しいと講師に懇願された。

 大学3年生のとき、早稲田大学第ニ文学部(夜間)のドイツ語の授業を受けた。私は早稲田大学第一文学部の学生で、第2外国語ならびに3年生・4年生の専門外国語はフランス語だった。また、専門的に勉強したのはイギリスの分析哲学だった。

当時の早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修では、ある必修の演習授業の試験では、第2外国語がフランス語・ロシア語・中国語でも、ドイツ語が出題された。イマヌエル=カントImmanuel Kantの『純粋理性批判』の演習授業では、後期試験の出題範囲が、ドイツ語選択者の場合は、『純粋理性批判』全部で、それ以外の外国語の選択者の場合でも、120ページくらいだった。

当時の私はルートヴィッヒ=ウィトゲンシュタインLudwig Wittgensteinの書いたものの英訳を読んでいたので、英語だけではなく、原文のドイツ語でも読めるようにしようと考えていた。それで、時間の都合がつく授業を調べたら、第二文学部の選択授業のドイツ語が、都合がよかった。第一文学部のドイツ語の授業は朝一番の授業があったりしたので、諦(あきら)めた。

いろいろと調べて、評判のよい若手の講師のドイツ語の授業を受けた。第二文学部では第2外国語は必修ではなく、選択科目だったが、どうやら、それほど熱意のある学生はおらず、教室の後ろから席が埋(う)まるので、最前列の席に坐(すわ)った。最初の授業で、モグリで出席しますと挨拶(あいさつ)をしたら、出席簿の最後に名前を書かれ、毎回、出席を確認された。

学年末になり、最後の授業になった。その授業の講師が、どうしても学年末の試験を受けて欲しいという。早稲田大学第二文学部とそれよりもレベル低い大学でしか、非常勤講師としてドイツ語を教えているにすぎず、自分の教え方が悪いはずはないと思っているのに、試験の結果がよくはない。だから、真面目な学生が試験を受ければ、どのくらいのものなのかを知りたいという。

そういう気持ちってあるんだな。

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2013年6月7日金曜日

美味しい店を特集した雑誌で、それなりの大学の近所の店は、たいてい不味(まず)い理由

 それなりの大学の近所の店が、美味(おい)しい店を特集した雑誌に掲載されている場合、量だけは多いが、たいていの場合は不味(まず)い。

 大学の近所ということは、貧乏学生でも払える値段にしなければならないので、大した食材は使えない。また、若者を相手にするのであるから、量が多くなくてはならない。

 また、素材が悪い分、化学調味料が多くなる。

「当店は註文を受けてから調理するので時間がかかります」という貼り紙のある飲食店があるのだが、これは食材を無駄にしないためのものである。学生相手に廉(やす)く提供しようとすると、作りおきをして捨てるのがもったいないくらいに、コストを切り詰めるからである。

 そんな不味い料理屋が、雑誌やムックなどに掲載されるのは、締め切りの関係である。締め切りまでに、20軒は取材してくるように依頼されたライターは、面倒くさいから、学生だったときに通った店を数軒、取材する。美味(うま)いか、不味(まず)いかはどうでもよい。締め切りが守れさえすればよいのである。

 おまけに、そうした雑誌やムックを参考に、テレビ局が取材し、放送する。

 むちゃくちゃな世界になっている。

 少なくとも、早稲田大学と日本大学藝術学部の近所の店は、絶対に信用してはいけない。

2013年5月15日水曜日

共通一次試験導入のきっかけは横浜国立大学の内ゲバ殺人だった。

 共通一次試験(正式名称:大学共通第1次学力試験)が導入されたきっかけは横浜国立大学での内ゲバ(うちげば)殺人だった。内ゲバは、「内部(ないぶ)ゲバルトGewalt」の略称で、ゲバルトはドイツ語で「暴力」の意味である。

 1971年に、革マル派活動家が横浜国立大学内で中核派に殺害される。ついで、1974年に革マル派活動家が中核派に襲撃され、学生食堂に逃げ込んだが、学生が遠巻きに見守る中で、中核派がバールで後頭部を打ち砕(くだ)いた。

 当局側が、この事件に驚いた。それ以前にも内ゲバ殺人事件はあったが、国立大学での内ゲバ事件でも、主犯はその国立大学内に入っていた私立大学の文系の学生や専門学校生が多かったので、危機意識がなかった。馬鹿がやっているにすぎないと。

 ところが、横浜国立大学といえば、旧2期校のトップクラスの大学である。なぜ、そこの学生が内ゲバ殺人事件を起こしたのか、当局が調べた。

 東京大学をはじめとする旧1期校の難関大学に不合格になって、旧2期校の横浜国立大学に進学した学生が多かった。

 世田谷をはじめとする海岸寄りの東京西部と神奈川県川崎市・横浜市、その他の神奈川県在住者にとっては、千葉大学は遠すぎるし、東京外国語大学は、もともとは語学を生かしたスパイを養成する学校のようなところだし、東京学芸大学は給料の廉(やす)い教員養成施設にすぎないということで、横浜国立大学を受験し、進学する。だから、横浜国立大学は、消去法によって、2期校では優秀な大学になっていたにすぎなかった。

