高床式倉庫(たかゆかしきそうこ)は、日本にあっては、縄文時代には、すでに見られる。日本のように温暖湿潤(おんだんしつじゅん)な気候では、地面に接する倉庫は具合が悪い。湿度が高すぎるのである。また、古代の高床式倉庫には、いわゆる鼠返し(ねずみがえし)もあり、鼠に対する防御(ぼうぎょ)という点でも高床式にすべきであったのだろう。
ところで、高床式倉庫は、現在の日本でも、全国各地で造られている。
この高床式倉庫は「こうしょうしきそうこ」と読む。ロジスティックス(兵站学(へいたんがく))の用語である。
倉庫の床の高さをトラックなどの荷台の高さと同じにするのである。そうすることによって、荷物の積み下ろしを効率化させる。いちいち、荷物をトラックから降(お)ろさなくて済(す)むのだ。水平移動で済む。
とはいえ、新入社員がロジスティックスの部門に配属され、間違って「たかゆかしきそうこ」を読んでしまう事態(じたい)が頻繁(ひんぱん)に起こっているだろう。
トラックの荷台と高さが同調(どうちょう)していることから、床高同調型倉庫(しょうこうどうちょうがたそうこ)とでもしていれば、かっこよかったと思うんだけどね。
2013年10月1日火曜日
2009年10月6日火曜日
夫婦別姓になるということは、鎌倉時代に戻ることになると思うんだが。
民主党が夫婦別姓を実現しそうだ。
となると、夫婦の姓については、鎌倉時代に逆行することになるんじゃないかと思ったんだが、どうなんだろうか?
源頼朝(みなもとのよりとも)の奥さんは北条政子(ほうじょうまさこ)だ。当時の姓(せい)・氏(うじ)・苗字(みょうじ)の取り扱いが今とはちがっているようだから、一概(いちがい)にはいえないけれど、夫婦別姓であったといえなくもない。
夫婦別姓導入ということは、鎌倉時代に逆戻りということになるのではないか?
同時に、以前から夫婦別姓の中国風・韓国風になると考えると、脱亜入欧(だつあにゅうおう)ではなく、脱欧入亜(だつおうにゅうあ)になる。
夫婦別姓導入を唱える人は、たぶん、1960年代後半のアメリカ合衆国のウーマン=リブWomen's Liberation、ならびにフェミニズムFeminismなどに影響されているのだろう。
ところが、欧米で、こうした運動が起こったのは、日本の女性よりも、女性の立場が弱い国だからである。
たとえば、フランスでは1970年代になるまで、女性の名義で銀行口座が開設できなかった。フランス革命で「フランス人権宣言」(正式名称は「人間と市民の権利の宣言」)を採択した国とは思えないかもしれないが、これは、フランス人男性のみを対象にしたものであって、「人間」と「市民」には、決して有色人種や女子どもは含まれていない。
アメリカ合衆国は、家庭内暴力を揮(ふる)う男性が異常に多い。
スイスの地方議会には、女性の参政権のないところがある。
欧米基準で考えれば、女性の権利が充実している日本が、フェミニズムの真似をしても、意味がないように思う。もっと、日本の下層階級というか、下流社会というか、そうした階層では、欧米並みに女性を蹂躙(じゅうりん)する男性がいるようだけど。しかし、その問題は、夫婦別姓にしたところで解決するものではないだろう。
2009年9月25日金曜日
季節風と小児喘息(しょうにぜんそく)と悪性リンパ腫(しゅ)
義務教育で習ったことを憶(おぼ)えていない人は多い。むしろ、日本人全体で考えた場合、憶えていないのが普通である。
その一方で、憶えているけれども、その知識を日常生活に活用できない場合もある。
友人が横浜のある地域で1戸建てを買おうとしたことがあった。電鉄会社が宅地として売り出し、その結果、知名度が高くなっている地域だ。ところが、そのあたりは、小児喘息(しょうにぜんそく)が突出(とっしゅつ)して多い地域だった。
なぜか?
