現世を忘れぬ久遠の理想
東京大学教養学部の前身、旧制第一高等学校の寮歌に「嗚呼玉杯」(「嗚呼玉杯に」、あるいは「嗚呼玉杯に花うけて」とも呼ばれる)があり、そこにはつぎの歌詞がある。
栄華の巷(ちまた) 低く見て
これに対抗するために「現世を忘れぬ」ということばを入れたんじゃないのかと言っている人がいた。「嗚呼玉杯」は1902年に成立しており、早稲田大学校歌は1907年に成立している。早稲田の校歌のほうが新しい。
つぎに慶應義塾大学の応援歌『若き血』の一節を紹介する。
慶應 慶應 陸の王者 慶應
ある雑誌で、早稲田出身のライターが慶應義塾大学を取り上げて「自らを『陸の王者』というような大学」と書いているのを見て驚いた。早稲田はもっと傲慢なのだ。応援歌「紺碧の空」にはつぎの歌詞がある。
理想の王座を占むる者 我等
「理想の王座」ときたもんだ。「陸の王者」は、あくまでも「陸」に限定されているが、「理想」ときたか。大言壮語もここまでくるとねえ。「自らを『陸の王者』というような大学」と書いた早稲田出身のライターは、出身大学の応援歌にある歌詞の意味を考えたことがないのだろうか?
「若き血」は1927年発表。「紺碧の空」は「若き血」に張り合うために1931年に第六応援歌として制定したもの。資料によれば、作曲者選定にあたって、「『若き血』を圧倒する力強い歌をと検討を重ねた」とあるから、張り合う気満々だったらしい。
張り合おうとした時点で「負け」だということに気づいていないらしい。
いや、早稲田にも「日本一」があるぞ。一部上場企業の「部長どまり」のOBの数は日本一だ。こういう情けないところは、けっこう好きなんだけど。
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