2013年3月10日日曜日

虐殺しない文化としての「村八分」

「村八分」とは、葬式(そうしき)の手伝いと火災時の消火活動という2点以外には、まったく関わらないということである。

 子どものときに「村八分」について小学校の授業で解説を耳にしたときに、なんとひどいことをするんだろうと思ったものだが、世界の実情を知るにつれて、「村八分」は、思(おも)いの外(ほか)、やさしい制裁(せいさい)だと感じるようになった。

 やさしい制裁だとしても、勿論(もちろん)、するべきではない。

 世界全体を見渡すと、同じような状況では、虐殺(ぎゃくさつ)する例が異様(いよう)なまでに多い。ここでの「異様なまでに」というのは、たぶん、日本人だけの感覚であろう。

 世界では、簡単に虐殺する。虐殺が普通らしい。その国から逃げ出すために、難民が発生する。

 日本から難民が発生したことはないようだ。日本の場合、ボート=ピープルとなり、難民となっても、近隣諸国(きんりんしょこく)には、日本よりも差別が酷(ひど)い国しかないから、難民になる利点(りてん)がまったくないということもあろう。

 また、日本には非差別部落の問題があるけれども、強烈な虐殺国家では、こうした問題は生じない。全員が虐殺されているから、存在できないのである。

 ところで、この「村八分」という伝統は、現代の日本にも受け継がれているようである。うちの生徒から耳にした話では、「メール八分」とでもいうようなことがあるという。同じ学級のボス的存在の人物が、自分の気に喰(く)わない人物からのメールには一切、返信するなと命じ、全員がそれに従うという。

 殴(なぐ)ったり、蹴飛(けと)ばしたりはしないけれど、日本的陰湿(いんしつ)な苛(いじ)めだ。

 そんなことはしないで、もっとみんなが楽しくなるようにできないものかな。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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