2014年3月16日日曜日

学生服の第2ボタンを欲しいという人がいないかと大学の卒業式の日にキャンパスに行ったが、だれからも求めれなかった。

大学生のときに、夏にはリーバイスのジーンズに、ヘインズの白いTシャツ、それにドクター=マーティンの靴だけでいた。リーバイスのジーンズは数本、ヘインズの白いTシャツは10枚くらいあった。ドクター=マーティンの靴も、8穴のブーツから、普通の靴まであった。

それ以外では、学生服でいた。

服を毎日替(か)えるのが面倒だったからだ。ズボンは、大学生活協同組合(生協)で売っていた黒いズボンにした。脚が太いので、一般学生用のものではなく、体育会用の太いズボンを買った。

夏以外では、学生服でいた。一般的に、学生服でいるのは、体育会の運動部の連中と、応援団、ならびに、早稲田精神高揚会(わせだせいしんこうようかい)という変なサークルの連中だけである。

好(す)き好(この)んで学生服を着ているから、詰襟(つめえり)もきちんと留(と)める。いわゆる変形学生服(袖(そで)のボタンが3個以上あるとか、定形(ていけい)よりも長い、あるいは短いなど)は身につけていない。

私は高校生のときの学生服を実家から送ってもらって、ボタンだけを大学のものに変えた。学生服はいわゆる「中ラン」というやつで、普通の学生服よりも裾(すそ)までがちょっとだけ長い。ズボンは体育会用のものだったので、幅が広い。だから、ちょいとばかり変な恰好(かっこう)だった。

しかし、女子校出身者や、制服のない都立高等学校出身には、それがいくぶん妙な学生服だというのはわからなかったようである。

ときおり、近所にある早稲田高等学校(早稲田大学の附属でも系属(けいぞく)でもない)や、当時は早稲田鶴巻町にあった早稲田実業高等学校の生徒が文学部の学生食堂に食事に来た。男子校だから、綺麗な(?)おねえさんのいるところでご飯(はん)をたべようというのであるらしかった。彼らのほとんどは詰襟(つめえり)を留(と)めていないので、簡単にわかった。

卒業式の日に、制服の第2ボタンを求める女子学生がいるのではないかと、学生服でキャンパスをうろうろしていた。式典(しきてん)というものは好きではないので、卒業の式典そのものには出席しなかった。なお、入学式も出席していない。

ところが、キャンパスで出逢(であ)っても、だれからも制服の第2ボタンを求められなかった。

そうしたところ、知り合いの大学院生のおねえさん2人に逢(あ)った。

そこで、学生服のボタンを外(はず)した。

当時は、ボタンを糸でくくりつけるものではなくなっていて、すでに、プラスチックの部品で、裏からカチリと嵌(は)めるだけで済(す)むようになっていたから、学生服のボタンを簡単に外(はず)せるようになっていた。

5つのボタンを混(ま)ぜて、「5分の1の確率で『第2ボタン』が当たります」とやった。

ちょっとばかり嬉(うれ)しそうだった。

先日、そのうちのひとりが、ウェブで検索して、私を調べ、メッセージを送ってきた。「あのときのボタンは今でも大切に持っています」と。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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