問題の文字を大きくすると正解率が上がる。これには確かなデータがある。
だから、勉強が得意(とくい)ではない子どもには、文字の大きい教材を与えるのがよい。
ところが、小学生の親の場合、問題がたくさん詰(つ)まっている問題集がお得(とく)だと考えてしまうらしく、それに対応して、出版社も、勉強が得意ではない生徒には適さないサイズの文字で、問題集を出版せざるを得(え)なくなる。
そうなると、勉強が得意でない子どもの場合、無駄に苦労することになる。
こうしたことを知っている親の場合、拡大コピーをして問題を解かせれるということもあろうかと思われるが、自宅にコピー機のあるような裕福(ゆうふく)な家庭では、勉強が苦手(にがて)な子どもは少ない。
うーん、社会の矛盾(むじゅん)を感じてしまう。
ところで、一方、早稲田大学の英語の入学試験の問題は、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)文字が小さい。大学受験という制約(せいやく)があるので、高度すぎる内容は出題できないので、文字を小さくすることで、正解率を下げようとしているらしい。
2014年5月29日木曜日
2014年4月23日水曜日
スポーツ選手と楽器の演奏のできる人は、本気を出せば、成績の伸びがすごくよい理由に、もうひとつの要素があった。
スポーツ選手と楽器の演奏ができる人は、本気を出せば、学力が無闇(むやみ)に上昇する。
今までは、つぎのように考えていた。以前にも認(したた)めたものである。
スポーツ選手は体力があるから、長時間、勉強できる。
夏休みなどの長期休暇(ちょうききゅうか)で、1日あたり、13時間は勉強できる人間と、6時間くらいでへこたれる人間とでは、学力に差がつくのは当然であろう。
つぎに、学力の伸びと楽器演奏との相関関係については、数学を理解する脳の部分と、音楽を理解する脳の部分は隣(となり)合っているから、楽器の演奏ができるということは、潜在的(せんざいてき)には数理感覚(すうりかんかく)が備わっているはずである。
こうした点から、楽器演奏ができる人間は、学力が伸びやすいと思っている。
当校には、音楽大学出身の社会人の生徒がいるのだが、彼によれば、楽器演奏はけっこう体力がいるという。
となれば、潜在的(せんざいてき)とはいえ、数理感覚に優(すぐ)れ、楽器演奏に必要な体力が備わっているということになり、それで、楽器の演奏ができる人間は学力の伸びが高いということになる。
しかしながら、もうひとつの要因があるようだ。
早稲田大学スポーツ科学科の大学院で、社会人修士課程1年制を担当している教授が、つぎのような意味のことを述(の)べていた。
スポーツをしていた人は、同じことを繰り返すことに慣れているから、たいへん伸びる、と。
このことには気づかなかった。
同様に、楽器の演奏ができる者も、反復練習(はんぷくれんしゅう)をしているから、ちゃんとできるようになるまで、繰(く)り返すことは苦痛ではないだろう。
そういえば、学力の低い生徒には、同じ学習プリントを3回から5回は繰り返したほうがよいと指示したけれども、どうしても、やりたがらなかったのがいた。
それでも、偏差値64の高等学校には合格した。
当校では、真面目(まじめ)にやらなくても成績が上がる学習用プリントを当校では作成しているからである。彼がこちらの指示に従っていれば、偏差値70以上の高等学校には進学できたと考えている。
どうして、スポーツ選手と楽器演奏者は繰り返し練習することが苦ではないことに気づかなかったのかというと、できないことをできるようになるまで繰り返すのは「当たり前」だと思っていたからである。
今まで、こうしたことに気づかなかった不明(ふめい)を恥(は)じている。
今までは、つぎのように考えていた。以前にも認(したた)めたものである。
スポーツ選手は体力があるから、長時間、勉強できる。
夏休みなどの長期休暇(ちょうききゅうか)で、1日あたり、13時間は勉強できる人間と、6時間くらいでへこたれる人間とでは、学力に差がつくのは当然であろう。
つぎに、学力の伸びと楽器演奏との相関関係については、数学を理解する脳の部分と、音楽を理解する脳の部分は隣(となり)合っているから、楽器の演奏ができるということは、潜在的(せんざいてき)には数理感覚(すうりかんかく)が備わっているはずである。
こうした点から、楽器演奏ができる人間は、学力が伸びやすいと思っている。
当校には、音楽大学出身の社会人の生徒がいるのだが、彼によれば、楽器演奏はけっこう体力がいるという。
となれば、潜在的(せんざいてき)とはいえ、数理感覚に優(すぐ)れ、楽器演奏に必要な体力が備わっているということになり、それで、楽器の演奏ができる人間は学力の伸びが高いということになる。
しかしながら、もうひとつの要因があるようだ。
早稲田大学スポーツ科学科の大学院で、社会人修士課程1年制を担当している教授が、つぎのような意味のことを述(の)べていた。
スポーツをしていた人は、同じことを繰り返すことに慣れているから、たいへん伸びる、と。
このことには気づかなかった。
同様に、楽器の演奏ができる者も、反復練習(はんぷくれんしゅう)をしているから、ちゃんとできるようになるまで、繰(く)り返すことは苦痛ではないだろう。
そういえば、学力の低い生徒には、同じ学習プリントを3回から5回は繰り返したほうがよいと指示したけれども、どうしても、やりたがらなかったのがいた。
それでも、偏差値64の高等学校には合格した。
当校では、真面目(まじめ)にやらなくても成績が上がる学習用プリントを当校では作成しているからである。彼がこちらの指示に従っていれば、偏差値70以上の高等学校には進学できたと考えている。
どうして、スポーツ選手と楽器演奏者は繰り返し練習することが苦ではないことに気づかなかったのかというと、できないことをできるようになるまで繰り返すのは「当たり前」だと思っていたからである。
今まで、こうしたことに気づかなかった不明(ふめい)を恥(は)じている。
2014年4月15日火曜日
甲子園に出場するくらいの高等学校から内部推薦で日本大学法学部に進学した生徒
彼は高等学校2年生の1学期の期末試験で学年でビリから9番だった。野球部だということから、「ある意味、裏のレギュラーだ」と嘯(うそぶ)いた。
彼はスポーツ推薦で、日本大学鶴ヶ丘(つるがおか)高等学校に進学した。
大学もスポーツ推薦で進学しようと思っていた。
ところが、肩を壊(こわ)した。大学へのスポーツ推薦はなくなった。
真面目に勉強しなければ大学に進学できなくなった。
高校2年生の9月から当校に入校した。
日本大学鶴ヶ丘(つるがおか)高等学校の規定(きてい)では、スポーツ推薦で入学した生徒は、怪我(けが)をしても、故障(こしょう)しても、当該(とうがい)の運動部を辞(や)めてはならないという規定(きてい)がある。
だから、しっかり練習をしなければならない。
故障した肩を庇(かば)いながら、早朝からの朝練(あされん)、昼食後の筋力(きんりょく)トレーニング、放課後の練習、これら、すべてに参加しなければならなった。
甲子園に出場するくらいの高等学校は、毎日、どのくらい練習しているのかと訊(き)いてみたところ、うちは東京都内の強豪校(きょうごうこう)ほどではないので、合計で1日あたり7時間くらいですと言った。
強豪校は毎日、9時間以上は練習するという。ナイター設備があれば、夜の9時や10時まで練習できる。
おまけに、ある高等学校の野球部では、「四合飯(よんごうめし)」といって、昼食時の弁当のご飯の量が「四合」だという。
毎日、当校にやってきて、指導を受けながら、当校の効果的なプリントをこなした。日によっては、午後10時にやってきて、午後11時半まで勉強するということもあった。
野球の練習で疲れて、プリントを渡した途端(とたん)に、そのまま眠ったこともあった。
それでも、必ず、毎日、当校にやって来て、勉強をした。
日本大学の付属校からの内部推薦では、高等学校の3年間の内申点の平均と、高校3年生の11月に実施(じっし)される「日本大学統一試験」(通称「日大統一テスト」「日統一」)を受験し、4科目の標準化点[=偏差値]を合計したものの数値で、内部推薦が決まる。
彼は、日本大学統一試験(日大統一テスト)の前に、日本史の対策をした。とにかく、暗記できるものは暗記した。
その年は、日本史の出題パターンが大きく変わった。
その結果、日本大学統一試験(日大統一テスト)の対策専門塾の生徒の大半は、日本史の出題傾向の変更に対応できなかった。
試験の結果、よい成績を、英語・国語のみならず、日本史でも収(おさ)め、クラス担任が、これなら法学部に進学できますねと言った。
3年間の内申点の平均と日本大学統一試験の標準点合計によって、推薦が決まるのだが、その上で、面接がある。これは概(おおむ)ね、形式的なものである(一部例外はあるらしい)。
彼は、3年間の内申点の平均も、日本大学統一試験の標準化点[=偏差値]の合計も、推薦基準のぎりぎりだった。
よほどのことがなければ、合格するのだが、彼は心配した。
3年間の内申点の平均も、日本大学統一試験の標準化点[=偏差値]の合計も、推薦基準のぎりぎりだったことから、たとえば「君はぎりぎりの成績なのだから、大学進学後は心を改めて真面目(まじめ)に勉学に励(はげ)みなさい」などと面接で説教されるなどと彼は予想していた。
ところが、面接ではこんなことを言われた。
「スポーツ推薦で入学して、甲子園に出場するような野球部に所属して、それで、この成績とは、君は本当によく頑張(がんば)ったね」
そう言われて、本人は拍子抜(ひょうしぬ)けしたという。
彼は、日本大学法学部に進学した。父親は大いに喜んだ。
内部推薦とはいえ、スポーツ推薦で高等学校に進学した彼が、法学部に進学することが決まったとき、同じくスポーツ推薦で進学した同級生がこう言った。
「スポーツ推薦でも、努力すれば法学部にも(内部推薦で)進学できるということを証明してくれて、ありがとう」
おい、おい、おまえもちゃんと勉強しろよ。
彼はスポーツ推薦で、日本大学鶴ヶ丘(つるがおか)高等学校に進学した。
大学もスポーツ推薦で進学しようと思っていた。
ところが、肩を壊(こわ)した。大学へのスポーツ推薦はなくなった。
真面目に勉強しなければ大学に進学できなくなった。
高校2年生の9月から当校に入校した。
日本大学鶴ヶ丘(つるがおか)高等学校の規定(きてい)では、スポーツ推薦で入学した生徒は、怪我(けが)をしても、故障(こしょう)しても、当該(とうがい)の運動部を辞(や)めてはならないという規定(きてい)がある。
だから、しっかり練習をしなければならない。
故障した肩を庇(かば)いながら、早朝からの朝練(あされん)、昼食後の筋力(きんりょく)トレーニング、放課後の練習、これら、すべてに参加しなければならなった。
甲子園に出場するくらいの高等学校は、毎日、どのくらい練習しているのかと訊(き)いてみたところ、うちは東京都内の強豪校(きょうごうこう)ほどではないので、合計で1日あたり7時間くらいですと言った。
強豪校は毎日、9時間以上は練習するという。ナイター設備があれば、夜の9時や10時まで練習できる。
おまけに、ある高等学校の野球部では、「四合飯(よんごうめし)」といって、昼食時の弁当のご飯の量が「四合」だという。
毎日、当校にやってきて、指導を受けながら、当校の効果的なプリントをこなした。日によっては、午後10時にやってきて、午後11時半まで勉強するということもあった。
野球の練習で疲れて、プリントを渡した途端(とたん)に、そのまま眠ったこともあった。
それでも、必ず、毎日、当校にやって来て、勉強をした。
