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2014年5月29日木曜日

文字を大きくすると正解率が上がるのだが……。

問題の文字を大きくすると正解率が上がる。これには確かなデータがある。

だから、勉強が得意(とくい)ではない子どもには、文字の大きい教材を与えるのがよい。

ところが、小学生の親の場合、問題がたくさん詰(つ)まっている問題集がお得(とく)だと考えてしまうらしく、それに対応して、出版社も、勉強が得意ではない生徒には適さないサイズの文字で、問題集を出版せざるを得(え)なくなる。

そうなると、勉強が得意でない子どもの場合、無駄に苦労することになる。

こうしたことを知っている親の場合、拡大コピーをして問題を解かせれるということもあろうかと思われるが、自宅にコピー機のあるような裕福(ゆうふく)な家庭では、勉強が苦手(にがて)な子どもは少ない。

うーん、社会の矛盾(むじゅん)を感じてしまう。

ところで、一方、早稲田大学の英語の入学試験の問題は、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)文字が小さい。大学受験という制約(せいやく)があるので、高度すぎる内容は出題できないので、文字を小さくすることで、正解率を下げようとしているらしい。

2014年5月19日月曜日

軽いアトピーだと、勉強ができるようになる傾向があるように感じている。

軽めのアトピーに子どもが罹(かか)った場合のほうが、子どもがいくぶん健(すこ)やかに成長し、勉強もできるようになる気がしている。

成績の伸び方がよい生徒に、軽めのアトピーの子どもが少なくない印象がある。

もともと地頭(じあたま)のよい母親の場合、子どもがアトピーだと判明すると、いろいろと勉強する。そうして、身体(からだ)によくなさそうな食品を避け、添加物(てんかぶつ)にも気を遣(つか)う。

イオンやサミットでは買い物をしなくなる。

その結果、健康によいものを食べるようになる。

どうも、そういう感じがする。

尤(もっと)も、子どもがアトピーになっても、怠慢(たいまん)から、なんの努力もしない母親というのはいるのだろうけど、そういう母親の子どもは、当校には入校(にゅうこう)しないのかもしれない。

2014年5月2日金曜日

PRO-VISIONという高等学校の英語教科書は教科書ガイドを出さないことで、採用校を増やす戦略を採っている。

PRO-VISIONという高等学校の英語教科書がある。桐原書店が発行している。

PRO-VISIONの特徴のひとつは、教科書ガイドを発行していないということである。

教科書ガイドには、新らしく登場した単語や熟語の意味が掲載されていたり、難解な表現に註釈がついていたりするので、予習の手間が大いに省ける。

しかしながら、ところどころで、肝心(かんじん)な部分で解説がないことがある。

これは、すべてを解説すると生徒が授業を聞かなくなるので、部分的に、教師の授業を聴かないかぎりわからない部分を残すという戦略である。

さて、PRO-VISIONという教科書には教科書ガイドがない。

教師のなかには、辞書を丹念(たんねん)に引き、参考書を調べなければならないという信念を抱いている者がいる。

もちろん、大学進学の実績の高い高等学校の生徒は、かなりの高確率で、辞書を引き、参考書を調べるものであるが、大学進学の実績がそれほど芳(かんば)しくない高等学校では、生徒は辞書を引かないし、参考書で文法事項を調べることはしない。

真面目な生徒でも、ノートに書き写した英文に、教科書ガイドに書いてあることを書き写すだけだったりするくらいである。

そういう態度を不愉快に思う英語教師の多い高等学校では、教科書ガイドがないPRO-VISIONを選ぶ場合がある。

ということは、底辺校ほどではないにしても、PRO-VISIONを採用している高等学校の大学進学実績は、「すこぶるよい」というわけではないということになる。

ところで、私の出身高等学校である和歌山県立橋本高等学校では、ある年度から、教科書ガイドのない英語の教科書に切り換えた。

私が在籍していたときには、東京書籍のNew Horizonを使っていた。New Horizonには、中学生用の教科書と高校生用の教科書との両方があり、教科書ガイドもあった。

橋本高等学校が、教科書ガイドのない英語教科書採用に踏(ふ)み切った理由は、その前年度の3月に卒業した連中が、教科書ガイドを引き写すだけの者が大多数だったからだという。怠(なま)け者が多数派であったのだ。

その駄目(だめ)な卒業生というのは、私の学年のことだった。

2014年4月23日水曜日

スポーツ選手と楽器の演奏のできる人は、本気を出せば、成績の伸びがすごくよい理由に、もうひとつの要素があった。

スポーツ選手と楽器の演奏ができる人は、本気を出せば、学力が無闇(むやみ)に上昇する。

今までは、つぎのように考えていた。以前にも認(したた)めたものである。

スポーツ選手は体力があるから、長時間、勉強できる。

夏休みなどの長期休暇(ちょうききゅうか)で、1日あたり、13時間は勉強できる人間と、6時間くらいでへこたれる人間とでは、学力に差がつくのは当然であろう。

つぎに、学力の伸びと楽器演奏との相関関係については、数学を理解する脳の部分と、音楽を理解する脳の部分は隣(となり)合っているから、楽器の演奏ができるということは、潜在的(せんざいてき)には数理感覚(すうりかんかく)が備わっているはずである。

こうした点から、楽器演奏ができる人間は、学力が伸びやすいと思っている。

当校には、音楽大学出身の社会人の生徒がいるのだが、彼によれば、楽器演奏はけっこう体力がいるという。

となれば、潜在的(せんざいてき)とはいえ、数理感覚に優(すぐ)れ、楽器演奏に必要な体力が備わっているということになり、それで、楽器の演奏ができる人間は学力の伸びが高いということになる。

しかしながら、もうひとつの要因があるようだ。

早稲田大学スポーツ科学科の大学院で、社会人修士課程1年制を担当している教授が、つぎのような意味のことを述(の)べていた。

スポーツをしていた人は、同じことを繰り返すことに慣れているから、たいへん伸びる、と。

このことには気づかなかった。

同様に、楽器の演奏ができる者も、反復練習(はんぷくれんしゅう)をしているから、ちゃんとできるようになるまで、繰(く)り返すことは苦痛ではないだろう。

そういえば、学力の低い生徒には、同じ学習プリントを3回から5回は繰り返したほうがよいと指示したけれども、どうしても、やりたがらなかったのがいた。

それでも、偏差値64の高等学校には合格した。

当校では、真面目(まじめ)にやらなくても成績が上がる学習用プリントを当校では作成しているからである。彼がこちらの指示に従っていれば、偏差値70以上の高等学校には進学できたと考えている。