ちょっと考えればわかることだが、川崎市の南部にある埋立地の工場地帯から出る煤煙(ばいえん)などが、空気中を上昇し、夏の間は、南東の季節風によって北西へと流され、適度なところで地上に降下(こうか)する。その降下する場所が、横浜市のその地域なのである。
幼い子どもがいるのならば、そんなところに住むのはやめたほうがよいわけだ。
結局、友人はその地域での住宅購入をやめた。子どもの成長を考えれば、賢明(けんめい)な選択だろう。
同様のことが、福井県でもあるらしい。
原子力発電所の集中している場所から南東の位置に住む子どもたちの悪性リンパ腫(しゅ)の発生率が異常に高いそうだ。そうした記事をある週刊誌が掲載した。その週刊誌の発売日の2日前に、朝日新聞の夕刊に、「出版差し止め」の申請だか、仮処分だかが出された旨の記事が掲載されていた。
根も葉もない記事であれば、販売前に、出版差し止めという手段に出てくるとは思えないから、これは確度の高い記事だろうと、むしろ、その週刊誌を買って読んだ。
冬場に北西の季節風が吹き、その風下の地域では、通常よりも高い発生率で児童が悪性リンパ腫に罹患(りかん)しているそうだ。
以上の2点について、小学生で習う知識から、こうしたことが予見(よけん)できそうなものなのに、と思ってしまうのだけれど、人間というものは、ついつい見落としてしまうものなのかもしれない。
2009年9月21日月曜日
日本3大急流の憶え方:富士川・球磨川・最上川
日本3大急流の憶え方を当校の小学4年生が考案したので紹介しよう。3大急流とは、知名度の高い河川のうちで、とりわけ流れの速いものの代表的な河川3つのことで、富士川(ふじかわ)・球磨川(くまがわ)・最上川(もがみがわ)を指す。実際には、これら3つの河川よりも急流である常願寺川(じょうがんじがわ)があり、2,661mの標高から、わずか56kmで富山湾に注(そそ)ぎ込む。日本3大急流を寄せつけない急流っぷりだが、知名度が低いので、3大急流には入っていない。
富士川(ふじかわ):長野県・山梨県・静岡県に跨(またが)る。標高2,685mから128kmを駆け降り、駿河湾(するがわん)に注ぐ。上流では釜無川(かまなしがわ)と呼ばれる。「ふじかわ」と濁(にご)らないのが正式。
球磨川(くまがわ):熊本県を流れる。標高1,400mあたりから115kmをかけて八代海(やつしろかい、不知火海(しらぬいかい)とも呼ばれる)に流れ込む。球磨焼酎(くまじょうちゅう)や、西日本で3番目に大きい鍾乳洞(しょうにゅうどう)である球泉洞(きゅうせんどう)が有名。
最上川(もがみがわ):山形県を流れる。標高2,024mから229kmをかけて日本海に注ぐ。「五月雨(さみだれ)をあつめて早(はや)し最上川」と松尾芭蕉(まつおばしょう)が詠(よ)んだ。
富士山で熊もガミガミ怒ってる。
ふじさんでクマもガミガミおこってる。
どうです。なかなかよくできていると思わない? 映像を思い浮かべると、なかなかシュールでよろしい。さらには「富士山(ふじさん)」の「山(さん)」から「3大急流」の「3(さん)」をも想起(そうき)するしかけだ。意図(いと)したわけではないだろうけど。小学4年生の作としては秀逸(しゅういつ)といえるだろう。
あるレベルから上の中学受験をするのであれば、こんなものはいちいち憶えなくてもよくて、中学校・高等学校での勉強を踏(ふ)まえると、地理マニアでもなければ、知っておくべきなのは最上川と富士川だけでいいんじゃないかと思っている。最上川は松尾芭蕉が詠んでいるし、富士川は、日本史で「富士川の戦い」が登場する。まあ、一般常識としては、球磨川も含めた日本3大急流として知っておいたほうがよいのだろうが。
2009年9月16日水曜日
廃藩置県直後は3府302県だった。
47都道府県の名前を憶(おぼ)えなければならない小学生に、廃藩置県(はいはんちけん)の話をした。1871年(明治4年)7月にそれまでにあった藩を廃し、府県に統一して、中央集権化を図(はか)ったものだ。その結果、3府302県となった。305府県であった。しかし、同年すなわち明治4年11月には改置府県と呼ばれる府県の統廃合が行なわれ、3府72県になっている。
「よかったぁ。明治時代に生まれてなくて」
場合によっては、305府県を憶えなければならなかったと思ったらしく、47都道府県の時代でよかったと安堵(あんど)していた。
明治4年や5年あたりで、小学生に府県すべてを憶えさせるということはしていないと思うのだが……。
2009年9月15日火曜日
四国4県の位置の憶(おぼ)え方
