2009年8月25日火曜日

日中戦争での犠牲者3500万人:中国政府の公式見解だが、自国の軍人の士気に係(かか)わるということに気づいていないらしい。

 1937年から45年までの日中戦争での中国側の犠牲者数は、中国政府の公式見解では、3500万人だ。この犠牲者が、死亡した者だけなのか、死傷者なのか不明だが、ここではどちらでもよい。
 こういった種類の数字は、いろいろあるので、どれが妥当なのかは、ここでは考えないし、ここで取り上げる数字についても、さまざまな説のあるうちから、適当に採り上げる。中国政府がこうした数字を発表しているという点について、さまざまな意見がある。たとえば、被害を大きくすることで賠償請求しようとするものだという説や、反日感情を高めることで国内政治への不満を逸(そ)らすという説があるが、ここでは、こうした数字がもたらす影響について述べたい。
 さて、中国の国定教科書にも、中国側の犠牲者数として3500万人が掲載されているそうである。この数字の真偽はどうであれ、幼少の頃から聞かされていれば、事実だと思うだろう。南京大虐殺にしても、30万人の犠牲者だと信じて疑わないだろう。
 そうした環境で育った者が、万が一でも、日本と交戦状態になったときに(そんなことにはならないでほしいが)、まともに戦えるのであろうか? 3500万人の犠牲者をもたらした軍隊を相手に戦いたくはないと考えるのが一般的ではなかろうか?
 もちろん、日本と中国が戦争状態になるということは考えたくないが、万が一にでも、そういう状態になった場合のことを想定して、戦線に向かう中国軍の兵卒の気持ちを想像してみよう。妄想に近いものだが。

「おれたちは日本のことを『小日本』と馬鹿にしてきたが、日本は戦争に強いか? 20世紀中葉の日中戦争(支那事変)では、3500万人の犠牲者が出たそうだが、日本軍の被害はどれくらいだったのか? 日中戦争は中国が勝ったのだから、5000万人くらいの被害を日本軍は出しているのだろうか?」
「戦死者は45万人くらいだったそうだ」
「えっ。わが国の犠牲者の100分の1程度じゃないか!? 3500万人には民間人も含むとはいえ、それほどの犠牲者が出るまで、わが軍は何をしていたのだ? 弱かったのか? いや、むしろ、それほどまでに日本軍は強かったのか?」
「さあね。ただし、7世紀の唐の時代に、白村江の戦いで、わが国は日本に勝っている」
「なんだ。勝っているんだ」
「1300年以上も昔の話だ。だが、日清戦争では、清軍の戦艦のほうが優秀だったのに敗れている」
「それは、清王朝の女真族の連中が駄目だっただけじゃないのか?」
「どうかな? 日露戦争では、当時、欧州最強といわれたバルティック艦隊を日本海海戦で殲滅(せんめつ)した。日本の戦死者が100人ほどだが、ロシア側は5000人だった」
「戦死者が50倍か。犠牲者が100倍近いわが国よりはましだな」
「モンゴルは13世紀に2度、日本に攻め込んだが、2度とも敗退している。2度目の攻撃では、14万の兵力で攻め込み、12万人が死んでいる。日本の兵力は6万5000くらいだったらしい。13世紀といえば、モンゴルがユーラシア大陸の大部分を支配し、当時の世界の総人口の半数を支配下においた時代だ。それが、日本相手にほぼ殲滅(せんめつ)状態にされたらしい」
「モスクワあたりも版図(はんと)に加えていた当時のモンゴルが日本だけは支配できなかったのか!? 怖ろしい」
「それだけじゃない。南京大虐殺(なんきんだいぎゃくさつ)って、知っているか?」
「ああ、知っている。30万人が日本軍に虐殺されたやつだろ」
「一説によると、あれはたったの6週間で行なわれたそうだ」
「なんだって!? 1週間あたり5万人を虐殺したわけか。クラスター弾や核兵器のような大量殺戮兵器(たいりょうさつりつへいき)のない時代に、いったい、どうすれば、短期間にそれほどの虐殺ができるんだ?」
「さあね。おれにはわからん。とにかく、日本軍は、それだけのことをやってのけたんだ。硫黄島(いおうとう/いおうじま)の戦いというのがあるが、知っているか?」
「何だ、それは?」
「第2次世界大戦末期に、日本軍が守る硫黄島にアメリカ合衆国軍が攻め込んだ。日本軍の兵力2万2000に対して、アメリカ合衆国軍は約11万の兵力を投入した。アメリカ側は5日で制圧できると考えていたが、実際には1か月以上かかり、損害が2万1000だった日本軍に対し、アメリカ軍の死傷者は2万8000を超えたらしい」
「大戦末期といえば、日本軍には碌(ろく)な装備もなかっただろ? どうしてそれほどの戦果を上げることができたんだ?」
「さあな」
「日本軍の戦死者45万人で、わが国の犠牲者が3500万人。わずか6週間で30万人を虐殺。……おれたちがこれから戦うのは、悪魔のような連中だな」
「違うな。やつらは、悪魔以上だ」