日本大学の付属校からの内部推薦では、高等学校の3年間の内申点の平均と、高校3年生の11月に実施(じっし)される「日本大学統一試験」(通称「日大統一テスト」「日統一」)を受験し、4科目の標準化点[=偏差値]を合計したものの数値で、内部推薦が決まる。
彼は、日本大学統一試験(日大統一テスト)の前に、日本史の対策をした。とにかく、暗記できるものは暗記した。
その年は、日本史の出題パターンが大きく変わった。
その結果、日本大学統一試験(日大統一テスト)の対策専門塾の生徒の大半は、日本史の出題傾向の変更に対応できなかった。
試験の結果、よい成績を、英語・国語のみならず、日本史でも収(おさ)め、クラス担任が、これなら法学部に進学できますねと言った。
3年間の内申点の平均と日本大学統一試験の標準点合計によって、推薦が決まるのだが、その上で、面接がある。これは概(おおむ)ね、形式的なものである(一部例外はあるらしい)。
彼は、3年間の内申点の平均も、日本大学統一試験の標準化点[=偏差値]の合計も、推薦基準のぎりぎりだった。
よほどのことがなければ、合格するのだが、彼は心配した。
3年間の内申点の平均も、日本大学統一試験の標準化点[=偏差値]の合計も、推薦基準のぎりぎりだったことから、たとえば「君はぎりぎりの成績なのだから、大学進学後は心を改めて真面目(まじめ)に勉学に励(はげ)みなさい」などと面接で説教されるなどと彼は予想していた。
ところが、面接ではこんなことを言われた。
「スポーツ推薦で入学して、甲子園に出場するような野球部に所属して、それで、この成績とは、君は本当によく頑張(がんば)ったね」
そう言われて、本人は拍子抜(ひょうしぬ)けしたという。
彼は、日本大学法学部に進学した。父親は大いに喜んだ。
内部推薦とはいえ、スポーツ推薦で高等学校に進学した彼が、法学部に進学することが決まったとき、同じくスポーツ推薦で進学した同級生がこう言った。
「スポーツ推薦でも、努力すれば法学部にも(内部推薦で)進学できるということを証明してくれて、ありがとう」
おい、おい、おまえもちゃんと勉強しろよ。
2014年4月5日土曜日
綺麗で性格もよいのに、まったく男子学生にモテなかった女子学生の話
大学入学後に、クラスで呑(の)み会を開いた。
たいそう美しく、聡明(そうめい)そうな女子学生がいた。きょうこちゃんだった。指定校推薦で入学したという。
ある男子学生が、指定校推薦で入学したっていうのは、どのくらいの成績だったのかを訊(たず)ねた。
高校の3年間の成績で、「4」がひとつだけで、あとはすべて「5」であったという。
名門高等学校の出身で、それほどの成績ならば、東京大学でも合格できるのはないかというくらいだった。
とはいえ、そんな名門高等学校で、そんな成績だったということを知った男子学生は、畏(おそ)れをなした。
その結果、男子学生は、私を除いて、きょうこちゃんに近づかなくなった。どうも、一般の男子学生は、自分よりも遥(はる)かに能力の高い女子学生が好きではないらしい。
その後、同じクラスのようこちゃんと話をしたときに、うちのクラスの男子学生にモテるのは、それほど勉強が得意と感じれなく、ちょっと弱々しい感じがして、それでも、それなりに可愛いあいこちゃんや、よしこちゃんがモテるだろうと言った。
また、ようこちゃん自身は、男子学生を意識しないでだれにでも話しかけるから、(女に縁(えん)のない)中高一貫の男子校出身の男子学生に言い寄られそうだと指摘した。
すると、1年生の6月の時点で既(すで)に2人から告白されたと言っていた。おもわず笑ってしまった。
その上で、「きょうこちゃんはうちのクラスの女子学生が、あんなふうになりたいと憧(あこが)れる存在なんだろう、性格がよくて、スタイルもよくて、聡明(そうめい)で、顔が小さくて、綺麗だから。でも完璧(かんぺき)すぎて男子学生にはモテないだろうな」と言った。
すると、ようこちゃんは驚いて、「そうなのよ、あんなふうになりたいと(うちのクラスの女子学生は)みんな、憧(あこが)れているのよ」と言った。
ようこちゃんは私がそういうことを言ったことをきょうこちゃんに言った。きょうこちゃんはそのことがうれしかったらしい。
私が授業で、講師の誤訳を指摘したり、鋭(するど)い質問をしたりすると、きょうこちゃんは「掃除機くんって、すごーい」と授業中にあからさまに言った。そういうことが何度もあると、事情を知らない学生は、きょうこちゃんは掃除機くんが大好きなんだと勘違(かんちが)いした。
また、学生食堂でも、よく、私の隣に来ないかと呼ばれた。
女性というものは、自分のことを、性格もスタイルもよくて、知的で、綺麗だと言われると嬉(うれ)しいものであるらしい。しかも、そんなふうに称賛(しょうさん)しても、別段(べつだん)、言い寄ってくることがなければ、面倒な存在ではない。
すると、「消極的に大好きな人」になるようだ。
あるとき、早稲田大学の文学部のスロープ(坂道)で、母方の祖母に写真を送ろうと思って、カメラを持っていって、知り合いに写真を撮(と)ってもらった。祖母に「ぼくは大学で元気にやっています」という報告をするためだった。
そうしたところ、授業を受けに来た学生たちがやって来た。
同じクラスの女子学生たちと、ふたりで並んだ写真をたくさん撮った。
その中で、きょうこちゃんと撮った写真は、うちの女子中学生たちや女子高校生たちからすると、「超ラブラブ」だと思い、てっきり、つきあっていたのだと思ったという。
その後、きょうこちゃんは、ファッション誌の読者モデルとして、登場した。早稲田大学や立教大学は出版社に近いので、読者モデルにスカウトされやすい。
普通の読者モデルは、1ページに4人が掲載(けいさい)されていたのだが、きょうこちゃんは1ページをまるまる独占していた。そのくらいに綺麗(きれい)だった。
それで、面白(おもしろ)いかなと思って、きょうこちゃんが掲載されているそのファッション誌を買って、当該(とうがい)のページに、「超ラブラブ」の写真を挟(はさ)んで、7歳年上の叔母(おば)に送り、「ぼくにもこんな綺麗な彼女ができました」と嘘(うそ)の手紙を送ってみた。
ちなみに、昔は、8人くらいの兄弟姉妹なんてものは普通で、長女の息子と、最年少の叔母とはそれほど年が離れていないということが多い。たとえば、『サザエさん』のタラちゃんからすれば、ワカメちゃんは叔母になるのだが、それほど年齢は離れていない。昔は、そういう状況がよくあったのである。
それはともかく、7歳年上の叔母に、ファッション誌と「超ラブラブ」写真を送ったところ、一族で大騒ぎになっていた。
掃除機はそこそこモテていたけれども、ぶっさいくなのにしかモテなかったとか、こんな美人とそういう関係になるわけがないとかいう意見が出たという。
夏休みに帰省(きせい)したとき、うちの母ちゃんは、きょうこちゃんのことを「この子は、ほんまに別嬪(べっぴん)さんやなあ」と言っていた。
私は早稲田大学時代には、英語では、ひとつを除いてすべてA評定だった。
大学の評定では「優」「良」「可」があるが、早稲田大学の文学部と理工学部では「優」にはA評定の「優」とB評定の「優」があった。私の場合、語学とレポートでは基本的には「A評定」の「優」ばかりだった。
しかし、英語でひとつだけ「B評定」の「優」がひとつあった。
全体で「優」が8割を超え、「A評定」の「優」が65%を超え、GPA (Grade Point Average)が3.76という驚異的(きょういてき)な成績のだったのだから、決して馬鹿ではないのだが、英語で「B評定」の「優」がひとつあったのだ。
その「B評定」だった英語の科目で、「A評定」だったのは、うちのクラスではきょうこちゃんだけだった。こういうのは、どんなに努力しても素質が違うので、どうにもならないのだろう。
まあ、私は他人(ひと)の5倍から10倍の努力をしていただけの努力家にすぎないからなあ。
よく考えると、きょうこちゃんって、楽に単位が取れる科目のときには比較的、手を抜いていたらしい。単位認定が厳(きび)しいとされる科目のときには本気を出して、優秀な成績を修(おさ)めていたようだ。
才能が違うというのは、こういうことだろう。
でもね、才能が違うということを本当に実感するには、努力した人間でなければわからないから、努力したうえで彼我(ひが=相手と自分)の才能の違いを理解するのは、人生の上で大事なことなんじゃないかな。
自分がただの努力家だったということがわかっても、別段、なんとも思っていない。
人生とは、まあ、そういうものだろう。
たいそう美しく、聡明(そうめい)そうな女子学生がいた。きょうこちゃんだった。指定校推薦で入学したという。
ある男子学生が、指定校推薦で入学したっていうのは、どのくらいの成績だったのかを訊(たず)ねた。
高校の3年間の成績で、「4」がひとつだけで、あとはすべて「5」であったという。
名門高等学校の出身で、それほどの成績ならば、東京大学でも合格できるのはないかというくらいだった。
とはいえ、そんな名門高等学校で、そんな成績だったということを知った男子学生は、畏(おそ)れをなした。
その結果、男子学生は、私を除いて、きょうこちゃんに近づかなくなった。どうも、一般の男子学生は、自分よりも遥(はる)かに能力の高い女子学生が好きではないらしい。
その後、同じクラスのようこちゃんと話をしたときに、うちのクラスの男子学生にモテるのは、それほど勉強が得意と感じれなく、ちょっと弱々しい感じがして、それでも、それなりに可愛いあいこちゃんや、よしこちゃんがモテるだろうと言った。
また、ようこちゃん自身は、男子学生を意識しないでだれにでも話しかけるから、(女に縁(えん)のない)中高一貫の男子校出身の男子学生に言い寄られそうだと指摘した。
すると、1年生の6月の時点で既(すで)に2人から告白されたと言っていた。おもわず笑ってしまった。
その上で、「きょうこちゃんはうちのクラスの女子学生が、あんなふうになりたいと憧(あこが)れる存在なんだろう、性格がよくて、スタイルもよくて、聡明(そうめい)で、顔が小さくて、綺麗だから。でも完璧(かんぺき)すぎて男子学生にはモテないだろうな」と言った。
すると、ようこちゃんは驚いて、「そうなのよ、あんなふうになりたいと(うちのクラスの女子学生は)みんな、憧(あこが)れているのよ」と言った。
ようこちゃんは私がそういうことを言ったことをきょうこちゃんに言った。きょうこちゃんはそのことがうれしかったらしい。
私が授業で、講師の誤訳を指摘したり、鋭(するど)い質問をしたりすると、きょうこちゃんは「掃除機くんって、すごーい」と授業中にあからさまに言った。そういうことが何度もあると、事情を知らない学生は、きょうこちゃんは掃除機くんが大好きなんだと勘違(かんちが)いした。
また、学生食堂でも、よく、私の隣に来ないかと呼ばれた。
女性というものは、自分のことを、性格もスタイルもよくて、知的で、綺麗だと言われると嬉(うれ)しいものであるらしい。しかも、そんなふうに称賛(しょうさん)しても、別段(べつだん)、言い寄ってくることがなければ、面倒な存在ではない。
すると、「消極的に大好きな人」になるようだ。
あるとき、早稲田大学の文学部のスロープ(坂道)で、母方の祖母に写真を送ろうと思って、カメラを持っていって、知り合いに写真を撮(と)ってもらった。祖母に「ぼくは大学で元気にやっています」という報告をするためだった。
そうしたところ、授業を受けに来た学生たちがやって来た。
同じクラスの女子学生たちと、ふたりで並んだ写真をたくさん撮った。
その中で、きょうこちゃんと撮った写真は、うちの女子中学生たちや女子高校生たちからすると、「超ラブラブ」だと思い、てっきり、つきあっていたのだと思ったという。
その後、きょうこちゃんは、ファッション誌の読者モデルとして、登場した。早稲田大学や立教大学は出版社に近いので、読者モデルにスカウトされやすい。