どうして、スポーツ選手と楽器演奏者は繰り返し練習することが苦ではないことに気づかなかったのかというと、できないことをできるようになるまで繰り返すのは「当たり前」だと思っていたからである。

今まで、こうしたことに気づかなかった不明(ふめい)を恥(は)じている。

2014年4月15日火曜日

甲子園に出場するくらいの高等学校から内部推薦で日本大学法学部に進学した生徒

彼は高等学校2年生の1学期の期末試験で学年でビリから9番だった。野球部だということから、「ある意味、裏のレギュラーだ」と嘯(うそぶ)いた。

彼はスポーツ推薦で、日本大学鶴ヶ丘(つるがおか)高等学校に進学した。

大学もスポーツ推薦で進学しようと思っていた。

ところが、肩を壊(こわ)した。大学へのスポーツ推薦はなくなった。

真面目に勉強しなければ大学に進学できなくなった。

高校2年生の9月から当校に入校した。

日本大学鶴ヶ丘(つるがおか)高等学校の規定(きてい)では、スポーツ推薦で入学した生徒は、怪我(けが)をしても、故障(こしょう)しても、当該(とうがい)の運動部を辞(や)めてはならないという規定(きてい)がある。

だから、しっかり練習をしなければならない。

故障した肩を庇(かば)いながら、早朝からの朝練(あされん)、昼食後の筋力(きんりょく)トレーニング、放課後の練習、これら、すべてに参加しなければならなった。

甲子園に出場するくらいの高等学校は、毎日、どのくらい練習しているのかと訊(き)いてみたところ、うちは東京都内の強豪校(きょうごうこう)ほどではないので、合計で1日あたり7時間くらいですと言った。

強豪校は毎日、9時間以上は練習するという。ナイター設備があれば、夜の9時や10時まで練習できる。

おまけに、ある高等学校の野球部では、「四合飯(よんごうめし)」といって、昼食時の弁当のご飯の量が「四合」だという。

毎日、当校にやってきて、指導を受けながら、当校の効果的なプリントをこなした。日によっては、午後10時にやってきて、午後11時半まで勉強するということもあった。

野球の練習で疲れて、プリントを渡した途端(とたん)に、そのまま眠ったこともあった。

それでも、必ず、毎日、当校にやって来て、勉強をした。

日本大学の付属校からの内部推薦では、高等学校の3年間の内申点の平均と、高校3年生の11月に実施(じっし)される「日本大学統一試験」(通称「日大統一テスト」「日統一」)を受験し、4科目の標準化点[=偏差値]を合計したものの数値で、内部推薦が決まる。

彼は、日本大学統一試験(日大統一テスト)の前に、日本史の対策をした。とにかく、暗記できるものは暗記した。

その年は、日本史の出題パターンが大きく変わった。

その結果、日本大学統一試験(日大統一テスト)の対策専門塾の生徒の大半は、日本史の出題傾向の変更に対応できなかった。

試験の結果、よい成績を、英語・国語のみならず、日本史でも収(おさ)め、クラス担任が、これなら法学部に進学できますねと言った。

3年間の内申点の平均と日本大学統一試験の標準点合計によって、推薦が決まるのだが、その上で、面接がある。これは概(おおむ)ね、形式的なものである(一部例外はあるらしい)。

彼は、3年間の内申点の平均も、日本大学統一試験の標準化点[=偏差値]の合計も、推薦基準のぎりぎりだった。

よほどのことがなければ、合格するのだが、彼は心配した。

3年間の内申点の平均も、日本大学統一試験の標準化点[=偏差値]の合計も、推薦基準のぎりぎりだったことから、たとえば「君はぎりぎりの成績なのだから、大学進学後は心を改めて真面目(まじめ)に勉学に励(はげ)みなさい」などと面接で説教されるなどと彼は予想していた。

ところが、面接ではこんなことを言われた。

「スポーツ推薦で入学して、甲子園に出場するような野球部に所属して、それで、この成績とは、君は本当によく頑張(がんば)ったね」

そう言われて、本人は拍子抜(ひょうしぬ)けしたという。

彼は、日本大学法学部に進学した。父親は大いに喜んだ。

内部推薦とはいえ、スポーツ推薦で高等学校に進学した彼が、法学部に進学することが決まったとき、同じくスポーツ推薦で進学した同級生がこう言った。

「スポーツ推薦でも、努力すれば法学部にも(内部推薦で)進学できるということを証明してくれて、ありがとう」

おい、おい、おまえもちゃんと勉強しろよ。

2014年3月2日日曜日

成績が伸びすぎる学習塾・予備校の経営上の難点

経営上の難点はいろいろとある。

1)両親の学歴を軽く超えるの確実になると、退塾させられる生徒が出現する。

とりわけ、女子生徒の場合、経験上、6割はやめさせられる。

東京の東部(大卒率が30%未満や25%未満の地域)にある大手進学塾では、上から2番めのクラスの女子生徒をいちばん上のクラスに上げると、ふっとやめてしまう事例が多発しているので、一般的な基準であるいちばん上の上のクラスの平均点を超えたら上げるは適用せず、女子生徒の場合は、なるべく上のクラスには上げないようにという通達が出されたことがあるくらいである。

2)あまりにも短期間に成績が伸びるので、簡単な仕事なのではないかと思うらしい。

その結果、受講料を値切る親が出現する。

また、勝手に月謝袋の中身を千円や2千円少なくする親も出現する。

プリント作成にかかる作業工数などを説明し、当校のように個別対応型の塾では、プリント作成に関しては、少品種大量生産ではなく、多品種少量生産なので、これでもぎりぎりの受講料なのだと説明しても、一定レベル以上の知的な仕事をしたことがない女性やパソコンを使いこなせない女性は、論理的には多少は理解しても、感情の点では受け入れられないようである。

こうした場合、即座に退塾処分にしている。家庭環境ゆえに伸び代(しろ)が少ないのが判明したからである。

3)口コミが少ない。

あまりにも効率よく成績が上がり、周囲から、「やればものすごくできる子」と思われる。すると、その評価を下げたくないので、こんなすごい塾・予備校に通ったからですとは言いたくなくなる。

ある事例では、偏差値34から、高校3年生の8月から受験勉強を始め、立教大学に合格して、早稲田大学商学部には、0.052差で不合格になった生徒がいる。その生徒が大学生のときに、同じ部活動の後輩に受験で相談を受けても、当校を紹介しなかった。