 こんなやりとりにでもなれば、敵前逃亡したくなる。少なくとも兵卒の士気は下がりまくるだろう。
 それにしても、中国は、どうしてこれほどまでの自虐史観で、国民を教育するのであろうか? 3500万人の犠牲者が出るまで、まったくと言ってよいほど有効な手は打っていなかった間抜けな政権であり、軍部であったということを国民に知悉(ちしつ)させてよいものかどうか、疑問を抱いてしまう。
 中国政府は、犠牲者が3500万人と訴えるよりも、歴史的事実を捏造(ねつぞう)してでも、たとえば、日本軍45万人の戦死者に対して、中国軍の戦死者は30万人だったとでも過少に公表して、日本軍は弱いとしておかないと、いざというときに軍人の士気に係(かか)わるのではなかろうか?

 ところで、旧厚生省の資料では、中国本土での日本軍の戦死者は、455,700人となっている。旧満州での戦死者は46,700人だ。中国本土での戦死者は万の位で四捨五入すれば、50万人に、千の位で四捨五入すれば、46万人となるところを、45万人と紹介している。引用しよう。「日中戦争」についての朝日新聞掲載の『キーワード』の解説だ。

……。両国(りょうこく)の死者数は正確には分からないが、中国での日本軍の死者は推計で約45万人とみられる。中国側は1931年の満州事変から45年までを抗日戦争とし、この間(かん)の中国軍民の死傷者について「3500万人余」を政府の公式見解としている。(中略)中国側は国民党と共産党とが「一致抗日」で内戦を停止していた。……。盧溝橋(ろこうきょう)事件が起きると……中国側は徹底抗戦に入った。……。8月には上海(しゃんはい)で戦闘となり、制した日本軍はさらに首都・南京に進撃して12月13日に占領したが……。国民政府は南京から重慶に首都を移し抗戦を続け、共産党の八路軍もゲリラ戦で日本軍と戦った。

 「『一致抗日』して、徹底抗戦し続け、ゲリラ戦も用いて、戦った」のに、日本軍の戦死者45万人に対して、中国側は3500万人もの犠牲者を出したと読める。46万人あるいは50万人とするところで、あえて45万人と小さい数字にしているのは、中国側の戦力の貧弱さを強調することになる。朝日新聞は、思う存分、中国をこけにしているようだ。
 そういえば、今年(2009年)8月22日の記事でも、英国は5万人もの将校を日本軍の捕虜にされたということも書いてあった。第2次世界大戦のビルマの戦いにおける最大の勝利者であるイギリス軍ならびに英連邦諸国軍のことを、そんなふうに書けば、日本軍が強かったと錯覚(さっかく)してしまう。実際は、投入された30万の日本軍兵力のうち18万5000人が戦死している。日本軍は強かったととれるようなことを、朝日新聞は、なぜ、好んで書きたがるのか、私には理解できない。おそろしいまでに歪(ゆが)んだ愛国者に見えるのだが。

追記:基本的に、たまに受験ネタのある「お笑いブログ」なので、誤解のないように。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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