明日、47都道府県の位置と都道府県名のテストが小学校であるという。生徒たちは四国が苦手なのだという。県名は憶えたが、位置がわからなくなるときがあるという。だいたい、つぎのような位置に4県がある。
愛媛(えひめ) 香川(かがわ)
高知(こうち) 徳島(とくしま)
50音順に並べると、愛媛(えひめ)→香川(かがわ)→高知(こうち)→徳島(とくしま)の順になる。
つまり、アルファベットの「Z」または数字の「2」の筆順の順に愛媛(えひめ)→香川(かがわ)→高知(こうち)→徳島(とくしま)が並ぶと考えればどうかと提案した。
なお、一般的な憶え方はつぎのとおり。
いちばん小さいのが香川県。
いちばん大きいのが高知県。
とんがっているのが愛媛県(佐多岬半島が突き出ている)。
影の薄いのが徳島県(笑)。
2009年8月23日日曜日
第2次世界大戦での日本人の戦死者の割合
第2次世界大戦で、日本人はどのくらい死んだのかと質問された。
民間人も含めた戦死者・行方不明者の合計は250万人くらいという史料がある(最近は310万人くらいというのが一般的らしい)。当時の日本人の人口、台湾や韓国の人を除いた「現在的基準の日本人」人口は、7200万人くらいという史料がある。大雑把にいって、30人にひとりが亡くなった計算になるから、30人クラスしかなければ、戦争が終わったら、どのクラスでも同級生が、もれなく1名が亡くなっているということになる。
そんなことを述べたところ、反応が2つにわかれた。
1)なんだ、その程度で降伏したのか。だらしない。
2)30人にひとりが亡くなったなんて、たいへんな戦争だったようだ。
1)については、17世紀の30年戦争では、ドイツの人口が3分の2くらいになったそうだから、それと較べれば、大したことはないといえなくもないが、このあたりは、人命の重さをどう考えるかによるだろう。
追記:日本が降伏したのは、原子爆弾を2発落とされた上に、日ソ不可侵条約を破棄して、ソビエト社会主義共和国連邦(要するに、露西亜)が侵攻してきたからである。
2009年7月5日日曜日
日本国憲法改正は、憲法の条文からすると、改正それ自体が憲法違反になってしまうが……
日本国憲法にはつぎの条項がある。第99条だ。
第99条【憲法尊重(そんちょう)・擁護(ようご)の義務】天皇又は摂政(せっしょう)及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護(ようご)する義務を負ふ。
ということは、国会議員が憲法改正の発議をすることは、それ自体が「憲法違反」になってしまう。
その前に、憲法改正そのものがきわめて難しい。憲法第96条を見てみよう。
第96条【改正の手続き、その公布】
① この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行(おこな)はれる投票において、その過半数の賛成を必要する。
② 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
衆議院と参議院で、それぞれ3分の2以上の賛成が必要というのは、不可能に近い。これでは、実質的に、憲法改正はできない。
その一方で、第99条で「天皇又は摂政(せっしょう)及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護(ようご)する義務を負ふ」」とあり、憲法改正自体が違憲になるようになっている。
改正自体が憲法違反である。
論理的に考えて、むちゃくちゃな憲法だよな。改正手続きを書いておきながら、改正すると憲法違反だと言っているのだから。
そんなことを考えていたのだけれど、こんな裏技があったのかと驚いた手法があった。
憲法の無効化というものである。
憲法改正は憲法に定められているから、憲法で定められた手続きによらなければ改正できない。ところが、国会で過半数を得られれば、日本国憲法の無効化ができるそうだ。
うーん、そんな手があるとは、考えもしなかったな。
と、こんなことを書いたけど、日本国憲法無効化を主張しているわけではないので、勘違いしないでほしい。
2009年7月4日土曜日
木曽川・信濃川・天竜川の源流
『地図のたのしみ』
を著(あらわ)した堀淳一が、新聞のインタビューかなにかで話していたのだが、河口と河口の距離はずいぶんとあるのだけれども、伊勢湾に流れ込む木曽川と、新潟市に河口があって、日本海に流れ込む信濃川の源流は、梅雨の季節だと、200mくらいしか離れていないそうだ。