普通の読者モデルは、1ページに4人が掲載(けいさい)されていたのだが、きょうこちゃんは1ページをまるまる独占していた。そのくらいに綺麗(きれい)だった。
それで、面白(おもしろ)いかなと思って、きょうこちゃんが掲載されているそのファッション誌を買って、当該(とうがい)のページに、「超ラブラブ」の写真を挟(はさ)んで、7歳年上の叔母(おば)に送り、「ぼくにもこんな綺麗な彼女ができました」と嘘(うそ)の手紙を送ってみた。
ちなみに、昔は、8人くらいの兄弟姉妹なんてものは普通で、長女の息子と、最年少の叔母とはそれほど年が離れていないということが多い。たとえば、『サザエさん』のタラちゃんからすれば、ワカメちゃんは叔母になるのだが、それほど年齢は離れていない。昔は、そういう状況がよくあったのである。
それはともかく、7歳年上の叔母に、ファッション誌と「超ラブラブ」写真を送ったところ、一族で大騒ぎになっていた。
掃除機はそこそこモテていたけれども、ぶっさいくなのにしかモテなかったとか、こんな美人とそういう関係になるわけがないとかいう意見が出たという。
夏休みに帰省(きせい)したとき、うちの母ちゃんは、きょうこちゃんのことを「この子は、ほんまに別嬪(べっぴん)さんやなあ」と言っていた。
私は早稲田大学時代には、英語では、ひとつを除いてすべてA評定だった。
大学の評定では「優」「良」「可」があるが、早稲田大学の文学部と理工学部では「優」にはA評定の「優」とB評定の「優」があった。私の場合、語学とレポートでは基本的には「A評定」の「優」ばかりだった。
しかし、英語でひとつだけ「B評定」の「優」がひとつあった。
全体で「優」が8割を超え、「A評定」の「優」が65%を超え、GPA (Grade Point Average)が3.76という驚異的(きょういてき)な成績のだったのだから、決して馬鹿ではないのだが、英語で「B評定」の「優」がひとつあったのだ。
その「B評定」だった英語の科目で、「A評定」だったのは、うちのクラスではきょうこちゃんだけだった。こういうのは、どんなに努力しても素質が違うので、どうにもならないのだろう。
まあ、私は他人(ひと)の5倍から10倍の努力をしていただけの努力家にすぎないからなあ。
よく考えると、きょうこちゃんって、楽に単位が取れる科目のときには比較的、手を抜いていたらしい。単位認定が厳(きび)しいとされる科目のときには本気を出して、優秀な成績を修(おさ)めていたようだ。
才能が違うというのは、こういうことだろう。
でもね、才能が違うということを本当に実感するには、努力した人間でなければわからないから、努力したうえで彼我(ひが=相手と自分)の才能の違いを理解するのは、人生の上で大事なことなんじゃないかな。
自分がただの努力家だったということがわかっても、別段、なんとも思っていない。
人生とは、まあ、そういうものだろう。
2014年3月17日月曜日
近所のウイークリー=マンションでは、夏休みなどの時期の予約は、日付によっては相当に早い時期に予約でいっぱいになる。
うちの近所にある「フレックステイイン江古田」という元ウィークリー=マンション(今は1泊からでも宿泊可能)では、夏休みなどの時期は、特定の日付によっては相当に早い時期に予約でいっぱいになる。
池袋まで西武池袋線で3駅だし、新宿までは都営地下鉄大江戸線で7駅で、東中野まで3駅だから、それなりに便利といえば便利だが、ビジネスホテルのほうが廉(やす)いから、不思議だった。
最近になって気がついたのだが、近所の武蔵野音楽大学で、夏休みに「夏期音楽大学受験講習会」をきわめて低価格で行なっていた。たいへん人気のある講習会であるそうだ。
その講習会を受講に来る地方の人々が、親子連れでやって来る。
そのことに気づいたら、そういえば、夏休みの時期に、「フレックステイイン江古田」から、母親連れの女子高生くらいの年齢の女性が出てくるのをよく見かけたことを思い出した。
池袋まで西武池袋線で3駅だし、新宿までは都営地下鉄大江戸線で7駅で、東中野まで3駅だから、それなりに便利といえば便利だが、ビジネスホテルのほうが廉(やす)いから、不思議だった。
最近になって気がついたのだが、近所の武蔵野音楽大学で、夏休みに「夏期音楽大学受験講習会」をきわめて低価格で行なっていた。たいへん人気のある講習会であるそうだ。
その講習会を受講に来る地方の人々が、親子連れでやって来る。
そのことに気づいたら、そういえば、夏休みの時期に、「フレックステイイン江古田」から、母親連れの女子高生くらいの年齢の女性が出てくるのをよく見かけたことを思い出した。
2014年3月12日水曜日
うちの生徒が敬意を払うM先輩の話
小学校から高等学校まで、M先輩がいた。
その人は、短距離走は遅くはなかったが、身体能力は高くはなかった。
学習塾・予備校を運営していると、どういうタイプが成績が伸びやすいか、あるいは、成績が伸びにくいのかはわかる。スポーツや音楽ができるタイプは、本気を出せば、成績がすこぶる伸びやすい。
M先輩は、今にして思うと、成績が伸びやすいタイプではなかった。
中学校のとき、同じサッカー部にいたけれども、ボールの蹴(け)り方が、なんだか奇妙だった。
私は1年生のときからレギュラーだったが、M先輩は最後まで補欠だった。
スポーツや音楽のできる人間は、本気を出せば、少なくとも難関大学の受験までの勉強はできる。
たとえば、北京オリンピックのサッカー日本代表の監督だった反町康治(そりまちやすはる)は、清水東(しみずひがし)高等学校でサッカーの全国大会で優勝を経験し、スポーツ推薦で、大学に進学したが、その大学のサッカー部の監督の方針がどうしても好きにはなれず、中途退学し、受験勉強を始めた。
翌年、慶應義塾大学法学部政治学科に合格している。
スポーツまたは音楽の才能がまったくないのに、勉強ができるというのは、あまりないようである。
私が高等学校3年生になったとき、河合塾の模擬試験(もぎしけん)の日に、M先輩が、うちの教室にやって来た。生徒の分の机と椅子(いす)しかないから、倉庫から机と椅子(いす)を持ってきた。
「先輩、どうしたんですか?」と訊(き)いたところ、「浪人したから」と答えた。
1回目の模擬試験(もぎしけん)のときは学生服でやって来たけれども、2回目からは私服で来た。
M先輩は、家がどうしようもないほどに貧乏なので、予備校に通うお金さえなかった。
個人で河合塾の模擬試験を受けるよりは、高等学校での集団で受験するほうが受験料が廉(やす)くなる。それで、母校で模擬試験を受けに来ていた。
M先輩の家にはクーラーがなかった。浪人中、夏の間は、空調設備のある市立図書館で、午前9時から午後5時まで勉強して、夜は扇風機(せんぷうき)に当たりながら、パンツ1丁(いっちょう)で勉強した。
あまりにも貧乏なので、参考書や問題集を買うお金もなかった。いや、買えなくはなかったけれども、買うと、大学への入学金が出せなくなる。奨学金(しょうがくきん)というものがあるけれども、入学金は奨学金の対象ではないから、どんなに貧乏でも入学金は出さなければならない。
それで、M先輩は、高等学校に送られてくる「試供品(しきょうひん)」を教師からもらって勉強した。
「試供品」というのは、当社ではこういう参考書・問題集を作ったので、そちらの高等学校で採用していただけませんかということで、出版社が高等学校に送りつけてくるものである。
M先輩はそれらをもらって勉強した。
翌年、M先輩は岡山大学医学部に合格した。関東でいえば、千葉大学医学部くらいのものだろう。
私は他人の進学先にはあまり興味がなかった。だから、高等学校の同級生の進学先もあまり知らない。
しかし、ある同級生が「M先輩って、岡山大学医学部に合格したんやって。あの人って、頭がいいっていう印象がなかったんやけどなあ」と言った。
以上の話をすると、うちの生徒たちはすこぶる感動する。
一方、高等学校の同級生に無茶苦茶(むちゃくちゃ)頭のよいのがいて、半年ほど本気で勉強したら簡単に京都大学理学部に合格したという例もある。スポーツも音楽もできるタイプだった。
そのまた一方で、ものすごく真面目な同級生がいた。彼は、高等学校入学後に京都大学の過去問(かこもん)を調べて、3年後に合格するには、今後、何をすべきか、また、高等学校の受験用の勉強では駄目だと考えた。
その結果、勉強の方針を変え、3年間、こつこつと勉強していた。
彼はそれなりに優秀で、最終的には現役で京都大学文学部に合格した。
しかしながら、京都大学理学部に現役合格した同級生は、ほんのちょっと真剣に勉強しただけで英語・国語・数学の3教科での成績では軽く追い抜いた。
ところが、この同級生の話をしても、うちの生徒は感心しない。最初はちょっと驚くが、「頭がものすごくよくて、ものごとの処理速度が速い人なんでしょ」と思うだけらしい。
私自身は、小学2年生のときに実施された知能指数検査では、時間内ですべてを解き終え、翌日から教師の態度が変わったということがある。
駿台予備学校で3教科合計で偏差値82.4で全国2位をとっている。
早稲田大学とはいえ、大学での成績は「優」が8割で、「優」にも、A評定の「優」とB評定の「優」があるが、全体の65%以上は「A評定」の「優」だった。
なお、GPA (Grade Point Average)は3.76だった。最高が4.0である。アメリカ合衆国や英国の名門大学院に進学するには、3.4から3.6は必要だとされる。そうした基準を軽く超えている3.76だった。
しかしながら、うちの生徒は、それほど馬鹿ではないけれども、体力のある努力家にすぎないと私のことを思っているようである。
努力ができない馬鹿よりはましだと思うのだけれどもねえ。
その一方で、不器用で、地頭(じあたま)はそれほどよくはなかったけれども、努力して、名門医学部に進学したM先輩は、うちの生徒の敬意を集めている。「その人は本当にすごい」と。
頑張(がんば)れば同じようになれるのではないかと思える人は、モデル=ケースになれるからなのだろう。
その人は、短距離走は遅くはなかったが、身体能力は高くはなかった。
学習塾・予備校を運営していると、どういうタイプが成績が伸びやすいか、あるいは、成績が伸びにくいのかはわかる。スポーツや音楽ができるタイプは、本気を出せば、成績がすこぶる伸びやすい。
M先輩は、今にして思うと、成績が伸びやすいタイプではなかった。
中学校のとき、同じサッカー部にいたけれども、ボールの蹴(け)り方が、なんだか奇妙だった。
私は1年生のときからレギュラーだったが、M先輩は最後まで補欠だった。
スポーツや音楽のできる人間は、本気を出せば、少なくとも難関大学の受験までの勉強はできる。
たとえば、北京オリンピックのサッカー日本代表の監督だった反町康治(そりまちやすはる)は、清水東(しみずひがし)高等学校でサッカーの全国大会で優勝を経験し、スポーツ推薦で、大学に進学したが、その大学のサッカー部の監督の方針がどうしても好きにはなれず、中途退学し、受験勉強を始めた。
翌年、慶應義塾大学法学部政治学科に合格している。
スポーツまたは音楽の才能がまったくないのに、勉強ができるというのは、あまりないようである。
私が高等学校3年生になったとき、河合塾の模擬試験(もぎしけん)の日に、M先輩が、うちの教室にやって来た。生徒の分の机と椅子(いす)しかないから、倉庫から机と椅子(いす)を持ってきた。
「先輩、どうしたんですか?」と訊(き)いたところ、「浪人したから」と答えた。
1回目の模擬試験(もぎしけん)のときは学生服でやって来たけれども、2回目からは私服で来た。
M先輩は、家がどうしようもないほどに貧乏なので、予備校に通うお金さえなかった。
個人で河合塾の模擬試験を受けるよりは、高等学校での集団で受験するほうが受験料が廉(やす)くなる。それで、母校で模擬試験を受けに来ていた。
