2009年4月29日水曜日

ソニーの凋落、ホンダの……

 ソニーと本田技研工業は、戦後にできた企業のうちで世界に躍進した企業として、以前(1970年代)には、きわめて評価が高かった。
 ところが、今の若い人たちにとっては、ソニーというのは、大した企業というイメージではないどころか、ろくでもない会社という感じらしい。
 ホンダはというと、若者にとってのイメージはともかく、オートバイが好調だというせいもあるが、この金融恐慌下でも黒字を維持していることから、依然として立派な企業として活躍しているように思われる。

 理由・原因というものは、いろいろと考えられるが、コネ入社という観点に絞って考察したい。

 ホンダは、創業者の本田宗一郎の意向で、コネ入社を禁止した。当人自身が高等小学校卒業のたたき上げ職人だったということもあるのだろう。また、息子の博俊が「おやじのころは、開発するべき課題がたくさんあったけど、今は、そういうものがないから」という意味のことを言い、課題を見つけることができないおまえのような奴には会社は継がせんと憤(いきどお)り、息子の博俊に会社を継がせることはないばかりか、課長職以上の役職に就いた者の子弟の入社を禁止した。その結果、本田技研工業の社員には、課長以上の役職に就いた者の子弟はいない(ことになっている)。
 本当に実力があれば、役員の子弟であっても入社させるべきだという考えはあるかもしれないが、ひとつでも認めると、なし崩し的に無能な者も入社するようになってしまうから、やはり、認められないらしい。それに、実力のある者なら、逆に親父と同じ会社に入りたいとは、普通、思わないだろうし、自力で、ロータスなり、アストン=マーティンなり、マゼラッティなり、ポルシェなり、BMWなりに入社すればよいだけのことである(ここを読んで、「ホンダ以外で、自分の好きな自動車屋を並べたんじゃないのか?」と失礼なことを思った人に言っておきたい。そのとおりだ)。

 一方、ソニーは、創業者のひとりである盛田昭夫が「学歴無用論」を唱えた。製造業に関しては、管理職候補でなければ、学歴はそれほど重視されないのにかかわらず、製造業であるソニーがわざわざ学歴無用論を唱えるのは、なんかおかしいと思わないかな。自分の教え子には、駿台全国模試の偏差値で42の大学から本田技研工業に研究開発で入社した者がいるが、ホンダはわざわざ学歴無用などとは言っていない。学歴無用と言った時点で、ソニーは、なにかあやしいのだ。
 そこで考えたのが、コネ入社である。コネ入社を認め、聞いたこともないような大学出身者で、かつ能力の低い人物を入社させていると、「馬鹿の〇〇を採用したソニーは、コネ入社を堂々とやっているらしい」となる。それを防ぐには、「うちは学歴無用ですから」と公言する必要がある。そう考えるのが妥当じゃないかな。
 ソニーの学歴不問を唱える前の1990年の採用実績を見てみよう。
 旧帝国大学(東京大学・京都大学・東北大学・名古屋大学・九州大学・大阪大学・北海道大学)・一橋大学・東京工業大学・早稲田大学・慶應義塾大学(これをまとめて旧帝一工早慶という)の合計が95名であったが、それ以外の大学出身者の採用は86名であった。学歴不問を唱える前から、ある意味、学歴不問であったわけだ。
 しかし、コネ不問であったかどうかはわからない。
 コネなしの学歴不問であったなら、口コミ情報として大学生に、ソニーはコネなしで、うちの大学からでも採用されているということが伝わり、その大学からの応募者が殺到するから、学歴不問を打ち出す必要はない。にもかかわらず、学歴不問を打ち出しているのだから、コネ入社によって、なんだかわからない大学出身者をコネによって入社させているのをごまかすためであるとしか思えない。ソニーの場合、テレビ局に放送機器などを販売することもあって、テレビ局の役員から頼まれれば、コネ入社を断りにくい。そのテレビ局に対する売り上げを維持するためには、コネ入社を認めるほうがよいと考える人もいるのは事実だ。
 2001年から2005年の採用実績を見てみよう。
 旧帝一工早慶は860名で、それ以外は113名であった。
 あれ、学歴不問だったんじゃないのかな。
 で、売り上げを容易に維持するためにコネ入社を認めていたら、無能社員が多くなって、経営が思わしくなくなったので、軌道修正をし、その結果、逆に、むしろ、有名大学出身者だらけになってしまっているように思える。製造業でこの構成は、過剰な学歴偏重とさえいえる。

