私がそのことに気づいたのには、じつにばかばかしい経緯(いきさつ)がある。
私は受験生時代、駿台予備学校(「予備学校」が正式名称)の模擬試験では英語の偏差値は70を下回ったことがなかった。当時は、たとえば、東京大学文科三類の合格偏差値が53だったくらいに、駿台予備学校の規模は今よりも小さく、下手な大学よりも入学するのが難しかった。
たとえば、歌手の山本コウタローは、上智大学に合格したときは少しもうれしくなかったが、駿台予備学校に合格したときは、よし、これで1年間真面目に勉強すればちゃんとした大学に入れるぞと喜んだそうだ。翌年の1969年は東京大学が学生紛争によって入学試験を中止した年で、山本コウタローは一橋大学に進学した。なんて、悲しいんでしょ。
それはともかく、山本コウタローよりは時代は下るが、それでも駿台予備学校の模擬試験の受験者層のレベルは高かった。そこで偏差値70を下回ったことがないのである。
フランス語やドイツ語の学習において、英語力が高ければ高いほど、効率よく勉強できる。この構文は英語のやつと同じだなとか、この単語は英語の綴(つづ)りと1箇所ちがうだけだなとか、そうした点で、憶えることなく身につく部分が、英語力が高ければ高いほど、有利に働くのである。
さらに、私は、普通のフランス語の参考書のほかに、イギリス人向けに売られている英語で書かれたフランス語の入門書もこなしていた。フランス語の文を英文に訳したり、英文をフランス語に訳したりしていた。英語とフランス語は、代名詞の位置などの一部を除けば、基本的に語順が同じなので、日本語を介在してフランス語を勉強するよりもはるかに効率がよい。ちょっとした反則技で勉強していた。
ところが、上には上が少なからずいた。前期試験の結果を担当の教員が発表したので判明した。
もちろん、当時の私にとって、フランス語は余技であって、もともとはドイツ語を学ぶつもりであった。ドイツ語は、のちに落ち着いたときにやる予定でいた。しかし、選択科目でフランス語をとっておけば、実際に自分の勉強したいことは英語とドイツ語の文献が中心なので、ドイツ語も必ず勉強することになると考えて、あえてフランス語を選択したのだ。そうすれば、英語・ドイツ語・フランス語の3つの言語で本が読めるようになるはずだ。実際のところは、ドイツ語も勉強したが、哲学書はなんとか表面的に読めるが、深い意味を見逃したりするし、普通の小説に必要な語彙は不足気味のままだ。
また、当時は、予習が10時間くらいかかる「上級漢文II」の授業を受けつつ、毎週、100ページ以上、英語の原書購読もしていた。
それでも、成績は悪くなかろうとふんでいたのだが、自分よりも上の成績の学生が予想よりも多くて、軽いショックを受けた(成績はA評定[90点から100点]で、悪くはなかった)。
フランス文学マニアがふたりいて、彼らが自分よりも3倍以上の時間をフランス語の学習にかけていたので、そのふたりに負けているのは理解できる。また、早稲田大学高等学院出身者は高校1年生のときからフランス語を勉強しているので、これも理解できる。
普段の勉学に対する姿勢ならびに英語力の貧弱さなどから、フランス語の成績が負けているのが、どうしても解せないのがいた。
前期試験のフランス語の成績が自分よりもよかった女子学生がいる。かりに、〇〇子ちゃんとする。
私にはある癖がある。その癖がよい癖なのか、悪い癖なのかはわからないが、この人にはこの分野ではかなわないと思うと、そのことを周囲の人間のみならず、本人にも伝えるのである。「いやあ、これこれの分野では◇◇くんには逆立ちしてもかなわないなあ」
それで、1年生の前期試験の結果を担当教員が発表してからはずっと、〇〇子ちゃんとキャンパスで世間話をしたときにはかならず、「あれだけ勉強したのに、負けてたんで、軽いショックを受けた」「英語の参考書でもフランス語を勉強していたのに、負けていたので、上には上がいると痛感した」ということを、言い続けたのである。
世間話をすると、必ず、そんなことを言っていた。学生食堂で一緒に昼食を食べているときにも、そんなことを言っていた。〇〇子ちゃんはいつも、ふふっと笑っていた。
そういうことをしていたら、〇〇子ちゃんは、さすがにうんざりしたらしい。大学3年生の秋に、1年生のフランス語の前期試験の成績が負けていたので、あれはショックだったと、またもや言っていたら、〇〇子ちゃんがこう言ったのだった。
