リーマン=ブラザーズ=ショックの前は、「投資は必ず儲(もう)かる。投資をしない奴は馬鹿だ」とまで言っていた。
それに対して、投資といっても、所詮はゼロ=サム=ゲームにすぎないだろうから、儲かる人がいれば、損をする人もいるし、株式のような非ゼロ=サム=ゲームもあるけれども、それにしても、常に勝ち続けるのは、情報を限りなく集め続けなければならないだろうから、儲かるといっても、それほど楽とは思えないと答えた。
そして、リーマン=ショックである。
リーマン=ショック後、暫(しばら)くすると、大家は高級外車を2台売り払い、自転車が1台増えた。目に見える変化はそれくらいだが、土地などの資産を手放さねばならなかっただろうということくらいは想像できた。
それからは、軽い鬱病患者のようになった。以前と較べて元気がなくなり、俯(うつむ)き加減でとぼとぼと歩くようになっていた。
うちのマンションでは、前月末までに銀行振り込みで翌月分の家賃を納めることになっている。
ところが、店子(たなこ)、すなわち下宿人(げしゅくにん)の2人が、うっかりして、家賃の振り込みを忘れ、大家がその2人に怒鳴った。店子としては、たかだか、2日遅れたくらいで怒鳴られたのは腹が立つと思った。
日本では、4月と9月に入学・入社・転勤などがある。新しくマンションに入るのは、4月と9月に限定される。
そこで、大家に怒鳴られた店子たちは、8月31日に、9月一杯で引っ越す旨を通達した。うちのマンションでは、引っ越しの1か月以上前に伝えておかなければならないことになっている。
そんなわけで、2人の店子は10月1日から別のマンションに転居した。10月から入居できる物件には優良物件はなさそうだが、2人の店子は、大家に怒鳴られたことがよほど癪(しゃく)に触(さわ)ったのだろう。
投資に失敗して、いくぶん、おかしくなっていたということを割り引けば、それほど腹も立たないとは思うんだけどねえ。
その翌年の4月をすぎて、2人の店子のうちのひとりとばったりと出逢(であ)った。そして、自分たちが出たあとの部屋の入居状況(にゅうきょじょうきょう)を訊(き)いてきた。
2部屋のうち、1部屋には4月から近所の新入学の大学生が入ったが(家賃から考えて、この大学生の親は、たぶん、資産家であろう)、もう1部屋は空いたままであると述べた。
この時点で10月から3月までの家賃は空き部屋だから入っていない。それも2部屋である。さらに、1部屋は空き部屋のままである。
その時点で、家賃×2部屋×6か月分の損失が生じていた。軽く100万円以上の家賃が入っていないことになる。
それを耳にして、店子のひとりは、大家に与えた損害が引っ越し費用を超えていることを知り、「よし、勝った!」と大喜びだった。
なんというか、本当にしょうもない闘(たたか)いであった。大家の精神状態は悪化したようだった。
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