M先輩の家にはクーラーがなかった。浪人中、夏の間は、空調設備のある市立図書館で、午前9時から午後5時まで勉強して、夜は扇風機(せんぷうき)に当たりながら、パンツ1丁(いっちょう)で勉強した。
あまりにも貧乏なので、参考書や問題集を買うお金もなかった。いや、買えなくはなかったけれども、買うと、大学への入学金が出せなくなる。奨学金(しょうがくきん)というものがあるけれども、入学金は奨学金の対象ではないから、どんなに貧乏でも入学金は出さなければならない。
それで、M先輩は、高等学校に送られてくる「試供品(しきょうひん)」を教師からもらって勉強した。
「試供品」というのは、当社ではこういう参考書・問題集を作ったので、そちらの高等学校で採用していただけませんかということで、出版社が高等学校に送りつけてくるものである。
M先輩はそれらをもらって勉強した。
翌年、M先輩は岡山大学医学部に合格した。関東でいえば、千葉大学医学部くらいのものだろう。
私は他人の進学先にはあまり興味がなかった。だから、高等学校の同級生の進学先もあまり知らない。
しかし、ある同級生が「M先輩って、岡山大学医学部に合格したんやって。あの人って、頭がいいっていう印象がなかったんやけどなあ」と言った。
以上の話をすると、うちの生徒たちはすこぶる感動する。
一方、高等学校の同級生に無茶苦茶(むちゃくちゃ)頭のよいのがいて、半年ほど本気で勉強したら簡単に京都大学理学部に合格したという例もある。スポーツも音楽もできるタイプだった。
そのまた一方で、ものすごく真面目な同級生がいた。彼は、高等学校入学後に京都大学の過去問(かこもん)を調べて、3年後に合格するには、今後、何をすべきか、また、高等学校の受験用の勉強では駄目だと考えた。
その結果、勉強の方針を変え、3年間、こつこつと勉強していた。
彼はそれなりに優秀で、最終的には現役で京都大学文学部に合格した。
しかしながら、京都大学理学部に現役合格した同級生は、ほんのちょっと真剣に勉強しただけで英語・国語・数学の3教科での成績では軽く追い抜いた。
ところが、この同級生の話をしても、うちの生徒は感心しない。最初はちょっと驚くが、「頭がものすごくよくて、ものごとの処理速度が速い人なんでしょ」と思うだけらしい。
私自身は、小学2年生のときに実施された知能指数検査では、時間内ですべてを解き終え、翌日から教師の態度が変わったということがある。
早稲田大学とはいえ、大学での成績は「優」が8割で、「優」にも、A評定の「優」とB評定の「優」があるが、全体の65%以上は「A評定」の「優」だった。
なお、GPA (Grade Point Average)は3.76だった。最高が4.0である。アメリカ合衆国や英国の名門大学院に進学するには、3.4から3.6は必要だとされる。そうした基準を軽く超えている3.76だった。
しかしながら、うちの生徒は、それほど馬鹿ではないけれども、体力のある努力家にすぎないと私のことを思っているようである。
努力ができない馬鹿よりはましだと思うのだけれどもねえ。
その一方で、不器用で、地頭(じあたま)はそれほどよくはなかったけれども、努力して、名門医学部に進学したM先輩は、うちの生徒の敬意を集めている。「その人は本当にすごい」と。
頑張(がんば)れば同じようになれるのではないかと思える人は、モデル=ケースになれるからなのだろう。
2014年3月2日日曜日
成績が伸びすぎる学習塾・予備校の経営上の難点
経営上の難点はいろいろとある。
1)両親の学歴を軽く超えるの確実になると、退塾させられる生徒が出現する。
とりわけ、女子生徒の場合、経験上、6割はやめさせられる。
東京の東部(大卒率が30%未満や25%未満の地域)にある大手進学塾では、上から2番めのクラスの女子生徒をいちばん上のクラスに上げると、ふっとやめてしまう事例が多発しているので、一般的な基準であるいちばん上の上のクラスの平均点を超えたら上げるは適用せず、女子生徒の場合は、なるべく上のクラスには上げないようにという通達が出されたことがあるくらいである。
2)あまりにも短期間に成績が伸びるので、簡単な仕事なのではないかと思うらしい。
その結果、受講料を値切る親が出現する。
また、勝手に月謝袋の中身を千円や2千円少なくする親も出現する。
プリント作成にかかる作業工数などを説明し、当校のように個別対応型の塾では、プリント作成に関しては、少品種大量生産ではなく、多品種少量生産なので、これでもぎりぎりの受講料なのだと説明しても、一定レベル以上の知的な仕事をしたことがない女性やパソコンを使いこなせない女性は、論理的には多少は理解しても、感情の点では受け入れられないようである。
こうした場合、即座に退塾処分にしている。家庭環境ゆえに伸び代(しろ)が少ないのが判明したからである。
3)口コミが少ない。
あまりにも効率よく成績が上がり、周囲から、「やればものすごくできる子」と思われる。すると、その評価を下げたくないので、こんなすごい塾・予備校に通ったからですとは言いたくなくなる。
ある事例では、偏差値34から、高校3年生の8月から受験勉強を始め、立教大学に合格して、早稲田大学商学部には、0.052差で不合格になった生徒がいる。その生徒が大学生のときに、同じ部活動の後輩に受験で相談を受けても、当校を紹介しなかった。
また、別の事例では、当校入校時に「2」が6個、「3」が3個の成績で、学年順位は134人中110番台だったという生徒がいる。ところが、当校入校後、成績が上がり、周囲から、「どこの塾に通っているの?」と訊かれて、「あなたが通えないくらい遠くの塾よ」と答えた。
4)あまりにも成績の伸びがよすぎるので、はったりをかましているのではないかと疑われる。
私は小学2年生のときに実施された知能指数検査では、時間内にすべてを解き終えた。だから、知能指数は160以上はあった。
そういう人間には見えるけれども、そうでない人には見えないことがある。
その観点から受験校の対策を講じる。
しかしながら、とにかく暗記さえすればよいとような小学校の勉強や中学校の定期試験のための勉強は、受験に関しては無駄が多い。小学校のときにオール5だったのに、中学校で失速し、高等学校で終わってしまった人は、勉強方法を間違えているのだけれども、その間違いに気づいていない。「暗記量が足りなかった」と反省する。
これがわからない人は多い。
1)両親の学歴を軽く超えるの確実になると、退塾させられる生徒が出現する。
とりわけ、女子生徒の場合、経験上、6割はやめさせられる。
東京の東部(大卒率が30%未満や25%未満の地域)にある大手進学塾では、上から2番めのクラスの女子生徒をいちばん上のクラスに上げると、ふっとやめてしまう事例が多発しているので、一般的な基準であるいちばん上の上のクラスの平均点を超えたら上げるは適用せず、女子生徒の場合は、なるべく上のクラスには上げないようにという通達が出されたことがあるくらいである。
2)あまりにも短期間に成績が伸びるので、簡単な仕事なのではないかと思うらしい。
その結果、受講料を値切る親が出現する。
また、勝手に月謝袋の中身を千円や2千円少なくする親も出現する。
プリント作成にかかる作業工数などを説明し、当校のように個別対応型の塾では、プリント作成に関しては、少品種大量生産ではなく、多品種少量生産なので、これでもぎりぎりの受講料なのだと説明しても、一定レベル以上の知的な仕事をしたことがない女性やパソコンを使いこなせない女性は、論理的には多少は理解しても、感情の点では受け入れられないようである。
こうした場合、即座に退塾処分にしている。家庭環境ゆえに伸び代(しろ)が少ないのが判明したからである。
3)口コミが少ない。
あまりにも効率よく成績が上がり、周囲から、「やればものすごくできる子」と思われる。すると、その評価を下げたくないので、こんなすごい塾・予備校に通ったからですとは言いたくなくなる。
ある事例では、偏差値34から、高校3年生の8月から受験勉強を始め、立教大学に合格して、早稲田大学商学部には、0.052差で不合格になった生徒がいる。その生徒が大学生のときに、同じ部活動の後輩に受験で相談を受けても、当校を紹介しなかった。
また、別の事例では、当校入校時に「2」が6個、「3」が3個の成績で、学年順位は134人中110番台だったという生徒がいる。ところが、当校入校後、成績が上がり、周囲から、「どこの塾に通っているの?」と訊かれて、「あなたが通えないくらい遠くの塾よ」と答えた。
4)あまりにも成績の伸びがよすぎるので、はったりをかましているのではないかと疑われる。
私は小学2年生のときに実施された知能指数検査では、時間内にすべてを解き終えた。だから、知能指数は160以上はあった。
そういう人間には見えるけれども、そうでない人には見えないことがある。
その観点から受験校の対策を講じる。
しかしながら、とにかく暗記さえすればよいとような小学校の勉強や中学校の定期試験のための勉強は、受験に関しては無駄が多い。小学校のときにオール5だったのに、中学校で失速し、高等学校で終わってしまった人は、勉強方法を間違えているのだけれども、その間違いに気づいていない。「暗記量が足りなかった」と反省する。
これがわからない人は多い。
2014年2月8日土曜日
文系・理系の分類はまちがっている。世間の大半は「無系」である。
文系・理系の分類はおかしい。
文系でも、劃期的(かっきてき)な業績をあげた人物は、数理感覚(すうりかんかく)に優(すぐ)れている。数理感覚に優れていなければ、一定レベル以上の業績はあげられない。暗記しかできないのは、「文系」とはいえない。
一方、理系でも、優秀な人間は、文章力(ぶんしょうりょく)にも優れている。計算しかできないのは「理系」とはいえない。
以上のことから、私は、世の中のほとんどは、「無系」なんだと思っている。
文系でも、劃期的(かっきてき)な業績をあげた人物は、数理感覚(すうりかんかく)に優(すぐ)れている。数理感覚に優れていなければ、一定レベル以上の業績はあげられない。暗記しかできないのは、「文系」とはいえない。
一方、理系でも、優秀な人間は、文章力(ぶんしょうりょく)にも優れている。計算しかできないのは「理系」とはいえない。
以上のことから、私は、世の中のほとんどは、「無系」なんだと思っている。
2013年12月12日木曜日
『金槐和歌集』が答えになる問題を3年以上連続して出題したFランク大学
『金槐和歌集』は、鎌倉幕府第3代将軍源実朝(みなもとのさねとも)の家集である。「家集」というのは、個人の作品だけを集めた歌集のこと。
『金槐和歌集』が正解という問題を何年も出題している大学がある。しかも、漢字で答えなければならない。平均的な教養のある人でも、『金槐和歌集』の「槐」を、あれ、もしかすると、「塊」だったけなと迷うのではないだろうか?
このレベルの大学だと、そこの受験生は、まず、『金槐和歌集』は漢字で書けないはずである。
ところが、連続して出題しているので、過去問をきちんと解いていれば必ず正解できる。
理由として、その大学に『金槐和歌集』が専門の教授がいることと、その大学が鎌倉にあることとが挙げられる。
なぜ、こんな難問が出題されるのかというものがある場合、その大学にその分野が専門の教授がいて、出題していることが多い。
そういうのを出題しておくと、過去問を解くことをつうじて、大学受験の前にその分野のことを調べるので、当該(とうがい)の大学進学後、その教授の授業を選択する確率が高くなる。
『金槐和歌集』が正解という問題を何年も出題している大学がある。しかも、漢字で答えなければならない。平均的な教養のある人でも、『金槐和歌集』の「槐」を、あれ、もしかすると、「塊」だったけなと迷うのではないだろうか?