また、別の事例では、当校入校時に「2」が6個、「3」が3個の成績で、学年順位は134人中110番台だったという生徒がいる。ところが、当校入校後、成績が上がり、周囲から、「どこの塾に通っているの?」と訊かれて、「あなたが通えないくらい遠くの塾よ」と答えた。

4)あまりにも成績の伸びがよすぎるので、はったりをかましているのではないかと疑われる。

私は小学2年生のときに実施された知能指数検査では、時間内にすべてを解き終えた。だから、知能指数は160以上はあった。

そういう人間には見えるけれども、そうでない人には見えないことがある。

その観点から受験校の対策を講じる。

しかしながら、とにかく暗記さえすればよいとような小学校の勉強や中学校の定期試験のための勉強は、受験に関しては無駄が多い。小学校のときにオール5だったのに、中学校で失速し、高等学校で終わってしまった人は、勉強方法を間違えているのだけれども、その間違いに気づいていない。「暗記量が足りなかった」と反省する。

これがわからない人は多い。

2013年10月23日水曜日

TOEIC(トーイック)のスコアで日本の一流企業が就職に際して学生を門前払(もんぜんばら)いするようになった理由

TOEIC(トーイック)は、仕事上での英語の運用能力を測るために、日本の企業などからの要請に応じて創(つく)られたものである。

これが、今、大学生や大学院生が就職活動をする際に、採用側の企業にとっての指標(しひょう)として用いられている。

以前なら、日本の一流企業は、指定校制を敷(し)いていた。指定校に入っていない大学の学生は、門前払(もんぜんばら)いだった。

旧帝国大学(東京大学・京都大学・大阪大学・名古屋大学・東北大学・九州大学・北海道大学)の理系学部だと、大学推薦で一流企業に入るが、国立でも私立でも文系となると、一定の成績を修めていなければならなかったようである。

その際の基準が、指定校になっている大学の3年修了時に、「優」が50個くらいの科目で最低でも20個なければならなかった。「優」が20個なければ、指定校であっても、新聞社か、テレビ局か、出版社くらいしか、就職先がなかった。

だから、マス=メディアなどに関わる人々は、難関大学レベルでの勉強に関しては、頭が悪いのである。いや、単なる努力家で、なんとか指定校には入学できたけれども、地頭(じあたま)が悪かった人々が、成績が悪くて、マス=メディアにしか参入できなかったといったほうがよいかもしれない。

努力したけれども、大学での成績が悪くて、マス=メディアにしか就職できなかった人たちは、勉強ができないからといって人を馬鹿にするなと声高(こわだか)に唱(とな)える。マス=メディアがそんなことをいうもんだから、企業イメージをよくするために、人物重視・人柄(ひとがら)重視を主張する。しかし、本当のところは、最低限の勉強ができた上での人物重視・人柄重視なのである。人柄だけでは、本当のところは、駄目なのである。

指定校制を敷(し)き続けるのは、企業イメージが悪くなる(あるいは、マス=メディアによって企業イメージを悪くさせる)ので、撤廃(てっぱい)した。

しかし、それでは、応募者全員のエントリー=シートに目を通さなければならない。膨大な人力が必要となる。経費がかかりすぎるのだ。

そこで、たとえば、リクルート社が提供している情報サイト「リクナビ」という就職用のサイトでは、「学歴フィルター」がある。

ある大学の学生が会社説明会の参加をクリックしても、定員一杯なので締め切りましたと表示される。

ところが、慶應義塾大学の学生の場合だと、参加が可能であるばかりでなく、定員に余裕があるので、友人もお誘いくださいとなる。

また、製薬会社の場合、東京大学薬学部の学生だと、東京大学薬学科の皆さんには、別の日に会社説明を行ないます、ついては他大学の学生には言わないようにと指示される。

しかしながら、「学歴フィルター」もバレてしまった。「学歴フィルター」で、弾(はじ)かれた学生は、その企業に対して、よい印象は抱(いだ)かなくなる。

だから、最初から会社説明会に申し込まれないようにしたい。

また、指定校制にしても、最近では、AO入試(Admissions Office入試)で、志望理由書・面接・小論文だけの入試などで、半数の新入生を確保している難関大学もあるから、指定校性を敷いていても、経費が余分(よぶん)にかかるようになった。

英語力と一般入試による学歴とには、比較的強い相関関係がある。

そこで、TOEICのスコアをエントリー条件にする企業が増えた。

そうすることで、「学歴フィルター」で弾(はじ)かれる学生の大半は、そもそも、応募してこない。また、充分な学力が備わっていないのに、AO入試で要領(ようりょう)よく入学した学生も門前払(もんぜんばら)いできる。

一方、TOEICのスコアをきちんとあげておけば、旧来の指定校でなかろうが、AO入試だろうが、関係ないから、以前の指定校制よりは、いくぶん、公平な採用となるだろう。

2013年10月13日日曜日

整形している母親の子どもの成績の伸びはちょっと悪い。

整形している母親の子どもの成績の伸びはちょっと悪い。

整形しているかどうかは、見ればわかるのに、どうして、整形するのかわからない。

たとえば、以下に画像を載(の)せるが、蒙古襞(もうこひだ)のある二重瞼(ふたえまぶた)なのに、鼻に近い部分に切れ込みを入れて、コーカソイド(白人)のようにする人がいる。芸能人に多く見られる。ところが、蒙古襞(もうこひだ)で二重瞼(ふたえまぶた)の場合、鼻に近いところから外側に向かって、二重瞼の幅が広くなる。ところが、もとから、蒙古襞(もうこひだ)がない人は、二重瞼(ふたえまぶた)の幅が一定なのである。だから、蒙古襞(もうこひだ)をなくして、目に切れ込みを入れると、蒙古襞(もうこひだ)でもないのに、二重瞼(ふたえまぶた)の幅が外側にいくにつれて、拡がるという奇妙なことになる。

また、女性の胸というのは、所詮(しょせん)、脂肪なのだから、鎖骨(さこつ)の脂肪のつき方に、概(おおむ)ね、比例する。豊胸手術をすると、鎖骨の脂肪のつき方の割に不自然に胸が大きい。そういうのは、やっぱりわかるのである。

ほかにも、整形したパーツとほかのパーツとの組み合わせが不自然になっているから、おかしな印象しか受けない。

では、元・AKB48の板野友美のように、顔全体を徹底的に整形すればよいのではないかと考える人もいるかもしれないが、その場合には、その体形や手足の長さ、骨盤の大きさなどから、不自然なものとなっている。