ということは、木曽川の源流を見た1分後以内に信濃川の源流を見ることができるはずだ。
そんなわけでちょっくら調べてみた。
木曽川の最源流は鉢盛山にあり、この鉢盛山は長野県西部の松本地域と木曽地域の境界にある山である。ところが、鉢盛山について調べても、木曽川の源流があるという記述はあっても、信濃川の源流があるとはどこにも記載されていない。
中央アルプスの主峰、木曽駒ケ岳(きそこまがたけ)の北にある茶臼山北壁(塩尻市楢川地区)に源を発し、分水嶺(ぶんすいれい)が入り乱れる中、南下する東の天竜川、西の木曽川に挟まれた中を北上、沿線の観光名所中山道(なかせんどう)奈良井宿(ならいじゅく)、贄川宿(にえかわじゅく)を流れ、塩尻市、松本市を貫き、松本市大字島内で梓川に合流する。梓川は、ここから犀川(さいかわ)に名を変える。
3つの河川の源流がどの程度に離れているのかは判然としないが、短時間で木曽川と信濃川と天竜川の源流を見ることができるだろう。
そこで、ビデオカメラで、これら3つの河川の源流をつぎからつぎへと撮影する動画がYouTubeなんかにアップされれば面白いのにと思った。10分程度の時間で、木曽川と信濃川と天竜川の源流を訪れるヴィデオがあれば、感心したり、驚いたりしてしまうと思うんだけど。
ところが、地理学科出身の友人(地理能力検定試験1級、しかも試験準備・対策なしで)にこのアイデアを話したところ、「分水嶺(ぶんすいれい)の概念がわかっていれば、当たり前のことなので、なんとも思わない」と言われた。
分水界(ぶんすいかい、drainage divide)とは、異なる水系の境界線を指す地理用語である。山岳においては稜線(りょうせん)と分水界が一致していることが多く、分水嶺(ぶんすいれい)とも呼ばれる。
確かに、「分水嶺(ぶんすいれい)の概念がわかっていれば、当たり前のこと」ではあろう。さらには、彼の場合、地理学科出身だから、日本の地形がだいたいは頭に入っているので、それほど、おもしろいこととは思えないのだろう。
でも、こういう「あほな企画」を本当に実行する人がいれば、おもしろいと私は思っているんだけど。
2009年6月27日土曜日
木曽三川(きそさんせん)の憶え方
木曽三川とは、愛知県西部・岐阜県南部にまたがる濃尾平野を流れる3つの河川の総称である。
西から順に
揖斐川(いびがわ)
長良川(ながらがわ)
木曽川(きそがわ)
である。
濃尾平野で暮らしている人からすれば、べつにどうということもないが、東京の小学生にとっては、憶えづらい。東京の進学塾の中にはつぎのように憶えようと指導しているところがある。
揖斐川(いびがわ) イビり
長良川(ながらがわ) ながら
木曽川(きそがわ) クソをする。
男子小学生にはインパクトがあって、大いにウケるらしい。
ところが、これには重大な欠点があった。具体例を挙げよう。
木曽三川のうち、最も西側を流れている川の名前を答えなさい。
答え (×) いびり川
木曽三川のうち、最も東側を流れている川の名前を答えなさい。
答え (×) くそ川
「クソ」はいくらなんでも下品ということで、つぎのようにして教えている。
揖斐川(いびがわ) イビり
長良川(ながらがわ) ながら
木曽川(きそがわ) 基礎(きそ)練習。
インパクトがないので、憶えてもらえない。また、低学力の生徒の場合、「いびり川」という誤答は解消されない(だろう)。
2009年5月26日火曜日
無理のある社会体制はだいたい70年で崩壊する。
どういうわけか、無理のある社会体制は、70年くらいで崩壊する。例を挙げよう。
ソビエト社会主義共和国連邦
成立
1922年
崩壊
1991年
69年後に崩壊している。
明治維新から大東亜戦争(第2次世界大戦)敗戦に至るまでは、日本が望んだわけではなく、帝国主義の列強に挟まれ、知らず識(し)らずのうちに(?)、軍国主義となったといえなくもないが、無理のある社会体制だったといえる。
明治維新から大東亜戦争敗戦
明治維新
1868年
大東亜戦争敗戦
1945年
77年後だ。
鎌倉幕府そのものは無理のある社会体制ではなかったといえなくもない。しかし、御恩と奉公の秩序を維持するには、戦争で勝てば、新たに獲得した領地を家来に分け与えなければならないが、元寇(げんこう)によって、そのシステムが維持できなくなった。戦争に勝ったのに、領地を与えることができなくなった。元寇によって、無理のある社会体制になったといえなくもない。
元寇と鎌倉幕府崩壊
第1回元寇(文永の役)
1274年
鎌倉幕府崩壊
1333年
59年後だ。