「ああ、私はね、☆☆外国語大学の附属高校だったから、高校1年生のときからフランス語はやってたよ」
そうか。なるほど。
その後、そういえば、なぜ自分がフランス語の成績で負けているのかがさっぱりわからない▽▽子の出身高校は、フランスのキリスト教団が運営しているミッション系だったと思い出し、本人に確認したところ、中学1年生からフランス語を勉強していたという。
全員に確認したわけではない。60人のクラスにはほとんど赤の他人のような学生もいるからだ。それでも、フランス語を高校やっていてもおかしくさなさそうなところの学生30人くらいに訊いた。少なくとも7人は3年以上フランス語を勉強していたことが判明した。
60人中7人である。見当をつけた30人くらいのうちで7人もいたともいえる。
首都圏となると、国際人と呼べる人や外交官の子女も多くおり、英語だけでなくフランス語もできたほうがよいということを知っている。また、フランスのキリスト教団によるミッション系も東京には少なくなく、中学生からフランス語も勉強しているのである。日本の知的な点での上流階級っていうのはそういうものなのである。
ミッション系の女子高出身者は、基本的に早稲田よりも慶應義塾を好む傾向が強いから、慶應義塾大学文学部でフランス語を第2外国語で選ぶと、3年以上勉強している学生の割合は、1割以上どころではないんだろうな。
かわいそうなのは、田舎の公立高校出身者で、ぎりぎりで合格したような学生たちである。3年以上に亙(わた)ってフランス語を勉強してきた学生が少なくないという事実を知らずにいて、同じくらいに勉強したはずなのに、たとえば、自分は60点で、相手は96点という事実から、自分はこの大学の中では相当に頭が悪いほうではないかと思い込んでしまう。頭が悪いかどうかはともかくとして、3年以上フランス語を勉強している学生に流されて、勤勉ではなかったのは事実であるが。
というわけで、早稲田以上のレベルの大学に進学する人で、フランス語を選択するつもりがあるのならば、入学までにできるかぎり先取り学習をしておいたほうがよいだろう。早稲田あたりでも、中堅上位とされる大学の20倍から25倍の勉強量が求められるのだし。
もっとも、最近は、東京大学でも、早稲田大学でも、中国語を選択する学生が増えているようだが。
多くの大学ではつぎのことわざのようなものが一般に流布(るふ)している。
フラ語とる馬鹿、チャイ語落とす大馬鹿
フラ語はフランス語のことで、チャイ語は中国語のこと。
解釈:フランス語のような習得がむずかしい言語を第2外国語に選択するようなやつは馬鹿であるが、しかし、単位取得が楽だとされる中国語の単位を落とすようなやつは大馬鹿である。
発音はフランス語のほうがむずかしいが、憶えなくてはならない文法事項はドイツ語のほうが多くて、ドイツ語の形容詞と副詞が同じ綴(つづ)りというのが精密な理解を困難にしているし(ドイツ語には形容詞・副詞専門辞書というものがある)、さらには、枠構造(わくこうぞう)というものがあって、ひとつの動詞がふたつにわかれてるなんていうものがある。本当はドイツ語のほうがめんどうくさいと実体験から感じているのだが、フランス語のほうがむずかしいというイメージがあるらしい。
追記:大学3年生の秋になっても、1年生前期の試験結果の話を〇〇子ちゃんにしていたということを聞いたHAL496の生徒の反応は「うざい」「しつこい」「掃除機先生のような人は早稲田に多いんですか?」などであった。▼夏休みにも弛(たゆ)むことなく、勉学に勤(いそ)しめば、夏休み明けには、3年、6年の学習期間の差は、逆転できるよ。もとともの英語力が高ければ、の話だけど。
『フランス語ハンドブック』は、フランス文学らしい「変な内容」の引用が多くて、おもしろい。HAL496の生徒に見せると、フランス文学に対する偏見が養われるらしい。
『新フランス文法事典』の前の『フランス文法事典』を持っているが、辞書や事典を読むのが趣味なのだけど、これだけは読了していない。
『翻訳仏文法』と『翻訳英文法』を読んでおけば、翻訳に必要な技能やテクニックはだいたい充分であろう。
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