足首がこうなっているのに、顔がこうなのはおかしいというものも多い。

だから、整形にはまったく意味がない。

そのことに気づかない人が整形をするのだろう。ということは、整形をしている母親は、観察力のない人間だということだ。つまりは、馬鹿であるということだ。

その母親の遺伝子を受け継ぎ、かつ、金銭で外見だけをよくしようという母親がいるという環境で育っているから、真面目に努力ができない。たいてい、欠席しがちである(欠席しがちの生徒の母親が整形しているというわけではない)。地味な努力ができないらしい。整形に近いズルをして、人生をなんとかくぐりぬけようというメンタリティ(精神性)があるのかもしれない。

なお、かなり整形した母親で、かつ、明らかな人格障害がある場合、生徒の成績の伸びはまったくといっていいほど期待できない。




2013年8月19日月曜日

50歳になったとき、近所のおじいさんに「四捨五入すれば私も100歳ですから」と言ったら、馬鹿ウケした。

50歳になったとき、近所の80歳くらいのおじいさんと話をした際に、年齢の割には若いですなあと言われたので、いやはや、四捨五入すれば、私も100歳ですからと言ったところ、大笑いされた。

これはウケるらしいと思ったので、あちこちで自分よりも年長の人にこのネタを使ってみた。無茶苦茶ウケた。

しかし、四捨五入の仕方が間違っている。

たとえば、45歳の人間が四捨五入すれば50歳ですというのは正しい。ところが、50歳を四捨五入して100歳になるというのはおかしい。

それでも大いにウケるのである。

2013年5月31日金曜日

三好達治「甃(いし)のうへ」という詩の入試問題について

 三好達治の『測量船』という詩集に「甃(いし)のうへ」という詩がある。それが大学入試で出題されたことがある。今なら、その問題は、女性に対する不当な偏見であるとして、出題されない。

 つぎのものである。

---
  甃(いし)のうへ

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかに跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺(みてら)の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしびさし)に

風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
---

 設問(せつもん)は、3行目にある下線のある「をみなご」についてのものであった。「この『をみなご』は何人か」というものであった。

 正解は「2人」である。

 まず、「をみなご」は「女の子」「若い女性」くらいの意味である。つぎに、「語らいあゆみ」、つまり「話しながら歩き」とあるので、ひとりではない。ひとりでは、語らうことができないからである。第3に、「しめやかに」、つまり「おしとやかに」「静かに」とあるので、大声で話している状況ではない。そして、「女三人寄れば姦(かしま)しい」という諺(ことわざ)がある。3人いると「しめやかに語らいあゆ」むことができない。ということで、2人となる。

 高校生のときに、国語の教師が授業中にこの問題を紹介し、私に何人だと思うかと訊(たず)ねた。私は、さっぱりわからなかったので、間違えるよりは、笑いをとろうと、「おそらく、273人だと思います」と答えた。「女子高の修学旅行か」と応(おう)じられた。

 その後、この問題は高校入試でも出題され、中学入試でも出題された。うまくできた問題だと思った人が少なくなかったのであろう。

 なお、この問題を小学生から高校生までに出してみたら、正解率はさほど変化しなかった。知識が増えたからといっても、年齢が上がったからといっても、正解率が変わらなかった。

 わかる人にはわかるし、そうでない人には、いつまで経(た)ってもわからない。私は「いつまで経ってもわからない」側の人間である。

2013年4月8日月曜日

その昔、司法試験の問題を解いてみせたら、行方不明者が出た。

 旧司法試験の頃の話である。旧司法試験は2011年まで行なわれていた。

 さて、予備校や進学塾の非常勤講師には、司法試験浪人が少なからずいた。ちなみに、生徒の成績を上げるのが上手い非常勤講師は、だいたい、2年以内に合格していたものである。一方、何年も司法試験浪人を続ける非常勤講師の担当クラスは、驚異的な成績の上昇はなかった。

 旧司法試験では、大学の一般教養を終えていれば第1次試験(一般教養の試験)が免除される。第2次試験では、短答式試験・論文式試験・口述試験がある。

 早稲田大学社会科学部出身の非常勤講師がいた。彼は短答式試験を5回、不合格になっていた。同じ大学の後輩ということから、「短答式試験なんかは、国語力だけで合格できるんじゃないの?」と言ってみた。

「国語力で解けるのは、憲法の問題だけです」

 そう答えた彼は、数日後、学説史の問題を持ってきて、解いてみてくれという。彼は国語力だけでは解けない問題を吟味(ぎんみ)して、その学説史の問題を持ってきたのだった。

 司法試験の問題を初めて目にした。記憶が定かではないけれども、そこそこに長い文章に、8箇所(かしょ)だか、10箇所だかくらい空所がある。その空所すべてを正解して、1問正解となるという。

 解いてみた。

 途中で2箇所、どうしても国語力だけでは正解に到(いた)らないものがあった。

 そこで、この学説史の問題が、ドイツの法律の理論に基づくものだと仮定してみることにした。一か八(いちかばち)かの賭(か)けに出たのである。このことは彼には黙っておいた。

 すると、批判哲学のイマヌエル=カントImmanuel Kantからゲオルク=ヴィルヘルム=フリードリヒ=ヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegelの哲学へという流れに沿って、学説史もその流れとなると仮定すると、パズルのピースがうまく嵌(は)まった。

 全問正解だった。

 社会科学部出身の彼は、解答を見つめながら、こう訊(き)いた。「掃除機先生は、子どもの頃に、知能指数検査をした翌日から教師の態度が変わったという経験はありますか?」

「えっ、なんでわかるんですか?」

「でも、この問題には3分30秒しか時間が割(さ)けないのですが、今、5分30秒かかっていましたから、掃除機先生は合格できません」

「あのぉ、一般教養も含めて、今まで法律を勉強したことないんですけど」

 そして、彼は行方不明(ゆくえふめい)になった。つぎの授業のときに予備校にやって来なかった。経営者が下宿に電話しても連絡がつかなかった。また、親元に連絡しても、行方(ゆくえ)はわからなかった。

 当時の早稲田大学社会科学部の入試は暗記重視の問題ばかりだった。その学部出身ということは、彼は「勉強とは暗記である」と思っていた可能性が高い。

 ところが、法律の知識をなにも暗記していない者が目の前で学説史の問題を解いてしまった。たぶん、世界が崩壊(ほうかい)するような思いを経験したのだろう。

 ただ、よくわからないのは、私がどういう思考回路によって正解したのかを、何故(なぜ)、彼は訊(たず)ねなかったのかということである。解き方のすべてを習得できなくとも、半分以上は簡単に習得できるものなんだけどね。もちろん、そうした解き方を編み出すのはきわめて困難なことではあるが。