このレベルの大学だと、そこの受験生は、まず、『金槐和歌集』は漢字で書けないはずである。
ところが、連続して出題しているので、過去問をきちんと解いていれば必ず正解できる。
理由として、その大学に『金槐和歌集』が専門の教授がいることと、その大学が鎌倉にあることとが挙げられる。
なぜ、こんな難問が出題されるのかというものがある場合、その大学にその分野が専門の教授がいて、出題していることが多い。
そういうのを出題しておくと、過去問を解くことをつうじて、大学受験の前にその分野のことを調べるので、当該(とうがい)の大学進学後、その教授の授業を選択する確率が高くなる。
2013年11月22日金曜日
大学受験の英文法で最も出題されるのはshould have done((あのとき)……していればよかったのに)であるが、知っていても意味はない。
大学受験の英文法で最も出題されるのはshould have done((あのとき)……していればよかったのに)であるが、知っていても意味はない。
30年以上に亘(わた)って、should have done(doneは過去分詞を示す)が最頻出文法事項であるが、しかし、難関大学受験に関しては、何も得はしない。
というのも、難関大学の受験生はみんなが知っているので、出題する意味がなく、その結果、出題されないからである。
効率よく難関大学受験を攻略するとすれば、たとえば、偏差値65以上の大学に限定して、傾向を把握(はあく)し、頻出事項を纏(まと)めて、勉強するのが最も効果的ということになる。
しかし、地頭(じあたま)が悪いのにそんなことをした場合、偏差値65以下の大学に対する滑(すべ)り止めが効(き)かなくなる。
つまり、どこにも合格できなくなる。
30年以上に亘(わた)って、should have done(doneは過去分詞を示す)が最頻出文法事項であるが、しかし、難関大学受験に関しては、何も得はしない。
というのも、難関大学の受験生はみんなが知っているので、出題する意味がなく、その結果、出題されないからである。
効率よく難関大学受験を攻略するとすれば、たとえば、偏差値65以上の大学に限定して、傾向を把握(はあく)し、頻出事項を纏(まと)めて、勉強するのが最も効果的ということになる。
しかし、地頭(じあたま)が悪いのにそんなことをした場合、偏差値65以下の大学に対する滑(すべ)り止めが効(き)かなくなる。
つまり、どこにも合格できなくなる。
2013年11月2日土曜日
自分の出身高校では、お嬢様大学の指定校推薦枠があるのに、公表されていなかった。
神戸女学院大学は、関東でいえば、フェリス女学院大学のようなものである。
附属の中学校・高等学校はすこぶる頭がよいのだが、だれも大学にエスカレータ式で上がったりはしない。あくまでも、附属の中学校・高等学校と較べたらという話だが、それほど勉強が得意というわけではない。でも、お嬢様度は抜群(ばつぐん)である。
神戸女学院大学の指定校推薦枠(していこうすいせんわく)が、私の出身高校にはあった。
一般の高等学校では、指定校推薦枠があるというのを掲示板に貼(は)り出し、希望者は締切日までに申し出るようにとの通達を出すものである。
その上で、それぞれの高等学校の選抜方式により、指定校推薦を受けられる生徒が決まる。
ある場合には、定期試験の成績だけで決める高等学校もあれば、定期試験と実力試験の結果のそれぞれに一定の係数をかけて、その合計で決める高等学校もある。
ところが、私の出身高等学校である和歌山県立橋本高等学校では、神戸女学院大学の指定校推薦枠があるということは一切、公表されず、富裕層で、かつ家柄のよい女子生徒のうちで、成績のよい順に、三者面談などで、こっそりと、指定校推薦を利用するかどうかを打診していたらしいのである。
このことを知ったときは、あれほど同和教育に力を入れておきながら(和歌山県は、20人に1人はそういう地域出身者になるので、経済を活性化するためにも、同和教育は必要である)、こんなことをしていたとは呆(あき)れるなと思った。
しかしながら、もしも、勉強はそこそこ以上にできるけれども、貧乏な家の子どもが神戸女学院大学に進学すれば、どうなるかを考えれば、納得できなくもない。
以下は、首都圏のお嬢様大学での事例である。
貧乏な子どもがお嬢様大学に進学すると、日本特有の同調圧力(どうちょうあつりょく)により、服装も似たようなものにしなければならないが、経済力が違いすぎるから、対応できない。だから、周囲から浮いた貧乏臭い服装になってしまう。
昼食は500円以内に抑(おさ)えようと思っても、1食1,500円のランチに誘われる。週3回でも貧乏学生には辛(つら)い。早稲田大学ごときでも、昼食時に大学近辺の高くはないけれども、安くはないレストランに誘われたりしているうちに、生活費が足りなくなって、夕方に3時間ほどアルバイトを始めた女子学生がいたくらいであるから、真(しん)のお嬢様大学なら、もっとひどい状態になるんだろう。
ローテク=シューズであるコンバースのオール=スターを履(は)いていくと、その日のうちに渾名(あだな)が「コンバ」になってしまう。
「夏休みにヨーロッパの美術館巡りをするんだけど、一緒に来ない?」と誘われても、参加できない。その結果、仲間はずれにされる。「あの人、つきあいが悪いから」となる。
なんだか古臭い腕時計をしていると思ったら、「お祖母様(ばあさま)のローレックスを譲ってもらったの」と言う。うちは昔から金持ちなのだとアピールしているのである。
以上のことを鑑(かんが)みるに、家柄のよい富裕層の女子生徒にしか指定校推薦を受ける権利を与えていない、あるいは、与えていなかったのは、致し方(いたしかた)ないと思えてくる。
ちなみに、うちの高等学校では、ひと月に1回、1時限を被差別部落の問題などに関する討論
(とうろん)に費(つい)やし、1年に1回、1日まるごと、被差別部落の問題などに関する討論に費やしていた。
被差別部落出身者の場合、高校の授業料は無料だったし、自動車教習所の費用も無料だった。経済格差を減らすためだ。
さらには、真偽の程は不明だが、被差別部落出身者は、教員や公務員の採用で優遇されているという話を耳にしたことがある。
それでも、名門お嬢様大学の指定校推薦に関しては、進学実績を維持するために、あれほど不当な差別はいけないと力説していた教員たちが屈伏(くっぷく)せざるをえなかったというのは、興味深い。富裕層を優先的に推薦するのは、「正当な差別」ということなのだろうか?
成績がよいからといって、貧乏な人を推薦した結果、その人がいたたまれなくなって、単位を落としたり、落第したり、中途退学したりすると、指定校推薦を取り消されるのだから、しょうがないかな。
なお、同級生で、指定校推薦で神戸女学院大学に進学した人は、元=庄屋(しょうや)の家柄で、今でいえば「村長」の家柄だったし、2学年下の女子生徒の場合、オートバイで彼女の自宅に遊びに行ったら、東京の平均的な場所で同じものを作れば土地代込みで10億円は超えそうな邸宅だった(ただし、関西は土地代が安いので、資産価値はそれほどではない)。
附属の中学校・高等学校はすこぶる頭がよいのだが、だれも大学にエスカレータ式で上がったりはしない。あくまでも、附属の中学校・高等学校と較べたらという話だが、それほど勉強が得意というわけではない。でも、お嬢様度は抜群(ばつぐん)である。
神戸女学院大学の指定校推薦枠(していこうすいせんわく)が、私の出身高校にはあった。
一般の高等学校では、指定校推薦枠があるというのを掲示板に貼(は)り出し、希望者は締切日までに申し出るようにとの通達を出すものである。
その上で、それぞれの高等学校の選抜方式により、指定校推薦を受けられる生徒が決まる。
ある場合には、定期試験の成績だけで決める高等学校もあれば、定期試験と実力試験の結果のそれぞれに一定の係数をかけて、その合計で決める高等学校もある。
ところが、私の出身高等学校である和歌山県立橋本高等学校では、神戸女学院大学の指定校推薦枠があるということは一切、公表されず、富裕層で、かつ家柄のよい女子生徒のうちで、成績のよい順に、三者面談などで、こっそりと、指定校推薦を利用するかどうかを打診していたらしいのである。
このことを知ったときは、あれほど同和教育に力を入れておきながら(和歌山県は、20人に1人はそういう地域出身者になるので、経済を活性化するためにも、同和教育は必要である)、こんなことをしていたとは呆(あき)れるなと思った。
しかしながら、もしも、勉強はそこそこ以上にできるけれども、貧乏な家の子どもが神戸女学院大学に進学すれば、どうなるかを考えれば、納得できなくもない。
以下は、首都圏のお嬢様大学での事例である。
貧乏な子どもがお嬢様大学に進学すると、日本特有の同調圧力(どうちょうあつりょく)により、服装も似たようなものにしなければならないが、経済力が違いすぎるから、対応できない。だから、周囲から浮いた貧乏臭い服装になってしまう。
昼食は500円以内に抑(おさ)えようと思っても、1食1,500円のランチに誘われる。週3回でも貧乏学生には辛(つら)い。早稲田大学ごときでも、昼食時に大学近辺の高くはないけれども、安くはないレストランに誘われたりしているうちに、生活費が足りなくなって、夕方に3時間ほどアルバイトを始めた女子学生がいたくらいであるから、真(しん)のお嬢様大学なら、もっとひどい状態になるんだろう。
ローテク=シューズであるコンバースのオール=スターを履(は)いていくと、その日のうちに渾名(あだな)が「コンバ」になってしまう。
「夏休みにヨーロッパの美術館巡りをするんだけど、一緒に来ない?」と誘われても、参加できない。その結果、仲間はずれにされる。「あの人、つきあいが悪いから」となる。
なんだか古臭い腕時計をしていると思ったら、「お祖母様(ばあさま)のローレックスを譲ってもらったの」と言う。うちは昔から金持ちなのだとアピールしているのである。
以上のことを鑑(かんが)みるに、家柄のよい富裕層の女子生徒にしか指定校推薦を受ける権利を与えていない、あるいは、与えていなかったのは、致し方(いたしかた)ないと思えてくる。
ちなみに、うちの高等学校では、ひと月に1回、1時限を被差別部落の問題などに関する討論
(とうろん)に費(つい)やし、1年に1回、1日まるごと、被差別部落の問題などに関する討論に費やしていた。
被差別部落出身者の場合、高校の授業料は無料だったし、自動車教習所の費用も無料だった。経済格差を減らすためだ。
さらには、真偽の程は不明だが、被差別部落出身者は、教員や公務員の採用で優遇されているという話を耳にしたことがある。
それでも、名門お嬢様大学の指定校推薦に関しては、進学実績を維持するために、あれほど不当な差別はいけないと力説していた教員たちが屈伏(くっぷく)せざるをえなかったというのは、興味深い。富裕層を優先的に推薦するのは、「正当な差別」ということなのだろうか?