ルイ15世即位とフランス革命
ルイ15世即位
1715年
フランス革命
1789年
74年後だ。
ルイ14世のときから、国民に重税を課していたではないかという反論がありそうだけど。
こういうちょっとした知識を使うだけでも、わからない問題の正解が推測できる。とくに選択肢のある問題なら。
受験のテクニックという場合、そのテクニックを使えば、100%正解できるものでないといけないと思っている人がいるけれども、このテクニックを使えば、100%正解できるものなど、その辺に転がっているものではない。むしろ、100%正解できるとなると、それは、受験テクニックというものではなく、「当たり前の手法」となってしまう。本当の受験テクニックとなると、その手法を使えば、未知の問題の3分の1が正解できるようになるようなものでしかなかったりする。「3分の1」だとがっかりするかもしれないが、それが積み重なれば、大きな違いとなる。
「無理のある社会体制は70年くらいで崩壊する」のように、まったくわからない問題が5問あれば、そのうちの3問が正解できるくらいのものを大量に仕入れ、わからなくても正解できる問題を可能なかぎり増やすのが、選択肢のある問題の対処方法である。
憶えたことを正解できるというのは、小学生でもできることであって、中学受験・高校受験・大学受験では、こうしたことができるようにしなければ、損をする。
これを「邪道」だと思う人は、これまでの試験、高校受験・大学受験のみならず、資格試験や就職での採用試験で、損ばかりしているということになる。
真面目すぎるのも、なんだかなあ。
2009年4月29日水曜日
ソニーの凋落、ホンダの……
ソニーと本田技研工業は、戦後にできた企業のうちで世界に躍進した企業として、以前(1970年代)には、きわめて評価が高かった。
ところが、今の若い人たちにとっては、ソニーというのは、大した企業というイメージではないどころか、ろくでもない会社という感じらしい。
ホンダはというと、若者にとってのイメージはともかく、オートバイが好調だというせいもあるが、この金融恐慌下でも黒字を維持していることから、依然として立派な企業として活躍しているように思われる。
理由・原因というものは、いろいろと考えられるが、コネ入社という観点に絞って考察したい。
ホンダは、創業者の本田宗一郎の意向で、コネ入社を禁止した。当人自身が高等小学校卒業のたたき上げ職人だったということもあるのだろう。また、息子の博俊が「おやじのころは、開発するべき課題がたくさんあったけど、今は、そういうものがないから」という意味のことを言い、課題を見つけることができないおまえのような奴には会社は継がせんと憤(いきどお)り、息子の博俊に会社を継がせることはないばかりか、課長職以上の役職に就いた者の子弟の入社を禁止した。その結果、本田技研工業の社員には、課長以上の役職に就いた者の子弟はいない(ことになっている)。
本当に実力があれば、役員の子弟であっても入社させるべきだという考えはあるかもしれないが、ひとつでも認めると、なし崩し的に無能な者も入社するようになってしまうから、やはり、認められないらしい。それに、実力のある者なら、逆に親父と同じ会社に入りたいとは、普通、思わないだろうし、自力で、ロータスなり、アストン=マーティンなり、マゼラッティなり、ポルシェなり、BMWなりに入社すればよいだけのことである(ここを読んで、「ホンダ以外で、自分の好きな自動車屋を並べたんじゃないのか?」と失礼なことを思った人に言っておきたい。そのとおりだ)。
一方、ソニーは、創業者のひとりである盛田昭夫が「学歴無用論」を唱えた。製造業に関しては、管理職候補でなければ、学歴はそれほど重視されないのにかかわらず、製造業であるソニーがわざわざ学歴無用論を唱えるのは、なんかおかしいと思わないかな。自分の教え子には、駿台全国模試の偏差値で42の大学から本田技研工業に研究開発で入社した者がいるが、ホンダはわざわざ学歴無用などとは言っていない。学歴無用と言った時点で、ソニーは、なにかあやしいのだ。
そこで考えたのが、コネ入社である。コネ入社を認め、聞いたこともないような大学出身者で、かつ能力の低い人物を入社させていると、「馬鹿の〇〇を採用したソニーは、コネ入社を堂々とやっているらしい」となる。それを防ぐには、「うちは学歴無用ですから」と公言する必要がある。そう考えるのが妥当じゃないかな。
ソニーの学歴不問を唱える前の1990年の採用実績を見てみよう。
