ニコラス=ケージNicolas Cageとメグ=ライアンMeg Ryan主演の『シティ=オブ=エンジェル』City of Angels (1998年)は、この作品のリメイク。
東西冷戦下のベルリンが舞台の映画だ。人類が登場する以前からベルリンを見守る天使ダミエルDamielは、サーカスで空中ブランコに乗るマリオンMarionに一目惚(ひとめぼ)れをする。やがて、永遠の命を捨て、人間になることを決意する。
『刑事コロンボ』で有名な俳優ピーター=フォークPeter Falkが「ピーター=フォーク」役で登場する。ピーター=フォーク自身、かつては天使であったが、観察するばかりで、なにも直(じか)に経験しないことに倦(う)み、永遠の生命を捨て、人間になっていたのだった。
ダミエルは人間になる。それまでモノクロだった画面が、ダミエルが人間になると、ふいにカラーに切り替わる。天使から人間へと「生命」を体験する。血を流し、初めて色彩に触れ、食べ物を味わい、コーヒーを飲む。掌(てのひら)を擦(こす)りあわせると温かくなることに、新鮮な驚きを感じる。
そして、ダミエルはバーでマリオンと遭遇する。
フランス語訛りが少しはいったドイツ語のせいで、ちょっと不思議な台詞まわしとドイツ人は感じるらしい。
この映画が公開された当時、しばらくして、知り合いの女の子に一緒に観に行かないかと誘われた。
「この間、『ベルリン・天使の詩』って映画、観たんだけど、もう1度観ようと思ってて、掃除機くんも一緒に観に行かない?」
時間的な余裕があったので、一緒に観に行った。
記憶では、渋谷の単館上映で、1年くらいのロングランだった。
それから、しばらくすると、別の女の子に『ベルリン・天使の詩』を観に行こうと誘われた。もう1度観てもいいかなと思ったので、一緒に出かけた。
2か月くらいすると、また、別の女の子に誘われた。
「掃除機くんなら、きっと気に入るよ」と、すでに1度見ている彼女は言った。
3回観るのも悪くはないかなと思った。
すると、また、別の女の子に誘われた。この彼女も、すでに観ているが、もう1度観たいと思ったのと、この人なら、きっと気に入るだろうと考えて、誘ってきたのだった。
断るべき強い理由もないので、出かけた。
しばらくしたら、またもや、別の女の子に誘われた。
そんなわけで、『ベルリン・天使の詩』を劇場で5回も観たわけだが、よくよく考えてみると、これまで劇場で2回観た映画すらないのに、どうして、5回も観てしまったのだろう? 映画そのものがよかったということもあるし、わざわざ誘ってくれたんだから、よほどの理由でもないかぎりは、断らなかっただけというのが真相だろう。
ところが、1年くらい上映していた『ベルリン・天使の詩』も、まもなく、上映終了になるということで、これまた、別の女の子からお誘いがあった。自分と同じ、哲学科の女子学生だった。
5回も観ていて、さすがに飽きてきたところだったので、だれそれと初めて観て、2回目にだれそれと観て、3回目にだれそれと観て、4回目にだれそれと観て、5回目にだれそれと観たから、もう見飽きたので……と言った。
「掃除機くんは、断るってことを知らないの?」と言ってきた。
確かに、時間的・経済的に余裕がある場合には、断った経験がない。わざわざ誘ってくれたのだから、よほどの理由がないかぎり断ることはない。しかし、今回はちがう。
だから、見飽きたから、今、断ってるじゃん、と心の中でつぶやいたが、ことばにすると、なにか、おそろしい事態に陥りそうなので、言わないでいた。
ちょっと機嫌が悪いようだったので、「あの、その……、3か月以上前だったら、ぜひとも一緒に観たかった映画なんだが……」と言ってみた。
『ベルリン・天使の詩』は単館上映としては、観客動員がよかったのだろう。どのくらい経ってからだったかは思い出せないのだけど、それほど経っていたわけではないと思うのだが、ヴィム=ヴェンダースの昔の映画がリバイバル上映された。『都会のアリス』Alice in den Städten(1974年)だ。英語だとAlice in the Citiesというタイトルだ。
ジャーナリストの主人公が、ある女性に依頼されて、その子どもを祖母のところに届けるといういわゆるロードムービーに分類される映画だ。
6番目の女の子から、『都会のアリス』を観に行かないかとお誘いがあった。
「よろこんで」とぼくは答えた。
映画の台詞(せりふ)に、哲学者のハイデガーやキルケゴールなどの著書から借用したらしいものが多く、個人的には、『ベルリン・天使の詩』よりもおもしろかった。でも、普通の人には『ベルリン・天使の詩』のほうが楽しめると思う。
ところで、6番目の女の子から、後日、手紙をもらった。
なんかの雑誌で、アメリカの小説家ピート=ハミルPete Hamillがノーベル賞作家のガルシア=マルケスGabriel Jose Galcia Marquezにインタビューした記事が載っていたという。
そこで、マルケスは、小説を書く動機について訊かれ、こんなふうなことを答えたそうだ。曖昧な記憶でしたためる。
「私はだれかに愛されたくて、小説を書いている。賞賛はいらない。ただ、愛されたいだけだ」
彼女は続けて、こんなことを書いていた。
私もきっと、だれかに愛されたくて、哲学を勉強したのだと思います。
夜更けのアスファルトを、ハイヒールでコツコツ、音を立てながら歩くのが好きです。
そのとき以来、ずっと疑問に思っているのだけれど、この人は、いったい、だれのことが好きだったんだろうか? まったく見当がつかなかった。大学卒業後、1年か2年くらいしたら、この人の高校時代の同級生で、東京大学工学部出身の男性と、この人が結婚したから、わからないままだ。相手の人は、「哲学的な工学部出身者」なのかもしれない。
ドイツ哲学の書籍をドイツ語で一定以上に読んでいるなら、『都会のアリス』がお薦め。
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