2013年3月18日月曜日

『おおかみこどもの雨と雪』の冒頭における大学での講義の内容から見える細田守の決意

「花」がおおかみおとこと出逢うのは、大学の授業である。初夏のある日、「花」はおおかみおとこを知る。

 おおかみおとこは、モグリの学生として、講義(こうぎ)に出席して、熱心にノートをとっていた。

 そのときの講師のことばはつぎのものであった。

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 ソクラテスはこのように言っています。テキストから引用しましょう。「世間で賢者(けんじゃ)の誉(ほま)れの高い人物は、確かに自分の得意な分野や雑学などもよく心得(こころえ)ている。しかし、真・善・美(しん・ぜん・び)やアレテーについては、なにも知らない」
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 アレテーΑΡΕΤΗとは一般に「徳(とく)」と訳されるものである。

 さて、この台詞(せりふ)に大した意味がないとすれば、DVDの日本語字幕で、この講師のことばを表記しないだろう。しかし、きちんと日本語字幕で表記している。

 とすれば、なんらかの意図で以(もっ)て、挿入(そうにゅう)したはずである。

 因(ちな)みに、講師のことばの部分は、デルフォイ(古代希臘(ギリシア)語ではデルポイ、現代希臘(ギリシア)語ではデルフィ)の神託で「ソクラテスに勝(まさ)る賢者(けんじゃ)なし」というお告(つ)げが出されたので、それを確かめるためにソクラテスが賢者(けんじゃ)といわれる人々と対話をして得た結論を述べた件(くだり)である。所謂(いわゆる)「無知の知」である。つまり、彼らは大切なことを知らないということを知らないが、自分は大切なことを知らないということを知っているというものだ。

 細田守は、自分は大切なことを知らないということを知っているが、その大切なことをこれから描くつもりだと宣言しているように感じた。

 尚(なお)、「花」がおおかみおとこと出逢った講義のそのつぎの講義での講師のことばはつぎのもの。

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 この裁判の告訴人(こくそにん)となったのは、詩人のメレトス、政治権力を持っていたアニュトス、ソフィストのリュコンの3人です。代表はメレトスですが、アニュトスが裏で画策(かくさく)していたのだとされています。
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 ソフィストsophistは「智慧(ちえ)のある者」という意味だが、悪い意味である。希臘語(ギリシアご)の原語に近い読みは「ソピステース」ΣΟΦΙΣΤΗΣである。

 この部分は、『ソクラテスの弁明』にある件(くだり)で、ソクラテスが裁判にかけられて、死刑判決を受ける。『クリトン』によると、脱走(だっそう)するように説得されるが、ソクラテスは「悪法もまた法なり」と毒人参の杯(さかづき)を呷(あお)って死ぬ。このとき、ソクラテスは70歳くらいで、当時の平均寿命からすると、今の日本では100歳を超える年齢に相当するので、脱走までして生き延(の)びようとするのは、かなり見苦しいことであったであろう。

 それはともかく、ここの部分は、正しい行為であっても、不利益を被(こうむ)ることがあるということや、あるいは、善きことを目指したけれども理解されないということがある可能性を示唆(しさ)しているようである。



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和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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