2014年4月3日木曜日

偏差値32だった生徒が偏差値60台の高等学校に進学したときの話

彼は小学6年生の終わり頃に、近所の学習塾に入れられた。

ところが、dをbと書き間違えたり、catを「バット」と読んだりした。漢字の読み書きができないということで、小学校1年生の漢字の書き取りからさせられた。

一方、同じ塾に、隣の小学校・中学校の生徒で、いちばん上のクラスにいる女子生徒がいた。

彼は実力試験で偏差値32だった。

偏差値というのは、正規分布(せいきぶんぷ)の場合、偏差値63で100人中10番で、偏差値75で1000人中3番くらいである。

逆に、偏差値37では、100人中ビリから10番である。

親御さんも祖父母も、偏差値32というのはまずい、高校に進学できないかもしれないと思った。

そこで、祖父母の提案で、彼は当校に入校することとなった。

片道1時間20分くらいをかけて、土曜日と日曜日に来た。土曜日に当校に来て、近所にある祖父母宅に泊まって、日曜日にも勉強をした。

最初のころは、4時間くらいしか勉強できなかった。それでも祖父母は、孫が4時間も勉強しているのを喜んだ。

身長が伸びて、体力がつくと、土曜日・日曜日に、当校で、7時間から8時間、勉強した。行き詰まったときには、ヒントを出して、自分の脳を使って、問題が解けるように指導した。

中学3年生の3者面談で、英語が得意なようですねと、担任の数学教師が言ったとき、母親は、1年生のときと2年生のときのクラス担任が英語の先生だったからでしょうと答えたが、彼は、塾の先生のおかげですと言った。

彼は偏差値60台の高等学校に合格した。偏差値にして、29上昇していた。これは当校の中学生の新記録である。ちなみに、最低記録は毎日通って、偏差値が17しか上昇しなかった例があるが、それでも、他塾よりはすごい実績である。

偏差値が29も上昇したことで、祖父母は大いに喜んだ。

大学受験だと、短期間で偏差値が35上昇したという例があり、このことを話したところ、祖父母はちょっとがっかりしながら、大学受験だと、気合が入っているので、それくらい伸びる人もいるんでしょうねと言った。

大学受験だと、大学によっては、強い「癖(くせ)」のある問題を出すところがあるので、対策がしやすいという部分がある。

合格後、彼が、制服の採寸(さいすん)と教科書を受け取りにその高校に足を運んだところ、以前の学習塾で最上位のクラスにいた女の子がいた。

「あら、◯◯くんもこの高校に合格したの?」と話しかけてきた。

その高校には、4つのコースがあり、それぞれの難易度は違う。彼の進学したコースは、てっきりいちばん下のコースだと彼女は思い込んでいた。そりゃあ、dをbと書き間違えたり、catを「バット」と読んだり、小学校1年生の漢字の書き取りからさせられていたんだから、そう思うのは不思議ではない。

ところが、同じコースだと知ると、その女子生徒は凍(こお)りつき、それ以降、話しかけてくれなくなり、近づいてもくれなくなったという。

彼がこのことを話したところ、母親は腹をかかえて大笑いしたという。

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自己紹介

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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