 こういうことができるから、うちの塾の生徒の成績が、謂(い)わば「異常値」というくらいに上昇するのだが、信じてもらえない。

 ところで、早稲田大学社会科学部の入試問題は、あるときを境(さかい)に、暗記重視の問題から思考力重視の問題に転換(てんかん)した。学生の質は、中年以上の人がイメージしているものではなくなっているようだ。30年前とは較べものにならないくらいに、地頭(じあたま)がよくなっている。暗記バカではなくなっている。けれども、30年前のイメージで判断しそうな人事部はありそうだから、あまりお得(とく)ではないようだ。

2013年3月28日木曜日

テリー伊藤の『お笑い大蔵省極秘情報』『お笑い大蔵省極秘情報(2)大蔵官僚の復讐』を読み返したら、相変わらず面白かった。

 テリー伊藤の大蔵省を扱った書籍を、久しぶりに読み返した。『お笑い大蔵省極秘情報』(飛鳥新社、1996年)と『お笑い大蔵省極秘情報(2)大蔵官僚の復讐』(飛鳥新社、1998年)である。

 テリー伊藤が、2冊で、国家公務員1種試験(現・国家公務員総合職試験)を経(へ)た総合職の官僚(所謂(いわゆる)キャリア)5名と、国家公務員2種試験(現・国家公務員専門職試験)を経た専門職の官僚(所謂ノンキャリ)2名とのインタービューから成り立っている。

 2000年頃に読んだもので、ほんの少ししか内容を憶(おぼ)えていなかったが、やはり面白かった。


 大蔵官僚(現・財務官僚)は、意外とせこい。以下の内容は今でもそうなのかは知らない。

 官舎は、一見すると、都営住宅3軒分に見せかけているが、見かけは3軒分だが、中身は1軒分なのだ。千代田区などの都心にありながら、面積が110平方メートルもある。しかも、見た目とちがっては、内装は豪華で、防音などにも贅沢(ぜいたく)に金をかけている。

 検察庁だったと記憶しているが、これまた、幹線道路から見えやすい場所には古い建物を残して、その裏に豪華なハイテクビルを持っている。興味がないかぎり、気づきにくくなっている。

 少なくとも当時の大蔵省の建物はオンボロで、ダニなどもいるくらいで、接待漬(せったいづ)けになっているのが後ろめたいからと、自分のところの庁舎を豪華にすると、他省庁の予算が削りにくくなるかららしい。

 大蔵省のキャリア官僚の場合、たとえば、午後6時に庁舎から黒塗りの自動車で接待に出かけ、翌日の午前1時に庁舎に戻ってきても、その分の残業手当てがちゃんとついた。

 ガリ勉で入れるのは精々(せいぜい)、建設省(現・国土交通省)までだと言ったりして、他の省庁を小馬鹿にする。

 その一方で、外務省の官僚は、シャツの襟(えり)と身頃(みごろ)の色のちがうシャツを着ているのが多いことに驚いたことがあると、自(みずか)らのファッション=センスのなさを告白してみたり、外務省のアルバイトの事務員の若い女性が全員、美人で、外見だけで採用しているにちがいないと羨(うらや)ましがったりした上で、女にモテるのは外務省だと言ったりする。外務省は家柄(いえがら)・出自(しゅつじ)が悪いと出世しにくいので、たぶん、大蔵官僚は、家柄・出自がよくないのだろうな。

 通商産業省(現・経済産業省)出身の秘書官に大蔵省が嫌がらせを受けたので、大蔵省は通商産業省に復讐(ふくしゅう)すると宣言するが、その方法がせこい。通商産業政策に関わる予算を削(けず)ると大蔵省が復讐したとバレるから、ボールペン1本からはじまって、建物の保守・修理に関わる営繕費(えいぜんひ)などを査定(さてい)の段階からネチネチといちゃもんをつけていくという。「営繕費を削られると、実際に勤めている人が結構困るわけですよ。エアコンがちゃんと働かなかったり、窓がちゃんと閉まらなかったり」と言って、それを「神経戦」よる復讐と名づけて、悦(えつ)に入(い)っている。

 意外とみみっちい小人物ばかりのような気がした。世界を念頭(ねんとう)において、天下国家を語る人物はいなかった。


 なかでも、最高に可哀(かわい)そうなキャリア官僚の例がつぎのもの。

 まず、国家公務員1種試験はおよそ2万人が受験して、合格するのは1000人くらいであるが、合格したからといって、どこかの省庁に入れるとはかぎらない。何年ごろのことか忘れたけれども、こういうのがある。日東駒専の中では専修大学はこうした試験対策がうまく、駒沢大学や東洋大学よりも一般の就職もよい。その専修大学から2年連続で3名、国家公務員1種試験合格者を出したが、だれひとりとして、どの省庁にも採用されなかった。合格してもキャリア官僚になれない例さえあるわけだ。一方、大蔵省には毎年20名ほどが入省するが、合格者のトップ20位までだと考えてよい。

 さて、この哀(あわ)れなキャリア官僚は、学生時代から東京女子大学の学生とつきあっていた。結婚をせがむので、大蔵省入省が決まり、東京大学法学部卒業後にその女子学生と結婚した。

 テリー伊藤に挫折(ざせつ)はなかったのかと訊(き)かれ、自分の人生にはミスは2つしかないと答える。あるミスについては話さなかったが、一方のミスは、結婚が早かったことだという。

 インタービューでは、結婚生活を気にしながら、仕事に打ち込まなければならないのが嫌だったから挫折であると説明し、その後、脈絡(みゃくらく)もなく、閨閥(けいばつ)を利用しなくてものし上がれると信じていたとも言っている。

 しかし、べつの箇所(かしょ)で、大学時代に自分が所属(しょぞく)していたゼミの教授は世俗(せぞく)のことを教えない人だったと述懐(じゅっかい)していた記憶がある。また、インタービュー当時、このキャリア官僚は30歳であった。30歳あたりで、世俗のことを知らなかったが故(ゆえ)に後悔したことがあったと見て取れる。それは何か?