成績がよいからといって、貧乏な人を推薦した結果、その人がいたたまれなくなって、単位を落としたり、落第したり、中途退学したりすると、指定校推薦を取り消されるのだから、しょうがないかな。
なお、同級生で、指定校推薦で神戸女学院大学に進学した人は、元=庄屋(しょうや)の家柄で、今でいえば「村長」の家柄だったし、2学年下の女子生徒の場合、オートバイで彼女の自宅に遊びに行ったら、東京の平均的な場所で同じものを作れば土地代込みで10億円は超えそうな邸宅だった(ただし、関西は土地代が安いので、資産価値はそれほどではない)。
2013年8月14日水曜日
第2外国語の扱いで大学の「格」が分かれる。
一定レベル以上の大学の場合、第2外国語はいくつかの言語から選択できる。選択必修である。ちゃんとした大学だと、ドイツ語・フランス語・支那語(中国語)くらいからは選べる。すごい大学になると、ロシア語やイタリア語・スペイン語などからも選べる。
そのつぎのレベルになると、第2外国語は必修だが、言語を選択できない。自動的にドイツ語が第2外国語として必修になっていたりする。小規模な大学・学部に見られる。
そのつぎとなると、第2外国語は選択科目となる。選択したければ選択すればよいが、選択しなければならないわけではない。難関大学出身者は驚くのだが、第2外国語をとらなくてもよい大学があるのが信じられないそうである。第2外国語を選択するものの、ついていけなくて脱落する学生が大勢いるという。
底辺の大学になると、第2外国語がない。英語すらできないのに、第2外国語を学んでも無駄だと大学当局が判断しているらしい。大学によっては、中学3年生の英語の教科書よりもやさしいテキストで英語の授業を行なうところもある。語学の負担を軽くすることで、せめて資格試験に合格してくれということである。
そのつぎのレベルになると、第2外国語は必修だが、言語を選択できない。自動的にドイツ語が第2外国語として必修になっていたりする。小規模な大学・学部に見られる。
そのつぎとなると、第2外国語は選択科目となる。選択したければ選択すればよいが、選択しなければならないわけではない。難関大学出身者は驚くのだが、第2外国語をとらなくてもよい大学があるのが信じられないそうである。第2外国語を選択するものの、ついていけなくて脱落する学生が大勢いるという。
底辺の大学になると、第2外国語がない。英語すらできないのに、第2外国語を学んでも無駄だと大学当局が判断しているらしい。大学によっては、中学3年生の英語の教科書よりもやさしいテキストで英語の授業を行なうところもある。語学の負担を軽くすることで、せめて資格試験に合格してくれということである。
2013年7月24日水曜日
黒い『大学への数学』の研文書院が8月末に廃業する。
参考書『大学への数学』の研文書院が本年度2013年(平成25年)8月末に廃業するというのを知った。東京出版の月刊誌などの『大学への数学』と区別するのに、書籍が黒いので、「黒大数(くろだいすう)」と呼ばれている。
このことを知ったのは、うちの生徒が黒い数学の参考書を持っていたからだ。軽装版であったが、てっきり研文書院の『大学への数学』だと思い込み、「『大学への数学』か? それはやめとけ」と言ったが、啓林館(けいりんかん)の『Focus Gold(フォーカス=ゴールド)数学』というものだった。数学の参考書で黒いものといえば、研文書院の『大学への数学』しかないというイメージしかなかったのだ。
それで検索してみたら、研文書院の8月末の廃業を知ることとなった。
たぶん、跡継(あとつ)ぎ社長の経営戦略がまずく、かつ、不動産などからの収入が充分にあるから、努力して続ける気がしなかったのだろうと思った。実際のところはどうなんだろうか?
このことを知ったのは、うちの生徒が黒い数学の参考書を持っていたからだ。軽装版であったが、てっきり研文書院の『大学への数学』だと思い込み、「『大学への数学』か? それはやめとけ」と言ったが、啓林館(けいりんかん)の『Focus Gold(フォーカス=ゴールド)数学』というものだった。数学の参考書で黒いものといえば、研文書院の『大学への数学』しかないというイメージしかなかったのだ。
それで検索してみたら、研文書院の8月末の廃業を知ることとなった。
たぶん、跡継(あとつ)ぎ社長の経営戦略がまずく、かつ、不動産などからの収入が充分にあるから、努力して続ける気がしなかったのだろうと思った。実際のところはどうなんだろうか?
ラベル:
ビジネス(=金儲け),
受験,
数学,
大学受験
2013年7月9日火曜日
大学の退学率が『読売新聞』に掲載されていた。
『読売新聞』の朝刊に2013年7月8日・9日と2回に分けて、大学の退学率などが掲載されていた。あまり有名でない大学のことを認(したた)めても、つまらなさそうなので、一定以上に知名度のある大学に関するものを書き記そう。
まずは、東京理科大学。学部によっては、入学後4年以内での退学率が26.6%で、4年後の卒業率が45.9%だった。東京理科大学出身者が「うちは5年制大学ですから」と言っていたのを思い出した。
国公立大学は、全体として、退学率は低く、4年後の卒業率は高い。さすがに、センター試験を受けて、さらに2次試験も受けなければならないだけのことはある。
大阪大学は、退学率は低いが、学部によっては、4年後の卒業率が38.5%のところがある。「京都大学では『単位』は空から降ってくる。神戸大学では道に『単位』が落ちている。しかし、大阪大学では穴を掘っても『単位』は見つからない」と言われるくらいに大阪大学は勉強が厳(きび)しいとされる。
一方、京都大学では、学部によって、4年後の卒業率が63.6%のところがある。学部・学科によっては、2年生から大学院生との共通授業があって、わけがわからなくなって、心が挫(くじ)ける学生もいるそうである。そういえば、整数論の加藤和也(今はシカゴ大学教授)が工学部で前年度の線形代数の落第者だけを集めたクラスで授業を担当していたことがある。それだけの人数が落第しているというのだから、並みレベルの大学とは較べものにならないくらいに水準の高い授業・講義をしているのだろう。
もっとも、国立大学の場合は、大学院に合格しなかったとか、国家公務員Ⅰ種試験(今は国家公務員総合職試験)でよい点数では合格できなかったとか、そういうことがあって、奨学金の返済を逃れるためにわざと留年する場合も少なくないから、4年後の卒業率が高くないからといって、必ずしも厳(きび)しいとはかぎらない。
東京外国語大学の4年後の卒業率は大学全体で38.2%だった。
ちなみに、第2外国語に関しては、私自身が大学生の指導もしているので、いくつかの大学ごとの語学の進み方がどういうものかを多少知っている。東京大学・早稲田大学を除いた東京六大学(慶應義塾大学については不明)や、いわゆる中堅上位をされる大学でのフランス語やドイツ語の進度は、まったく違う。少なくとも30年くらい前の東京大学・京都大学・大阪大学・早稲田大学では、文法事項が一般の大学の5倍の速度で進み、ひとつの文法事項に登場する熟語などの表現や単語も5倍である。つまり、一般の大学の概(おおむ)ね25倍の速度で授業が進む。4月に入学して、12月に、原書購読を辞書を引きながら読めるようにするには、それくらいの速度で授業を進めなければならない。そして、東京大学・京都大学・大阪大学・早稲田大学の学生はそれが「普通」だと思い込んでいる場合が多く、中堅上位の大学の第2外国語の授業の実態を知ると、驚愕(きょうがく)してしまう。なお、難関大学では第2外国語のフランス語の授業は週当たり4コマだが、京都大学では5コマである。週に1回は徹底(てってい)して発音を鍛(きた)えられる。大学院前期を終えたあたりでフランスに留学した際に、発音で恥をかかないようにと、逆算して、1年生の授業に発音の特訓を設定している。フランスに留学しないのが当たり前の大学、あるいはきわめてごく少数しか留学しない大学では考えられないことである。
ミッション系の大学で、かつ、比較的難関大学で、男子学生の就職がよくないところは、4年後の卒業率の高い傾向にあるように感じた。勉強の楽な大学出身の男子学生は、入社後に挫(くじ)けやすい傾向などがあるのだろうか?
早稲田大学はということ、退学率も卒業率も情報公開していない。おそらく、公開すると、無茶苦茶な数字になるからであろう。大雑把(おおざっぱ)にいうと、1万人が入学して、9千人しか卒業しない。大学卒業者を学士入学として3年生に編入している分を入れても10%が減っている。
また、早稲田大学理工学部の場合、平均評定が「B評定」以上、つまり80点以上である場合には推薦で大学院に進学できる。ということは、平均評定が「B評定」以下、つまり、79点以下の場合には、別個に大学院の入試を受けて合格しなければ進学できない。ということは、80点未満は「落ちこぼれ」と見なされていることになる。早稲田大学の場合、65%くらいは落ちこぼれているということになる。
まずは、東京理科大学。学部によっては、入学後4年以内での退学率が26.6%で、4年後の卒業率が45.9%だった。東京理科大学出身者が「うちは5年制大学ですから」と言っていたのを思い出した。
国公立大学は、全体として、退学率は低く、4年後の卒業率は高い。さすがに、センター試験を受けて、さらに2次試験も受けなければならないだけのことはある。
大阪大学は、退学率は低いが、学部によっては、4年後の卒業率が38.5%のところがある。「京都大学では『単位』は空から降ってくる。神戸大学では道に『単位』が落ちている。しかし、大阪大学では穴を掘っても『単位』は見つからない」と言われるくらいに大阪大学は勉強が厳(きび)しいとされる。
一方、京都大学では、学部によって、4年後の卒業率が63.6%のところがある。学部・学科によっては、2年生から大学院生との共通授業があって、わけがわからなくなって、心が挫(くじ)ける学生もいるそうである。そういえば、整数論の加藤和也(今はシカゴ大学教授)が工学部で前年度の線形代数の落第者だけを集めたクラスで授業を担当していたことがある。それだけの人数が落第しているというのだから、並みレベルの大学とは較べものにならないくらいに水準の高い授業・講義をしているのだろう。
もっとも、国立大学の場合は、大学院に合格しなかったとか、国家公務員Ⅰ種試験(今は国家公務員総合職試験)でよい点数では合格できなかったとか、そういうことがあって、奨学金の返済を逃れるためにわざと留年する場合も少なくないから、4年後の卒業率が高くないからといって、必ずしも厳(きび)しいとはかぎらない。
東京外国語大学の4年後の卒業率は大学全体で38.2%だった。
ちなみに、第2外国語に関しては、私自身が大学生の指導もしているので、いくつかの大学ごとの語学の進み方がどういうものかを多少知っている。東京大学・早稲田大学を除いた東京六大学(慶應義塾大学については不明)や、いわゆる中堅上位をされる大学でのフランス語やドイツ語の進度は、まったく違う。少なくとも30年くらい前の東京大学・京都大学・大阪大学・早稲田大学では、文法事項が一般の大学の5倍の速度で進み、ひとつの文法事項に登場する熟語などの表現や単語も5倍である。つまり、一般の大学の概(おおむ)ね25倍の速度で授業が進む。4月に入学して、12月に、原書購読を辞書を引きながら読めるようにするには、それくらいの速度で授業を進めなければならない。そして、東京大学・京都大学・大阪大学・早稲田大学の学生はそれが「普通」だと思い込んでいる場合が多く、中堅上位の大学の第2外国語の授業の実態を知ると、驚愕(きょうがく)してしまう。なお、難関大学では第2外国語のフランス語の授業は週当たり4コマだが、京都大学では5コマである。週に1回は徹底(てってい)して発音を鍛(きた)えられる。大学院前期を終えたあたりでフランスに留学した際に、発音で恥をかかないようにと、逆算して、1年生の授業に発音の特訓を設定している。フランスに留学しないのが当たり前の大学、あるいはきわめてごく少数しか留学しない大学では考えられないことである。
ミッション系の大学で、かつ、比較的難関大学で、男子学生の就職がよくないところは、4年後の卒業率の高い傾向にあるように感じた。勉強の楽な大学出身の男子学生は、入社後に挫(くじ)けやすい傾向などがあるのだろうか?