旧帝国大学(東京大学・京都大学・東北大学・名古屋大学・九州大学・大阪大学・北海道大学)・一橋大学・東京工業大学・早稲田大学・慶應義塾大学(これをまとめて旧帝一工早慶という)の合計が95名であったが、それ以外の大学出身者の採用は86名であった。学歴不問を唱える前から、ある意味、学歴不問であったわけだ。
しかし、コネ不問であったかどうかはわからない。
コネなしの学歴不問であったなら、口コミ情報として大学生に、ソニーはコネなしで、うちの大学からでも採用されているということが伝わり、その大学からの応募者が殺到するから、学歴不問を打ち出す必要はない。にもかかわらず、学歴不問を打ち出しているのだから、コネ入社によって、なんだかわからない大学出身者をコネによって入社させているのをごまかすためであるとしか思えない。ソニーの場合、テレビ局に放送機器などを販売することもあって、テレビ局の役員から頼まれれば、コネ入社を断りにくい。そのテレビ局に対する売り上げを維持するためには、コネ入社を認めるほうがよいと考える人もいるのは事実だ。
2001年から2005年の採用実績を見てみよう。
旧帝一工早慶は860名で、それ以外は113名であった。
あれ、学歴不問だったんじゃないのかな。
で、売り上げを容易に維持するためにコネ入社を認めていたら、無能社員が多くなって、経営が思わしくなくなったので、軌道修正をし、その結果、逆に、むしろ、有名大学出身者だらけになってしまっているように思える。製造業でこの構成は、過剰な学歴偏重とさえいえる。
戦後に設立され、世界的な企業になった両社の現状がここまでちがうのは、コネ入社のせいだと考えたくなるのも無理はないと思わないかな。
両社の明暗がわかれるのはロボットの開発技術だ。
HY戦争が理由で、本田技研工業はロボット開発に本格的に着手したとされる。HY戦争とは、販売好調だったヤマハ発動機が業界第1位を狙うべく、本田技研工業に戦争をしかけたことで勃発した販売競争である。無理な値引き合戦となった。最終的にはホンダの勝利に終わったが、後味の悪いものだった。そこで、技術力に劣る企業に戦争をふっかけられたのは、「とりあえず走るオートバイ」というものは、それほどの技術が要らないからであるから、今後は他社が真似のできないものも造らなくてはならないと考えて、HY戦争以後、ロボットや小型ジェット機などの開発を始めたそうだ。その成果が、1996年に発表されたASIMOだ。この名前を聞いたとき、SF作家のアイザック=アシモフIsaac Asimovから採ったものだと思ったが、公式には、Advanced Step in Inovative MObiliy(無理に直訳すると「革新的機動性における先進的な歩行」)の略ということになっているけど、やっぱり、本当は、作家のAsimovと、それに加えて、「足」から採ったんだろうな。
バイク屋・自動車屋が2足歩行ロボットを発表したので、電子機器メーカーは面目丸潰(めんもくまるつぶ)れだ。
そう思っていたら、2000年11月に2足歩行ロボットSDR-3Xをソニーが発表した。それ以前にも犬のロボットAIBOは一応あったけど。ホンダがASIMOを発表してから4年後に2足歩行ロボットを発表したということから、ソニーも密(ひそ)かに研究開発をしていたのかと思ったが、真相はちがっていた。ホンダがASIMOを発表するまでは、2足歩行ロボットの研究開発の最先端は早稲田大学理工学部だとされていたんだけど、ホンダのASIMOはそれをはるかに上回る人間型自律2足歩行ロボットだった。とはいえ、その時点で、早稲田大学理工学部の研究室のレベルは世界で2番目の研究開発であることにはまちがいはない。
自動車屋に2足歩行ロボットを発表されたソニーとしては、イメージ悪化を避けたい。そこで、早稲田の当該(とうがい)の研究室出身の社員をその研究室に出向かせ、莫大(ばくだい)な研究資金提供という形でロボット技術を買い取った(内部情報)。自前では2足歩行ロボットは開発できていなかったのである。ところが、経営悪化で、2006年に新規開発・生産を中止した。
やる気、ねえな、こいつら。
そういえば、ソニー製品で買いたいものは何もないなあ。以前、ちょっとだけ購入を考えたことがあるのは、ICF-SW07(希望小売価格62,790円、実勢価格50,000円くらい)というラジオくらいだけど、ラジオなんてものは、大きさを気にしなければ、いい部品を組み合わせて、アンテナさえよければ大丈夫だし、いっそのこと、配線に金や銀を使えば、すごいものが自作できそうなので、ICF-SW07の購入はやめにした。