 挫折経験を語った暫(しばら)く後で、外務官僚の閨閥を持ちだして、閨閥(けいばつ)を利用しなくても、自分は、のし上がれると、脈絡(みゃくらく)なく、述べる条(くだり)があるのが、これがあやしい。尚(なお)、閨閥とは、妻の姻戚関係(いんせきかんけい)で結ばれた勢力のことである。藤原兼家や藤原道長・頼通などによる摂関政治(せっかんせいじ)は閨閥の一例である。

 日本のパワー=エリート(権力エリートpower elite)の生き方のひとつにこういうのがある。高級官僚となり、28歳あたりから、大蔵省の場合、さまざまな縁談が持ち込まれる。28歳で地方の税務署長となれば、地元の名士(めいし)から娘を嫁に貰(もら)ってくれと頼まれ、大蔵省に戻れば、上司を通じて、社長令嬢や家柄が名門の令嬢との見合いの依頼を受ける。

 こうしたことは、権力に関心のない私でさえ、大学1年生か2年生の頃には知っていたけどなあ。

 実際、官僚としてはトップの事務次官になれそうにないので、退職して、奥さんの実家の父親に足りない分の資金を支援してもらって、当選した国会議員もいた。義理の父親が会社経営をしていた例である。

 同僚の見合い話を目(ま)の当たりにして、結婚を早まったと後悔したにちがいない。

 因(ちな)みに、悲しき高級官僚の話をうちの生徒に話してみたら、中学生以上には、頗(すこぶ)る同情されていた。

「じゃあ、その人、コンクールで優勝するような血統書付(けっとうしょつ)きが貰(もら)えるのに、雑種(ざっしゅ)を拾(ひろ)っちゃたんだ」

 子どものメタファー(隠喩(いんゆ))は、ときどき、面白いのだが、ちょっと待てよ、当時の東京女子大学は、今よりも偏差値高かったし、いくらなんでも、「雑種」はないだろう。世間知らずだなと思ったが、あ、今、キャリア官僚の視点(してん)で、ものを見ているのか。

 その官僚は、お茶の水女子大学・津田塾女子大学・東京女子大学と学生時代に合コン(合同コンパ)をするけれども、学生時代の遊びで終わらせるものであって、結婚するのは、大蔵官僚としては恥ずかしいことだという意味のことを述べていた。

 ふと思い出したが、「上(うえ)見て暮らすな、下(した)見て暮らせ」と、うちのばあちゃんはよく言っていたな。



2013年1月28日月曜日

東京都立高等学校の偏差値が上がれば上がるほど、主要5教科の教員のレベルも上がる理由

 東京都立高等学校の偏差値が上がれば上がるほど、主要5教科の教員のレベルも上がる。ということは、偏差値の低い都立高校に進学すると、レベルの低い教員に教わることになるし、更(さら)には、使用している教科書のレベルも下がるので、難関大学には進学できなくなる。偏差値が58を切ると早稲田大学の底辺学部も無理になる(スポーツ推薦などを除く)。

 偏差値の高い都立高校の教員のレベルが、それに応じて高いのは、都立高校の進学実績が上がるようにと、石原慎太郎・前都知事が画策した結果である。

 進学実績を上げろと命じただけでは、さほどの効果は期待できない。そこで、上位の高等学校の校長に強い権限を与えた。

 それ以前には、教員の移動は「垂直移動」であった。頗(すこぶ)る優秀な教員でも、底辺校で教鞭(きょうべん)を執(と)るということがあった。

 教員の移動は3年毎(ごと)だった。ある高等学校に3年間、勤務すると移動するという仕組みだったのである。

 ところが、平成12年以降、校長の権限が強化されてから、当該(とうがい)の校長が手放したくない人材であれば、申請書などを提出し、1年間の延長が認められるようになった。極(きわ)めて優秀な教員の場合、平成12年以降、一旦(いったん)、優秀な高校で勤務すれば、毎年、1年間の延長が繰り返されるようになった。

 一方、授業が下手で、学識(がくしき)も教養もない教員の場合、勤務してから1年後には、校長権限で他校へ移動させられる。

 ある都立高校の校長が、転任してきた教員を紹介するにあたって、「4年かけて私が口説(くど)き落として、○○高校から引き抜いてきました」と自慢することもあった。

 また、授業で極左思想(きょくさしそう)をばら撒(ま)く教員も排除(はいじょ)されているようだ。君が代反対(きみがよはんたい)・国旗掲揚反対(こっきけいようはんたい)という教員が都立高校では減っているように感じているからだ。極左思想の持ち主は信念を貫(つらぬ)いて底辺校に飛ばされるくらいのことをしなければならないと思うのだけど、信念が足りないのかもしれない。

 以上のことから、下位の都立高校には優秀な教員がいないことになる。

 これについては、経営学でいうところの「選択と集中」からすれば仕方がないことだろう。

 軍隊に優秀な人材が必要だったとき、陸軍士官学校にしても、海軍兵学校にしても、給料を支払いながら、前途有為(ぜんとうい)の人材の養成に励(はげ)んだということもあり、貧困層(ひんこんそう)でも受験できたから、入学試験に合格するのは、今の東京大学よりも遙(はる)かに難しかった。

 なお、最上位の数校で、10年、あるいはそれ以上、勤務しているとなれば、その間に校長も変わっても、手放したくないとされる人材であるということがわかる。

2010年12月18日土曜日

最近の当校の事例(城北中学校1年生)

 1学期期末試験の英語で32点をとり、夏休みから当校に入学し、当校のプリントを使ってNew Crownの教科書を淡々と訳し、空所補充プリントや語順整序プリントをこなした。

 現時点で、中学3年間の教科書のすべてのレッスンを終えている(中学3年生の教科書のLET'S READだけは未済)。

 多少いい加減であっても、中学3年生レベルをおさえていると、中学1年生や中学2年生で習うことは簡単になってしまう。

 2学期の定期試験で91点をとった。59点アップだ。

 もともと地頭がよい生徒が当校のプリントを使って学習すれば、このくらいの得点上昇は、別段、異常値ではないんだけれども、驚く人が少なくはない。

 当該の生徒は、32点から91点になったことで「よく頑張ったね」と母親に言われ、それほど頑張ったわけではないのに、そんなふうに言われ、なんだか親を騙(だま)しているような気になってしまったそうだ。