早稲田大学はということ、退学率も卒業率も情報公開していない。おそらく、公開すると、無茶苦茶な数字になるからであろう。大雑把(おおざっぱ)にいうと、1万人が入学して、9千人しか卒業しない。大学卒業者を学士入学として3年生に編入している分を入れても10%が減っている。
また、早稲田大学理工学部の場合、平均評定が「B評定」以上、つまり80点以上である場合には推薦で大学院に進学できる。ということは、平均評定が「B評定」以下、つまり、79点以下の場合には、別個に大学院の入試を受けて合格しなければ進学できない。ということは、80点未満は「落ちこぼれ」と見なされていることになる。早稲田大学の場合、65%くらいは落ちこぼれているということになる。
2013年6月14日金曜日
偏差値の割に大学進学実績のよい都立高校があったので、調べてみた。
このくらいの偏差値なら、大学進学の実績はこのくらいになるというのがわかる。
ところが、高校受験の合格偏差値の割に大学進学の実績が高すぎる高校があった。
調べてみたところ、その高校は吹奏楽が盛んで、日本一にもなったことがあった。
音楽系の私立高校は授業料が高い。たとえば、桐朋女子高等学校音楽科の初年度納付金は1,967,400円である。200万円近くかかる。
国立大学の附属高校でも、実技で合格するためには、かなりの金額のレッスン料を払って、その高校で好かれる演奏法ができるようにしなければならない(らしい)。
将来、プロになるために、いくらでも資本を投下してもかまわないと考えることがなければ、公立高校という選択肢しか残らない。
すると、吹奏楽が盛んなくだんの都立高校くらいしか選択肢に残らない。その場合、とりわけ、女子生徒に多いようなのだが、偏差値で15以上も高い学力がありながら、その高校に進学する生徒が多くなる。
また、音楽が得意な者は数学の才能が高いというデータもある。音楽に関わる脳の部分と数学に関わる脳の部分は近接しているということらしいし、たとえば、ある年度の早稲田大学理工学部数学科では60人中、楽器の演奏のできる者が57人だったというデータもある。
その結果、偏差値と較べて高い大学進学実績となる。
偏差値の割には高学力の生徒がいるので、それにつられて、所謂(いわゆる)、ピア効果で、学力が引き上げられる例がありそうだ。ピア効果とは、まず、ピアpierは「同僚」などの意味で、自分が所属する集団に高学力で勉学に励(はげ)むものがいると、それに引っ張られて、学力が上がることをいう。
ところが、高校受験の合格偏差値の割に大学進学の実績が高すぎる高校があった。
調べてみたところ、その高校は吹奏楽が盛んで、日本一にもなったことがあった。
音楽系の私立高校は授業料が高い。たとえば、桐朋女子高等学校音楽科の初年度納付金は1,967,400円である。200万円近くかかる。
国立大学の附属高校でも、実技で合格するためには、かなりの金額のレッスン料を払って、その高校で好かれる演奏法ができるようにしなければならない(らしい)。
将来、プロになるために、いくらでも資本を投下してもかまわないと考えることがなければ、公立高校という選択肢しか残らない。
すると、吹奏楽が盛んなくだんの都立高校くらいしか選択肢に残らない。その場合、とりわけ、女子生徒に多いようなのだが、偏差値で15以上も高い学力がありながら、その高校に進学する生徒が多くなる。
また、音楽が得意な者は数学の才能が高いというデータもある。音楽に関わる脳の部分と数学に関わる脳の部分は近接しているということらしいし、たとえば、ある年度の早稲田大学理工学部数学科では60人中、楽器の演奏のできる者が57人だったというデータもある。
その結果、偏差値と較べて高い大学進学実績となる。
偏差値の割には高学力の生徒がいるので、それにつられて、所謂(いわゆる)、ピア効果で、学力が引き上げられる例がありそうだ。ピア効果とは、まず、ピアpierは「同僚」などの意味で、自分が所属する集団に高学力で勉学に励(はげ)むものがいると、それに引っ張られて、学力が上がることをいう。
2013年5月31日金曜日
三好達治「甃(いし)のうへ」という詩の入試問題について
三好達治の『測量船』という詩集に「甃(いし)のうへ」という詩がある。それが大学入試で出題されたことがある。今なら、その問題は、女性に対する不当な偏見であるとして、出題されない。
つぎのものである。
---
甃(いし)のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかに跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺(みてら)の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしびさし)に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
---
設問(せつもん)は、3行目にある下線のある「をみなご」についてのものであった。「この『をみなご』は何人か」というものであった。
正解は「2人」である。
まず、「をみなご」は「女の子」「若い女性」くらいの意味である。つぎに、「語らいあゆみ」、つまり「話しながら歩き」とあるので、ひとりではない。ひとりでは、語らうことができないからである。第3に、「しめやかに」、つまり「おしとやかに」「静かに」とあるので、大声で話している状況ではない。そして、「女三人寄れば姦(かしま)しい」という諺(ことわざ)がある。3人いると「しめやかに語らいあゆ」むことができない。ということで、2人となる。
高校生のときに、国語の教師が授業中にこの問題を紹介し、私に何人だと思うかと訊(たず)ねた。私は、さっぱりわからなかったので、間違えるよりは、笑いをとろうと、「おそらく、273人だと思います」と答えた。「女子高の修学旅行か」と応(おう)じられた。
その後、この問題は高校入試でも出題され、中学入試でも出題された。うまくできた問題だと思った人が少なくなかったのであろう。
なお、この問題を小学生から高校生までに出してみたら、正解率はさほど変化しなかった。知識が増えたからといっても、年齢が上がったからといっても、正解率が変わらなかった。
わかる人にはわかるし、そうでない人には、いつまで経(た)ってもわからない。私は「いつまで経ってもわからない」側の人間である。
つぎのものである。
---
甃(いし)のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかに跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺(みてら)の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしびさし)に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
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設問(せつもん)は、3行目にある下線のある「をみなご」についてのものであった。「この『をみなご』は何人か」というものであった。
正解は「2人」である。
まず、「をみなご」は「女の子」「若い女性」くらいの意味である。つぎに、「語らいあゆみ」、つまり「話しながら歩き」とあるので、ひとりではない。ひとりでは、語らうことができないからである。第3に、「しめやかに」、つまり「おしとやかに」「静かに」とあるので、大声で話している状況ではない。そして、「女三人寄れば姦(かしま)しい」という諺(ことわざ)がある。3人いると「しめやかに語らいあゆ」むことができない。ということで、2人となる。
高校生のときに、国語の教師が授業中にこの問題を紹介し、私に何人だと思うかと訊(たず)ねた。私は、さっぱりわからなかったので、間違えるよりは、笑いをとろうと、「おそらく、273人だと思います」と答えた。「女子高の修学旅行か」と応(おう)じられた。
その後、この問題は高校入試でも出題され、中学入試でも出題された。うまくできた問題だと思った人が少なくなかったのであろう。
なお、この問題を小学生から高校生までに出してみたら、正解率はさほど変化しなかった。知識が増えたからといっても、年齢が上がったからといっても、正解率が変わらなかった。
わかる人にはわかるし、そうでない人には、いつまで経(た)ってもわからない。私は「いつまで経ってもわからない」側の人間である。
2013年5月15日水曜日
共通一次試験導入のきっかけは横浜国立大学の内ゲバ殺人だった。
共通一次試験(正式名称:大学共通第1次学力試験)が導入されたきっかけは横浜国立大学での内ゲバ(うちげば)殺人だった。内ゲバは、「内部(ないぶ)ゲバルトGewalt」の略称で、ゲバルトはドイツ語で「暴力」の意味である。
1971年に、革マル派活動家が横浜国立大学内で中核派に殺害される。ついで、1974年に革マル派活動家が中核派に襲撃され、学生食堂に逃げ込んだが、学生が遠巻きに見守る中で、中核派がバールで後頭部を打ち砕(くだ)いた。
当局側が、この事件に驚いた。それ以前にも内ゲバ殺人事件はあったが、国立大学での内ゲバ事件でも、主犯はその国立大学内に入っていた私立大学の文系の学生や専門学校生が多かったので、危機意識がなかった。馬鹿がやっているにすぎないと。
ところが、横浜国立大学といえば、旧2期校のトップクラスの大学である。なぜ、そこの学生が内ゲバ殺人事件を起こしたのか、当局が調べた。
東京大学をはじめとする旧1期校の難関大学に不合格になって、旧2期校の横浜国立大学に進学した学生が多かった。
世田谷をはじめとする海岸寄りの東京西部と神奈川県川崎市・横浜市、その他の神奈川県在住者にとっては、千葉大学は遠すぎるし、東京外国語大学は、もともとは語学を生かしたスパイを養成する学校のようなところだし、東京学芸大学は給料の廉(やす)い教員養成施設にすぎないということで、横浜国立大学を受験し、進学する。だから、横浜国立大学は、消去法によって、2期校では優秀な大学になっていたにすぎなかった。
小学3年生あたりから、難関大学に進学しろと親に尻(しり)を叩(たた)かれ、10年あるいはそれ以上に亘(わた)って猛勉強につぐ猛勉強をした結果が、横浜国立大学となれば、落胆(らくたん)が大きいのは想像に難(かた)くない。
そして、その一部が、過激な学生運動に加わった。
マルクス主義という進歩史観(しんぽしかん)の魔物に魅入(みい)られた者たちである。進歩史観というは、世の中は徐々に、確実によくなっていくものであり、最終的には理想的な状態になるはずであるとするものである。進歩史観を信奉(しんぽう)することは、現時点で自分が思うとおりにならないのは社会が間違っているからであり、社会が進歩していれば、自分はもっと高く評価されているにちがいないと考えることでもある。マルクス主義者で、後に高く評価された例もあると考える場合もあるかもしれないが、高く評価しているのはマルクス主義者たちだけであって、それ以外からは評価されていない。
私の知り合いでも、望んだレベルの大学に進学できなかった人たちの中に、共産党員や左翼活動家になったという事例(じれい)は少なくない。
そんなわけで、当局は策(さく)を講(こう)ずることにした。
まず、1期校と2期校をなくし、国立大学は1回しか受験できないことにする。こうすれば「屈辱(くつじょく)の2期校進学(横浜国立大学進学)」がなくなる。大学の序列(じょれつ)がなくなるだろうと考えた。
つぎに共通1次試験の導入である。5教科7科目を受験させ、自己採点によって自分がどの程度の成績であるかを知らしめ、妥当(だとう)な大学を受験させることとした。
ところが、大手予備校が30万人分以上の自己採点の結果と志望校のデータを集め、共通1次試験の結果から合格できそうな大学を割り出すということをした。国立大学の序列化(じょれつか)が一層(いっそう)進んだわけである。
また、東京大学などの超難関大学は、共通1次試験のようなレベルの低い問題で高得点をあげられることが大学進学後の学業には相関関係がないとして、共通1次試験の比重をきわめて低くし、2次試験の比重を大きくした。つまり、共通1次試験の価値を減らす戦略(せんりゃく)に出たのである。最上位の国立大学に対しては、共通1次試験は効力(こうりょく)がなかったのである。
一方、大学進学にあたって、5教科7科目も受験してられるかよという層もいた。高度経済成長によって、私立大学の学費が負担できる社会階層が大幅に増えていた。その結果、私立大学の偏差値が急上昇した。偏差値で10から15、上昇した。真ん中あたりから下の国立大学の価値が下がったにすぎなかった。
1971年に、革マル派活動家が横浜国立大学内で中核派に殺害される。ついで、1974年に革マル派活動家が中核派に襲撃され、学生食堂に逃げ込んだが、学生が遠巻きに見守る中で、中核派がバールで後頭部を打ち砕(くだ)いた。
当局側が、この事件に驚いた。それ以前にも内ゲバ殺人事件はあったが、国立大学での内ゲバ事件でも、主犯はその国立大学内に入っていた私立大学の文系の学生や専門学校生が多かったので、危機意識がなかった。馬鹿がやっているにすぎないと。
ところが、横浜国立大学といえば、旧2期校のトップクラスの大学である。なぜ、そこの学生が内ゲバ殺人事件を起こしたのか、当局が調べた。
東京大学をはじめとする旧1期校の難関大学に不合格になって、旧2期校の横浜国立大学に進学した学生が多かった。
世田谷をはじめとする海岸寄りの東京西部と神奈川県川崎市・横浜市、その他の神奈川県在住者にとっては、千葉大学は遠すぎるし、東京外国語大学は、もともとは語学を生かしたスパイを養成する学校のようなところだし、東京学芸大学は給料の廉(やす)い教員養成施設にすぎないということで、横浜国立大学を受験し、進学する。だから、横浜国立大学は、消去法によって、2期校では優秀な大学になっていたにすぎなかった。
