2014年4月8日火曜日

映画『KANO』の日本での2015年の公開が楽しみだ。

嘉義(かぎ)農林学校があった。略して「嘉農(かのう=KANO)」と呼ばれていた。

台湾からは甲子園には1校しか出場できず、日本人ばかりで構成された学校だけが毎回、出場していた。

永瀬正敏(ながせまさとし)演(えん)ずる近藤兵太郎(こんどうひょうたろう)が監督に就任(しゅうにん)し、やがては嘉義農林学校を甲子園出場に導(みちび)く。そして、嘉義農林学校は甲子園大会で準優勝を遂(と)げる。

「いいか、俺が近藤兵太郎だ。今日から、俺がお前たちの監督になる。俺がお前たちを甲子園に連れて行く。宜(よろ)しく頼(たの)む。……今日から毎日、嘉義市内を1周だ。……走れ!」

ある選手が、ガールフレンドらしき女の子を自転車の後ろに乗せて走っている場面がある。最初は現地語で女の子は話すが、のちには日本語を話すようになっている。
彼女が日本語で言った、「男なら、堂々(どうどう)としなさい」と。
左翼の人は、たぶん、日本の同化政策が進んだからだとかいうんだろうな。
でも、それだけ、つまり日本語を話すようになるくらいに、現地の人たちが日本を気に入ったということを表しているんだろう。

「蛮人(ばんじん)は脚(あし)が速い。漢人(かんじん)は打撃が強い。日本人は守備に長(た)けている。こんな理想的なチームはない」
こう、近藤兵太郎は言った。

甲子園に進めなくなったとき、近藤兵太郎は、言う。
「終わったんだ。挨拶(あいさつ)して来い」
「なにを泣いとる。……負けた者に泣く資格はない」


その一方で、のちに、甲子園進出を決めたときに、こんなことを言う。
「泣くな。お前たちは勝ったんだぞ」

勝っても負けても泣くなというのは、無茶な話だと思うのだが、たぶん、「男ならどんなときでも泣くな」というメッセージが籠(こ)められているのだろう。

「儂(わし)は、もう自分には負けとうない」
この台詞(せりふ)は、どういう文脈(ぶんみゃく)から出てきたのかがわからないから、ぜひとも、2015年に日本で公開されたら、映画を観てみたい。

ところで、八田與一(はったよいち)を演ずる大沢たかおがつぎのように言う。
「甲子園に行って、台湾の農民のためにも頑張(がんば)ってください」

八田與一は当時、東洋一のダムを台湾で造成(ぞうせい)した。その結果、台湾の南部は豊かな穀倉地帯(こくそうちたい)となった。

台湾の人たちの八田與一に対する敬意、あるいは尊敬の念はすごい。台湾では、八田與一のアニメさえある。信じられるかい?




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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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