2010年6月6日日曜日

ラブラブ二人乗り

 夫婦喧嘩の多い家庭で育つと、子どもというものは、その潜在的な能力を発揮できずになり、素質に較べて勉強できなくなる。そんなことを話した。
「そうはいっても、仲がよすぎるのも考えものです」
 女子高校生が言った。
 結婚後15年以上経っているのに、これほどまでに仲がよいのは、信じられないと常々思っていて、とりわけ、外食する際、たとえば、近所の寿司屋なんかにでも行こうということになると、自分は自分の自転車に乗って店に向かうのだが、そのとき、両親が、自転車でラブラブ二人乗りをするので困るという。「いやだなあ」と思うそうだ。
 ほかの女子生徒に両親のラブラブ二人乗りについてどう思うか訊ねてみたところ、高校生の意見は、好ましくないというものであった。40歳を超えて、ラブラブ二人乗りはないでしょうという意見もあった。
 このあたりについては、仲がよすぎると、両親ではなく、男女に見えるということから、好ましからざるものと感じるのだろう。
 しかし、子どもの教育に関しては、両親の仲が悪いよりは、仲がよいほうがよい。
 「ラブラブ二人乗り」ということばはおもしろい。初めて耳にすることばなのに、なんとなく意味がわかったような気になる。けれども、何をして、どんなふるまいをすれば、ラブラブ二人乗りになるのか、想像できない。私には不思議な感じのすることばだ。
 私自身、自転車の二人乗りは経験がなく、オートバイならあるけれども、事故に遭ったり、転倒したりしたときに備えるので、どうしたって、「ガチンコ二人乗り」にならざるをえない。
 ほかに、このことばを使う人がいるのかと思って、Googleで、そのままの文字列の検索例しか出てこないように、引用符で括(くく)って、"ラブラブ二人乗り"で検索してみたところ、このことばを使っている人が少なからずいた。
 それにしても、ラブラブ二人乗りであったとしても、自転車の二人乗りは道路交通法で禁じられていて、2万円以下の罰金または科料なんだよな。

2010年1月2日土曜日

パン切り包丁

 パン切り包丁のある家庭は文化度が高いらしい。

 忙しいときには当校(運営している学習塾)に弁当をこしらえて持っていく時間的余裕がない。それで、夕食として、フランスパンを買って、生ハムやチーズを乗せて食べている。
 そうしたところ、パン切り包丁を珍しがった生徒が複数いた。パン切り包丁というものを知らない生徒がいたのである。

 まず、結論を述べよう。
 パン切り包丁のある家庭は、サンプル数は少ないのだけど、パン切り包丁のある家庭は、「7,000万円以上の自宅に住んでいる」か、「社長である」か、「個人事業主」のいずれかであった。
 今のところ、判明している範囲では、例外はない。もちろん、富裕層に属するけれども、大のお米好きで、あまりパン食をしない場合には、パン切り包丁がないこともあろう。
 判明した範囲内での当校の生徒の家庭で、パン切り包丁普及率は50%を切っているようだった。

 パン切り包丁のある家庭の母親たちに言わせると、こんなぐあいだった。

「パン切り包丁って、どこの家庭にでもあるものなんじゃないですか?」
「フランスパンじゃないと合わない食事があるのに、どうしているのかしら?」
「スーパーの食パンしか買わない家庭があるということでしょうか?」

 なお、私の場合、パン切り包丁は貰い物である。自炊をしており、なんでも自分で料理をし(天麩羅(てんぷら)を除く)、包丁だけで3本持っているのに、パン切り包丁がないのはおかしいではないかと女ともだちがくれたものだ。
 また、実家にはパン切り包丁がない。親戚(しんせき)でパン切り包丁のある家(うち)もない。実家の近所にもパン切り包丁のある家(うち)は、記憶しているかぎりでは皆無(かいむ)であった。需要がないからそうなのか、供給がないからそうなっているのかは不明だが、少なくとも私が高校を卒業するまでは、実家のある和歌山県のど田舎では、そもそも、フランスパンは売っていなかった。

 ともかく、パン切り包丁と民度には、そこそこの相関関係がありそうだ。もちろん、パン切り包丁がないからといって、民度が低いとはかぎらないだろうけど。

2009年9月27日日曜日

1,365円(税込):跳(と)び縄(なわ)

 9月24日の記事で、「一昨日」すなわち9月22日に跳び縄を購入し、生徒たちに縄跳(なわと)びをさせている旨(むね)の記事を書いた。
 生徒の体力などにもよるが、1時間に1回、1分間から3分間、縄跳びをさせたところ、睡眠が深くなったとか、朝、すっきりと目覚めるようになったとか、そうした報告があった。
 これまでにも、勉強ができるようになるためには体力が必要であり、たとえば、つぎのいずれかを行なうように指導してきた。

週3回、水泳をする。できれば、毎回、30分間、全力で泳ぎ続ける。
週3回、毎回、30分以上、ジョギングをする。

 すぐには実践できなだろうから、ハードルの低い設定から始めて、最終的に、上記のいずれかになるようになればよいと助言してきた。
 ところが、もともと勉強の得意でない者は、生活習慣が悪いか、食生活が悪いか、あるいは両方である場合が多く、食生活のほうは、保護者の協力によって改善できても、生活習慣の改善は難しかった。夜更(ふ)かしが改まらない者は、いつまで経っても、そのままであることが多かった。
 正直なところ、もっと早くから縄跳びを導入しておけばよかったと、いささかなりとも後悔の念を感じている。これほど効果があるとは思いもしなかった。
 もっとも、縄跳びをしなくても、水泳やジョギングをしていれば、問題はなかったのだが。

 今の悩みは、アスファルトの上で縄跳びをすると、膝(ひざ)に負担がかかるので、それをどう解決するかというものである。

 ところで、小学生たちにも、縄跳びをしてもらうことにした。

「この跳び縄は、日本製の跳び縄の中で(たぶん)最高級品で、値段は、なんと、1,365円もするのだ」
 そう、私が言ったところ、ひとりの小学生が感動していた。
「すごっ! 1,365円って、1年は365日と言っているような値段だ
 どうして、そういうおもしろいことに気がつくのだろうか?

