3歳児でないとすれば、いったいなんなのだと思うであろう。
たしかに、3歳児ではあるが、「三つ子の魂、百まで」といわれ始めたときの年齢は数え方は、あくまでも数え年であった。
数え年のついて述べよう。
まず、生まれた時点で、「1歳」である。これは、仏教の思想による。母親の胎内にいる間も、「生命」として把(とら)える思想が仏教にあるからだ。つまり、母親の胎内に、だいたい1年くらいいたから、生まれた時点で「1歳」とする。
つぎに、生まれてから最初の1月1日を迎えると、数え年では、年齢が1歳増える。
具体的に述べよう。
ある人が、12月末日(旧暦では末日が29日だったり、30日だったりする)に生まれたとする。その時点で1歳である。その翌日の1月1日、すなわち元日を迎えると、2歳となる。生まれてから2日目で、2歳になってしまう。旧暦の1年後の1月1日に3歳になる。旧暦の1年は354日である。
こうした場合には、生まれてから356日後に「3歳」になる。
1月1日に生まれた場合について考える。生まれた時点で「1歳」であるが、「2歳」になるのは、ほぼ1年後の1月1日である。旧暦の閏月というものがなければ355日後だ。2歳になるまでに1年かかっていない。ついで、「3歳」になるには、さらに1年がかかる。1月1日生まれの場合、数え年で「3歳」になるには、閏月がなければ709日かかる。
しかしながら、現在の満年齢での3歳は、1095日はかかる。
以上のことから、「三つ子の魂、百までも」というのは、われわれがイメージする満年齢の3歳よりもずっと幼い時点での性格・性向が変わらないということを言っているのである。この諺(ことわざ)の意味は、人間の生まれもった性質は変えられないということである。
「満年齢での3歳までの育て方が大切だ」というのではない。
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