「ありがとう」は、もともとは「有り難(がと)う」と書く。「ありがとうございました」は「有り難う御座いました」であり、「う音便」が入る前は「有り難(がた)く御座いました」であった。
よく言われることだけれども、「ありがとうございました」というのは、「有ることが難(むずか)しいことでございました」ということである。
「有ること、つまり存在することが難(かた)い=難(むずか)しいことであった」と、過去に発生したできごとに対して、そのような感想を述べるというかたちで、「現在の感謝の念」を表明するものである。「いやはや、あなたさまがわたくしに対してなさったことは、滅多にないことでございます」と言っているのである。
「過去形」を使って「現在の感謝」を表明しているわけだ。
ヨーロッパの言語にある仮定法・条件法・接続法などに近い「ものの言い方」であろう。
ところが、一般の日本人は、文法を精密には学ぶことがない。
日本語の文法にしても、橋本進吉による橋本文法を基にしたものだ。体系性に問題がないわけではなく、整合性にも頭をかしげる部分がある(もちろん、こういうことを指摘したからといって、私には、よりよい文法が作れるわけではないが)。
英語の文法も、中学以上で学ぶのであるが、仮定法に関しては、中堅上位とされる大学の文法問題をクリアする程度のレベルしか理解していない。日本人のほとんどは仮定法の本当のところを理解していないんだろうな。
いいかげんな日本語文法を習い、英語の仮定法を充分には学習していないので、ほとんどの日本人は「ありがとうございました」の「た」を単なる過去形だと思ってしまうらしい。そこから、「現在の感謝を過去形で言うのは何事か! 『ありがとうございます』と現在形で言え!」という発想が出てくるんだろうな。
仮定法・条件法・接続法なんてものがわかっていれば、「ありがとうございました」は「過去形だからよくない」という発想はないと思うんだが。
とはいえ、ことばというものは、みんなが間違えた時点で、それは間違いとはいえなくなるものだから、これからは、「ありがとうございます」が主流になるんだろうな。
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