2009年9月24日木曜日

跳(と)び縄(なわ)を買った。

 当校に、体力がなさすぎて勉強が続かない生徒がいる。2日に1回くらいのペースで20分以上ジョギングなどをするようにしたほうがよいと助言しても、やる気が起きないらしく、一向(いっこう)にジョギングをする気配がない。
 比較的手軽にできて、時間を要さないもので、運動になるものを考えた。縄跳(なわ)びrope jumping/rope skippingをするということになった。

そこで一昨日(おととい/いっさくじつ)、跳び縄(とびなわ)を買った。西武池袋線江古田駅北口近くにあるBlanc Roche(ブラン ローシュ)というスポーツ用品店で買った。blancは「白(white)」という意味の形容詞で、rocheは「岩(rock)」のことだ。とはいえ、フランス語では形容詞は名詞の後ろに置くのだけれど、それが逆になっている。また、une rocheは女性名詞なので、形容詞も女性形にしなければならず、この場合、blancheとして、la roche blancheとなる。laは定冠詞で、英語のtheに相当するもの。また、「岩」に相当する語にrocheの後ろに-rのついたun rocherもあり、これは男性名詞なので、le rocher blancとなる。店主は「白岩さん」で、白と岩の順番を同じにしたいことと、また、「ブラン ローシュ」という音が気に入ったということで、あえて文法を無視したそうだ。このあたりはいかにも日本らしい。
 自由が丘はお洒落(しゃれ)な街というイメージがあって、店の看板などにフランス語が多用されているけれど、綴(つづ)りをはじめ、いろいろと間違っていることが多い。英語にすら間違いが多い浅草よりはましかもしれないが。

 それはともかく、「縄跳(なわと)びrope jumping、ください」というと、ちゃんと跳び縄jumping ropeを出してくれた。
 日本語を正しく使わなくても、通じるというのがおもしろい。 

 体力不足の生徒と思えるを対象に、縄跳(なわとび)びをしてもらうことにした。

 生徒だけに強制的に縄跳びをさせるというのは、不満を抱かせる原因になりかねないので、生徒と一緒に自分も縄跳びをすることにした。
 これが、なかなか、たいへんだった。縄跳びを始めて1分後にはへろへろになる。縄跳びって、意外とたいへんなんだな。

 因(ちな)みに、購入した飛び縄は、ASICSのもので、品名が「INF公認クイックグラスプトビナワ」だ。1本、1,365円(税込)だ。2本、購入した。
 INFというのは、縄跳びに詳しいどこかの大学教授が主宰している個人的な団体らしいのだが、ウェブサイトもないようで、ちょっとあやしい。大した団体ではないらしいのだが、本格的に縄跳びに取り組む人がそんなにいないので、問題化することはなさそうだ。

 当初の予定では、体力不足の生徒に縄跳びをしてもらう予定であったが、体力のある生徒も自主的に縄跳びをしていた。
 夕日に向かって、身長185cmと181cmの大男が、塾の前で、ふたり並んで、夕日に向かって縄跳びをしている様子は、ちょっと、気持ち悪い。

2009年9月11日金曜日

ゴキブリは不完全変態

 例年に較(くら)べ、今年はゴキブリの発生数がむやみに多いそうだ。暖冬だったせいで、いつよりも冬を越すことができた卵が多く、その結果、ゴキブリが多いのだという。
 そんなことを言ってから、ゴキブリが完全変態する昆虫か、不完全変態する昆虫かを訊(たず)ねてみた。
 完全変態する昆虫とは、蛹(さなぎ)になる昆虫のことで、蝶(ちょう)、蜂(はち)、蝿(はえ)などがある。不完全変態の場合は、蛹(さなぎ)になることなく、若虫(じゃくちゅう/わかむし)が成虫へと変態するもので、蝉(せみ)、蟷螂(かまきり)、飛蝗(ばった)、蜻蛉(とんぼ)が挙げられる。
 当然のことながら、ゴキブリは不完全変態なのであるが、一般に、中学受験用の教材には載っていない。都会の子どもにとっての身近な昆虫は、むしろ、ゴキブリくらいなもので、あとは、蚊(か)、油蝉(あぶらぜみ)、蟻(あり)くらいなのだから、不完全変態を説明する際には、ゴキブリを例にするというものひとつの手だと思うのだけれど、女子生徒が騒ぎそうだから、やっぱり、やめたほうがよいかな。

   

2009年9月6日日曜日

髪の長い女と仕事と勉強

 もちろん、世の中には例外はなくはないが、髪の長い女性は、仕事をしないし、勉強もしない傾向があるようだ。
 髪が長いと、手入れに時間がかかる。おかっぱなどの髪型と較(くら)べて、シャンプーやリンス、コンディショナー、トリートメントなどを使用する場合にも、時間がかかる。それだけではない。ドライヤーを当てるにも余分に時間がかかる。
 1日につき、朝と夜に、髪の手入れにかかる時間が、シンプルな髪型と較べて、合計で20分以上かかるとすると、1年間では、20分×365日=7300分、すなわち、121時間40分を髪の手入れに費やしていることになる。3年間ならば、365時間だ。その分を、勉強・読書などに費やせば、どのくらいの差になるか、考えなくてもわかることだろう。
 これまでの経験から、ばりばり仕事をする女性は、髪が短く、おかっぱが少なくないという印象を抱いていたし、勉強に関しては、束ねるなどの工夫をしている場合は、肩より少し長くてもよいが、肩胛骨(けんこうこつ)を覆(おお)うくらいに長いと、勉強が得意でない場合が急激に増えるような気がしている。
 こうしたことは、企業の採用側でも、同じような印象を抱いているらしい。住友商事だったと記憶しているのだけど、記憶に自信がないので、四大総合商社のひとつと言い換えるけれど、その商社では、髪が肩よりも長い女性は、履歴書の写真の段階で、不採用としていたそうだ。
 髪が肩よりも長くても、多少の仕事はできるのだろうけど、総合商社が求めるレベルの仕事ができる者は皆無に等しいのだろう。
 なお、受付嬢などで髪の長い女性がいたとしても、それは、たとえば、25歳までに寿退社(ことぶきたいしゃ)[=結婚退社]させるという約束でコネ入社した人だから、騙(だま)されないように。

 こんな話もある。
 女性にたいへんもてる男性は、結婚を前提にしていない場合には、髪の長い女性を自分のマンションに入れないそうだ。髪の長い女性をマンションに入れると、どうしたって、髪が落ちる。掃除をしても、どこかに長い髪が残る。それを本命の彼女が見つけると、問題が生じる。
 もちろん、「その髪は、たぶん、弟の髪の毛だ。うちの弟は、ヘビメタバンドをやっていて、髪を腰まで伸ばしているんだ」という言い訳もできなくもないが、無理がある。
 一方、こうしたことに思いが及ばないレベルの男性は、なにも考えずに、髪の長い女性をマンションに入れる。そこからさらに深い関係になる可能性がある。
 以上のことから、髪の長すぎる女性は、仕事や勉強ができない(確率が高い)のみならず、男性運も悪くなる(確率も高くなる)のかもしれない。

               

自己紹介

自分の写真
和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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