 小学3年生あたりから、難関大学に進学しろと親に尻(しり)を叩(たた)かれ、10年あるいはそれ以上に亘(わた)って猛勉強につぐ猛勉強をした結果が、横浜国立大学となれば、落胆(らくたん)が大きいのは想像に難(かた)くない。

 そして、その一部が、過激な学生運動に加わった。

 マルクス主義という進歩史観(しんぽしかん)の魔物に魅入(みい)られた者たちである。進歩史観というは、世の中は徐々に、確実によくなっていくものであり、最終的には理想的な状態になるはずであるとするものである。進歩史観を信奉(しんぽう)することは、現時点で自分が思うとおりにならないのは社会が間違っているからであり、社会が進歩していれば、自分はもっと高く評価されているにちがいないと考えることでもある。マルクス主義者で、後に高く評価された例もあると考える場合もあるかもしれないが、高く評価しているのはマルクス主義者たちだけであって、それ以外からは評価されていない。

 私の知り合いでも、望んだレベルの大学に進学できなかった人たちの中に、共産党員や左翼活動家になったという事例(じれい)は少なくない。

 そんなわけで、当局は策(さく)を講(こう)ずることにした。

 まず、1期校と2期校をなくし、国立大学は1回しか受験できないことにする。こうすれば「屈辱(くつじょく)の2期校進学(横浜国立大学進学)」がなくなる。大学の序列(じょれつ)がなくなるだろうと考えた。

 つぎに共通1次試験の導入である。5教科7科目を受験させ、自己採点によって自分がどの程度の成績であるかを知らしめ、妥当(だとう)な大学を受験させることとした。

 ところが、大手予備校が30万人分以上の自己採点の結果と志望校のデータを集め、共通1次試験の結果から合格できそうな大学を割り出すということをした。国立大学の序列化(じょれつか)が一層(いっそう)進んだわけである。

 また、東京大学などの超難関大学は、共通1次試験のようなレベルの低い問題で高得点をあげられることが大学進学後の学業には相関関係がないとして、共通1次試験の比重をきわめて低くし、2次試験の比重を大きくした。つまり、共通1次試験の価値を減らす戦略(せんりゃく)に出たのである。最上位の国立大学に対しては、共通1次試験は効力(こうりょく)がなかったのである。

 一方、大学進学にあたって、5教科7科目も受験してられるかよという層もいた。高度経済成長によって、私立大学の学費が負担できる社会階層が大幅に増えていた。その結果、私立大学の偏差値が急上昇した。偏差値で10から15、上昇した。真ん中あたりから下の国立大学の価値が下がったにすぎなかった。

2013年5月14日火曜日

東京藝術大学には校歌がない。

 東京藝術(げいじゅつ)大学ともなれば、どのくらいに技巧的(ぎこうてき)な校歌なのだろうと気になって調べた。

 東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)には、校歌があった。美術学校の学生が作詞をして、東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)の山田耕筰(やまだこうさく)が作曲したものである。

 しかし、東京藝術大学そのものには、今でも校歌はない。

 ほかにも、東京大学のように校歌のない大学はあるが、旧帝国大学には、校歌の替(か)わりとなる寮歌や応援歌がある。

 一方、東京藝術大学は、その前身である東京音楽学校時代も含めて、卒業生や教員、大学・学校が直接に依頼を受けったものまで含め、夥(おびただ)しいまでの校歌のみならず、市歌・社歌・団体歌を嘱託作曲(しょくたくさっきょく)している。

 たとえば、信時潔(のぶとききよし)という教員は、894曲もの校歌を作曲している。慶應義塾塾歌・学習院院歌(いんか)・東京都立西高等学校校歌・灘高等学校校歌・日立製作所社歌などはこの人の作曲による。また、ついでながら、第二国歌とまでいわれた「海ゆかば」も作曲している。「海ゆかば」やそのほかの軍歌の作曲により、戦後は不遇だったらしい。

 東京藝術大学はあくまでも供給(きょうきゅう)する側なので、校歌がないというのはおもしろい。

追記:最近、「芸術」ではなく「藝術」を使用する大学が増えているようだ。東京藝術大学や日本大学藝術学部などである。「藝」と「芸」は、もともとは、まったく別の漢字だったので、本来の正しい意味の漢字である「藝術」を使いたがるようになっている。東京藝術大学は以前から校門の看板には「藝術」を使用していたが、日本大学藝術学部は、曾(かつ)て、「芸術」を使用しており、日本大学藝術学部に通う教え子に、看板の漢字に知性の差が出ているとからかっていたのだが、校舎の建て替えをしてから、看板が「日本大学藝術学部」となっている。ちょっと、残念だ。

自己紹介

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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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