これで、ヴァイオリン薀蓄を語る相手ができると期待していた。ところが、ヤッシャ=ハイフェッツJascha Heifetzも知らなければ、イツァーク=パールマンItzhak Perlmanも知らないという。諏訪内晶子や五嶋みどりなら知っているかと思えば、「それ、だれですか?」という。
いろいろと話してみたところ、レッスン以外ではヴァイオリンは弾かないし、自宅でヴァイオリンの曲を聴くこともないという。
その一方で、使っているヴァイオリンは、そこそこのものである。ヴァイオリンと弓で、「100万円には届きませんから」という。
「ヴァイオリン、好きじゃないの?」と訊いたところ、返事はこうだった。
「私にとって、ヴァイオリンは嫁入り道具ですから」
嫁入り道具。
そういう考え方もあるのかと、みょうに感心していたら、べつの中学生が、「私も、日舞は嫁入り道具です」と言った。
日本舞踊って、発表会ごとに、50万円以上も費用がかかったりするのだが、それがたんなる「嫁入り道具」なのか。うーん。
シグナリング理論というものがある。スペンスはこの理論でノーベル経済学賞を受賞している。以下、『学歴社会の法則』(荒井一博著・光文社新書)からの受け売り。
身につけている物や居住地・肩書きなどから、その人物に関する情報が得られる。豪邸を建てるのも、フェラーリを運転するのも、シグナルの一種である。ところが、「お金」だけで済むシグナルは、品がよくない。
学歴もシグナルとしての機能を果たすということが、『学歴社会の法則』で論じられている。豪邸や高級車は反感を買いやすい側面があるが、高学歴の場合はそれが軽減する。教育への投資が必要だということから、高学歴ということから富裕層出身である確率が高くなる。また、高学歴となるには、一定レベル以上の才能・能力・努力も必要である。
ただし、学歴に備わっているシグナル効果は、日本にあってはアメリカ合衆国ほどではない。教育費はアメリカのほうが格段に高いからだ。
ただし、日本では、地頭のよさが認定されやすい。日本は、富裕層でなくても、高学歴になれる社会体制だからである。アメリカほども学歴獲得に資金は必要ない。
さて、『学歴社会の法則』では論じられていなかったと記憶するが、ヴァイオリンや日本舞踊のような芸事もシグナルである。富裕層出身であることが明らかになるし、本人もそれを習得するのに、一定の努力はしているから、継続してなにごとかに取り組むことができる証(あかし)にもなる。
だから、ヴァイオリンや日本舞踊を「嫁入り道具」だというのは、理論としては正しい。
しかし、そのことを言ってしまうのは、どうかと思う人がいるかもしれないが、生徒がそう言ったのは、相手が私であったからであって、ほかの人には言わないだろう。話す相手を選んでいるということだ。
同級生に「お母様のお下がり」の100万円のヴァイオリンを使っている中学生がいるというのを日本舞踊をやっている生徒から聞いたけど、気合が入っているのなら、中学生くらいから、それくらいのものを使わないといかんわな。
0 件のコメント:
コメントを投稿