時間があったので、オートバイで送ることにした。
ちなみに、そのときのオートバイは本田技研工業のブロス プロダクト ツーPROS Product Twoというやつで、色は黒だった。近所の子どもに、「蟻(あり)のように見える」と言われたことがある。
筑波大学附属高等学校出身の彼女が住んでいる女子学生限定の寮についてから、インターホンで呼び出した。5月の連休を過ぎたころだった。
「なんにもお礼できないから、ノーブラにした。うふ」
オートバイの後ろへの安全な乗り方は、身体を密着させて、運転者の腰に両手をまわし、運転者の臍(へそ)のあたりで手を組むというのが基本だ。
オートバイでずっこけた場合に備えて、造船所で働く労働者が雨の中でも作業ができるようにと防水加工が施された分厚い革ジャンをいつでも着ていた。ノーブラだからと言われても、なにもわからない旨(むね)を告げて、さっさと目的地まで運んだ。
それにして、「うふ」とか、「えへっ」とか、そういうことばを本当に口にする女の子には、ちょっと変わった子が多いと思う。
「なんにもお礼できないから、ノーブラにした」という発想のばかばかしさが、おかしくて、後日、ほかの女子学生数人に話して、「そういう発想がどこから出てくるのか理解できない(爆笑)」と言った。男子学生には話さなかった。なんだか、妬(ねた)まれそうな気がしたからだ。
すると、「なんにもお礼できないから、ノーブラにした。うふ」発言は、瞬(またた)く間に広まっていた。
「掃除機くんは、あんな人とはつきあわないほうがいいと思うよ」
数人の女子学生が、入れ替わり立ち代り、忠告してきた。
べつにつきあっているわけではなく、近所だということと、オートバイを持っているということで、送っただけだと答えたし、事実、そのとおりなのだ。
もっとも、あの類(たぐ)いの発言は、一般の女性の顰蹙(ひんしゅく)を買うものらしいということがわかった。
数日後、くだんの彼女の(陰の)渾名(あだな)が「ノーブラ」になっていた。
おれのせいじゃないと思いたい。
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