小学3年生あたりから、難関大学に進学しろと親に尻(しり)を叩(たた)かれ、10年あるいはそれ以上に亘(わた)って猛勉強につぐ猛勉強をした結果が、横浜国立大学となれば、落胆(らくたん)が大きいのは想像に難(かた)くない。
そして、その一部が、過激な学生運動に加わった。
マルクス主義という進歩史観(しんぽしかん)の魔物に魅入(みい)られた者たちである。進歩史観というは、世の中は徐々に、確実によくなっていくものであり、最終的には理想的な状態になるはずであるとするものである。進歩史観を信奉(しんぽう)することは、現時点で自分が思うとおりにならないのは社会が間違っているからであり、社会が進歩していれば、自分はもっと高く評価されているにちがいないと考えることでもある。マルクス主義者で、後に高く評価された例もあると考える場合もあるかもしれないが、高く評価しているのはマルクス主義者たちだけであって、それ以外からは評価されていない。
私の知り合いでも、望んだレベルの大学に進学できなかった人たちの中に、共産党員や左翼活動家になったという事例(じれい)は少なくない。
そんなわけで、当局は策(さく)を講(こう)ずることにした。
まず、1期校と2期校をなくし、国立大学は1回しか受験できないことにする。こうすれば「屈辱(くつじょく)の2期校進学(横浜国立大学進学)」がなくなる。大学の序列(じょれつ)がなくなるだろうと考えた。
つぎに共通1次試験の導入である。5教科7科目を受験させ、自己採点によって自分がどの程度の成績であるかを知らしめ、妥当(だとう)な大学を受験させることとした。
ところが、大手予備校が30万人分以上の自己採点の結果と志望校のデータを集め、共通1次試験の結果から合格できそうな大学を割り出すということをした。国立大学の序列化(じょれつか)が一層(いっそう)進んだわけである。
また、東京大学などの超難関大学は、共通1次試験のようなレベルの低い問題で高得点をあげられることが大学進学後の学業には相関関係がないとして、共通1次試験の比重をきわめて低くし、2次試験の比重を大きくした。つまり、共通1次試験の価値を減らす戦略(せんりゃく)に出たのである。最上位の国立大学に対しては、共通1次試験は効力(こうりょく)がなかったのである。
一方、大学進学にあたって、5教科7科目も受験してられるかよという層もいた。高度経済成長によって、私立大学の学費が負担できる社会階層が大幅に増えていた。その結果、私立大学の偏差値が急上昇した。偏差値で10から15、上昇した。真ん中あたりから下の国立大学の価値が下がったにすぎなかった。
2013年5月5日日曜日
入学試験で朝日新聞の記事が出題されると言われるけれども、じつは、漢字の書き取りだらけである。
どういうわけか、大学入試で朝日新聞の記事が最も出題されていると信じている人が多い。確かに、出題された回数では、いちばん多い。
ところが、朝日新聞の記事を出題しているのは、所謂(いわゆる)Fランク=レベルの大学ばかりである。
しかも、そのほとんどは、漢字の書き取りなのである。
国語力が著(いちじる)しく劣(おと)る中学生を対象に「天声人語」を書き写させるという指導方法がある。これは、所詮(しょせん)はその程度の文章であるにすぎないことを意味する。言語能力の高い中学生なら、すらすらと読みこなせる程度の内容でしかないし、論の進め方がワンパターンである。
そんなものが入学試験で使えるわけがない。
すると、中堅大学あたりでは、大手マスメディアを通じて浅薄(せんぱく)な左翼思想はわかるが、それ以外の思想がわからない受験生を対象に、その場で新たな思想を理解できるかどうかを試すために、産経新聞あたりに掲載された論説・評論を出題する場合が少なくないのである。
30年くらい前だと、朝日新聞のつぎによく出題されたのは、小林秀雄だったが、これまた、漢字の書き取りがほとんどだった。
2013年のセンター試験の現代文で小林秀雄の随筆が出題され、国語の平均点が異常までに低くなったが、小林秀雄の文章は行間が飛びすぎているので、今の高校生には的確には理解できないものであったにちがいない。出題者は、30年くらい前によく出題されていたという思い込みにとらわれていたのであろう。よく出題されていたといっても、漢字の書き取りばかりだったのだけれども、そこを見落としていたのだろう。
たぶん、出題者は頭がよすぎたのだろう。自分がすいすい理解できるから、このくらいの問題で大丈夫だろうと思ったのだろうな。
なお、中学受験でよく出題されるものに関しては、大学受験とは異(こと)なる。
2013年4月30日火曜日
都立高校の自校作成問題の数学が難しすぎた年の3年後の合格先の特徴
東京都立高校の上位校は、自校作成問題で入学試験を実施する。自校作成問題の対象となる科目は英語・数学・国語である。理科・社会は共通問題である。
英語と国語はそれほど極端に難しくはないが、数学はかなり難しくなる。
しかも、出題者が難易度の調整に失敗して、無茶苦茶難しすぎるものを出題してしまうことがある。
たとえば、都立西高等学校の自校作成問題で、受験者平均点が30点くらいという年があった。その3年後の都立西高は、東京大学合格者数が都立日比谷高校よりも多かった。
そういうレベルの高校で、受験者平均点が30点程度の数学の問題を出題すると、その3年後の合格実績に顕著(けんちょ)な特徴(とくちょう)が表(あらわ)れる。
まず、東京工業大学の合格者数が増えるのである。
東京工業大学の数学の問題は、東京大学のものよりも難しい。ひらめきが必要である場合が多い。慶應義塾大学理工学部の数学も難しいが、難しすぎて差がつきにくいので、結局、英語勝負となっている。
自校作成問題の受験者平均点が30点くらいのときに、90点以上で稼ぎ逃げして合格した者は、だいたい、英語・国語はそれほどでもない場合が多い。となると、数学ができなくては話にならないが、英語・国語のバランスが悪すぎると合格しづらい東京大学・京都大学とは相性が悪い。
その結果、東京工業大学の合格者が多くなる。ついでに数学と物理などで満点あるいはそれに準ずる得点をあげて稼(かせ)ぎ逃げして東京大学に合格する者も増える。
英語と国語はそれほど極端に難しくはないが、数学はかなり難しくなる。
しかも、出題者が難易度の調整に失敗して、無茶苦茶難しすぎるものを出題してしまうことがある。
たとえば、都立西高等学校の自校作成問題で、受験者平均点が30点くらいという年があった。その3年後の都立西高は、東京大学合格者数が都立日比谷高校よりも多かった。
そういうレベルの高校で、受験者平均点が30点程度の数学の問題を出題すると、その3年後の合格実績に顕著(けんちょ)な特徴(とくちょう)が表(あらわ)れる。
まず、東京工業大学の合格者数が増えるのである。
東京工業大学の数学の問題は、東京大学のものよりも難しい。ひらめきが必要である場合が多い。慶應義塾大学理工学部の数学も難しいが、難しすぎて差がつきにくいので、結局、英語勝負となっている。
自校作成問題の受験者平均点が30点くらいのときに、90点以上で稼ぎ逃げして合格した者は、だいたい、英語・国語はそれほどでもない場合が多い。となると、数学ができなくては話にならないが、英語・国語のバランスが悪すぎると合格しづらい東京大学・京都大学とは相性が悪い。
その結果、東京工業大学の合格者が多くなる。ついでに数学と物理などで満点あるいはそれに準ずる得点をあげて稼(かせ)ぎ逃げして東京大学に合格する者も増える。
2013年4月28日日曜日
高校入試や大学入試から英語などの外国語の試験をなくそうという提案がなされたときの政府回答
ずいぶんと昔のこと(40年以上前の話)だが、高校入試や大学入試から英語などの外国語の試験をなくしてはどうかという提案がなされた。
日本では、ほとんどのことは日本語で学べるので、日本語しかできなくても学習に困らない。ビジネスなどで外国語が必要だとしても、通訳などを雇えば済む。ほとんどの日本人は外国語ができなくても困らない。語学の才能のある者と、将来、研究者となって最先端の論文を読む必要がある者だけが、外国語学習を選択すればよい。使えない語学力しか身につかないのであれば、それに費やした時間と努力をほかの勉強に振り分けたほうが効率がよいのではないか?
それに対する政府の回答はつぎのようなものであった。
世の中には、中学生・高校生に英語を教えるしかできない人間が多数、存在する。入学試験から英語を外し、語学を選択制にすると、そうした教師たちが失業する。すると、大失業問題となり、経済が混乱するので、それはできない。
日本では、ほとんどのことは日本語で学べるので、日本語しかできなくても学習に困らない。ビジネスなどで外国語が必要だとしても、通訳などを雇えば済む。ほとんどの日本人は外国語ができなくても困らない。語学の才能のある者と、将来、研究者となって最先端の論文を読む必要がある者だけが、外国語学習を選択すればよい。使えない語学力しか身につかないのであれば、それに費やした時間と努力をほかの勉強に振り分けたほうが効率がよいのではないか?
それに対する政府の回答はつぎのようなものであった。
世の中には、中学生・高校生に英語を教えるしかできない人間が多数、存在する。入学試験から英語を外し、語学を選択制にすると、そうした教師たちが失業する。すると、大失業問題となり、経済が混乱するので、それはできない。
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自己紹介
- 掃除機庵主人
- 和歌山県, Japan
- 早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。
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カワサキKSR110を手に入れた。 ひとり乗り専用車だ。後ろに女は乗せられない。「男カワサキ」だからな。 レース仕様のキャブレターのせいで、雨の日には乗れない。「男カワサキ」だから。 ちんたら走ると調子が悪くなる。「男カワサキ」だから。 東京23区内だと1速と2速で間に合...
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5年くらい前までは、早稲田大学政治経済学部にしろ、法学部にしろ、慶應義塾大学文学部にしろ、あからさまに、イギリス英語の長文を出題していた。 政治経済学部では、3つの大問の長文が、ベタベタのイギリス英語で書かれたものだったりした。慶應義塾大学文学部の英語の長文も、イギリス英語の...
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宇宙戦艦ヤマト2199の「銀河航路」(宇宙船乗りの歌)の歌詞。 作詞:出渕裕(いづぶちゆたか) 作曲・編曲:宮川彬良(みやがわあきら) 1. 銀河 水平 波間を越えて 目指す恒星(こうせい) ケンタウリCentauri 星の瞬(またた)き 遙かに超えて 宇宙に...
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ヱスビー食品の「 S&B Spicy Curry Powder(特製ヱスビーカレー)」の名称は、Crosse & Blackwell(クロス=アンド=ブラックウェル)社の「 C&B PURE CURRY POWDER」のパクリだと指摘してから、画像検索...
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「%パーセント)」の筆順(書き順)について訊ねられた。小学生は思いもよらないことを質問してくる。 一般的には、「%」の左上の「0」を数字のゼロを書くのと同じように、頂点から反時計回りに描き、「/」を右上から左下へと描いてから、右下の「0」を、これまた数字のゼロを書くのと同じよう...
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共通一次試験(正式名称:大学共通第1次学力試験)が導入されたきっかけは横浜国立大学での内ゲバ(うちげば)殺人だった。内ゲバは、「内部(ないぶ)ゲバルトGewalt」の略称で、ゲバルトはドイツ語で「暴力」の意味である。 1971年に、革マル派活動家が横浜国立大学内で中核派に...
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専業主婦でも知らない人が少なくないので、お肉を柔らかく焼く方法について認(したた)めよう。 まず、フライパンを熱して、油を引く。 お肉を投入してよいくらいになったら、そこで一旦(いったん)、火を止めて、充分に冷えるまでフライパンを置いておく。 冷えた状態のフラ...
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大学2年生のときに、大隈講堂の前で12時間連続呑(の)み会をやったことがある。前期試験が終わった7月のことだ。 基本的には第一文学部哲学科哲学専修のメンバーで催したが、哲学専修の学生以外にも、他学部の知り合いが一部、参加していた。哲学科哲学専修の8割の学生は不参加を決め込んだ...
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和歌山県庁が配信しているらしい和歌山紹介の動画の再生数が少なすぎて笑った。 配信してから5年以上経(た)っているのに、フランス語版と英語版は、100回の再生にすらなっていない。 ほかの言語だと、もう少し再生数があるのだけれども、それでも、1000回の再生には届いていない。...