 戦後に設立され、世界的な企業になった両社の現状がここまでちがうのは、コネ入社のせいだと考えたくなるのも無理はないと思わないかな。

 両社の明暗がわかれるのはロボットの開発技術だ。
 HY戦争が理由で、本田技研工業はロボット開発に本格的に着手したとされる。HY戦争とは、販売好調だったヤマハ発動機が業界第1位を狙うべく、本田技研工業に戦争をしかけたことで勃発した販売競争である。無理な値引き合戦となった。最終的にはホンダの勝利に終わったが、後味の悪いものだった。そこで、技術力に劣る企業に戦争をふっかけられたのは、「とりあえず走るオートバイ」というものは、それほどの技術が要らないからであるから、今後は他社が真似のできないものも造らなくてはならないと考えて、HY戦争以後、ロボットや小型ジェット機などの開発を始めたそうだ。その成果が、1996年に発表されたASIMOだ。この名前を聞いたとき、SF作家のアイザック=アシモフIsaac Asimovから採ったものだと思ったが、公式には、Advanced Step in Inovative MObiliy(無理に直訳すると「革新的機動性における先進的な歩行」)の略ということになっているけど、やっぱり、本当は、作家のAsimovと、それに加えて、「足」から採ったんだろうな。
 バイク屋・自動車屋が2足歩行ロボットを発表したので、電子機器メーカーは面目丸潰(めんもくまるつぶ)れだ。
 そう思っていたら、2000年11月に2足歩行ロボットSDR-3Xをソニーが発表した。それ以前にも犬のロボットAIBOは一応あったけど。ホンダがASIMOを発表してから4年後に2足歩行ロボットを発表したということから、ソニーも密(ひそ)かに研究開発をしていたのかと思ったが、真相はちがっていた。ホンダがASIMOを発表するまでは、2足歩行ロボットの研究開発の最先端は早稲田大学理工学部だとされていたんだけど、ホンダのASIMOはそれをはるかに上回る人間型自律2足歩行ロボットだった。とはいえ、その時点で、早稲田大学理工学部の研究室のレベルは世界で2番目の研究開発であることにはまちがいはない。
 自動車屋に2足歩行ロボットを発表されたソニーとしては、イメージ悪化を避けたい。そこで、早稲田の当該(とうがい)の研究室出身の社員をその研究室に出向かせ、莫大(ばくだい)な研究資金提供という形でロボット技術を買い取った(内部情報)。自前では2足歩行ロボットは開発できていなかったのである。ところが、経営悪化で、2006年に新規開発・生産を中止した。
 やる気、ねえな、こいつら。
 そういえば、ソニー製品で買いたいものは何もないなあ。以前、ちょっとだけ購入を考えたことがあるのは、ICF-SW07(希望小売価格62,790円、実勢価格50,000円くらい)というラジオくらいだけど、ラジオなんてものは、大きさを気にしなければ、いい部品を組み合わせて、アンテナさえよければ大丈夫だし、いっそのこと、配線に金や銀を使えば、すごいものが自作できそうなので、ICF-SW07の購入はやめにした。
 それはともかく、ソニーはテープレコーダー・カセットテープレコーダー・トランジスタラジオ・ウォークマンを自前で開発していた頃に戻れよな。

 関係ないけど、英語で、WALKMAN(ウォークマン)の複数形は、WALKMENじゃなくて、WALKMANSだよ。納得いかないんだけど。

 

 ICF-SW11は私が持っている唯一のソニー製品。ジーンズのポケットに入る点を指摘して「腐ってもソニーだな」と言ったら、うちの生徒たちが笑っていた。
 ミニカーはホンダ=ビート。同じ色のものを持っている。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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