それはともかく、ソニーはテープレコーダー・カセットテープレコーダー・トランジスタラジオ・ウォークマンを自前で開発していた頃に戻れよな。
関係ないけど、英語で、WALKMAN(ウォークマン)の複数形は、WALKMENじゃなくて、WALKMANSだよ。納得いかないんだけど。
ICF-SW11は私が持っている唯一のソニー製品。ジーンズのポケットに入る点を指摘して「腐ってもソニーだな」と言ったら、うちの生徒たちが笑っていた。
ミニカーはホンダ=ビート。同じ色のものを持っている。
2009年4月27日月曜日
国道、都道、府道、県道、道道
国道とは、国が造り、管理している道路のことである。
都道とは、東京都が造り、管理している道路のことである。
府道とは、大阪府あるいは京都府が造り、管理している道路である。
県道とは、各県が造り、管理している道路である。
北海道が造り、管理している道路は、理屈からして「道道(どうどう)」となるはずである。そんなことはどうでもいいと思うのだけど、小学生には、きわめて気になる問題であるようだ。
それで、北海道札幌市出身の友人に訊ねてみた。
なにも考えずに、ふつうに「道道(どうどう)」って言ってたよ。
ああ、そうなんだとしか思わないのだが、一部の小学生、とりわけ男子小学生の中には、こんなことで興奮するのがいる。
どうしてそんなに興奮するのか理解できないでいる。
2009年2月5日木曜日
高校受験の社会科対策として直前にチェックすること
これは、受験対策の基本中の基本である。国立大学附属高校あたりの対策である。
2009年度入試の場合、2007年9月から2008年9月くらいの間に起きた事件・出来事から、立ち入った出題がありそうな部分を検討し、対策プリントなどを作成する。
ここでは、この1年に関して、いくつかの事例のみを挙げる。
まず、歴史的分野に関しては、田母神論文問題が挙げられる。田母神俊雄第29代航空幕僚長が「日本は侵略国家であったか」という論文が取り沙汰された。従来の学説とは異なる見解を披露しているが、田母神とは思想的立場を異にする社会科教員は、従来の定説とは違う部分を中心に日中戦争から第2世界大戦敗戦の部分から出題してくるであろう。まあ、高校の社会科教員は、比較的、左翼思想の持ち……、あ、いや、進歩的知識人なので、出題という形式で田母神論文への批判を行なう場合があると想定できる。過去問分析から、もともと、左寄りの立場の教員がいると判断できる高校を受験する場合には、絶対に手を抜いてはいけない。
つぎに、四川大地震があり、北京五輪が開催されたので、中華人民共和国に関して、注意を払う必要がある。チベット自治区ラサでの暴動があったが、これに関連することはちょっと出題しづらいかな。
金融危機が起こっているので、世界恐慌にも注意。世界恐慌そのものはいつでもよく出題されているが。
バラク=オバマがアメリカ合衆国大統領に当選し、2009年1月の就任式にはエイブラハム=リンカーン大統領が用いた聖書を使って宣誓したが、この点から、リンカーンが関わった南北戦争に絡んだ出題が想定できると考える向きがあるかもしれない。たとえば、日本と貿易を開始するために日米修好通商条約を強引に締結させたのに、日本の開国後の輸出入を見ると最大の取引先が大英帝国なのはどうしてかという出題がある。正解は、南北戦争が始まったので、日本との貿易どころではなかったからというものである。ところが、すでに述べているように、中心となるのは、2007年9月から2008年9月くらいの間に起きた事件・出来事であり、かなりの教員は夏休みくらいに問題作成のほとんどを終えていることが多いので、この手の問題の出題率がとくに上昇することはないだろう。
ほかにもいろいろとあるが、残りは自力で対策しよう。って、もう試験が終わっているところもあるな。
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自己紹介
- 掃除機庵主人
- 和歌山県, Japan
- 早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。
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本田技研工業株式会社の創設者である本田宗一郎(ほんだそういちろう)は、新宿区西落合に邸宅(ていたく)を構(かま)えた。 あるとき、哲学堂公園に行くときに、本田宗一郎の邸宅も見ようと思った。 今は、息子である本田博俊(ほんだひろとし)のものである。 邸宅には少なくとも3...
