2013年3月17日日曜日

インドネシア独立戦争のときのオランダ軍の蛮行(ばんこう)は酷(ひど)いと思うのに、東京大空襲や広島・長崎への原子爆弾投下はそれほど感じないらしい。

 大東亜戦争終戦後、オランダはインドネシアの再植民地化に乗り出した。インドネシア共和国軍は、帝国陸軍が残した武器・弾薬を使って、戦った。

 武装勢力の兵器は、3万丁以上の三八式歩兵銃(さんぱちしきほへいじゅう)と数百の野砲くらいだった。三八式歩兵銃は1度に5発しか弾(たま)が装填(そうてん)できない上に、旧式のボルトアクション式だった。

 一方、オランダ軍は12万の兵力である上に、装備や練度でインドネシアを遙かに上回っていた。

 ところが、いつまで経(た)っても、インドネシアは降伏しない。

 そりゃ、ここで降伏すれば、オランダ人に蹂躙(じゅうりん)された以前の被殖民生活(ひしょくみんせいかつ)に戻るんだからな。

 それに、自分たちと身長も変わらない帝国陸軍に僅(わず)か9日で全面降伏した連中に、自分たちは負けるわけにはいかないという気持ちもあっただろう。

 すると、オランダ軍は、インドネシアの女子どもを殺し始めた。降伏しなけりゃ、このまま女子どもを殺し続けるぞと脅(おど)した。

 以上の話をすると、ほとんどの生徒は、オランダ人は酷(ひど)いと感じるようだ。

 ところが、東京大空襲や広島・長崎の原子爆弾投下は、それほど酷(ひど)いとは感じていない。これだけで40万人くらいの非戦闘員(ひせんとういん)が殺されているのにも拘(かか)わらず、である。

 また、大東亜戦争では、約80万人の非戦闘員が犠牲(ぎせい)になっている。

 不思議なことだ。

 あ、もしかすると「非戦闘員」というから、大したことだと感じないのかもしれない。犠牲者80万のうち、若い男性は戦地に赴いていたから、半分以上の50万人が女性ならびに少女で、少年や男子児童については、学童疎開で幼い子どもは都会にいなかったから、少年などが10万人くらいだと考えて(このあたりの数字は適当です)、「非戦闘員」の代わりに「女子ども」に変え、「犠牲者」は使わず、「殺された」とすれば、事態(じたい)を深刻(しんこく)に受け止めるかもしれない。

「米軍によって約60万人の女子どもが殺された」

 これなら、非道(ひどう)な行為(こうい)だと感じるな。

 でも、除外(じょがい)された爺(じい)さんなどの男どもが哀(あわ)れになってきた。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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