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カワサキKSR110を手に入れた。 ひとり乗り専用車だ。後ろに女は乗せられない。「男カワサキ」だからな。 レース仕様のキャブレターのせいで、雨の日には乗れない。「男カワサキ」だから。 ちんたら走ると調子が悪くなる。「男カワサキ」だから。 東京23区内だと1速と2速で間に合...
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5年くらい前までは、早稲田大学政治経済学部にしろ、法学部にしろ、慶應義塾大学文学部にしろ、あからさまに、イギリス英語の長文を出題していた。 政治経済学部では、3つの大問の長文が、ベタベタのイギリス英語で書かれたものだったりした。慶應義塾大学文学部の英語の長文も、イギリス英語の...
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宇宙戦艦ヤマト2199の「銀河航路」(宇宙船乗りの歌)の歌詞。 作詞:出渕裕(いづぶちゆたか) 作曲・編曲:宮川彬良(みやがわあきら) 1. 銀河 水平 波間を越えて 目指す恒星(こうせい) ケンタウリCentauri 星の瞬(またた)き 遙かに超えて 宇宙に...
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ヱスビー食品の「 S&B Spicy Curry Powder(特製ヱスビーカレー)」の名称は、Crosse & Blackwell(クロス=アンド=ブラックウェル)社の「 C&B PURE CURRY POWDER」のパクリだと指摘してから、画像検索...
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「%パーセント)」の筆順(書き順)について訊ねられた。小学生は思いもよらないことを質問してくる。 一般的には、「%」の左上の「0」を数字のゼロを書くのと同じように、頂点から反時計回りに描き、「/」を右上から左下へと描いてから、右下の「0」を、これまた数字のゼロを書くのと同じよう...
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共通一次試験(正式名称:大学共通第1次学力試験)が導入されたきっかけは横浜国立大学での内ゲバ(うちげば)殺人だった。内ゲバは、「内部(ないぶ)ゲバルトGewalt」の略称で、ゲバルトはドイツ語で「暴力」の意味である。 1971年に、革マル派活動家が横浜国立大学内で中核派に...
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専業主婦でも知らない人が少なくないので、お肉を柔らかく焼く方法について認(したた)めよう。 まず、フライパンを熱して、油を引く。 お肉を投入してよいくらいになったら、そこで一旦(いったん)、火を止めて、充分に冷えるまでフライパンを置いておく。 冷えた状態のフラ...
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大学2年生のときに、大隈講堂の前で12時間連続呑(の)み会をやったことがある。前期試験が終わった7月のことだ。 基本的には第一文学部哲学科哲学専修のメンバーで催したが、哲学専修の学生以外にも、他学部の知り合いが一部、参加していた。哲学科哲学専修の8割の学生は不参加を決め込んだ...
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和歌山県庁が配信しているらしい和歌山紹介の動画の再生数が少なすぎて笑った。 配信してから5年以上経(た)っているのに、フランス語版と英語版は、100回の再生にすらなっていない。 ほかの言語だと、もう少し再生数があるのだけれども、それでも、1000回の再生には届いていない。...
